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イリアの世界  作者: 一集
第二章
36/75

27.合同実習と災厄の鐘

今年もこの季節がやってきた。


学園が最も静まるはずの実習の時期だ。

残された一年次生にとっては羽を伸ばせる唯一の期間。

演習場も、研究室も自由気ままに思う存分使える。


生徒数が1/5以下であるわりにははしゃぐ声の木霊する学園。

つまり、変わらない毎年の光景だった。


二年次以降の生徒たちが日程を組んで取り組むのは当然遺跡探索。


二年生は初の日を跨ぐ実習。

三年から五年は合同実習。


そんな数多くの生徒たちが一度に訪れることのできる場所はもちろん遺跡群以外にはない。


生徒たちは順次馬車に乗って王都を出て行った。

イリアの記憶にある、富士の樹海を思わせる鬱蒼とした森の中に存在する遺跡群ではあるが、二年生は比較的浅い場所が目的地となるために、森林手前の町で馬車から降ろされてしまう。

そこからは訓練を兼ねた徒歩だ。


三年以降に指定された遺跡は最深部とは言わないまでも森の中を長々と歩かなければならない場所にある。

そんな日程をこなす予定の合同実習参加者は、二年次とは違って、遺跡群を擁する大森林の境界まで馬車で行くことが出来た。


遺跡群は矮小な人間の身からすれば、限りなく広い。

散会すれば他グループと偶然出会う確立などたかが知れているくらいには。

まして、遺跡は無数に存在し、それぞれのグループに示された目的地に同じものはなかった。


当然教師たちも同行するが、一年次のように1グループに付き一人以上が付き添うような贅沢な人材の使い方はしていない。

ポイントごとに教師を配置し、グループのメンバーと遺跡の難易度に不安がある場合にのみ特定の遺跡の入り口に人を置いてある。

手が足りない部分はもちろん冒険者を雇っているのだが、あとは生徒たちの自己責任。


緊急時に放つ閃光弾やその種類、意味は事前学習で十分に教え込んであった。

すぐに救援に向かえるようにと教師たちも待機している。

自分の身を守る術と救う術、それくらいは自分自身で扱ってもらわねば困る。


もちろん大事な貴族子息たちの命を無駄に(・・・)危険に晒するわけにはいかない。

この行事に先駆けて、冒険者たちが森林と学園が指定した遺跡内の魔物を間引いているのだが、生徒たちの油断を誘うなかれと秘されていた。


そんな実習を、まったくの平常心で受けているのはやはりイリアの弟たち。

現在四年次を迎えたニールたち。


上手いこと、あるいは当然のこと、グループは別れてしまった。

それなりの実力を示す彼らを同じグループに配する意味はない。


広い遺跡群では指定された目的地によって出発場所も違う。

二年生たちが出発点とする町で一泊した後、下級生に見送られ、彼らの馬車は三方向に分かれた。


西に広がる大森林。

その北側、中央、南側に振り分けられたグループはそこからまた渡された地図を基に目的の遺跡を目指して散っていく。


どこか浮足立っている二年生と違って、さすがは上級生たち、落ち着いた態度でこの実習に望んでいる。


そんな彼らもほんの一年前は今の二年次と同じように楽しみ半分で実習に挑んだ。

そして手痛い洗礼を受けて今に至る。


事実、二年次の実習では毎年のように死傷者が出ていた。

ニール達の学年もまた、死者こそなかったものの負傷者は両手の数ほどいた。


その負傷者の多くは蝶よ花よと育てられ、文句と我儘で生きてきた子女が占めている。

彼女たちはいつものように不平不満を言ってもどうにもならない現実というものをそこで初めて知るのだ。


心身に危険を叩き込まれた女性たちの警戒心は、三年次以降は異様に高い。

おしゃれもマナーも、この時だけは彼女たちを飾らない。

それらは剣にも盾にも食料にもならないのだから仕方がなかった。


「え、あれがマーガレット嬢だって?」

「うそだろ、憧れのレジーナ様が…」


そして女性に夢を見る一部の男性たちに現実を突きつけることになるのだが、それもまた冒険の副産物だろう。




出発して一日目。

最上級生の卒業試験を兼ねていることから、四年は彼らを立てる為によほどのことがない限り口を挟むことはない。


が、口に出していないだけだ。


>はじめからけっこうバラけたねえ

>南出発は俺とグレンだけか、誰とも会いそうにないな。

>あ、おれのグループ中央出発だけど目的地から言えば南にまわされてもおかしくない場所なんだよ。もし南出発の北上組だったら会うかもよ?

>二年も今頃町を出たころかな?合同実習の最速組は帰りに会う可能性もあるな。

>そういや、ウィルの弟今年二年だろ。ちゃんとアドバイスしたか?お兄ちゃん。

>するわけないだろ、口も聞いてないのに。

>中央組はウィルとメルとシリルとセオの四人ね、多いな。目的地は近いのか?

>いや、そうでもない。

>けど今隣を歩いてるよ。

>なんで?二人とも別のグループだろ?

>出来るだけ楽しようって上級生の魂胆さ

>そうそう、なんか突然目的地とは違う方向に行って止まるから何かと思ったら、メルのグループが合流してきたからびっくりしたよ。

>お、同じ状況だな。僕は北組だけど今三グループ合同で歩いてる。同じ北組のリィンはいないけどな。

>いやあ、さすがにリィンの前で他グループの力は借りられないだろう。立場ってもんがあるからな。そういう意味ではウィルの所もどことも協力してないんじゃないか?

>ああ、合流する様子はなさそうだ。

>ま、夜営にしても人数がいた方が休憩時間は増えるし、ある意味効率的かも。

>禁止事項が明文化されてるわけでもないしな。

>タイムロスはいいのか?

>他のグループと別れてからが本番ってことなんだろ。体力温存しておいた分。


森の浅い場所はまだ脅威度が少ない。

和やかに森を歩く仲間たちをよそに、誰と言葉を交わすでもなく、グリーンカードを通じて彼らはそんな無駄話に興じていた。


それには少々訳がある。


学園でも四年の歳月をすごしている彼らは、それなりに特化能力で名を知られていた。

初参加で緊張気味の下級生からは憧れの、そして卒業生から見かけ倒しだと伝え聞いている現最上級生からは厭わしそうな目線を例外なくもらっている状況。


上級生に反対意見を言おうものなら待っていましたとばかりに揚げ足を取られて排斥されそうな雰囲気だ。

同じ学年の友好的な者もグループ内にはいるが、不用意に話せばすわリーダーの座を奪う気(反乱の兆し)かと睨まれる。


場を乱す意志はまったくもってない彼らは、つまり面倒だと言う理由で口を閉ざしていた。


若干名、少々違う理由で疎まれている者もいたが。


「シリルさま、ささお疲れならこのわたくし特製の飲み物を」

「あらぁ、シリルさまはこちらの方がお好きですわよね?」

「ぼくはどっちも好きだよ?」

「「まあ!」」


>シ、シリル、少しは控えましょう?

>え、なにを?


「なんっなんだ、この場違いな集団(ハーレム)は!俺たちは実習中なんだぞ!?」

「あらいやだ、あの殿方、シリルさまに嫉妬かしら」

「ほんと、鏡を見てからにして欲しいものね」

「身の程を弁えることもできないなんて、器が知れますわ」


>……いえ、なにも。

>へんなメルー。

>強く生きろ、メル。

>なら代わってくださいよ。

>はは、絶対いやだね!




二日目。

初めて顔を合わせたグループ内の仲間とも打ち解けて、弱い魔物を相手に連携の練習を兼ねながら先を進むのが通常の流れだが。


>おおい、うちのグループ喧嘩始めたんだが。

>とめろよ

>やだよ、めんどくせえ。上級生同士だぜ?

>なんだ、方針の相違か?

>そう、もうちょっと戦闘に慣れておこうってのと、とにかく先を急いで、どうせ魔物に出くわすんだからついででいいだろうってのと。

>こっちなんて五年が全部薙ぎ払ってくからおれたちついて行ってるだけだよ。最後まで自分たちでやるつもりだな、こりゃ。最早グループって意識ねーぞ。

>不測の事態とか、考えないわけ?

>ないからこうなんだろうよ。


彼らは本当に他意はなかった。

揉め事がおきようがとても大人しく、口を挟まず見ていただけである。

思うことがあっても、それを仲間に押し付けるつもりがないから意見も言わない。

ある意味正しい姿勢だろう。


だが彼らは認識していないことが一つあった。

盲点ともいう。

何もしていなくても、いや、彼らの場合、何もしていないからこそ、積み重なっていくプレッシャーがあるとは思っていなかったのだ。


自分たちの存在感をまったくもって考慮していなかったのが、多分一番の問題だったのだろう。


表面化したのは三日目の事だ。


>じゃあね、メル

>ああ、そっちも気を付けて。

>お、ついに別れるのか?

>目的地が違うからね、さすがにここまでだよ。


黙ってグループの方針に従う、前評判だけは高い下級生。

しかしながら、本人たちの配慮をよそに上級生たちの不満は募っていく。


例えば、ニールのグループはこんな具合だった。


「何なんだよ、あいつ。何も言わねえくせに、意味ありげにこっちばかり見やがって」

「落ち着けよ、気にしたら負けだ。先輩たちも言ってただろ?本当は大した実力もないって」

「けどよ!」


もちろんニールが彼らを意味ありげに見ていたという事実はない。


彼はこの実習で自分から何かをしたことはなかった。

黙々と上級生の指示に従うのみだ。


上級生たちの苛立ちを募らせるのは、周りの目。

あれが気に食わない。

周囲の、ニールを見る目、それは自分たちが向けられるべきものだった。


例えば遺跡へのルートを決めても、自分たちに黙って従うべき下級生たちが、それでいいのかと、ちらりとニールを見る。

ニールが何も言わないことを見て取って、やっと彼らは自分たちに従うのだ。


万事が万事、そうだった。

気が付かないとでも思っていたか?

実力者気取りのつもりか。


いい加減、癇に障る。


「出る杭は打たないと、つけあがるだけだ」


我慢の限界を迎えた上級生の一人がついに足を止めてニールを振り返った。

もちろんその行動にニールも気付いてふと視線を上げる。


敵意アリ。

殺意なし。

警戒を抱くような危険な攻撃力はない。

長年の経験がそう教えてくるからニールは身構えすらしなかった。


だが歩を止める。

ニール以外のメンバーも、一触即発の雰囲気に足を止めて固唾を飲んだ。


この時まで、ニール達ですら気を削いでいた。

教師たちにとってはいつも通りの、毎年繰り返す通過行事で。

上級生たちは如何に自らの有用性を示せるかと逸る心を持て余し。

四年次はただ無難にやり過ごすことを、三年は緊張を持って、けれどグループ最年少であり守られる立場であることを。


ニールたちは散歩のような気楽さで。


不意に、声がした。






>おい、いま一番遺跡(目的地)の近くにいるやつは誰だ?






そしてすべては唐突に起きる。

前触れもなく。


>どうした?

>いいから、誰かいないか?

>多分君が一番近いと思うよ


災厄とは、そういうものだった。


実習だとか、グループ内の揉め事だとか、卒業試験だとか、成績だとか。

何もかもを薙ぎ払う、何か。


空も風も伝えてこない。

木々もいつも通りそこにあり、遺跡も変わらずその姿を晒している。


>なにかあったのか?


誰も気付かない。

だからこんなくだらないことに時間を使える。

惜しむべき時間だと知っているものはいない。


「おい、ニール・ウル・エンドレシア!」


目の前の怒声がニールには聞こえなかった。


>…なにか、おかしい。


頭に割り込んできた声が、一瞬の時も無駄にせずに伝えてくるのは、警鐘。

遠くの異変を知らせる、警告。


上級生の怒気はニールには伝わらず。

ニールは、本来ならばグリーンカードに書き込むべき内容を声に呟く。


>とまれ、先を進むな。

「……セオ?」


ざわりと、体の中で何かがゆれた。

それは多分、この現実世界で一度も抱いたことのない、最大の警戒心と言う名の。


「聞いてるのか!エンドレシアの、……お、おい?」


思わず声を飲み込む、鮮やかな変化。

ニールを覆っていた穏和な雰囲気も、人当たりが良さそうだと評される表情も、一瞬で消え失せた。


腰の剣に手を添える。

かちりと、軽い、けれど金属の音がした。


空気が質量を増して、ニールに掴みかかっていた男は本能に従って手を離す。

何だ、これは?

自分は生意気な下級生を注意しようとしていただけで、精々撫でてやるくらいの気持ちだったのに。

どうして目の前の男は武器を構えようとしている?


悟った。


擬態だ。

目の前の男は、本性を隠して、自分たちに接していた。

油断を誘い、こうして餌がかかるのを待って食らうつもりだったのだろう。

最初から、こうして邪魔者を処分する機会を窺っていたに違いない。


まんまと引っかかった。

何が、見かけ倒しだ。

自分たちに嘘の情報を流していった卒業生たちに悪態を吐く。


目の前の男がその剣を抜けば、なにが待っているのかを、彼は知っている。

それを計れる実力くらいはあった。


「…、だ」


顔色をなくした男の耳に、目前の獰猛な気配が口を開いた。


「は?」


自分の最期の言葉になるだろうそれを正確に聞き取れず、思わず間の抜けた声で聞き返す。


>…逃げろ、退避!森を出ろ!!!!今すぐ!!

「森を、出る!!!」


男の耳に、自分とは比べ物にならないような怒号が響いた。


>走れ――――!!!!

「全員!退却――――!!!!!!」


肌を粟立たせ、脳まで突き抜けるような命令だった。


時間を浪費せずに、ニールは踵を返し、先頭を駆けだした。


「おい!?」

「ニールに続け!」

「待て!勝手に、」


静止の音も。

駆け出す足音も。


かき消すような、空気の収縮。


そうして、一瞬の後に地を揺らす轟音が響いた。

腹の中をかき回されるような低い地鳴りに、声を飲まれ、駆けだした足も止め。


彼らは森の奥を振り返る。


地獄の釜が開いた音。

彼らにとっては、長い、生死を賭けた戦いの幕開けを知らせる鐘の音だった。






アルグマートの異変より少し前の話。

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