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イリアの世界  作者: 一集
第二章
52/75

43.リューンの魔法と故郷の影

どこぞで魔物が大量発生でもしたのか。

イリアとリューンは顔を見合わせた。


もちろんやることは一つ。


後ろにはアルグマートの街がある。

数を減らし、時間を稼ぐことは有益。

ついでに粗方片づけてしまってもかまわないだろう。


「俺がやろう。お嬢は万が一の保険ってことで、黙ってそこにいてくれ。ま、一匹たりとも通す気はないけどな」


リューンにびしっと地面を指差されてイリアは素直にその位置に陣取る。

彼から近くも遠くもなく、フォローも届きやすい距離。

まったくもって過保護だとイリアは苦笑した。


アルグマートの遺跡に向かう途中でかち合った魔物たち。

アルグマート防衛壁の三枚目を超えた辺り、ということはどこに人の目があるかわからない「地上」ということでもある。


最近イリアの前では自重を忘れたらしいリューンは人目がない場所、つまり二人での遺跡探索などでは簡単に獣人化していた。

本人曰く、人型と比べると身体能力に大いに違いがあるとのこと。


狭い遺跡内では肉弾戦はわりに有効だ。

イリアの魔術と物理無双のリューンで怖いものはない。

むしろリューンはイリアの「うっかり」の方がこわい。


今回の場合は最初から獣人化の選択肢はない。

どうするのだろうと思っていたら、久々にリューンはグリーンカードを使いだした。


魔法だ。

イリア以外が言うなら、魔術、ということになるだろう。


危なげないリューンの様子をのんびりと眺めていたイリアはつい声をかけた。


「で、なんでずっと火の魔法?」


リューンがひたすら火系統の魔法ばかり使っている。

グリーンカードには多種多様な魔法があるというのに。


リューンはちらとイリアを見た。

魔法の炸裂音の中、ちゃんと聞こえてはいるらしい。


実のところ、グリーンカードから魔法を放っているリューンは言うほど楽ではない。

元々ない魔力が減ったりもしないし、剣や爪を振るっているわけでもないから体力的にも十分。

しかし、グリーンカードに登録されている魔法はイリアに準拠しているため、この世界の人々が扱う魔法とはほぼ別物と言っていい。


これを扱う苦労を誰とも共有できないのはリューンにとってちょっとした不満でもあった。

だが仕方がない、この機能があるグリーンカードを持っているのはこの世界でリューンただ一人なのだから。


まずは弟たちが掲示板に書き込みをする要領でリューンはそこに潜る。

最初はこれがうまくいかなかった。


グリーンカードへの意識上のアクセス。

初めはどっぷりと浸かることでその感覚を身に叩き込んだ弟たちよりよほどハードルが高かったかもしれない。


通常の視覚では現実を見て、なおかつ見える情報をもとに魔物と立ち会う。

意識ではグリーンカードから魔法を引っ張り出す作業。


前者が疎かになれば魔物に吹き飛ばされ、後者が疎かになれば魔法は発動しない。

何度も失敗をやらかしたが、頑丈な体が幸いして大事には至らなかった。


多分自分以外の者がこれを手に入れても、使いこなす前に死ぬだろうとリューンは頑迷にも思っている。

本音はこんなに苦労したのだから、他人に簡単に使いこなされたら悔しい、と言ったところだ。

実際問題として、このグリーンカードを渡されて使えるのは弟たちくらいのものだろう。


だがこれでまだ第一段階。

ここまでを意識せずにできるようにならなければ話にならない。


さらにここに登録されている無数の魔法を選ぶ、という作業がある。

昔は数も種類も少なかったら適当に放り込んでいたものに手を伸ばすだけでよかった。

しかしそのうち整頓されていない部屋のようにどこに何があるのか分からなくなったのだ。


絵本を読もうと思って、手に取ったのが辞書だった、なんて事故が多々起きた。

氷の槍を出そうと思ったら地面に穴が開いたとなっては戦略どころではない。


これを鑑みると、一所にあまり止まらない習性もあってかリューンの宿部屋はすっきりしたものだったが、長期滞在でもしようものなら実はひどく雑多な部屋になっていたのかもしれない。


反省したリューンはイリアから片づけ術を学び、フォルダ分けなる方法を教えられた。

種類別にいそいそとグリーンカード内を整理している様を傍から見る者があったなら瞑想でもしているように見えただろう。


更にさらにだ、ここからがイリアの魔法の真骨頂。

リューンは魔術を使う妹リーゼロッテから聞いた話とはだいぶ違う魔法と向かい合わなければいけなくなった。


設定、である。

一口に≪火球(ファイアーボール)≫と言っても、人によってその大きさ、早さ、熱量、は違う。

同じ者が扱っても、熟練者になれば状況によってはそれらに強弱をつけてくることもあるだろう。

全ては術者の感覚で制御されている。


だがイリアには感覚で、などという曖昧な指標はない。

全てに基準がある。

目に見える指標として数値化されているのだ。


彼女の場合、≪火球(ファイアーボール)≫を打つとして、速度、早さ、熱量、あるいはカーブ角、果ては速度変化や、手動への切り替え(キャンセル)といった変わり種まで、放つ瞬間に数値設定として組み込んでいたのだ。


故に彼女の魔法は裏切らない。

失敗もない。

明確な指標に従って、粛々と魔法は自分たちに与えられた使命を果たす。


つまりイリアの設定のない魔法は、浮かんでいるだけのただの事象。

グリーンカードから取り出したぷかぷかと浮かぶ魔法を見上げ、イリアに解説を願ったリューンは思わず叫んだ。


「一々そんな手間をかけてたのか!?」

「いちいちって…じゃあ他にどうコントロールするの?あんな危ないものを」

「勘とセンスで?」

「…なにその信用できない要素」


一発を放つたびにそれらを成していると知った時のリューンの驚愕と言ったらなかった。

じっとりとした目でイリアに睨め付けられながら、彼女の頭の中を覗いたら酔いそうだと口元を引き攣らせる。


さて、これをやれと言われたリューンは頭を抱えた。

無理だ、絶対に。

脳内仕様の問題でクリアできない課題だ。


彼は腹を括った。

最早ゼロか100か不可能かの三択だ、やるしかない。


リューンは魔法に設定を与えた状況で保存することにしたのだ。

こと細かく、想定される状況と、必要になるだろう魔法を考えた。


少し考えただけでも、どれだけ膨大な量になるかがわかるだろう。


イリアに言わせれば七面具臭い時間だけ食う手間作業だが、リューンからすればイリアがやる一瞬の設定こそ無理な話。

それこそセンスだと思った。


一瞬で準備ができないなら、時間をかけてやっておけばいい。


リューンには強い味方『フォルダ』がある。


火球(ファイアーボール)≫の威力だけで下位フォルダが無数、さらに速度で無数、カーブ角で無数。


魔法発動までの早さは、つまりリューン自身の整頓術にかかっていた。


「なんか違う…俺の思ってた夢の魔法と、明らかに違う」


必死に設定を付与してはフォルダ分けしていく作業をしながらリューンは何度も呟いたものだ。


そのうちこの設定付与も簡略化されてきた。

最初は職人よろしく一個一個を手作業していたがまるで追いつかない。


ので、金型を作って流し込むがごとく鋳造し始めた。

これは最初の鋳型を作る作業こそ面倒だが、かなりの時間短縮になった。


この辺りでリューンは一体自分の職業はなんだったかなとふと思ったが、鋳型製造に成功した喜びにそれを忘れた。


それらはさらに進化し、リューンの汗と涙と時間と努力の結果、現在ではプレス機能のついたフォルダが最終形態。

そのフォルダに放り込めばがしょんと一発で加工してくれるのだ。


自動化である。

革命である。

けれど誰にも認識されない偉業だった。

全てはグリーンカードの中での話であるからして。


「…この努力ができるなら、最初から瞬時設定(イリア式)の練習した方がよかったんじゃない?」


呆れた色を混ぜたイリアの言。


「そうじゃない、そういう事じゃないんだよ!見てくれ、この無駄を排除した美しい加工機を!俺の努力の結晶を!ああ、何度見ても惚れ惚れする!」


イリアはまったくもって理解できない情熱を持ってしまった相方に少々引いた。


自動加工技術を確立しても、リューンは時に手作業での加工を好んだ。

実はこの面倒な作業が嫌いではないらしい。

変わり種や設定の実験にはやはり必要なことでもあった。


暇があると鼻歌を歌いながら色々といじくりまわしている彼はDIYに励む父のようだ。


職人染みてきた彼の魔法加工技術を目にしてから、イリアは敬意を込めて仕事中の彼を「匠」と呼んでいる。


閑話休題。


リューンはイリアの疑問に大した理由でもない理由を答えた。


「火の魔法の保存量が多いから今のうちに消費しておこうと思って。…なんとなく、こういうのって数を揃えたくならないか?」


ならない。


イリアは口には出さなかった。


常々思っていたことが確信に変わっただけだ。


「多分、リューンってゲーマーの素質あるよね…」


オタク気質ともいう。

今度ワールド・アトラスにでも招いてあげようか。


イリアは苦笑いと共にそう思った。


「それにしてもキリがないな」


グリーンカードから魔法を放つだけの作業をしていたリューンが、飽きたのか魔物がやってくる方向を見定めながら呟いた。


途切れない魔物。

しかし大群という量でもないところも気にかかる。


「アルグマートの遺跡ではなさそうね」


ほど近い場所にあるアルグマートの遺跡から湧き出しているのだとしたら、もっとまとまった数がいるはずなのだ。

これだけまばらに散開しているとなると、とリューンは脳内で地図を描き出す。


「そうだな、もう少し距離がある場所だろう。遺跡群の一つかもしれん」

「ふうん」


気のない返事をしたイリアをリューンは横目で見る。

イリアが気にするようなら、根本の問題解決に乗り出してやってもいいと思っていたからだが、イリアは特に反応を示さなかった。


ならばこの場を処理する程度でいいだろう。


別にイリアが薄情なわけではない。

彼女にとっての魔物は、うっかりで死ぬこともある自動車事故といったところ。

近くて遠い危険なのだ。


一つだけ、危険はなくとも心配をしてしまう事柄はある。

弟たちだ。

だが、それすらイリアは弟たちが遺跡群にいるという認識がない。


故の薄い反応だった。


「なら、そろそろ退くか」


リューンが提案した。


魔物の群れの勢いに衰えが見えてきた。

後ろに詰めている冒険者の数も揃ってきている。


せっかくの稼ぎ時。

独占しては悪い。


リューンの中途半端な仕事っぷりにイリアが少し疑問に首を傾げたが、冒険者としての配慮だと知って素直に頷く。


「おい、お前たち!あとは任せるぞ!」

「「「おう!」」」


リューンが正面を向いたまま大声を上げれば、待ってましたとばかりに威勢のいい声が返ってきた。

持ちつ持たれつ、冒険者にも付き合いがあるのだなとイリアは感心する。

リューンがじりっと後退すると、壁に張り付いていた冒険者たちが波のように押し寄せた。


「ありがとよ!あんちゃん」

「これなら俺たちにもなんとかなりそうだ!」

「すまんな、お膳立てしてもらって」


リューンはぞんざいに手を上げただけでそれに答えた。

なんとなくベテラン臭がして、イリアはまじまじとリューンを見つめてしまう。


「な、なんだ、お嬢?」


いつもの自分の仕草がなんとなく気恥ずかしくなったリューンがバツが悪そうに頭を掻いた。


と、駆けていた冒険者の一人が立ち止まって振り向く。


「そういやさっきまで魔法使いがあんたらを見てたけど知り合いか?ありゃ多分上級魔法使いだと思うが」

「へえ、そりゃ珍しい。こんなところに上級が二人たあな!」


別のグループの男がそれを聞きつけてくれたお陰でリューンは特に感想を述べなくて済んだ。


魔力はともかくリューンも魔法使いとしては上級の一人と認識されている。

あれだけ派手に魔法を放っていれば当然だ。


「随分と熱心に見られてたわよ、あんた」


すれ違いざま別のグループの女もそう言い残した。

彼らは足を止めることもない。


「ふむ」


リューンは少しばかり考える。

これは場所を譲ってくれたリューンに対する彼らなりのちょっとしたお礼だ。


「あの男の話か?ならもう一つ情報だ。アルグマートの門で『魔術師』を名乗ってたから相当な自信家だ」


その情報に価値があるかはわからない、けれど少なくとも彼らにとっては気にかかった事柄だという事。


「一応、探知しておこうか?」


イリアが隣で言うや否や見えない陣を地面に展開する。


リューンも思い当たる知り合いはいないが、一応頭の隅に記憶しておこうと思っていたとき。


「ってか、本物の魔術師だぜ、アイツ」


リューンは顔を上げた。

若い冒険者がにやりととっておきの話をするときのように声を潜める。


「ミラロニアの人間だ」


言い終わるより先に、冒険者たちが驚く暇もない勢いでリューンは傍に居たイリアに鋭く吠えた。


「イリア!!!魔法を使うな!」

「は、え?」


陣は広がりかけていた。


「…ゆっくりと、畳めるか?」


身構えたリューンが食い殺しそうな目でイリアに問う。

なにが起きたのか分からないが、反論を許さないリューンの雰囲気にイリアは何度も頷いた。


「そうか、いい子だ。…不自然ではない速度で、失敗の消滅を装おう」


見せかけの魔法消滅などやったことはない。

だが真剣そのもののリューンがそうしなければならないと伝えてくる。


イリアは慎重に魔法を消しにかかった。

滲む汗は隣から伝えられる緊張とプレッシャーのせい。


突然張り詰めた空気に冒険者たちも身を竦めている。


リューンは懸命なイリアを見守りながらぎりっと歯を鳴らす。


なぜ、あの連中がこんなところにいる。

なんのために。

ここは彼らにとって旨味のある土地ではないはずだ。

ついに領土拡大でも狙ったか。

それとも、何かを探してる?

誰かを?


見の内に渦巻く混沌の中に恐怖を見つける。

生まれた時からゆっくりと大きく育った、暗く迫りくる影。

追い立てられるように逃げ出して。


いま、ここにいる。


―ここに。


リューンは深く息を吸う。

取り乱し過ぎた。


意図的に体の力を抜いて、動けなくなっていた冒険者たちに目で合図を送る。

はっと金縛りから解き放たれた彼らは後ろを気にしつつも魔物と戦闘を開始した。


なんにしても、守らなければならないものは明確。


守るべきものがある。

失いたくないものがある。


ミ・ラロニア、憎き故郷よ。


魔法こそ、魔術こそ、魔力こそ至上。

あの連中にイリアの存在を見つかるわけにはいかない。


魔力の逆探知など朝飯前にやる。

本気で隠れるなら、魔法そのものを使ってはいけないのだ。


―今さら何の用だ。


魔力をその身にやっと収め終え、肩で息をしているイリアを腕の中に抱きかかえた。






あれ?なにを書いてたんでしたっけ?(笑

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