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イリアの世界  作者: 一集
第二章
35/75

26.遺跡群とアルグマートの異変

王都はその背面を断崖に覆われている。

岩肌から切り出したような城は、その通り、断崖に張り付くように聳えていた。


灰色の断崖と白亜の城。

素材の違いだけが、それが切り出されたのではなく、城が人の手によって積み上げられたものなのだと知らせる。


そもそも王都がここに定められた経緯は王国建国の際の民族融合にある。


グランドリエ王国は北から西にかけてはフォルメルド山脈に遮られ、東には海が。

かつてまだ国がなかった頃、豊かではあるが限られた地で住人達は長く領土を取り合っていた。

そんな東の海の民と、豊かな草原の民と、西の山の民がなぜ手を取り合うことになったのか。

正確にはわかっていない。

古い記述に、長く争った末に彼らは混じりあい、一つの国を作るに至った、と記されるのみである。


歴史家たちは当時徐々に北上してきていた南の民との接触と、同時期に各地で見られる魔物の活性化がこの地域でも起きていたのでないかと推論していた。

彼らの言が正しいのかは知る術はないが、とにもかくにも、この土地は新たな民の波に飲まれることなく、古くからの住人たちによって統治されることになった。


グランドリエの建国はそんな曖昧な部分が多かったが、王都が定められた理由ははっきりしている。


グランドリエはあまり脅威の多い国ではない。

前述したようにフォルメルド山脈と海に守られた部分が多くあるからだ。


敢えて言うのなら、北の地を覆うフォルメルド山脈は東に向かいなだらかになり、その麓から海に至るまで平地となって人の往来を可能としている点だろうか。


現在は北との交易に重宝している道である。

陸路では唯一と言っていいこの街道がなければ、まったくもって北との行き来は困難なものになる。

山脈を大きく東に迂回するか、西に張り出た湾を持つ故にやはり大回りを余儀なくされる海路を行くか。


だからこそ、北の脅威が降るとしたらこの場所。

しかしそれもまた、額の様な小さな地でしかない。

守るに難しくはない場所だった。


であるならば、あとは唯一南が残る。

事実、グランドリエは建国以来幾度かの侵攻を許しているが、その全てが南方国家からの侵略だった。


だから王都は国境の変事に素早く参じることの出来る距離にあり、かつ南の突然の脅威にも準備を整えられるだけの距離を稼げる場所にある。


国の南部。

南の国境からは騎馬を単騎、強化魔法をかけ続けて、昼夜を問わずに駆けさせたとして三日ほど。

そこにグランドリエの王都はあった。


背後に断崖を持つ王城は、山脈に守られた国そのものを示す。

それが向かうのは南南西()


南に大きく睨みを利かせ。

そして西に注意を。


南には脅威となる国家がある。

では、西には?


グランドリエの民であればだれもが知っている答えだ。


まだ国が出来る前から、そこには遺跡群があった。


遺跡が一定数まとまっていることをそう呼ぶが、ここグランドリエの遺跡群は世界的に見ても規模が大きい。

大小さまざまな遺跡が、知られているだけでも80以上。

遺跡とは成長するものと相場が決まっているからもしかしたら増えているかも知れず、まだ見つかっていないものもあるかもしれない。


幸いなことに迷宮と言われる程成長する遺跡は一つもなく、国が出るまでもなく領主の対処の範囲内であり、また金を運ぶ冒険者なる人種を集めるのにも大いに役に立っている。

建国から今に至るまで、不利益よりは利益を生み出してきた。


それでも人類の天敵である魔物を生み出す場所だ。

用心に越したことはない。


それゆえの、王都、南南西なのだ。


そもそも、国としての遺跡保有数で言えば、グランドリエは三本の指に入る。

遺跡群が大きく稼いでいるのは間違いないが、それを抜いても、グランドリエには遺跡がそこら中にあった。

例えば、王都の学園生たちが実習で日帰りの遺跡探索をしてこられるほどに。


他国では遺跡がある土地は厳重に警備され管理されているものだ。

初めてグランドリエに来たものが最も驚くのがこの遺跡への意識の違い。


『近くに遺跡』

とは他国で言う、すぐ傍にある危険を示す慣用句なのだが、このグランドリエではまったくもってよくある事実でしかない。


もう一つ、こんな慣用句もある。

『グランドリエの遺跡』

名だけの脅威、の意だ。


グランドリエには遺跡が多い。

それは周知の事実であるが、つまりはもう一つの事実がある。


とある国でこんな話があった。

男たちがどれだけ肝が太いかの話を自慢し合っていた時、一人の男が豪語した。


「俺は遺跡に住んだって構わない」


そして男は続けた。


「ただし、グランドリエのな」


人々は大いに笑って男の頓知を褒めたという。


もちろん、この話にはいくらかの誇張がある。


いくらグランドリエの民でも、冒険者でもない人間が遺跡に潜るような危険は冒さない。

彼らは遺跡が剣を携えた城の門番程度には危険なものだと知っていた。

付かず離れず、その距離を人々は建国より古くから学んできたのだ。


結論、数は多いが脅威度が低い。

それがグランドリエの遺跡。


成長をやめた休遺跡(レイズ)も、ただの洞窟と成り果てた廃遺跡(ドーン)の数もまた多い。

他国の民が見て仰天するのは、住居の傍に打ち捨てられているそういった遺跡だった。


いまだ謎の多い遺跡と言う遺物。

それらが活動を休止する理由も、二度と活動することなく死に体に至る理由も知られていない。


わからないのだから仕方がない。

分からなくても問題はない。

グランドリエの民は昔から遺跡と共に生きてきた。


だからこそ、貴族子息が通う学園にすら遺跡探索の義務が課せられているのである。




そんな義務を課せられた貴族でありながら、一日たりとも学園に通ったことのないイリアはその日、リューンと共にとある遺跡を目当てに遠出をしていた。


王都からまっすぐ西に進むと、西フォルメルド山脈の終着点でもあり、その麓にある遺跡群に当たる。

その直線からは少々南寄りの国境近くにある遺跡が目的地。

距離としては王都より遺跡群寄り。


アルグマートと言うその町は南との貿易と、歩いて三日足らずの距離にそこそこ良質な遺跡を三つも抱えていることから活気のある場所だった。


遺跡群からは少々外れた場所にあるアルグマートの遺跡を遺跡群の一つとみなすのかについては長年研究者の間で議論されてきたことであるが、この年、とある出来事によって思わぬ決着を見ることになる。


「依頼さえ出してくれれば俺が一人で来ても構わなかったんだがな」

「それは、わたしを邪魔だと?」


別に連れ立ってくる必要はなかったとリューンが呟けば、イリアは隣を歩く彼の顔を無理矢理覗き込んだ。


「そうは言ってない」


まったくもってそんな意図はなかった。

底なしの魔力を持つイリアの同伴はリューンにとって利しかない。


「冒険者は諦めたんじゃなかったのか?」

「ええ、もちろん」


イリアは頷く。

冒険者は自分のような脇の甘い人間には危険過ぎる。

いつかは大怪我をするとわかっているのに続けるような愚かな真似はしない。


「ならばなぜ」


リューンはイリアの言葉と行動が一致していないことに困惑をみせる。

いま、イリアは冒険者としてリューンと行動を共にしているのだ。


眉根を寄せるリューンの眉間を思わず揉みたくなる衝動に耐えながら、イリアは小首を傾げた。


危険だから冒険者は諦めるのだ。

けれど。


「あなたと一緒で、何か危険なことがあるの?」


危険がないのなら話は別だ。

安全第一。


思わず面食らってリューンが押し黙った。

それから自分の眉間を自分で揉みながら嘆息する。


「…お嬢、それはいわゆる殺し文句ってやつだ」


彼女以外が口にしたなら、口説かれているのだと確信するところだ。


「まあ、そうなの?やっぱりこちらの人は少し感覚が違うのかしら。でもそう言うのなら気を付けるわ。リューン以外には言わないようにする」


表現と受け取り方の違いはいまだに、時々イリアを驚かせる。

日本語と日本人の感覚が消しきれない自分は一生こんな風に少しの違和感を抱えていくのだろう。

悲しみも諦めの感情もなく、ただ単純な事実としてそう受け止める。


「………ああ、ぜひそうしてくれ」


何ごとかを口にしようとしたリューンは結局もう一つ深い溜息を吐いて言葉を飲み込んだ。

諦めと共に出たのはそんな短い肯定。


いつも通り、リューンの忠告がイリアに届くことはなかったようだ。


「遺跡にはこのまま向かおう。朝までに着いて、仮眠。昼から探索で、遺跡で一泊。それで構わないか?」

「任せるわ」


遺跡内に夜も昼もないが、人間は眠る必要があった。

長時間の探索ではどうしても遺跡内で睡眠をとることを余儀なくされる。


その危険性は素人でも理解できるだろう。

冒険者としての腕の見せ所であるが、人々にとって大きなハードルとなるこの事実は二人の前では路傍の石に等しい。


イリアの魔術、そして獣人であるリューンの感覚。

この二つを突破してきた敵はいまだなし。


「最近はグリーンカードの出番すらないな」


かのカードには経験値がたまって、中々膨大な種類の魔法が数々蓄積されている。


思うに、天才魔術師()と打ちあってすら勝てるような気がした。

想像すると妹の驚愕する顔が目に浮かぶようだ。


気に恐ろしきは、隣の神才(イリア)である。


―今度、会いに行ってみようか。


今まで一度も考えなかった事をふと思った。


送った忘離石は無事に彼女の手に届いたようで、以前に一度、美しい文字を書く妹にしては珍しく動揺の乗った手紙が送られてきていたことを思い出す。

危険を考慮して、返事は出していない。


故郷を離れたリューンとのやり取りは、彼女の方からもそう頻繁に出来るものではないが、きっと出来る事なら毎日でも詰問の手紙を送りたいに違いない。


音信不通の兄がそっと会いに行ったなら、妹はきっと驚いて、そして喜んでくれるだろう。


リューンの胸もとに揺れる美しい双子石がその無事を伝えてくれているはずだが、兄として、美しく成長しているだろう妹の姿を一度くらいは目にしておきたかった。


故郷を離れて十年以上の歳月が経っている。


それもいい。

この探索が終わったなら、真剣に考えてみようとリューンは思った。


もしもイリアが彼の胸の内を読めたならこう言っただろう。


それ、フラグ。

と。


かくしてリューンの立てたフラグは強力で、時限爆弾よろしく、少しの時を要してその効力を遺憾なく発揮することになった。




さて突然だが少し話は戻る。

アルグマートの遺跡が遺跡群か否かの論争にこの年決着がついたと前述したが。


結果を先に示せば、答えは否。

これらは遺跡群ではない。


ではどうやってその結論を得たのか。


リューンが作ったフラグに、アルグマートの遺跡は関係がなかったからだ。

だが、被害を被らなかったかと言えば、それも否。




「え…なにこれ」

「天変地異か?」


取りあえず、異変の最前線近くに化け物(チート)級の彼らがいたことは、アルグマートの人々にとってひたすらに幸運な事だったと言えるだろう。






国の名前って決まっていたのだろうかと、ほぼ全話読み返す羽目になった。


この話に伴いルカリドの場所と王都の向きを微妙に修正しました。

先を考えてないからこういうことになる。

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