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イリアの世界  作者: 一集
第二章
44/75

35.北組と捕食者の影

残酷な描写あり。

場所は変わって。

北に位置するグループの生き残りたちが驚愕に声を上げる。


「なんだ、あれは!」

「炎の壁だと!?」


天を突く焔。

魔物たちの侵攻を留め、迫るはずの危機をことごとく焼いていく。


「国が動いた、…のか?」

「もしかして助かるの!?」


圧倒される。

こんな大規模魔術は国の兵器でもない限り発動は不可能。

それはまさに希望を抱かざるを得ない神の奇跡。


そんな驚愕と歓喜に彩られた声を余所に、動じる様子のない者が二人。

はかったように揃って感嘆の声を漏らした。


「「おお」」


仰ぐように、聳える火の滝を見やる。


「ウィルかな?」


希望に縋る彼らには悪いが、冷静に考えて国が出るには早すぎる。

ならば、これは個人技だ。

こんな広域魔術を使える者は彼以外にいない。


が、次の瞬間。

炎の壁の手前の地面が沈み、そして山を作る。


「…メルか」

「…メルだな」


同時に結論を得た二人の声が再び重なった。


やがて空にメッセージを伴う光のラインが描かれる。

ここからはやはりリミットありのタイムトライアルになるらしい。

それを正確に読み取って、互いに顔を見合わせる。


「そろそろ行こうか。時間は有限だ」

「せっかくウィルたちが作ってくれた猶予だ。無駄にするわけにはいかないからな」


ニールが肩を回せば、リィンも組んでいた腕を解く。

驚いたのは不思議とよく通る二人の声を耳に入れた他の面々。


「え?」

「どうして?ここで助けを待てばいいじゃないか」

「あんな魔術、国が動いたとしか思えない」

「さすがに騎士たちがいれば何とかしてくれる」

「そうよ、やっと助かったのよ?わざわざ動く必要はないわ」


遭難時の常識だ、その場を動くべからず。

当たり前の提案をしたはずの彼らはびくりと体を揺らした。

リィンの細く眇められた瞳に身を竦まされたのだろう。


本人は睨んでいるつもりはないのだが、どうしても咎められている気になる、という誰かの感想をニールは思い出した。

今回ばかりはそれで正解だ。


「馬鹿かお前ら、魔物ついて何を学園で学んできた?」


軽蔑を伴う冷たい視線。

見られた者は煽られたのでもなく、ただ単純な委縮に肩を揺らした。


助けを求める視線がニールに集まって、ニールは深くため息をつく。

解説は得意ではないのだが、リィンといるとこの役が回ってきやすい。


「魔物の大量発生の怖さを教わらなかった?数だよ。圧倒的な。生半可な障害などものともしない、数。」


わかる?とニールが首を傾げ、彼らは示された真実にそっと炎の壁と土の壕を見る。


「…あれが、破られるのか?」

「嘘だろう?」


その声には、否定して欲しいという願いが切実に込められていた。


「信じられないなら別にいいけど」

「ついて来いとは言わん」


信じるか、と聞かれたら信じると答える。

ついて来なくてもいいと言われても、噛り付いてでもついて行く。


それが唯一の生き残る道だと、この数日で骨の芯にまで染み込むように理解している。

自分の常識や願いなどかなぐり捨てて、この二人の言葉は真実なのだ。


「け、ど!助けが―」

「ない」


魔物がこの炎と壕を超えるとしても、助けは来るはずだと発した言葉は最後まで口にする権利すらなかったらしい。


「リィンの言う通りだと思うよ、国が動くにはあまりにも迅速過ぎる。異変が知れるためには誰かがこの群れから逃げ切る必要がある。…で、誰がそれを為し得た?異変発生から今までに。」


黙り込む以外に出来ることはない。


「じゃあ、一体誰があんな魔術を」

「同じ生徒だ。見ていなかったのか?空に閃光弾が打ち上げられていただろう?」

「あの警告を見て呑気にグズっていられるとは、なかなかおめでたい頭の持ち主だな」


生徒が慌てて見回せば、リィンの言葉通り立ち上がってすでに出立の準備を整えている者もいる。

その一人が確認に口を開く。


「リィンさま、取りあえずは時間までにあの光を超える、ということでいいんですよね」


見た目は大人しい生徒、名はネプターと言ったか、彼が的確にするべきことを示す。


「ああ、進路は…おい、ニールどうする?」

「一応ロガートの城郭を目的地に定めよう、補給はどうしても必要だ。北に逸れすぎると壁がなくなるから注意して。肝心の城郭はどこら辺にあったかな?無暗に進んでタイムロスは困る」

「俺が覚えてるよ。ちょうどロガートの壁の途切れた先が領地なんだ。この辺は詳しい」


静かに手を挙げて元々ニールのグループに属していた生徒、レオナルドが主張する。

そこに気負いはない。

出来ることをする、それだけの事がどれほど難しいか、ぽかんと座り込んだまま自分たちを見ている生存者がよく体現していた。


「それは幸いだ、では行くか」


学園在学中の生徒の中で現在最も高位にあるリィンはその態度も容姿も王子然としている。

王族と同じ色合いの薄金の髪と緑の瞳もそんな雰囲気を増幅させている一因だ。


涼しい表情を崩さず、急く様子を学園内でも見たことはない。


学年も身分も、意味がなくなってしまった。

ここのあるのは一個の命、その価値に差はない。

こんな状況だ、自分たちと同様にあの王子様の必死な様子が見られるかと思った者もいたが、残念ながらその希望はかなえられなかった。


いつもと変わらず泰然と、そのくせ速い。

そして強かった。

並べるのはニールくらいのものだ。


ニールと共に生き残った者からすれば、あのニールと肩を並べられる者がいるとは思わず、しかもそれが彼のアランドリエ家の子息だというから仰天した。


肩書だけだと思っていた者が大半。

すぐに認識は改められた。


全ては平等になった。

変わらなかったのはたった二人。


リィンはリィンのまま、ニールはニールとしてそこにいる。


この集団の核は間違いなく、この二人。

リィンとニールに促され、彼らはまた走り出した。


彼らは時間を無駄にできないと言った二人の真意にすぐに気付いた。

―これは、厳しい。

示された地点まで、休息を挟みつつも駆け続ける。


「魔物と時間に追われるのはどっちがキツイかな…」

「レオ先輩、無駄口叩く元気があるならちゃんと最短距離を案内してくださいよ」

「ぬかせ、平原とはいえ高低差はあるんだよ!くそ、普段は馬で移動してたから気付かなかったぜ。この程度の丘がこんなに体力を削るものだったとはな!」


ぜえぜえと、喉が痛みを訴えることにも慣れてきた。

そろそろキツイと思えば最初はおどおどとしていた頼りない、今はふてぶてしくも頼もしくなった相棒が水袋を投げてよこす。


レオナルドは無言で受け取り、足を止めずに給水しながら先頭を切る二人の背中を眺めて舌打ちをした。

相変わらず、追いつける気もしない。


「化け物かよ」


ネプターは相棒の暴言を咎めはしなかった。

この口の悪い男の、彼なりの褒め言葉だと今はわかっている。


「なあ、ネプター。そういえば俺、わかったことがあるんだ」

「なんですか、くだらない事だったら承知しませんからね」

「眉毛ってさ、汗から目を守るためにあるんだなあ」


頭皮と額から流れる汗を拭う体力を惜しみ、流れるに任せても目が無事だ。

レオナルドは人体の神秘に触れたように心から感心して、その事実を相棒に教えてやったが残念ながら彼には通じなかったらしい。


「……殴っても?」


この集団でいえば、レオナルドたちの後を走る者たちも、レオナルドがニールたちに感じたのと同じことを心に思う。


―この状況で喋る体力があるお前たちも大概だと気付いてほしい。


リィンとニールは時々閃光弾を放つ。

無駄に使える魔力があるのかと、少々荒んだ心でレオナルドがあてこすってみても、至極まっとうな答えが返ってくる。


「このあたりに村はないとはいえ、人がいないとは限らない」


その人物が閃光弾の意味を読み解けるとは限らないが、読み解けないとも決まっていない。


「その誰かはこれで助かるかもしれないし、あるいは近隣の村に知らせてくれるかもしれない。損はないだろう?」


そして何より、閃光弾程度、二人には彼らが思うほどの消耗はない。


魔物の襲撃は少なかった。

焔の壁はいつの間にか終息し、けれどあの谷山が効いているのだろう。


それでも四時間を超える頃には魔物の姿が散発するようになって、彼らは災厄の深さを知る。


「本当に超えてきたのか」

「わたくしたち程度でどうにかなる問題ではありませんわね」

「数の暴力、か。はは、これほど怖いものはないんだな」


刻々と減っていく時間と増えていく魔物の追跡に急かされるように駆け、最後は全力疾走になった。


あの炎の壁にしろ、地属性の魔術にしろ、発動したら最後、超えられなかった者に生き残る可能性はない。


「走れ!走れ!とにかく走れ!」

「振り向くな、魔物と対峙するな!ここは逃げ切れば勝ちだ!」

「んなこと言っても魔物は待っちゃくれないんだぞ!?」

「誰だよ、こんな限界設定にしたのはよ!?」


たぶんメルかシリルだろうな、とはもちろんリィンもニールも口にはしなかった。


「やべえ!帯に魔力が満ちてきたぞ!発動まで残り時間は!」

「ゼロよ!」

「滑り込めえええー!」

「うおおおお―――――――――――!!!」


転がるように魔力の満ちた帯を超えた直後、バリバリと不穏な音が鳴る。

まさしく間一髪。


ほんのひと掻きほどの差。

長い爪で迫っていた魔物が弾け飛んだ。


びちゃびちゃと魔物の黒い血が頭上から降り注ぐ。


「げえ、きたねえ」


振り返っても、そこには炎の壁はない、地面に空いた亀裂もない。

が、獲物だと鼻息荒く跳びかかってくる魔物は見えない壁にぶち当たるように破裂する。


「今度はなに?」


目には見えないが確かにあるだろう境界線。

それにそっと手を伸ばそうとした女生徒の手をニールは握る。


「魔物と同じ目にあいたくないなら触らないことだ」


何ともぞっとしない光景が目の前にある。

絶え間なく飛び込んでくる魔物が突如として形を失う。

悪夢にうなされそうだ。


「…血が瞬時に沸騰して体内から破裂してる、のか?」

「メル、だな」

「ああ、こりゃメルだ」


自分をなんだと思っているのか、とメルが聞いたなら文句の一つも言いそうだが、事実メルの仕業だった。

やがて空に光の線が描かれ、次のタイムリミットが示される。


「さあ、鬼ごっこを続けようか」

「ああ」


ニールの言葉はそのあと何度か繰り返され、そのペースに慣れはじめた頃。


草原で迎える一日目の夜にそれは起きた。

――何かがその集団を捕捉した。


森と同じように休憩場所と時間の確保のために、最初の哨戒は多くの人数を割き、その後は夜を徹して交替で警戒に当たる。


朝を無事に迎えられた者は運が良かった。


「…油断してやられたか?」


哨戒に出た者が一人、戻らなかった。

見つけた死体は酷いありさまで、まさしく食い散らかされたよう。


「それにしては、形が残りすぎだ」

「食い残しても、他の魔物が片づけるはずなのにな」


つい数時間前まで共に駆けていた者は物言わぬ屍と化した。

慣れとは怖い。

染まる赤にも、零れる内臓にも、嘔吐感はない。


仲間だったにしてはあっさりとした彼らの心と冷静な状況判断は、十割防衛本能。

情がないわけではない、ただそうするしか術がないだけ。


やがてこの危機を乗り越え、日常を取り戻した後に、夢に見るのだろう。

迫る凶器、目の前で破裂する魔物、切り裂かれる仲間、食い散らかされた友、見捨てたクラスメイト。

そんな彼らにとって心を麻痺させることは最も有効な手段だった。


不可解な死体は解決の納得のいく答えを得られないまま。

これが始まりだったとこの時点で予測できたものはいない。


それが皮きりだった。


時々は魔物を捌けずに草原に倒れる者もいる。


けれどそれとは明らかに様子の違う死を賜るものがいた。

一人、人知れず命を失い、その骸を晒す。


「朝と同じだな」

「どういう事だ?」

「おいネプター、『探索(サーチ)』に反応は。」

「さすがに常時発動させているわけではないことを先に言っておきます。でも、今日は朝からほとんど途切れなく使っていた。それでも…」


ゆるゆると『探索(サーチ)』のスペシャリストが首を振る。

白昼の悲劇。

誰も気づけなかったことこそが問題だった。


「…今後の行動は二人一組にしよう」

「生理現象だとて一人になるなよ」


ぴりっと走った緊張に、何かが起きていることを悟る。

だが出来ることは一つ。

進むことだけ。


重い沈黙を背負いながら、何かを予感する。


二日目の夜。

やはり悲鳴の一つもなかった。


けれど転がる屍が二つ。


最早状況は明白。

リィンが誰もが知る事実を口にした。


「何かいるぞ、つけられてる」

「姿なき追跡者とは、さすがに参った」


ニールが苦々しく、今もどこかで隙を狙っているのだろう捕食者にぎりりと歯を鳴らした。






この話どこに向かってるんですかね。好き勝手書いていたら目指す方角が迷子。

なんか違った、なんて方はどうぞご無理なさらずに離脱をお勧めします…(白目)

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