25.学園の珍事と合同実習
ニールたちが一学年上がるときに学園で珍事が起きた。
その年、教師たちはその事実に大いに花を咲かせたが、更に次の年にそれが続けばもう笑うこともできなくなっていた。
イリアの与り知らぬ学園の珍事の一年目。
一人の教師がその事実に気付いた。
「そういえば、新二学年のクラス分け見たか?」
初学年が容赦のない実力での振り分けなのだから二学年になろうともそれは変わらない。
学園では一年を三期に分けているが、その意味はクラス変動だ。
期ごとに目に余る生徒たちが少数別クラスに移動させられる。
優秀な者は上へ、ついて行けない者は下へ。
その目安の為に設けられた区切りが一年に三回。
一回目の時には、特に目立った特色もなく、他の学年と差別化できるような特色もなかった。
二回目も同じく例年通り。
そして三回目は、学年が一つ上がる節目でもある。
先の二回と違って、この三期目のクラス分けは厳格だ。
少々目こぼしされてクラスに残っていた生徒たちにも容赦なく移動の通知が送られる。
一年で最も大規模となるクラス変動となるのは当たり前の話だった。
「ああ、やっぱり気付いたか」
「開校以来の人数だな」
そんな話を聞きつけて他の教師たちも加わってくる。
「どれどれ?」
「これは確かに凄いですね」
「優秀ととればいいのか、それとも…」
困惑する者も中には居たが、概ねの意見は偶然の産物で一致していた。
新二学年のクラス移動人数は極端に少なかったのだ。
教師たちの話題に上るくらいに。
クラスが落ちる者が少ないことは喜ばしい。
が、上に移動する者もまた少ない。
なんとも感想に困る出来事だった。
だが、珍事はそれで終わらなかった。
二学年の一期、二期、共にやはり移動が少ない。
さすがの教師たちも困惑し始め、新三学年に上がるときにはついにその人数はゼロになった。
あり得ないことだ。
確率的に言っても、考えられない偶然。
移動を言い渡された者が皆無だったわけではないが、ほんの数人の彼らはクラス移動より退学の道を選んだ。
ここにきてこの学年の異常性に、教師たちは気付いた。
恐る恐る調べてみればわかる事。
一学年時、一期、その時はごく普通に人は移動した。
一学年、二期。
それも例年通り、特色がなかった。
わけではないことに、彼らは名簿をめくっていて気付いた。
移動している人物は、そのほとんどが一期に移動させられた者だ。
彼らは二期にどこに移動したか?
もちろん、元の、自分が所属していたクラスに、だ。
つまり、彼らは最初の振り分けからほとんど顔ぶれが変わっていない。
戦慄の事実だった。
それは個人の意志がなければ起こらない出来事。
そして個人の意志は全員に共通する意思だということ。
何が起きているのか、教師たちは混乱した。
下のクラスに落ちたくはない、という感情は理解できる。
だが、この学年では、上のクラスへの移動さえない。
卒業までにクラスの移動を経験しない者は一割に満たないと言われている学園では、クラスという単位はあっても、それぞれのクラスの境界は限りなく薄かった。
だが、この学年に限っては例外。
彼らを区切るのは強固な、クラスという枠。
強烈な帰属意識と仲間意識。
生徒である彼らも初めは気付かなかった。
だからこそ、一期目の移動は他学年と同様に多かったのだろう。
そして移動して気付いた。
ここは居心地が悪い。
クラスごとにある、独特の個性と強い特色が仇になった形だ。
よそ者である自分と、異物が混じったように感じるクラスの生徒たち。
そして彼らは自分の居場所がどこかを知った。
下に落ちた者は死に物狂いで勉学に励み、上にいった者ですら留まることを良しとせずにその筆を止めた。
結果、クラスは固定される。
移動通知をもらった者に、掛ける言葉はどのクラスも同じ。
「また来期な」
「はやく帰ってこいよ~」
肩を落とし、溜息を吐いて、出ていく彼らも答える。
「ああ、またな」
そうして不気味なこの学年が形成された。
だからといって、クラスごとの仲が不穏かと言えばそうでもない。
自分のクラスメイトが他のクラスに所属していれば、それはもう彼らにとって人質に等しい。
相手にも同じことが言えた。
仲間を大切に扱ってもらいたいから、こちらも穏和に。
いつか仲間がそのクラスに所属するかもしれないから、最初から友好的に。
表面上の平穏。
そして固定された関係。
いい影響ばかりではないと考えた当時の教師陣によって、学園のある行事がルールを変更されるに至った。
学園祭や建国祭のような華やかな行事ではない。
一学年の時にあった実習の様な、実戦的イベントだ。
そもそもこの実戦行事は学年ごとに設定されている。
一学年は冒険者登録と中堅以上の冒険者を伴った複数人での遺跡探索。
それ以後は二学年に至るまでに設定されているいくつかの課題を冒険者としてクリアすればいい。
この冒険者としての課題は年次ごとに設定されていて、二学年以降も行事以外に冒険は付きまとう。
これを最低限とするか、課題以上をこなすかは個人の裁量になる。
二学年になると幾分か遠く、少々難易度の上がった遺跡に行く。
クラスの中でグループを作り、遺跡で課題をこなす実習だが、徒歩での長距離移動と途中の野営や場合によっては遺跡内で一晩を過ごすことになるために、学園で最も負傷者の多い行事がこれになる。
三学年は四、五学年と合同実習。
クラスの中で作ったグループと、更に上級生たちのそれぞれのグループを加えて行われる比較的大人数の実習だ。
五学年は卒業試験も兼ねているため、例年ピリピリとした雰囲気の中始まる。
その中で初の参加となる三学年は足を引っ張らないようにひたすら上級生たちについて行く、というのが慣例。
変わったのはこのすべての実習に関わってくる、最小単位であるクラス内でのグループ。
これを同クラス禁止とした。
どの学年からも大いに顰蹙を買ったこの変更。
当時三学次を迎えていたニールたちの学年からも不満は出た。
良く知ったクラスメイトならいざ知らず、他クラスの者など何一つ知らないも同然。
そうして組んだグループの課題達成難易度は何段階にも跳ね上がったといっていい。
しかし他の学年、特に卒業試験を控えた五学年にとっては文句程度で済む話ではない。
ただでさえ、初参加の三学年とリーダーシップを奪われかねない油断大敵な四学年を抱えているというのに、仲間であるはずの同学年ですらもしかしたら初めて組む相手となるかもしれないとあっては黙っていられなかった。
なぜ、寄りにもよって自分たちの年にこんな変更が加えられなければならないのか。
長男ともなれば立場は保障されているが、次男以降の者にとっては卒業成績は働き口に大いに影響する故に、今後の人生を占う試金石であり死活問題だ。
そして貴族には血筋を繋ぐ義務がある。
つまり多く子を成すことを推奨されているということであり、学園の生徒たちは次男以降の者が多いということでもある。
そんな切迫した実習を前に、不利しか生まない変更の原因が他の学年にあると知れば大いに反感を覚えるのも仕方がない。
そんなわけで初の合同実習では三学年は大変肩身の狭い思いをした。
お前たちのせいで、なんて直接的に言われた者もいたが、彼らは同学年他クラスの生徒と小さく目配せし合うことで何ら取り合うことはない。
彼らとしてもそんなことで当てこすられても困るのだ。
迷惑を被っているのは自分たちも同じ。
冷めた目で上級生を見る羽目になった。
教師たちの願いを込めて行われたこの措置。
何の因果か、三学年の、クラスとしてではなく同学年としての意識を強くすることになった。
教師たちはついに諦めを覚える。
傍から見れば彼らは穏やかで、例年と比較しても若干優秀。
その内情については目を瞑っても罰は当たるまい。
それが結論。
誰も知らない、この状況を始めに作り出した原因たち。
彼らはこの合同実習の際にはあまり目立つことはなかった。
優秀な錬金術師であるメルの小道具のおかげでもある。
咄嗟にいつもの火力で魔術を放ってもうまいこと出力を調整してくれる、有り難すぎる魔道具。
「咄嗟」に。
あるいは「いつもの」。
なぜそんなことが起きるのかと言えば、彼らが全員気もそぞろだったからに他ならない。
だからこそメルの小道具を必要とした。
何をしていたのかと言えば、隙を見つけてはワールド・アトラスに潜っていた。
実習のさ中に、である。
最近彼らを夢中にさせているのは合同実習などよりよほど難易度の高い、世界を滅亡から救うミッションだ。
挑戦回数はついに両手両足の指を入れても足りなくなった。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
なにかを掴みかけているところだと、確信している。
もう少し、もう少しで何かが見えるのだ。
最近仲間との連携は流れるように自然になった。
呼吸をするように当たり前に相手の行動が読める。
引くべきところ、フォローすべきところ、共に防ぐところ、共に駆けるところ。
ストレスがない。
その時に行われる戦闘の、なんと心地いい事か。
万能感が体を支配する。
ミッションを成功させることより、この感覚を体感するがために繰り返しているのかもしれないとすら思える。
いまだ終わらない挑戦だが、自分たちの成長もまだ終わりは見えない。
ならば何れ、達成はされるだろう。
今は自分たちの成長がただ楽しかった。
「…前評判が高すぎたのか、肩透かしだったな」
などと上級生に言われていたことにも気付かず。
もしもその文句を聞いていたとしても、彼らはむしろ思考のほとんどを割いておきながら、普通に行動できているところをほめて欲しいと思ったことだろう。
「よ~し、いつも通り、ウィル頼むぞ」
「準備に入る。合図は頼んだ。あと、メル、補助を」
「了解。ウィルの制御補助に入る。グレン、間に合わなければ結界を」
「ああ、分かってる。燃費を抑えたい、シリル、上は任せるからな」
「安心していいよ。そのかわり、リィン、数が来たら風をこっちにまわして」
「わかった。状況を見たい、ランス、出来るだけでいい、俺の前を行ってくれ」
「お前には指一本触れさせないぜ。一緒に来るだろ、ニール?」
「もちろん、前線が一番暴れやすい。というわけで、セオ、あとは頼んだ」
「はいはい、指令役引き受けましたよ。制御が終わったら途中で代われよ?メル」
対、群あるいは軍ならばウィル。
その火力がモノを言う。
次に対多。
これはリィン、彼には多くの手と体がある。
対複。
速さと攻撃力を備えたニール。
対一なら力に優れたランス。
防御ならグレン。
空中戦はシリル。
支援のメル。
対人として一番恐れるべきはセオだろう。
斥侯術と暗殺術に優れた、忍ぶことに特化した能力を持っている。
「さあて、何度目の挑戦かな?」
回復アイテムは十全に用意した。
あの黒い波に分断されてしまえば、頼りの魔術を支える魔力が尽きれば終わる。
その回復が他者に望めないのならばポーション等でドーピングするしかない。
それでも個人で持ち運べる数は限られている。
事実、ここ数回の挑戦は回復アイテムが切れて押し込められることが多い。
如何に魔力を節約し、アイテムの使いどころを間違えないかが課題だ。
力押しで何事もまかり通ってきた彼らにすれば目からうろこが落ちる視点であり、初めての試み。
そんな挑戦に夢中になっている彼らには外野の戯言などどうでもよかった。
「まったく使えないわけではないが、思ったほどのことはない」
「所詮は三年か」
「突っかかってくる気概もなし、と。どうしようもないな」
聞こえているだろう嫌味にも反応しない腑抜けた下級生を、卒業年次生らが顧みることは以後なかった。
そして一年後、国史に残る事件は起きた。
卒業生たちはもはや学園に所属していない自分たちの幸運を、巻き込まれずに済んだ采配を、当時の悪態も忘れて深く神に感謝した。




