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イリアの世界  作者: 一集
第二章
33/75

24.強制イベントとイリアの挫折

「グレン、結界!」

「おうよ!」

「いくぞ、ウィル」

「ああ、まかせろ!」

「今度こそやってやろうじゃないか」


ワールド・アトラス内でのやり取りだ。

好き勝手に世界を渡り歩いている彼らが一堂に会したのは例のチュートリアル以来のこと。

幾度目の挑戦か、数えるのも面倒になった。


あれから師を仰ぎ、弟子として研鑽を積んだ者もいれば、独自の道を歩いたものもいる。

幾年と、ワールド・アトラス内では顔を合わせていない者もいる。


各地に散らばり、自らの道を歩んでいた彼らがなぜ全員集まったのか。

それにはもちろん訳がある。


突然、大規模クエストが発生したのだ。


始めはもちろん、あまりにも現場が遠すぎて無視した者もいれば、意図的に足を向けなかった者もいる。

クエストは今まで何度となく発生し、その度に参加した仲間や、あるいは誰一人参加しないままワールド・アトラス内の冒険者たちがそれを収めてきた。


その経験則が、クエストなど誰かが何とかすればいいことであり、自分には選択肢が与えられているのだと勘違いする要因となった。


結果、ごく普通にワールド・アトラス内での日常を送っていた彼らは突然死んだ。


意味が分からない。


やり直しても同じことが起きて、同じように何もしていないのに死亡判定で世界を追い出される。


死んだ覚えがないのに死亡判定。

今までこんなことはなかった。


自然、皆が始まりの町クレシオンに集う。


「死んだ記憶がないってことは、原因は自分たちじゃないんじゃないのか?」

「つまり?」

「例えば、世界が滅亡したとか。」

「まさか。あんな広大な世界がそれこそ一気に滅亡するような原因を思いつく?僕は思いつかないね」

「だが、各地に散らばっていた全員、同時期に死亡判定を受けたと考えるとセオの推理はアリだろう。個人で身に覚えがないなら、原因は空か大地だ」


空の下、大地の上。

それなくして、人は生きられない。


「多分、俺原因知ってるぜ」


原因究明会議に明け暮れている中、ランスが突然声を上げた。


「なに?」

「おい、予想がついてたなら早く言えよ」


途端に注目を集めて文句を言われたランスは、不機嫌そうに息を吐く。

陽気な男の、常にない様子に仲間たちは思わず黙った。


「俺に言わせればお前らが悪い」

「はあ?」

「俺はちゃんと参加したんだぜ?」


要領を得ないランスの話は、要約すれば原因すら思い至っていない仲間たちを責めていた。

本来なら簡単にわかることだ、と。


「大規模クエスト。発生してただろう?気付かなかったのか?」

「…あ、いや気付いてたけど」

「別に参加は自由だろ?」

「そうそう、義務じゃない」

「いや、違うね。『努力義務』だ」


睨まれた仲間たちはバツが悪そうに顔を背けた。

その態度が意図的な無視を示している。


「わかったよ、ランス。謝る、俺たちが悪かった。だから何が起きたのか教えてくれ」


両手を上げて降参の姿勢を示したのはニール。

その姿を胡乱気に見て、ランスは深い溜息をもう一度ついた。

許してやることにしたらしい。


「魔物の大量発生だ」

「なんだ、そんなことか」


頭の後ろで腕を組んだシリルが思わず拍子抜けした様に呟いた。

確かに変事であるが、凶事ではない。

ワールド・アトラス内では一月に一度は起きているクエストだったからだ。

現実世界でもまた、それはたまに発生する事態でもある。


他の仲間は、シリルの一言がせっかく鎮火したランスの怒りに油を注いだのがよく見えていた。


「よし、お前、俺といますぐ来い」


ランスが問答無用でシリルの首根っこを掴んだ。

背が高く、力もずば抜けて高いランスにこうされると、細身のシリルには何一つできることはない。


抵抗空しく引きずられ、二人はそのまま例のクエストに突入した。

やがて予想通り、全員が死亡判定を受ける。


「で?シリル」

「すいません、舐めてました」


死に戻ってきた二人は開口一番そんなやり取りをした。


「なるほど、強制クエストってわけか」

「クリアしない限り先に進めないってことね」

「そりゃ、失敗したら世界滅亡エンドだからな」

「せっかくもう少しで新しい魔術が開発出来るって時に、タイミングの悪い」

「ま、それを成すためにもさっさと終わらせようぜ」


こうして彼らは世界を救うため、ひいては自分の自由を得るために共闘を余儀なくされた。


が、世界を滅亡させるような事変。

そう簡単には運ばない。


防衛最前線の砦に駆け付けた、ランスとシリルを除く仲間たちは思わず呆然とした。


魔物の大量発生?

いや、そんな生易しいものではない。

それは押し寄せる黒い波だ。


遠くで村が一つ飲まれるのが見えた。

あまりにも簡単に、何一つ抵抗を許されず。


「うそだろ」


さすがの腕自慢の彼らも、これだけの規模の暴走は見たことがない。

見渡す限り、どこから湧いて出たのか、世界中の魔物を集めたかのような群れ群れ群れ。

大地の色が判別できない程の、視界に収まらない夥しい数。


「無理ゲーじゃね、これ?」


どうやっても無理がある。

一人頭一体何匹倒せば終わるのか。


一回目は起きている事態を目にするだけで、何もできずに波に飲まれて終わった。


取りあえず立ち向かってみようと持てる力を出し尽くして尚、終わらない魔物の猛攻に二回目もあっさりと幕を閉じた。


これは個人の火力でどうにかなる問題ではないと、固まって抵抗を試みることにしたが、それも波に押されて、仲間たちと分断され抵抗空しく終わってしまった。


この辺りから皆の様子が変わってきた。

チュートリアルを思い出す。

消沈より先に、湧き上がるのは闘志だ。


「んなろー、やってくれたな」


今までも、道を阻むものは全て排除してきた。

解決の糸口をつかむ以前に、反骨精神が頭を擡げる。

最近はこうしてがむしゃらに壁を乗り越えることもなくなっていたが、自分たちはいまだ挑戦者であった事を思い出す。


「…今のは分断されたメンバーの相性が悪かったな」


グレンとメルとリィン。

ウィルとセオとシリル。

それからニールとランス。


グレンは防御特化、メルは後援、リィン一人で数を減らしていたようなものだった。

ウィルとセオとシリルは三人が三人とも防御力に乏しい。

盾がいなければ最初から攻めあぐねて終わるだけ。

同じようにニールとランスは前衛向き、後方支援がなければどん尻だ。


「あんだけの勢いだぜ?分かれる相手を選べるかよ」

「違いない」


これまで特化方向に成長してきたが、ここになって考えさせられることがある。


「せめてある程度の攻撃方法は得ておくべきだったな」


メルが呟けば。


「同じく。瞬間でいい、使い勝手のいい防御方法を得たい」


セオが唸る。


互いに相性のいい相手の近くに陣取り、万が一分断されそうなときには弱点を補い合えるような相手と共になるように心に留めておくことにした。


だが、それとこれは別だとウィルが口を開く。


「セオ、シリル、ちょっと一緒に冒険しようぜ」

「言うと思ってた。でもこのままで終われないのは確かだね」

「ああ、作戦は作戦として。この三人は弱いなんて思われたままでいるのは癪だ」


それぞれがそれぞれの冒険をしてきた。

時には同じクエストを受けたりもしたが、基本好き勝手に成長してきた結果、仲間たちの特性や癖がわからない。

それは致命的な隙となる。


「では俺たちも行くか」

「場所はどこにする?」

「東の大森林は?あそこなら小規模な魔物の大量発生が四六時中起こってる、訓練には持って来いだ」


相手の実力でどこまで凌げるか、あるいは助けが必要なのか、見極めることはスムーズな戦闘に必要不可欠。

分からないならばつぶさに観察していなければならない。

それは自分の戦いに専念できないということであり、大きな心理的負荷でもある。


まずはその溝を埋めるべきなのだ。


「ふむ、やはりこういう流れになるか」

「メルは反対なのか?」

「とんでもない、もちろん私達もやりますよ。負けていられないでしょう?」


互いの実力を見極め、手段を増やす。


「クエストに挑戦する傍ら、メンバーを変えて組んでみましょう。きっと自分の不足な部分も見えるはずですから」


あるいはそれが極悪クエスト突破の糸口になるかもしれない。


久々に聳え立った壁。

だが、仲間たちとの共同作業は忘れつつあった身に馴染む気配を思い起こさせた。

そうだった、自分たちが共にあって、打開できない局面はない。


いつになっても、挑戦は彼らの心を躍らせる。






「お嬢、もういいぞ!」

「了解!」


リューンの声にイリアが答え、彼女は長く維持していた魔術を解いてその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


「…相変わらず、体力ないな」

「いやいや、頑張った方でしょう?」

「ま、昔に比べればな」

「あー…その節は面目ございません」


言いながらも肩で息をする。

呼吸を整えるまではしばらくかかりそうだと判断してリューンはイリアの傍に座った。

一時の休憩を挟んでも文句は言われまい。


周りに散乱するのは魔物たちの亡骸。

血生臭い光景には慣れた。

最初は顔を青くしていたイリアも、今となってはその傍で座り込んで休める程に。

臭いだけは風を操り空へと流す。


イリアの所望した珍しい魔石を取りに、とある遺跡攻略に乗り出したところ、件の遺跡からあふれ出した魔物たちに押されてここまで下がってきた。

いわゆる、魔物の大量発生だ。


昔なら即時退却を計る事態でも、今のリューンにとっては面倒だと思いはすれども、凌げない、なんてことは欠片とも思わない。


ましてや、隣には彼女がいる。

リューンがお嬢と呼ぶ彼女。

イリアは魔術大国の出であり、まさしく天才と称された妹を持つリューンからしても、規格外の魔術師だった。


その恐ろしさは、莫大な魔力量に加え、尽きることを知らない回復量にあると言える。

もう一つ加えるならば、属性や規則に縛られるはずの魔術を超越した、枠を持たない自由性。

それは、もはや神の創造に等しい。


だがリューンはその未知を恐れはしなかった。

こうして、少ない体力を使い果たして身動きの取れない彼女の何に怯えればいいというのか。


今回はあふれ出した魔物が他の村へと到達することを恐れてイリアが巨大な結界を形成した。

閉じ込められた魔物たちを屠っていったのはもちろんリューン。


自分に向ってくる魔物だけを相手にしていたイリアとの運動量は圧倒的な差になるはずだが、実際にバテているのはイリアばかり。


「ずるいわ、どうしてそんなに体力お化けなの」


拗ねたようなイリアに苦笑を返す。

獣人は魔法要素を持たない代わりに、身体能力で人間に劣ることはまずない。

まして、魔術に100を振っているイリアなど赤子の様なものだ。


彼女が特別に体力がないのだと指摘するのはいささか憚られて、リューンはその頭に手を伸ばした。


されるがままに受け入れるくらいには長く時を過ごしている。

まだ幼さを残していたイリアは、いつしか少女の域を脱しようとしていた。


そもそも、彼女が冒険者などと言う危険な職業に乗り出したのは、貴族位を捨てるためだという。

弟以外の話を聞いたことがないイリアの家族仲は簡単に偲ばれた。

自分と似たようなものだろうとリューンは推測している。


家を継ぐであろう弟のお荷物になるわけにはいかない。

かといって、政略の道具にもなれない。

ならば迷惑をかけないように自分の身を自分で養えるようになればいい。


そんな考えの元、かつてイリアはリューンを頼ったのだ。


「実力はもう十分。経験も積んだ」

「ええ、そうね」


リューンが彼女にしてやれる事はあまりない。


それでも一人前だと太鼓判を押してやれないのは、イリアを一人にするのはあまりにも不安だから。


彼女の魔術は無敵だ。

それを操る無尽蔵の力もある。

けれど、イリアには隙が多すぎた。


それを自覚しているのか、イリアは冒険者として一人で行動したことはない。

深い溜息を吐いて、イリアはやっと認めた。


「リューン、わたし、この職業向いてないわね?」


リューンと共に行動するようになって早二年。

この結論が早いと見るか、遅いと見るか。


無言を貫いたリューンはつまり肯定。


「わかってるのよ。だって、魔術を揮っているより、考えてる方が性に合ってるもの」


例えば新たな魔術の開発。

あるいはランド・アトラスやワールド・アトラス。

アリアやイリーズ。

今もリューンの胸元に揺れている忘離石。


そんなものに没頭していることの方が楽しい。


「道具屋にでもなろうかしら、魔術を使った。」


冒険者が無理なら他に目標を定めなければならない。

イリアは便利な魔道具なら需要はあるだろうと呟いた。


「お嬢なら文句なしの道具を作るだろうな」


言いつつリューンはそこはかとない不安に襲われる。


「店に並べる前に必ず商品を俺に見せると約束してくれるなら賛成する。」


これだけは譲れない。


彼女の魔術は規格外すぎる。

そしてそれをイリアはあまり自覚していない。

いや、分かっていてもあまり問題だとは認識していないと言った方が正しい。


リューンはその道具たちが巻き起こすだろう騒動と、巻き込まれるだろうイリアが簡単に予想できた。

それを防ぐ手段は、リューンが外に出る魔道具を規制することくらいだろう。


「まるほど、監査役ね?」


リューンの内心を知らないイリアは無邪気に手を叩いた。

ハズレではないと、リューンは肩を竦める。


「店の護衛も出来るからお買い得だぞ?」


冗談に乗せて、幻視した未来。

リューンは密かに口の端を上げた。


悪くはない。


そう思った。






イリア・リューンVS弟たちなら、イリアリューンコンビの方がまだ圧倒的に強い。

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