40.元凶と目的地
「他の連中はロガートの壁に着いた頃かな」
「だろうな。ラインが途切れた」
空を見上げても曇天があるだけ。
メルたちは一息つける状況になったに違いない。
証拠に空に描かれる次のリミットが示されなかった。
グレンたちは少しほっとする。
ウィルが如何に膨大な魔力を持っていても、さすがに連発し過ぎだと苦く思っていた。
ワールド・アトラスで共に冒険をしてきた仲、許容量は知っているつもりだ。
明らかにオーバーペースだった。
けれど言葉を返せば、つまりここが南組にとっては正念場だということだ。
目指す場所もなければ、追われる時間もない。
代わりに追いつかれるギリギリで、魔物の群れを焼き払ってくれていたウィルの殲滅魔術の支援もなくなった。
正直に言ってかなりキツイ。
尚且つ、砦や城郭で補給ができ、一時でも休める中央や北組に対して南組はこれもない。
ないない尽くしで頭が痛い。
メンバーも偏っている。
例えば、ここにリィンやニールがいたなら、ウィルの広域魔術を疑似的に再現することもできただろう。
彼らは対個、対多にこそ強いが、こういった無数の敵にも対処が可能。
比べてここにいるセオとランスは完全に対個特化。
グレンは防衛戦を得意としている。
散開して魔物への対処に当たっている面々を見ているともう一つわかることがある。
この南組は突出したリーダーがいない。
大概の場合、集団になると自然、まとめ役が出て来るものだ。
自分たちでいえば、頭脳派メルやカリスマ性を持つリィン、視野の広いニールがそれにあたる。
「適正ってあるよな~」
セオがため息を吐きながら呟く。
基本的に情報戦や斥候、隠密行動に特化しているセオは自身のサバイバル能力こそ高いが、集団指揮には向いていない。
「ないものねだりをしても仕方ない」
グレンもまたため息を吐いた。
リーダーがいて、彼らが求める情報を提供するのがセオなら、彼らが立てる計画に疑問を呈するのが自分の役割だと思っているグレン。
あるいは意見が割れた際の調停役か。
「とにかく、目前の事を考えようぜ。とりあえず必要なのは補給と休憩だよな」
眉間を寄せて考えるランス。
リーダーにはなれないが、現場監督としてならばこの中では自分が一番マシだろうかと少しのプレッシャーを感じながら思う。
大体にして、普段から力技の一点突破が信条であるからして、考え事には向いていない。
あるのは戦闘時に発揮される生来の勘ばかり。
オレは勝手に行く、付いてきたい者だけが付いてくればいい。
そういうスタンスだから、森を抜けるまでに多くの離反者を出し、自らその背に信頼を寄せてくれたレベッカしか生き残らなかった。
多分その圧倒的な強さを見せつけ、ただ一言「ついて来い」というだけで人は従うだろう。
けれど誰かに見せつけるために揮う力に価値を見出せず、誰かのためにかける言葉を持たないのがランスだ。
自分と同等かそれ以上の者でないと共闘すら認めない、徹底的な個人主義。
なるほどランスもまた、リーダーには向いていない。
「で、セオ?」
話しながらももちろん足は止めていない。
淡々と一定のリズムで草原を駆け抜ける三人をペースメーカーに、散開している仲間たちはその距離を測りながら速度を調整している。
三人以外に言葉を発する余裕のある者は居なさそうだ。
唐突にグレンがセオに話を振った。
「うん?」
「なにかわかったことは?」
ランスにも重ねて聞かれてセオは一瞬空に視線を飛ばした。
これを思考放棄と捉えるべきか、あるいは無条件の信頼と取るか、と。
お前なら、何か情報を得ただろう。
この逃走劇の最中でも。
彼らが向ける目線にはそんな意味が込められている。
「…いくつかはね」
点々とした情報しかないが、そろそろ共有して意見を貰うのもいいかとセオは口を開く。
「これは目的ありきの計画的犯行だ。この魔物の暴走は意図的に引き起こされている」
遺跡群の魔物も、どうやってか遺跡内で数を増やされていたに違いない。
そして十分に時期を見計らい、遺跡を崩落させ、魔物を外に解き放った。
「って、一体だれが。グランドリエを狙う他国か?それとも国家転覆を狙う反逆者か?」
グレンとランスは驚きはしなかった。
最初からこの災厄に不自然さを感じていたのだろう。
「……多分、そんな大きな話じゃないと思うよ」
「なんだ、真相も掴んでるのか。はやく教えろよ」
セオは先の休憩時にワールド・アトラスで落ち合ったメルが呆れ交じりに教えてくれた事実を正直に話すべきか少し迷った。
「いや、やっぱり知らない方がいいこともある、かな」
自らが作り出した仮初の命が、意志を持ち、力を得て、暗躍している。
その目的はあまりにも、身勝手。
事件に巻き込まれ命を落としていった者たちが憐れでならない。
自分たちの存在がその原動力になった、ともなればなおさらだ。
彼らは神を貶め、自分たちの存在を人々に刻み込み、精霊に寄り添う存在として、精霊に愛された者の社会的地位を押し上げるつもりなのだ。
まったくもって独善にも程がある。
そして蓋を開けられた災厄は飛び出した。
奪われる理由のない命が散々散ったが、なかったことに出来ない以上、セオは責任を感じることを放棄した。
基本、イリアの弟たちもまた、精霊と同じように身勝手だ。
あるいはそんな彼らに作られたから精霊もそうなったのか。
「―なら、聞かなかった事にしよう」
グレンがそういう事かと頷きかけて、最終的は首を振りながら答えた。
察しが良くて助かる。
「誰が何の目的で引き起こしたとか、つまりはどうでもいいわけだけど。問題はそのあとだよね」
セオは背後関係を丸ごと放り投げて、現在の問題を提起する。
「どうも魔物の動きが変だ」
「どういうことだ?」
「魔物の散開具合があまりにも少なすぎる」
「…そうなのか?」
小さな人間の身では、襲い来る魔物の群れの全体像など見渡せるはずもない。
そんな視点で考えたこともない。
あらゆる角度で物事を見ようと心掛けているセオだからこそ気付いたことだろう。
例えるなら、魔物の群れは大河のようだった。
これほど大規模ならば、普通支流ができるもの。
流れを分散し、四方に散っていく。
けれど、いつまでたっても魔物たちは大河の一滴。
新たな流れを作ろうとはしない。
「これはどう考えてもおかしい」
「魔物を解き放った犯人が何らかの手段で呼び寄せているとか?」
「ないな」
彼らが手を加えたのは遺跡崩落までの事。
その後の魔物の暴走は、後は野となれ山となれだ。
無責任を責めても仕方がないだろう。
彼らに人間のルールは通じない。
「なら…」
魔物の暴走に干渉する理由と力を持つ存在が一つある。
―『神』だ。
精霊の自分勝手な理由で自らの存在が貶められようとしているのだから、反発も反抗もする。
その計画を頓挫させようとするのも、当然の事。
「ニールとリィンから報告があったから確定だ。神の干渉を受けた魔物と交戦したと」
「ふうん、神、ね。楽しくなってきた。ヤツら強いかな?」
「自重しろよ、ランス。大体、直接遣り合えるわけじゃない」
「へいへい」
グレンに注意されたランスが不真面目な返事をさらに注意されている。
逸れてしまった話の流れを戻そうとセオは咳払いをした。
話を進めようとしたセオより先に、グレンの説教に飽きたランスが当たり前の質問を口にする。
「そんで、『かみさま』は魔物を誘導してどうしようってんだ」
「そりゃ、この計画を潰したいんだろう」
「潰すって、どうやって。もう魔物はあふれ出してるんだから」
それを精霊たち、あるいは精霊を操る者が鎮圧すればそれで終わりだ。
「だからだろ?鎮圧されなければいい。あるいは精霊か、俺たちを倒せばいいわけだ」
「え、なに!狙われてんの?おれたち!?」
「…嬉しそうに言うなよ、ランス」
また言い合いを始めたグレンとランスを置いて、セオは少し考え込む。
胸元で揺れているグリーンカードを意識しながら、素早くワールド・アトラスにアクセス。
潜りはしない、ただ相手を指名して通信を試みる。
反応は早かった。
>メル、どう思う?
>正直、私たちを狙っているとは思えませんね。リィンの所に現れた魔物が精霊の存在に干渉できる力を与えられたことから、私たちというより、精霊を敵と認識していると思っていいでしょう。
>それ、意味としてはおれたちが狙われてるのと変わらなくない?
>変わりますよ。多分、神は精霊が生まれた経緯を知らないんでしょう。
>気付いたら地上に信仰を奪う輩が蔓延ってたって?
>彼らとしてはそんな認識なのでは?
>間抜けだねえ~。
>人の事は言えないでしょう?私たちも。
>はは、確かに。精霊の暴走を許してる時点でおれたちも同類だな。
彼らが生み出した精霊は、人間の守護者の顔をして、その実、生みの親のことしか考えていない。
利己的なのか利他的というべきなのか悩むところだ。
迷惑とも言い切れないのが何とも言い難い。
>で、精霊たちが引き起こした事態に対して、メルの方針は?
>乗るよ。
>わ~お、即答。
>このまま何事もなく生きていくつもりでしたが、『何事か』はすでに起きてしまいましたからね。
>ま、確かにせっかくの機会だ。
>というわけですから、セオも協力よろしく。
>了解、暴れればいいわけだな。精霊の威光を見せつけて。
メルとセオはどこにも証拠の残らない密談を交わしながら、低く笑い合う。
>ところで、一つ分からないことがある。
>セオが?珍しいね、なに?
>「かみさま」とやらは魔物をどこに導こうとしてる?
思わずメルが黙り込む。
書き込む思考が止まったともいう。
>お前なら、推察くらいはできるだろう?
>買い被り過ぎですよ。そもそも、あなたも予測くらいは立てていると思うのですが。
>…『神』の目的は精霊の計画を叩き潰すことで、計画を叩き潰すには精霊を倒さなければならない。彼らはおれたちが元凶だとは知らないわけだから、おれたちよりも精霊に刃を向けるのは当然だな。魔物はそのために利用されているはずだけど、出現した精霊に対しての対処が中途半端だ。どうにも優先する目的地があるように見える。メルの考えは?
一息で言い切ったセオは最後にメルに尋ねる。
メルは特に間を置くこともなく答えた。
>王都でしょう。
>やはり、か。
ではなぜ、魔物たちは出会った天敵であるはずの精霊を蔑ろにしてまでも目的地へと急ぐのか。
王都になにがあるのか。
>イリアがいる。
王都。
そこには、神の枷を持たない娘が一人。
神の信仰を奪おうと画策する精霊。
精霊を生み出した弟たち。
弟たちを育てたのは、他ならない彼女。
元凶というのなら、自分たちよりもイリアを指す方が相応しい。
メルたちには事の真相はわからない。
本当に神が彼女の存在を知っているのか。
だとしたらどうやって知ったのか。
疑問は尽きない。
けれど、大切なことは一つ。
神に姉の存在を嗅ぎ付けられた可能性がある、ということだ。
あるいは。
>王都に彼女がいることを確かめたいのかもしれない。
いまだ神は彼女の存在を知り得ず、故に、炙り出したいのか。
イリアなら自分の住処が魔物に襲われれば、出て来るだろう。
彼女に魔物を焼き払う事くらい容易いのだから。
>王都に連絡は?
>ロガートから早馬を走らせた。一両日中には届くだろう。
>イリアには。
>連絡が取れない。また研究に没頭してるのか…。
>とにかく、王都に帰らなければならなくなったな。
>それも、イリアが動く前にね。
残念、姉は王都にいない。
神さまドンマイ。




