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イリアの世界  作者: 一集
第二章
31/75

23.ウィルとアリア

誰が一番問題児か?

聞かれたらイリアは真っ先に、迷わず一人の名を口にする。


2、3年前まではそうではなかったのだが、どこをどう踏み間違えたのか、弟のうちの一人があさってな方向に暴走し始めた。


責任は自分にもあると自覚するだけに、説得と言う名の解決を図ってみたがまったく効用をみせない。

どころか、ますます頑なになる始末。

宥めても、怒っても、持ち上げても効果はナシ。


すわ反抗期か、と思春期の少年の扱いの難しさに頭を抱えながら、イリアと相談者は二人でこうなったらそれを利用してやろうと、彼の矯正を諦め反対方向に舵を取った。


乗せて、試練を与え、実力をつけさせようと。


思考の方は、いつか時間が解決するだろうと先送りにした。

前の世界でも少年少女たちがよく通る道であり、そしてその多くが大人に成るにつれ、現実と向き合いまっとうになっていく。


気楽に構えていよう。

これは成長過程で一定の者が罹る病のようなものであり、イニシエーションのようなものだろう。


そんな風に結論して、早二年。

イリアは忘れていた。


忘れていたというより、その可能性を見て見ぬふりをしたと言った方がいいかもしれない。

そう、かつての世界でもその可能性は示唆されていた。

その多く(・・・・)が大人に成るにつれ、現実と向き合いまっとうになっていく』


つまり、変わらない者も、少数ではあるが確かに居るのである。


彼は、ウィルは、残念なことに後者だった。

二年の歳月でそう結論せざるを得ない。


この数年、つぶさにウィルの様子を見ていた相談者もまた同じ結論を下した。

相談者、またの名をAI03、個体名アリア。


彼ら8体いるAIはイリアをグランドマスターと呼ぶ。

そう呼べと指示したわけではないが、他に呼ばれたい名もない、そのまま今日に至る。


ちなみに8()と言っても、彼らはあくまでAIであり、肉体を持たない人工知能だ。

が、彼らはいわゆる一般にAIと定義されるものとは少し違う。

計算知能や記号処理知能を主体としているわけでもない、イリアが彼らを称するのに当てはめた名がAIだったというだけの話。


人工知能、と字面だけで見るならばまったくそれは彼らを示すものとして相応しい。

彼らは確かに、「人工」的にイリアが作り上げた「知能」なのだから。


そしてイリアが最も接する機会の多い個体がこのアリア。

問題児を担当しているのだから当たり前と言えば当たり前だ。


イリアは基本AIを自由にさせている。

必要だと判断した場合のみ報告してくれればいいと、その裁可すら自主性に任せていた。

故に、ワールド・アトラス開設よりほとんど接触を持っていないAIもいる。


そして今日、ワールド・アトラスに降り立ったイリアに接触を図ってきたのはやはりアリア。

イリアはアリアに許可を出して、ワールド・アトラスの異相に転移する。


自然に満ちた風景のワールド・アトラスとはまったく様相を異にする空間。

暗い空間を、青い機械染みた光が時折通り抜ける。

足元を飾る幾何学文様もまた青。

それがこの空間に上下を作り出していた。

あるのは上と下のみ。

水平方向には無限の、いや視認できないほどの空間が広がっている。


広がる空間を無数に彩るのはワールド・アトラス中の光景を映し出している画像。

ワールド・アトラスの中枢、グランド・アトラス。

どの空間からも切り離された、出入り口なき閉じた世界である。


イリアとAIのみしか知らないワールド・アトラス秘中の秘。


そこにイリアが現れると、時を同じくしてアリアが現れた。


「お久しぶりです、グランドマスター」


この空間では彼らは青い光である。

人間であるイリアは形がないものとは喋りにくい。


幽霊のようにぼんやりと光るアリアは、人型、それも女性体とわかる凹凸があった。

他のAIは基本球体、いや初めはアリアも球体だったが、いつの間にかこのような形を取り始めた。


「マスターについて相談があります」


彼らはイリアをグランドマスターと呼ぶのに対して、自分たちがサポートをしている人物を単にマスターと称する。


アリアがマスターと言えば、それはウィルのこと。


イリアは深い溜息を吐く。

アリアが話す時、彼以外の話題が上ることはほとんどない。

予想は簡単についていたが、いつも堂々巡りの話し合いに倦むなと言う方が無茶な話なのだ。


ウィルは口は悪くひねくれているが、心根の方はわりと優しい。

ワールド・アトラスの主目的である実力向上も、他の弟たちと比べても劣るどころか最前線をひた走っている。


つい先日もワールド・アトラスの歴史を一ページ作った男だ。


いつの間にかとある国の宮廷魔術師なる職に就いたと思ったら、戦火にて甚大な成果を上げた功労を以って、世界初の『魔道師』の称号を贈られたという。


挙げた成果に対して褒章が間に合わなかった故の、苦肉の新設名称だろうが、これからワールド・アトラス中の魔法使い、魔術師たちはその高みを目指していくことになるのだろう。


魔法を超越した魔術、そして魔術を凌駕した『魔道』なる新たな人類の未来がこの時切り開かれたのだ。

ある意味、この出来事によって、魔法分野に置いてはついに現実世界の歴史を超えたと言えるかもしれない。


そんな輝かしい道をひた走るウィルの問題はただ一つ。


AIであるアリアに入れあげていることだ。


はじめからその気はあった。

アリアに対する執着は大したもので、度々イリアと当の本人であるアリアを困惑させたものだ。


サポーターとしての役割を全うしようとするアリアと、アリアを対等な相棒として扱うウィルと、平行線のまま今に至っているが、前述したようにその道は平坦ではなかった。


先に折れたのはイリアとアリア。

どうにも言うことを聞かないウィルに、一端説得を諦めたのだ。

で、やけくそ気味に採った方針。


端的に言えば、アリアが「願いを叶えたくば強くなってみなさ~い、おほほほ」と、ウィルを乗せた。


「…グランドマスター、私はそのような事は言っておりません。決してです」


アリアが注釈してきた。

モノの例えだとわからないはずがないが、それを加味しても許せなかったようだ。


とにかく、イリアとアリアの方針にウィルは乗った。


「強くなれば、俺を認めるんだな!」


ウィルの望みはただ一つ。

マスターとサポーターではなく、対等なパートナーであること。

そう挑むように言って、実際世界に挑み続けた。


そして今、人類最高峰にして史上初の『魔導師』の称号へとたどり着いた。


「グランドマスター、最早ここまでです」


アリアであるぼんやりとした光が頭を振る。

諦めが混じっているように思うのはイリアの思い違いだろうか。


「飽くなき努力などあり得ません。苦節の道には褒章で報いなければ、いずれはただ折れるのみ」


正論だ。

得るもののない努力を徒労と言う。

やがて歩みは止まり、膝を折り、そこに屍が晒されるのが関の山。


目の前に人参をぶら下げた馬のようにウィルを走らせてきたが、いい加減いつまでたっても人参が得られないことに苛立ちはじめている時期だとアリアが言う。

心が折れる前に、ちらつかせるだけでなく、本物の飴を与えるべきだと。


「…具体的にはどうしろと?」


イリアは空のない空間で、それでも天井方向を仰ぎ見ながら聞いた。

答えなどわかりきったこと。

それでも、できれば別の案が出てこないものだろうかと一縷の望みを託して。


「マスターの望みを叶えます」


果たして、イリアの望みは叶わなかった。

叶うのはウィルの望みだ。


「サポーターとしての役割を、放棄すると?」


イリアがアリアに問う。

全てのAIの核は自分だ。


しかしもう、イリアには彼らAIを誰一人として自分だと認識は出来ない。

彼らの行動理念はただ一つ。

マスターの為に。

その役割だけはどんな方法であれ、誰もが十全に全うしている。


ならば、アリアのこの結論も、その行動理念に根差しているのだろう。

彼らの望みはマスターのさらなる成長なのだから。

マスターの心が折れ、歩みを止めるなど、己の存在否定に等しい事態だ。


回避するためならば、なんでもするだろう。

例えば、課せられた役割を降りようとも。


「両立できないとグランドマスターが判断なされるのならば、答えはイエスです」


ウィルの願いはアリアがパートナーであること。

イリアが課したのはサポーターであること。


「…答えは保留よ」


ウィルのパートナーになる、ということは互いの利益を最大目的とするということだ。

そこに欠けるのは公平性、平等性。

ウィルの成長という目的と、世界の俯瞰視点を失うということ。


そんな危険な存在に世界を創造し破壊する力があるというのは何という悪夢か。

AIとしての権限を剥奪するべきか否か、この先アリアがどんな変遷を辿るのかを予想できないイリアには判断ができない。


「なんでこんなことになったのかしら」


できるのはぼやくことくらい。


イリアからしたら、かわいい弟にゲームを与えたら、弟がゲームの登場人物に夢中になったようなものだ。

そしてその登場人物から「弟さんとお友達になってもいいですか?」と問われているのである。

一応、ゲームシナリオから逸脱するのか、と叱責を込めて脅してみたが、登場人物の方から「弟さんが自棄になるよりマシでしょう」と返される始末。


もう認めるしかない。

世界はイリアの手を離れて一人で歩きだしているのだ。


深い深い溜息を吐いて、イリアは口を開く。


「アリア、行動を許可します。思うままに生きるといいわ」


自分で考え、自分でより良き方向に。

今までもそうしてきたのだろうから、難しいことではないはずだ。


ただ、マスターという存在が、共に歩みを進める相棒へと変貌しただけのことだ。


「もう、あなたはわたしではない。一個の、『アリア』という思念体。」


その言葉に、アリアは唐突に痛みを覚えた。

胸を割るような、引き裂かれるような、強烈な、けれど一瞬の痛み。


「グランドマスター…」


その呼称はもう相応しくないようにアリアには思えた。


アリアは、イリアの言葉によって、今、生まれ出でた。

ぼんやりとした魂は輪郭を描き、自己を認識させる。


鎖は、もうない。

生まれる喜びも解放される痛みも、ない。


あるのは、こうあろうとAIであった自分が思い描いた通りの、マスターの為の『自分』だ。


「当分の間、機能は残すわ。制限を設けるけど」


ワールド・アトラスの管理者としての機能。


「グランド・アトラスへの転移機能は停止」


ワールド・アトラス中枢へのアクセスを禁止。


「他、AIへの攻撃、干渉を禁止」


できるのは交渉のみ。


「ワールド・アトラス内の生命体すべてに関する命令権を剥奪」


もうシナリオを作ることはできない。


「それでも構わないなら、ウィルの元にお行きなさい」


AIとしては手足を捥がれたに等しい処遇だ。

さすがのアリアも二の足を踏んだ。


こんな、なにも付随しない、ただの思念体に成り下がった自分の存在を受け入れてくれるだろうか。

変わらずに望んでくれるだろうか。

喜んでくれるのだろうか。


「アリア、もしダメだったらわたしを呼べばいいのよ、ちゃんと迎えにいくわ。だから安心して行ってらっしゃい」


母に背を押されてアリアは暗い空間を飛び出した。


「わたしからアリア(愛しい娘)へ、世界一厳しい試練を与えるわ」


遠く、母の声が聞こえる。


細く、険しく、長く、厳しい道のりを用意する。

それは確かに絶望に塗りつぶされたような道だけど、希望はある。

一本だけ、深い谷に架けられたロープのような頼りない正解の道が。


「ウィル!」

「…アリア?どこに行ってたんだ、ワールド・アトラスに来てきみの声が一番初めに聞こえないなんて初めてだ。何があった?」


マスターの為に作られたAIに距離はない。

彼らが現れれば瞬時にその傍に寄り添い導くのが役目。


けれど、アリアはもう元はAIであった成れの果て、ただの思念体なのだ。

自己を持った幽霊のようなもの。


「ウィル、お願いがあるの」

「アリアが?俺に?」


姿のないアリアの声にウィルは違和感を抱く。

今まで頭の中に響いていたはずの声が、まるで耳介を揺らしているように聞こえてくる。


「そう、私の為に、叶えて欲しい願いがある」


そして彼女が個人的にウィルに何かを頼むなど今までなかったことだ。


「アリア?一体どうした?」

「…ウィル、心して聞いてほしい。私は今までのようにあなたを万全にサポートすることがもうできない」

「…な、に?」


不安の滲んだウィルの声に、アリアもまた不安を抱く。

けれど言葉を止める訳にはいかない。


「…あなたの望みと引き換えにその力は失ってしまった」

「俺の、望み?」

「何もできない私はいや?もう、いらない?それともあなたが望んだのは、…AIのアリア?」

「ま、待て!アリア、ちょっと待ってくれ!」


ウィルは咳き込むように喋るアリアの声に混乱を来す。

それは感情豊かで、どこか義務的だった彼女とは明らかに違う。


「俺の望みって」

「忘れてしまったの?」


まさかと問うアリアの声は表情が見えるような声色を有している。


「…きみと共に歩むこと」


ただそれを叶えるためだけに何年もワールド・アトラスをさ迷ってきたのだ、忘れる訳がない。

当の本人はどう思っているやら、ウィルの熱い思いに応えてくれたとこはなかったけど。


「それを叶えるって?」


青天の霹靂というのだ。

前触れもなく突然に、手の中に望みが収まったという、動揺するなという方が無茶だ。


「私、あなたのパートナーになりたいのよ」


けれど、その一言にウィルは動きを止めた。


「…本当に?」

「ええ、本当に」


そのためにアリアは生まれたのだ。


「こんな私でも構わないのなら」


受け入れてほしいと愛しい彼女がいう。


「そんなの…」


ウィルは喘ぐように息をした。


「そんなの当たり前だろう!アリア、本当に!?俺のアリアになってくれるって?今さら冗談なんて許さないからな!絶対に!はは、やった、やったぞ!諦めないでよかった!」


望みが薄いことなんて当に知っていた。

それでも僅かな希望に縋ってきたのだ。


「ウィル、あたなが喜んでくれて私も嬉しい」


だから、今度は自分の望みを叶えて欲しいと、アリアが強請る。


「幾らでも!」

「そんなに安請け合いしてもいいの?」

「俺の願いを叶えてくれたきみに、報いないわけがないだろう?」


ところで、きみの願いって?

聞く順番が逆だけど、それがウィルらしいとアリアは笑った。


「私、人間になりたいの。あなたと手をつないで、あなたの背を守り、あなたと共に歩きたい」

「アリア」


母が試練をくれるという。

それは優しさだ。


願いを叶えるための、手段をくれるということに他ならないのだから。


『ウィルと一緒に、乗り越えてきなさい』


母が微笑み、それを抜けた先にとびきりのご褒美を用意しておくと娘を送り出した。


「何年かけようと、必ず辿りつきます!」


ウィルの旅が終わり、ウィルとアリアの長い旅が始まる。






いつの間にかブクマ300!

本当にありがとうございます!

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