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イリアの世界  作者: 一集
第一章
3/75

3.弟たちと魔法

「イリア、今度は物語を聞かせて!龍が出てくる迫力のある物語がいいな!」

「いいわよ、ではではイリア劇場の開幕開幕~!」

「おおおお~!」


ノリ良く拍手が沸き起こる。

それに気を良くしてイリアは光を右手に、左手には炎の塊を。

ぐにぐにと動いたそれらはやがて形を露わにした。


イリアの語る物語は誰もが夢中になる。

物語に龍が登場すれば炎で作られた小さな龍が目の前に現れて熱いブレスを吐き出した。

闇で作られた凶悪な魔物が牙を剥けば、光の屈強な騎士が剣を躍らせる。


「そうしてやっと国に平和が訪れました」


きらきらと輝く瞳で適当に作り上げた立体紙芝居を見つめられると気恥ずかしいものがある。

イリアにとっては映画に遥か及ばず、飛び出す絵本並だと自覚しているが、娯楽を知らない彼らにとってはとても気を引くものであったようで、初めて披露したときの彼らの興奮の大きさはイリアには想定外だった。


昔、ニールに退屈な王国の歴史を教える時に少しでも頭に入るようにと懸命に考え、思いついたのがレーザーによる光の可視化と立体化。

形をもって立体的に動けば、印象にも残りやすいだろう。


目論見は成功して、しばらくの間、ニールからは歴史の講義ばかりねだられた。


イリアも飽きられないように、よりリアルに光の屈折や波長を調節したりと工夫を重ね、迫力を追求した結果、火や水そのものを自在に形を整えて動かせるようになった。


小さな立体紙芝居を見た後は興奮冷めやらぬまま少年たちはこぞって魔法の練習に励み始める。

これもいつも通りのこと。


こうしてその光景を見ていると個性が見えてくる。

得意不得意とも言う。


一番最初に匙を投げるのはリィンとウィル、決まってこの二人。

イリアが彼らは自分よりも身分が高いのではないかと予想するのはあまり我慢や忍耐を知らないそぶりであるからだ。


「もうやめだ、飽きた。」

「あー!イラつく!」


リィンは静かに不貞腐れるのに対して、ウィルは癇癪持ち。

どちらも可愛いものであるが。


ランスもこういった細かい魔法は苦手だ。


「うー、ぐぐぐぐ」

「ランス…それ、なに?」

「見てわかるだろう!龍だよ、龍!」

「スライムの間違いじゃないの?」


呆れた眼で見つめるニールは万能型。

細かい魔術から大きな魔法まで、出来ないものをイリアは見たことがない。


「おー、メルは水獣か。一緒に動かしてみようぜ」

「よしきた、炎の神獣とは、セオもなかなやるな」


メルとセオ、この二人は危なげなく魔力を纏めて苦も無く躍らせている。


「よっと、なかなか形がまとまらないなぁ…」


呟いているのはグレン。

少し唸ったあとに、グレンは先に見えない膜で形を作った。

そこに炎を流し込んで思い通りの形になったことに満足そうだ。


「グレン、今のどうやったの?ちょっと風で龍を作りたいんだけど、どうにかならない?」


シリルはどうしても風を可視化させたいようで、方法を模索しているようだった。

この二人は自分の出来ることで現象を再現しようとする傾向がある。


イリアはその微笑ましい光景を、人差し指を頬に添えて何事かを考えながら見ていた。


「そうだ、いい事考えたわ」


ぱちんと胸の前で手を打ってイリアが皆の注目を集める。


「みんなで一緒にお話を作ってみない?もちろん全部魔法でよ?」

「え…」

「面白そう!」

「どんな演目をやるの!?」


わっと様々な反応が返ってきて、イリアは皆を見まわした。

気まずそうな顔があっても、イリアがやると言ったらやるのだ、それがルール。


「お話は、そうねさすがに人が出てくる物語は難しいと思うわ」


人間の再現はかなり難しい。

イリアでもつい最近まで光の加減で誤魔化していたほどだ。

炎で作っても、水で作っても違和感しかないそれを、土魔法でいわゆる小さなゴーレムを作り、表面を加工して人に似せて動かす、という手法を生み出したがこのメンバーの中でそれをできるのはまだニールくらいのものだ。


「精霊のお話にしましょう。火と、水の精霊の話」


この世界に精霊とやらがいるのかはわからないが、まあフィクションだ好きにやらせてもらおう。


「精霊を作るのはリィンよ」

「え、うそだろ!」


驚きの声を上げたのは当の本人、なにせ形作りは一番の苦手だ。

イリアは微笑みを向けるだけで、その意見を翻す気がないのは明白。


「シリル、精霊の声をお願いね」

「ええー!声ってどうやって!?」

「さあ?やるのはシリルだもの、考えるのもシリルよ」


何を当たり前のことを、と首を傾げられると自分の方が悪いのではないかと思ってくるから不思議だ。


「背景風景はセオ」

「え!?今まで背景なんて出てきたことないじゃないか!」


必要なのか、それは。と聞けばあった方が楽しいと返されてしまう。


「水の精霊は火の精霊と違って自分では輝かないから、同等に目立たせるために水の精霊に光を入れたいの。メルできるわよね」

「…え、あ、うん」


と言う以外にない押しの強さにメルが首を縦に振った。


「舞台の形と安全を整えてね、グレン。みんなの魔力切れを補助して、ウィル」


まさかそんな役目を振られるとは思わなかった面々は焦りながらどうそれを実現したらいいのかを必死に考え始めている。


「火の精霊を動かすのはランス、水の精霊はニール」


まさかの配役だった。

普通なら精霊一人に対して誰かが一人を担当するものだと思うではないか。


さすがのニールもそれが出来るかを目を泳がせて考えるほどにはイリアの要求は高い。

水の精霊にいたっては何と三人の魔法を融合させろという。

もはや上級魔術の域だ。


「さあ、決まったのだからさっそくやってみましょう」


楽しそうに言うイリアは、残念ながら彼らに割り振った役目すべてを一人で賄える能力があった。


「せっかくの天気だし、のびのびやりたいもの、外で試しましょ!」


イリアの役目はいわば監督だろうか。

魔法は繊細とはよく言ったもので、こればかりはイリアも同意する。

一歩間違えば大怪我、なんてこともある、自分が居るからにはそんなことにはさせないけれど。


イリアの家は腐っても伯爵家。

ましてや腐ってはいない。

ニールを後継に決めてからのエンドレシア家は、次代の期待も相まってますますの隆盛を誇っているという。


イリアのお気に入りは表の美しく整えられた庭でもなく、裏の寛げる四阿でもなく、屋敷の両翼にあたる横庭でもなく、屋敷を囲う壁の角、屋敷を正面から見て左翼の奥にあった。


屋敷の裏は広大な庭が広がっているが、右翼には別館が建っているし、正面は四阿を含めた美しい庭園になっている。

しかし左翼側には涼を得るためか、木が生い茂っていてもはや森と言ってもいい。

屋敷からも見えず、ぽっかりと空いたこの広間は長年イリアの、やがてニールと二人の絶好の隠れ家だった。


ちなみにこんな広場はもとはなかった。

イリアが魔術で木々を切り倒して均した空間だ。


「さあ、準備はいい?」

「よくないだろ!」

「一体何をどうしたらいいんだ!?」

「え、舞台の形って、えー??」

「声、声、声…」


誰一人として構想がまとまっていないのを見てもイリアは腰に手を当てて、それはそれは楽しそうに張り切っている。


「仕方ないわね、まずは、…グレン、舞台の大きさはどうする?」

「え、おれが決めるの!?」

「だって、グレンが土台なんだからグレンが出来る範囲が舞台よ?」

「わ、わかった」

「そ、よかったわ。さっそく決めた大きさで舞台を作ってみて」


舞台を作るとはなんぞや?

疑問符を浮かべるグレンを余所に他の者も気が気ではない。

自分の番はいつか来る。

それまでに考えなければならないことは多かった。


イリアはグレンに舞台の形と安全をと言っていた。

ならば求められているのは。


「見えざる壁、『広がれ、形は四角』」


地面に這わせるように魔力を広げる。

グレンの最も得意とする魔法。

苦心して長方形に整えたのはこの世界で分類すればシールドと言ったか。


「『伸びろ、覆え、閉じろ』」


魔法や物理攻撃を防ぐのに瞬間的に使われることが多く、故にシールドの形を変える、などという発想に至った者はいないが、このグレン、何かと乱発する魔法がこれだった。


シールドという前面を守るための瞬間魔法はあってもその先はない。

故に、それはグレンが考え出したものであり、その呪文もまた彼のルールに則っていた。

それはもはや魔法とは言わない、魔術と言って差し支えない。


ニールなどは完全に常識を無視した魔術を使いまくる姉の影響以外の何ものでもないと思っている。

新しい魔法など、知られたらどんな事態になるのか、ここにいるメンバーがあまりにも簡単に作り出すものだから有難味が薄れすぎて困る。


「うん、綺麗な結界ね、上出来上出来」


立体長方形の見えざる壁が鎮座しているのを満足そうに見て、イリアは呟く。

イリアの想定よりは小さめの横5メートル、縦3.5メートルと言ったところか、まあ許容範囲だ。


「さあ、舞台は整ったわ。次はウィル、みんなの回復役よ、把握するためにみんなを指定して」

「やってはみるが…」


苦心しているのは見て取れた。

ウィルは細かい作業が苦手なのだ、イリアは一人一人にフラッグを立てて、状態を把握しながらその都度必要量の回復を施せとのたまっているのだが、うろうろと動く的を指定するのはどうにもうまくいかない。


「その間にリィン、精霊を作ってね」

「了解」


こちらも覚悟を決めたのか、作業に入る。


「セオ、舞台の上に森を出せる?」

「確認するけど、方法はどうでもいいんだよね?」

「もちろん、危険があればグレンが何とかしてくれるでしょ」

「…なんて無茶な、維持するだけで精一杯だよ、おれは」


一番先に魔術を発動させたグレンはすでに息が上がりつつあった。


「ウィル、早くしないとグレンが先にばてるわよ」

「わかってるよ!!ちょっと静かにしてて!」


ウィルだってグレンの状況は把握できているのだ。

そう、把握までは出来る、ごりごりと勢いよくグレンから何かが漏れ出しているのがわかる。

今のところ見ていればいいのはグレンだけなのだから難しいことではない。

ところがたった一人だというのにグレンを指定して回復を施す、というのが難しい。


「大体、必要量って…どうやって」


これ、もし流し込み過ぎたらどうなるんだ?

ふと過る疑問。


「うわわわ、ちょっと、ちょっと、リィンまじ勘弁して、無理!それは無理ー!!!!」


グレンの魔力が膨らんだと思えば、舞台の上では炎がのた打ち回っている。

舞台安全装置として、形を整えられずに暴走気味のそれを抑える役目を負っているグレンが悲鳴を上げた。


「や、ばい!破れる!」

「ランス!抑えて!」

「そこでオレー!?」

「そうよ、火の精霊担当でしょ!」

「うわわわわ」


魔力を闇雲に伸ばして、火の精霊の元を掴む。

…で?


「ランスー!は、や、くー!ウィル、は、や、くー!!」

「わかってる!わかってるんだよ!!!」

「こっちも精一杯やってんだろー!少し待ってくれよ!」


グレンの叫びがランスを焦らせる。

火の精霊を生み出していたリィンとしては、手の平サイズで試した時にはうんともすんとも言わなかったことを考えれば、これでも上出来で、ある程度の大きさにしてもいいのなら何とかなるらしいとグレンとランス、ウィルの三つ巴の狂乱を余所に内心ほっとしていた。


火の方は二人に任せて、次は水の精霊。


「おいー!リィン、制御!手放すな!暴れる!!」

「…あとは頼んだ、魔力の供給だけはする」

「えーーーー!?」


制御を任されたランスが本気で顔面を蒼白にした。

他人の魔力をどうこうしたことはなく、ましてやあのリィンの魔力である。

ランスが彼の魔力を称するなら、大味。

目の粗い網のような感覚を抱く。

見た目、繊細そうな正統派王子のくせに、性格がよく出ているとランスは前から思っていた。


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


掴んでも掴んでもどこかが暴れる。

こちらの手は限られているというのに。


「さすがランス、他人の魔力を掴むとか…」


ニールなら出来るかもしれないが、まあ、やらないだろう、火傷は必至だから。

少々イリアが呆れているのにも気付かず、ランスは額に汗を流しながら火の精霊とは呼べないただの炎の塊と格闘を続ける。


舞台の上では背景をどうにか浮かび出させようとセオが四苦八苦していた。

イリアが見せたことのある光で浮かび上がらせてみたが小さければまだしもここまで大きくなるとのっぺりとした印象のそれは背景とは呼べない、色も出ない、動きもない、出せない。


「これなら…どうだ」


霧を発生させてそれに形を与えてみたがこれもまたリアリティに掛ける。

万事器用なセオが頭を抱えるのを見られるのは貴重な機会だった。


その隣ではリィンが魔力をもう一つの出演者に分け与え始めていた。


「出でよ、水の精霊」

「…水球だな」

「うん、水球だね」

「う、うるさい、元は出したのだから文句は言うな!」


浮かんだ水球はなるほどのた打ち回る炎と違って迫力がない。

イリアが光を追加要求した意味はよくわかった。


「メル」

「わかってる。『光よ』」

「うわ!!!メル、明るすぎる!目を潰す気か!!!」

「メル!光が水球から分離してるぞ、これでは意味がない!」

「そんないっぺんに言わないでよ!最初からうまくいくわけないでしょ!」


彼方此方、いまだに形を得ない炎の精霊が突然呻いた。


『グギャ』


「え?」

「何、今の?」


思わず水の精霊にかかり切りだった彼らが振り向いたが、目に入ったのは地面に突っ伏しているシリルだった。


「シリル?…なに、今の」

「ぐぅ……声だよ!精霊の!決まってるだろ!」

「精霊って…あんなんなの?あんなのいやだわ~尊敬できないわ~」

「ふむ、威厳のない精霊もいたものだな?」

「精霊って元はカエル?」


羞恥で死にそうになっているシリルに追い打ちをかけるくらいには彼らは余裕があるらしい。

得意の風魔法で音を作ろうとしたシリルは地面で己の不甲斐なさを罵る以外に術がない。


「ウィール、そろそろ本当にグレンが倒れそうよ~?」


様々な場所で様々なことが起きている中、イリアがウィルを急かす。


「あー!!!!もう!面倒な!やってられるか、こんな細かい作業!!」


ウィルが叫び、いつもの癇癪でやめてしまうのかと思ったら立てようとしていたフラッグを引っ込めて、キンと音がするように魔力が辺りに浸透した。


「あら」


イリアの呟きと同時に広域魔法が発動した。


「全部把握できればいいんだろ?」


ぶわりと広がるウィルの支配空間。


「よし!グレン、お前の足元もカバーした。そっちに多く魔力を寄せてやる、あとは勝手に使え!」

「ええええ」


どう渡していいかわからないから勝手に使用しろとは中々ウィルらしい結論だ。

個別認識が苦手だから範囲をすべて覆ってしまうのもまた答えだろう。


「くそー、いつまでも暴れやがって!オ、レ、に、いい加減従えー!」


ランスが火の精霊に焦れたように叫んだ。

掴むのは諦めたのか、ランスの魔力がリィンの魔力に混ざっていく。


いや、混ざったのではない、覆っているのだ。


「あらあら、すごい」


暴走気味の炎を丸め込んで、出来上がったのは。


「きれいな火球ね…」


どう見ても精霊ではない。


ランスに期待してはいけないことその一、造形美。

だったな、とイリアが火球を見ながら思った。


顔を顰めたランスがリィンを振り返る。


「おい、まとめたぞ。形、作ってくれよ」


出来ないものは出来ない、ランスはあっさりと仕上げをリィンに投げた。


「お前の魔力で覆われたこれの形を変えろと?」

「出来ないのかよ」

「くそ、覚えてろよ」


文句を言いながらリィンが元は自分の魔力であったものをこねくり回す。


水の精霊は難なく形を整え、光担当のメルと動作担当のニールが呼吸を合わせている。


「早い!ニール、早すぎる」


別々に動かしているものだから精霊が先に動いてしまうと中に放り込んでいた光がすぽんとその場に取り残されることになる。

光の形としては球体、精霊の胸の真ん中に置いて、光の強さを調整することにより、感情を表わそうというところまで決まっていた。


「形はできたわね、今日はここでやめておきましょう」


イリアが手を叩けばすべての事象は一瞬で解けて溶けた。

唐突な終わりに呆気にとられる間なく、体の重さに気付く。


「あ、あれ?」


地面に座り込むものや、木に寄り掛かる者、グレンに至っては仰向けに空を仰いでいた。

誰もが肩で息をしている。


長年イリアと共に魔術に慣れ親しんでいたニールですら膝が笑っている。


「お疲れ様、どうだった?」


イリアが止めなければ倒れていたのだろう。


初めての挑戦に夢中で気付かなかった。


「あー疲れた」

「こんなに全力で魔力を使ったのって初めてかも」

「死ぬ、息が出来ない」


一通りの感想の後。


「でも、楽しかったな」

「確かに」

「時間、忘れてた」

「次はもう少しうまくやれる」


全力疾走は、心地いいものらしい。

一応釘はさしておこう。


「わたしと一緒のとき、ここ以外では練習は禁止ね」


これが彼らが新しく夢中になった遊びだった。

登場人物が一気に増えて誰が誰やら…。

そのうち見分けがつくようにしていきたいところ。

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