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イリアの世界  作者: 一集
第二章
54/75

44.生徒の帰還と王都の貴族




半円状に作られた王都。

背後の切り立った崖を人々はカラカナと呼ぶ。

かつてこの辺りで使われていた古い言語を起源としているらしい。

現代語に無理矢理当てはめてみると、神壁とでも表現されるだろうか。


カラカナに守られ、南南西を向いている王都には三つの門が存在する。

北門、西門、南門だ。

西門は正門とも言われ、三門の中では最も大きい。

正確に記すならば、西北西、南南西、東南東になるのだろうが、そんな複雑な呼び方をする者はいない。


つまり西にある遺跡群から正面に位置する門はない。

とは言え、どこが最も近いのかと言われれば北門だろう。


南方国家との争いが散発的に起きていた事、遺跡が多い事が幸いして、王都を囲む城壁は高く頑丈だ。

物理的弱点ともなる門でもなければ早々破壊されるという事はない。


そんな王都に最初に辿り着いた学園の生き残りは北組だった。

それは王都が緊急時の措置としてまだ門を開いていた真夜中。

多くの民が押し寄せる北門から彼らは王都へと帰還を果たした。


「な、なに、あの人たち?」

「うわ、汚ねぇ格好だな、おい」


彼らの有り様はあまりにも酷く、パニックになりかけていた民が若干遠巻きにしてしまうほどのものだった。

そのおかげで比較的速やかに門を潜ることが出来たのはちょっとした皮肉だろう。


ロガートの城郭から満足に休みもせず、もちろん身を清める暇も着替える服もなかった。

魔物の黒い血と、自分たちの汗、地を駆けずり回った汚れ、もちろん誰一人として自身が血を流していないなんてこともない。


「ってか、あれまさか血か?」

「ただの汚れよ、あんまり近寄らないでおきましょう。絡まれたくないわ」


彼らは本来貴族らしく色彩豊かな髪色をしているのだが、今は誰もが砂にコーティングされた灰色一色。

顔は泥で汚れ、伝っていった汗だけが筋状に元の肌色を見せていた。

着ていた服は幾多の戦闘で汚れ、破れ、ほつれている。


もしや卑しい者たちがこの機会に王都へと潜り込もうとしているのかと怪訝に思った者もいた。

だが彼らが醸し出す雰囲気がそれを黙らせる。


「傭兵団か?」

「わからんが、荒くれ者に違いはないだろ」


言葉なく、一見無秩序に見えて、どこか統率された動きを見せる謎の集団。

そんな彼らが武器を携え、黒く汚れた顔の中、瞳だけを異様に輝かせて歩けば、道は自然と彼らの前に開けた。


彼らは無暗に自分たちの身分を振りかざしたりはしなかった。

静かに足を動かし、城を目指す。


門の前で王都に入ろうと押し合いへし合いしている民を遮り、貴族だと喚き、迎えを寄越せと叫ぶ彼らのように、出自を明らかにして馬車を待つ意味を今の彼らは持たない。


つい一週間前ならば、門から城までの距離に眩暈を覚えていた事だろう。

自らの足で歩くなんて頭の隅にすらなかった。


だが、高貴なる者としての体面や行使できる権利。

そんなものは生き残りをかけた戦いの中、一番初めに捨て去った。


そうして、学園の生徒たちの生存の報が城に届けられたのは、彼らが貴族街に足を踏み入れる際に門番に正体を誰何されてからであった。


次に王都に辿り着いたのは中央組。

場所は同じく北門。

日の出と共に閉じられる門にギリギリ滑り込んだ。


彼らは門を駆け抜け、そのまま止まることなく城へと走った。

一度足を止めればもう動けないことを知っていたからだ。


最後に南組。

彼らは魔物の襲撃、第一波と共に王都へ辿り着いた。


群れの流れから外れ、城壁に取りついていく魔物を横目に城の正門も駆け抜け、ぐるりと回り込んで南門から。


南門はまだ静かなものだった。

本格的な戦闘になっていなかったが、当然門は閉じられている。


城壁の上にいる兵士たちは緊張の面持ちで散発的な魔物の出現に目を光らせていた。

門の下に辿り着いたこちらの言葉に耳を貸してくれそうにはない。


仕方なしにセオが城壁を駆け上る。

驚いたのは兵士たちだろう。

人が簡単に侵入できない高さに作られているというのに、あまりにも身軽に、あまりにも簡単に、彼は生身で壁を踏破した。


「な、なん!?」

「取りあえず、おれたちを中に入れてくれない?」


セオは兵士たちに思考を許す間もなく、自分たちの身分を明かす。

貴族であり、学園の生徒であり、この事件を発端から身をもって体験してきた貴重な情報源であることを。


「き、貴族!?」

「いや、待て、それ以前にあの遺跡群からどうやってここまで」

「本物か?」

「嘘言ってどうすんの。校章ならあるけど、これで納得してくれる?」


戸惑いながら兵士たちはその価値を認め、門の傍の通用門を彼らのために開いた。

城に判断を仰ぐには時間がない。

行って帰ってくるまでにこの場所が本格的に魔物と戦闘になるのは目に見えていた。


城壁の上からセオが叫ぶ。


「ランス、左の通用門が開く。辺りの魔物を一瞬でいい、退けてくれ!グレン、みんなが入るまで通用門の方を頼む!」

「よしきた!ロン、ジル手伝え」


ランスが剣を抜いて飛び出す。

他の者は素早くセオが指さす通用門の前に移動して陣取る。


「前に出るぞ、サイオス!レベッカは右を、カレンは左。警戒を!」


続いてグレンが通用門の前の集団を幾人かで囲むように守りを固めた。


疎らに駆けてくる魔物をランスたちが大雑把に間引き、討ち漏らした敵をグレンたちが仕留める。

集団は悲鳴もなく、混乱もなく、まるで決まっていたかのように順序良く速やかに小さく開かれた通用門を潜っていく。


「ランス!戻ってこい。俺たちも入るぞ!」


グレンの言葉にすぐさまランス達も身を翻す。

その時にはグレンたちも輪を縮め、時間を無駄にせず、危なげなく門に吸い込まれていた。


目を点にしていたのは命の覚悟を持って門を開いた兵士と、生徒たちの収容に全力を尽くそうとしていた兵たち。

彼らはあまりに鮮やかな撤退に矢の一つも撃てなかった。


学園の生徒とは、彼らにとって貴族の子弟であって、身分としても年齢でも、つまりは守るべき対象。

それがまるで傭兵団か騎士たちのように動いていたのだからその心境は唖然と表現するに相応しい。


きっちりと通用門を閉じたのも生徒たちだった。

知能の低い魔物でも、人が吸い込まれるように消えていく様子を見ていればそこが出入り口だとわかる。

門の向こうで体当たりするような音が響き、兵士たちは肝を冷やした。


「モーリス、レベッカ、門を固めろ」

「…地の精霊、頼む」

「お願い、火の精霊」


だが、動じた様子もない生徒たちは冷静に魔法で門の前に土を積み上げ、それを高熱で焼き固める。

音がこちらまで届かなくなると、やっと彼らは肩の力を抜いたようだった。


「あ、あの…」


何を話せばいいのかも決まらず、門を守る責任者は戸惑いの声を掛けた。

ちらと背の高い青年が兵士たちを見る。


「城への報告はいらない、俺たちが出向く。無駄に人員を削ることもないだろう。持ち場を守り、任務遂行を最優先に動け」

「「「は、はっ!」」」


思わず敬礼を返した兵を一瞥して、生徒たちは城へと進路を取った。


「さて、あと一頑張りしようか」

「「「おおー」」」







城の中は大混乱だった。

騎士団の出動命令がいまだ出されていない程と言えば少しは伝わるだろうか。


途中、城壁を守っていた兵士、市街の混乱を押さえようと奮闘していた警邏隊を見ていただけに生徒たちにとっては呆れが先に立つ。


彼らは元々城に足を踏み入れる許可を持った者たちだったが、この緊急時に数々の手順を省略され城門を通った。


見すぼらしい格好ではあったが、格式を見る門番もさすがに文句は言わない。

自分たちの姿を見た途端に顰められた顔には嫌悪よりは痛々しさと同情が宿っていたように思う。


身を整える時間が許されたのは幸いだ。

男女別に分かれて湯殿に案内された。

彼らは時間を無駄にすることなく、同行しようとする侍従や侍女を断り、集団で広い浴室に飛び込む。

さすがは王城の施設、皆が余裕をもって浸かれる程湯殿は十分に広い。


貴族の常識ではありえない行動に目を丸くしている付き人には悪いが、今となっては貴族式は効率が悪すぎる。


張り巡らされた湯に身を浸せば、疲労に引き摺られるように睡魔がやってきた。

だがここで眠るわけにはいかない。

髪の中にしつこく残る砂を行儀悪く湯殿のなかに振り落としながら隣の仲間が沈んでいく腕を掴む。


「あ、おいこら、寝るなよ!」

「溺れる、溺れる!起きろ!」


湯を茶色に濁しながら、互いに叩き合ってもうひと踏ん張りだと励まし合った。

その湯の色に深々とため息を吐いた使用人たちの様子に首を傾げたが、実のところすでに二度湯を張り替えている彼らからすれば、またかと言ったところである。


用意された着替えは騎士団見習いが最初に支給される隊服。

すぐさま用意できるものがそれだけだったのだろう。

着の身着のままだった彼らにしてみれば、涙が出るほどに嬉しいものだった。


身分ある者としてはあり得ない程の短時間で身支度した彼らに、時間を見計らっていた案内役は大慌てしていたが、こちらの知ったことではない。


そうして粛々と案内された先は大会議場。


そこには数多の貴族がいた。

なるほど、この人数では大人数が長時間座ることを想定されていない大広間も謁見場も使えない。


人が去就を明らかにするためには情報が必要だ。

特に国の動向が。

一番に知るには城にいた方がいい。

人数が見たこともないほど多いのはそういう事なのだろう。


見回せば王都に居る貴族で、家長にあたる人物はほとんどいる。


王の姿はない。

今代の王はほとんどお飾りのようなものだ、鐘の音に驚いて寝室にでもこもっているのかもしれない。


だが、王不在の会議場で何が起きているのかと言えば何もなかった。

ただ喧々囂々と怒声が飛び交っているだけ。

誰かが何かを提案すれば、誰かが不利益を叫ぶ。


彼らの狼狽した様子を見るに、国の一大事に自らの決定権の行使とその責任を全うしようということではなさそうだ。


生徒たちが現れた途端に、挨拶をする間もなく次々に言葉が降ってくる。

しかも同時に喋るものだから、正直何を言っているのか聞き取れない。


「一体どうなっているんだ!なにが起きている!」

「知っていることを早く話せ!」

「待て!私の息子が一緒だったはずだ、どこにいる!」

「なんと、生きていたか!さすが儂の孫ぞ!!」

「遺跡の崩落が原因と聞いたが、どの遺跡が原因だ?それさえわかれば規模もある程度分かるはずだ」

「こんな子供たちが生き延びられるのだから、この頑強な王都でやり過ごしていればなんの問題もないのでは?」

「見た限り小型の弱い魔物ばかりだ。まあ平民には脅威であろうが、我らの敵ではありますまい」


会議場に顔を出したとたんに始まったそんなやり取りを一部聞き取って、生徒たちはどっと体の疲れを感じた。


命がけで逃げてきたこの数日、一体彼らはなにをしていたのだろう?

一報は当に届いていたはずなのだ。

なのに、騎士団すら招集している様子がない。


魔物は遥か遠くにいるのではなく、もう目の前にいる。

そう、今まさにぞくぞくと城壁に噛り付いている。


「して、この王都に引きこもって、その後の処理はどうしろと?国からの補償を考えねばさすがに民も納得はしませんでしょうな」

「であるならば、先にある程度働いてみせておいた方が良いかの?」

「私の領地は侵攻上だぞ!なんとしても被害を食い止めてもらわねば困る!」


だが、この期に及んで彼らは自分たちの命以外に守りたいものがあるらしい。

それが民の命でないことは明らか。


近隣に領地を持つ者はいかに自領の兵力を割かずに他人に押し付けるかを探り合い、西に領地がある者は蹂躙されているだろう領地の算盤弾きに余念がない。

東の貴族はまるで他人事のように、自分たちに火の粉が降りかかることを恐れている。


もちろん、子供の無事な姿を見つけた親は喜色を浮かべて名前を呼んでくれた。


「よくぞ生きて帰ってきた!」


なのになぜだろう、泣きながら命を喜ばれても、どこか遠い出来事のようだ。

感動の再会となるはずだった両親との邂逅にも、どこか冷めている自分がいる。


なんのために必死にここまで走ったのか。


安全な場所だからだ。

庇護される立場に戻れるからだ。

守ってくれる者がいるからだ。


「…ただ今、帰還いたしました」


違和感を抱きながら、深く下げる頭。


床を見ながら、人としての心を失ってしまったからだろうかと考えもした。

だがそうではない。


訪れるはずの安心感はそこにない。

ほっと息を吐ける我が家は、辿り着いてみたらハリボテで出来ていた。

そんな裏切られた気分だ。


そうして気付く。

心に沸く、感情の正体に。


怒り、だ。


時間を無駄にしている。

命を無駄にしている。

力を無駄にしている。

人員を無駄にしている。


彼らには致命的に、危機感が足りない。

覚悟もない。


現状を正確に知れば少しはまともに頭を働かせてくれるだろうかと急くように言葉を発した。


「この魔物の暴走の原因となったのは遺跡の崩落。それも規模からして遺跡群だと思われます!少なくとも複数の遺跡を巻き込んだ前代未聞の事態です」

「規模はその一端に遭遇した我らにも把握できていません!」

「幸いにして発生地点からここまで距離があり、いまだ本隊到着まで時間があります。しかし時間は有限!」

「ただちに騎士団を城壁と門の防衛に派遣すべきと愚行致します!」

「現在王都まで到達しているのは小型で身軽な魔物たちです。大型であれば城壁がまさに壁となりますでしょう。しかし、小型種は言い換えればもっとも城壁を攻略しやすい魔物でもあります」

「同感です。侵入を許せば市街は混乱し、城壁を守る兵も背後からの攻撃に備えなければならなくなります」


まずは迅速な対応こそが肝心。

別に民を助けろとは言わない。

だがこの場合、自分を守ることは王都を守ることで、それはすなわち王都の民を救う事だ。


「なんと無礼な言い様か!」

「お前たち、この王都が魔物の侵入を許すとでも言いたいのか!?」

「神に守られた都がか?笑わせるな」

「いや、笑えもせん!さすがに言葉が過ぎるぞ」

「勉強不足と見えるな。同じようなことは過去に幾度か経験済み、心配せずとも王都の安全は保障されておるわ」


激しい叱責に頭を下げた。

床を見ることで表情を隠し、拳を握る。


その根拠のない自信はどこから来るのか。

遺跡群からここまで暴走の勢いを削げなかった事実は、彼らの頭の中でどう処理されているのだろう。


「そもそもだ、われらとてその程度のことは考えておる」

「あり得ぬとわかっていても、ありとあらゆる事態に備えるのが私たちの仕事だからな」

「まあ、子どもにはそこまでわからぬか。お前たちは一端の大人のつもりかもしれんが、我らから見ればまだ大人の世界を知るには早く、若く、青臭い」

「まったく、そなたらは聞かれたことだけに答えていればいいのだ」


全て知っていると返された。

もちろん、そうは思えない。

知っていたとしても、現状を上手く理解できてはいない。


むしろ知ってなお、この状況だとしたらあまりにも愚かだとすら思った。


傷だらけのこの姿が目には入らないか?

疲労に倒れそうな自分たちは。


ほんの一握りしか帰ってこられなかった自分たちを見て、彼らは子供でも生きているのだから、とのたまった。

文字通り死にもの狂いでここまで駆けてきた生徒たちには到底許すことのできない言葉。


「もういいだろう。ここからは我らで話を進めるべきだ。子供たちに大人の世界を見せるのは忍びない」

「はは、違いないな。子供たちも疲れているだろう、労わらねば」

「よし、下がっていいぞ。また呼ぶこともあるかもしれん、その際は速やかに登城するように」


大人たちは憎悪の光が子供たちの目に宿っていくことにも気付かない。


「行方の分かっていない生徒たちについてはどうするか」


そんなレベルの話ではない。

もう、彼ら自身の危険の話なのだ。

この国の存続の話。


無力さが全身を支配する。

虚しさが体を蝕んだ。


あの森に居た者はもう他に誰も生きてはいないと、声を発する者はない。


「先に辿り着いた生徒たちも居ることだしな。もしや賢明にも魔物の進路から外れ、避難している者もいるかもしれん。捜索隊の準備は整えておこう」


ちらりと最後に向けられた視線は、ただひたすらに逃げて来た、最も愚かな選択をした子供たちだと雄弁に語っていた。


蔑むような視線にかっと食って掛かろうとした仲間を別の誰かが首を振って止める。

言葉を尽くすことにこんなに徒労を感じた事はなかった。


諦めの境地で会議場を後にする。

あれ以上続けても不毛なやり取りが繰り返されるだけだ。


廊下を歩きながら誰かが険しい顔で呟く。


「有志を募って、貴族の私兵を投じればどうにかなるか」

「私兵って言っても、領地ならばともかく王都には屋敷を守る程度しか連れてきていないわ。みんな同じでしょう?」

「かき集めてもたかが知れてる」

「ないよりはマシだろう」

「会議場の様子を見ただろう?そもそも誰が私兵を動かしてくれると思う?」

「…自分の家ですら無理ね。決定権は家長にあるもの。私がいくら頼んだって動いてはくれないわ」

「やはり騎士団か神官を動かさなければ無理だ。必要なものは人数と、錬成度。この王都で両方を兼ね備えているのは彼らだけだ」

「そうだ、冒険者は?」

「彼らには自由意志が保障されている。命令一下で動かすことはできないだろうし、そもそも個性が強すぎて集団戦には向いてない」

「だが、その分普段から組んでいるパーティーは強い。泳がせておくのは愚策だぞ」

「自由意志で参加してくれることを願うばかりか…」


ゴールは、ゴールではなく、まさか新たなる試練が待っているとは思わなかった。


「…な~んで私たちがこんなことを考えてるのかしらね」

「大人たちが不甲斐ないからだろ」

「頼りにならないからでしょ」

「今も魔物が押し寄せて来てるのに、何やってんだろうな俺ら」

「…王都は、どれくらい持つかな」

「三日くらいかねぇ」

「飛行種と大型種が同時に出てきたらそんなには持たないと思うな」

「城壁並みの大きさの魔物だって、出てこないとは限らないしね」

「その前に小型種に侵入されて、中から食い荒らされるに一票」


怒り、困惑、焦燥、疲労。

出来る事、出来ない事、不可能なこと。

及ばない力が多すぎて、可能なことが少なすぎて、彼らは歯噛みする。


「王都が落ちれば、国が終わる」

「あの人たちと自分たちが同じだとは思いたくないけど、実感がないのは確かね」

「唐突過ぎるんだよ、なにもかも…」

「全てを捨てて王都を出るか(逃げるか)、ここで国と心中か(死ぬか)、か」


究極の選択を迫られ、苛まされていた彼らに一言命令が下る。


「とりあえず休め」

「考えるのは寝てからにしようか」


その言葉に纏まらない思考が眠るように落ち着く。

不思議と染み入る声は、親の姿を見た時よりずっと安心感をもたらした。


「…でも、ここはまだ戦場よ。休んでいい場所じゃない」

「今までだって、休めるときに休んでただろ?じゃなきゃ、どうして今生きてるんだ」


不眠不休など、人間には不可能だ。


肩を竦める仕草に気負いは見えない。

自分たちのような悲観はどこにも。


「…そういえばそうだった」


だから今はつかの間の休息を。


「だろ?」


そうやって笑う顔を見て、ぼんやりと仲間を見渡す。

仲間たちの瞳の中に同じ感情を見つけてやっと強張った笑みを浮かべた。


彼らが笑う。

なら、きっとまだ大丈夫。






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