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イリアの世界  作者: 一集
第二章
27/75

20.実習と冒険者

最初の実習はとかく過保護だ。

ニールとグレンにとっては有り難くもあったが。


初めはどこか浮かれていた生徒たちは、段々と緊張感をなくして、今は授業消化の意味合いを強くしている。


遺跡は初心者用。

生徒は5、6人程度のグループに分かれて、それぞれ歩を進めていたが、彼らには監視者がいる。

生徒曰く、だ。


ニールとグレンからしたら保護者か補助者だが、他の生徒たちにしてみれば、興奮していた実習だけに拍子抜けなのだろう。


5、6人の生徒に対して、遺跡に慣れた冒険者と教師が2、3人。

危険のきの字も感じない。


もはや遺跡を散歩しに来たようなものだ。

出てくる魔物は小型で、近づく前に大人たちにあっさりと、あまりにもあっさりと命を絶たれる。


ニールとグレンでさえ遺跡の雰囲気に慣れる為の授業なのかと訝しんだほどだ。


だが、まあわからなくもない。

相手は、つまり自分たちはほとんど貴族、あるいは富民、あるいは逸材なのだ。

誰一人として失うわけにはいかない人材。


生きた財だ。

死亡率の高い遺跡の初探索は過保護にならざるを得ないのだろう。


大人しく守られて得られるものは、遺跡に足を踏み入れたという実績だけ。


「つまり、ここから何を得るかは自分次第ってことか」


ぽつりとグレンが零す。

ニールとは別のグループだが、彼も多分同じことを考えていることだろうとグレンは確信していた。


「慣らしにはちょうどいい」


ニールはグレンの想像通り、そう呟く。


ニールもグレンも、飽きるほどに遺跡に潜った。

迷宮にだって挑んだ。


が、それはすべてワールド・アトラスの話。

実際の遺跡も、戦闘も、いまだ未経験。


自分の想像通りに体が動くのか、思い通りに技は魔法は放てるのか、自分の感覚は正しいか、数多重ねてきた経験通りに魔物は行動するのか。

確かめる必要がある。


なるべく穏やかに、周りを守る大人たちに話しかける。

前置きは簡潔に、要件を切り出す。


「私も少し前に出てみたい。」


守らなくていいなどとは言わない。

それは彼らの仕事だ。

そして貴族の我がままに付き合うのもまた、彼らの仕事なのだ。


ご愁傷様。


ニールもグレンも欠片も悪いとは思わずに、冒険者たちの苦い声を隠す愛想笑いを見ながらそう心の中で声をかける。






雛の引率。

あるいはガキのお守り。

と、冒険者の間で揶揄される仕事がある。


必ず定期で募集される、王都恒例の行事。

埋めなければいけない国からの発注だけにギルドは毎年人材の確保に奔走している。


ギルドに一年かけて恩を売られた冒険者たちがその恩を回収されるのがこの時期。


報酬はかなりいい部類に入るにも関わらず、そんな風にギルドが苦心して人を集めなければならないのにはわけがある。


仕事内容が世間知らずのお坊ちゃん、お嬢ちゃんたちの世話だからだ。


この国最高峰の学舎、デルファベル学園の生徒たちの初めての実習に付き合う。

その契約内容に、生徒たちの安否に対する項目は実は少ない。


成功条件は「五体満足で生還させること」程度であるところは貴族にもそれなりに実情を理解している者がいるという事なのだろうか。

それは生徒たちが多少痛い目を見ても構わない、という意思表示だからだ。


だが、後々の厄介ごとを抱えたくない冒険者たちはそれはそれは丁寧に、怪我一つさせずに彼らを学園まで帰す。

本末転倒であるが、いつのまにか学園側でもそれが当然と思うようになっていた。


そして、この仕事の難しさは生徒たち側にある。

初実習、つまり彼らは12、3才の生意気盛りの少年少女。

甘やかされて育ち、人を従えることに慣れきった彼らは危険地帯でそのエキスパートである冒険者の言葉を軽んじる。

時にはその指示にお門違いにも激昂することすらある。


弱いとは言え魔物が溢れる遺跡で、勝手気ままに振舞う子供を怪我一つさせずに連れ帰ることの困難さは、歴代の引率者が一年間酒場で愚痴り倒すことで語り継がれていた。


故に圧倒的不人気を博している仕事となっている。


この仕事から逃れられなかった冒険者は他の冒険者たちに肩を叩かれる。

顔も知らない冒険者から親しい者まで、エールを込めて、あるいは憐みから。

そんな無数の手に叩かれた肩が当日までひたすらに重くなっていく。


彼らはギルドが自薦した冒険者たちだけに実力も性質も申し分ない。

しかも今回の引率業は例年より多い5日間だ。

犠牲者も多い。


そんな栄えある5日間の初日に動員された冒険者の一人は、パーティー仲間とちらりと目を合わせた。


貴族らしく、自分にも戦わせろと我がままを通してきた少年を見て。


奇妙な少年だった。

物腰は穏やか。

剣士かと、腰に佩いた剣を見て判断する。

貴族然とはしているが、特有の高慢さは見えない。


少年の主張は毎年必ず出てくる意見だけにどうとも思わなかった。

学園側の教師に少年の要望を叶えていいかの確認を取って、後の我が身を守る言質も貰い、いざ少年を入れての前線構成を作ったが。


最初のぎこちなさには苦笑と言うより微笑ましさを感じ。

猪突猛進気味な他生徒には見えない慎重さには見込みを感じ。

次に技術の正確さに驚き。


そして今は違和感を覚えている。


冒険者たちはすでに剣を下ろしていた。

経験上知っている。


自分たちの剣はもう必要ない。

守る必要が、ない。


目線の先にはまだ育ち切っていない、幼さを残す背中。

けれどしなやかな筋肉が無駄なく覆った体だ。


それは繰り返しの訓練でのみ得られるもの。

そう、きっと彼は弛まぬ努力を積み重ねてきた。


彼の要望は我がままではなく、出来ると知った上での訓練の延長。


彼をフォローしていたのは初めだけ。


「…彼、なにもの?」


元よりパーティーを組んでいる仲間の女性冒険者が隣で、その背中から目を離さずに聞いてきた。

それは自分の方が知りたいと、軽く首を振る。


少年は、貴族で、剣士で、学園の生徒。

それ以外に彼を示すなにを疑問に思うのか。


上手すぎる。


いや、慣れるのが早すぎるのだ。


確かに初めの行動も、言動も、少年が初めて遺跡に潜ったことを示しているのに。


固さの残る剣捌き。

そんなもの二三度魔物を切った頃には鳴りを潜めていた。


緊張に張った肩。

そんなもの、フォローに走った自分たち冒険者をちらりと見て一瞬後にはなくなっていた。


速すぎる成長。

まるで五年分を一気に見ているような気分になる。


リズムを刻むように繰り返す動作は、二回目には継ぎ目がなくなって、三度目には流れるような動きになる。


「まるで、ブランクのある熟練者(ベテラン)を見ているようね」


言いて妙だと思った。

あれは確認作業に似ている。


ひよっこが急激に成長していると言うよりは、経験も技術もある、戦いから距離を置いていた者が、久方ぶりに帰ってきた時のような馴らしの感覚。


隙のなさも、油断のなさも、力の抜き方も、「知って」いる。

そういう空気。


少年に触発されてグループの残りの生徒たちがにわかに戦闘に参加したがった以外は恙なく初日が終わった。

遺跡から出た開けた場所で生徒の安否を確認している教師たち。


そこから少し離れて、疲労に空を仰いでいる冒険者たちの中に、もう一組だけおかしな空気を持っているもの達がいた。


勘に従って彼らに近付く。


向こうも近づいてくる一団にすぐに気付いて周りを目線だけで確かめる。

声が聞こえるほどに近付いた頃には口を開いていい環境を作り上げてくれていた。


「よう、兄弟。お前たちもか?」


肩を竦めて苦笑いを返す。

何を、とは言わない。


「どいつだ?」

「あの金髪の細っこいお坊ちゃんだ。剣を使う。そっちは?」

「背の高いオリーブの髪。シールド魔法の使い手だった。本人は結界と呼んでいたが。」


情報の交換を果たして、互いの顔に困惑を見る。


「何者と見た?」

「わからん、分かるのは見た目と行動(実力)が一致していない、ということだけだ」

「同感だ」

「が、力量は十分。こちらは今のうちに顔を売っておくつもりだ。そっちのシールド魔法の少年にも声をかけても?」

「構わん。かわりに俺たちもそっちの剣士の少年に接触させてもらうよ」


考えることは同じ。

そんな冒険者同士の交渉を簡単に終えて、言葉通りに見所のある二人に顔と名を売っておく。

シールド魔法の少年らに付き添った冒険者たちはこの一日目のみの参加だったようで、悪くない収穫をしたと笑っていた。


「当たり年、か?」


彼らが去ってから呟いた声に、仲間の女性冒険者がちらりと自分を見た気配がする。


「それは次を待ってから答えを出しましょう」


日程二日目も参加するのだ、比べてからでも遅くない。


果たして、二日目にもいた。

同じ感覚を抱く少年たち。


今度は最初から目を付けて彼らのグループに入るように近づいた。


「何か、私に用ですか?」


目敏くそれに気付いた少年に、微笑みながら警戒心露わに尋ねてきた時には、第六感に従って正直に答えた。

ここを間違えてはいけないと勘が言う。


「一日目にも参加したんだが、見所がある者がいたのでな。君もそうかと」

「…ふーん」


考えるように答えた、見た目だけは穏やかな少年にもう一つヒントを。


「ちなみに、剣士だった」


少年は年相応に破顔する。

どうやら警戒は解けたようだ。


内緒ですよ、と一言置いて。


「それは正確な情報ではありません、彼は魔法剣士です。貴方たちは彼の本当の実力を見てはいないみたいだ。」


その言葉には驚かされたけども。


「けど、貴方たちの慧眼は保障された。いいね、気に入った。せっかくだから私にも付き合ってもらおうかな」


そう嘯く少年もまた凄まじかった。


魔物の特性を知った上でのもっとも効果的な攻撃方法の選び方。

多彩な魔法を、躊躇わずに使い分ける。

才能に振り回されないだけの知識と頭脳。

それだけで十分に驚くに値した。

しかも彼には一瞬の動作の遅れも自分に許さない厳しさがあった。


「君たちは何者だ?」


思わず聞いたとしても仕方がない。

少年は片眉を上げて、意外なことを聞いたかのように笑った。


「貴族ですよ?」


周りの生徒たちは貧弱な魔物に、耐性のある魔法を必死に打ち込んでいた。

魔法の選択も、その威力も、悪すぎる。

いや、そもそもあれが普通なのだ。

魔法など、一属性使いこなせれば一人前。


魔法は強い。

けれど、やり様によっては勝てると、冒険者が自負するのはその為だ。


多属性を使いこなす目の前の少年が特別。


「君を彼らと同じに扱うには無理がある」


少年は肩を竦めた。


「一つだけ教えてくれ。三日目にもいるのか?」

「確かめてみたら如何ですか?」


つまり、答えは是。


三日目以降に仕事は入っていなかった。

が、手を上げて参加することにした。


多分、それだけの価値がある。


三日目に彼らの共通点に気付いた。


「カード」だ。

同じグリーンカードを持っている。


冒険者としてはグリーンカードと聞いて思い出すのは同じ肩書を持つ者の事。


「あの男も大概規格外だったな、そういえば」


一流と呼ばれる冒険者の一人に、グリーンカードの持ち主がいた。

最近は女に入れあげて腑抜けたなどという噂も聞こえてくるが、あの男に限ってそれはあり得ないだろう。


三日目の少年は大変貴族らしい態度だったが、その目にだけは慢心の色はない。

酷いギャップだ。


これはそうと知って見ていないと気付けない。

グリーンカードと言う見分け方に心から感謝した。


「以後お見知りおきを」


慇懃に腰を折れば、圧倒的な火力で魔物を焼き尽くした少年は鼻を鳴らした。


「ふん、覚えておこう。何れ、付き合ってもらうこともあるだろうしな」


そのお眼鏡になんとか引っかかったらしい。

遠回しなのか直接的なのかわからない日時不明の指名依頼をもらった。


四日目に志願した時には、訝しむ冒険者が増えてきた。


「よう兄弟。あれから足蹴く引率業に勤しんでるらしいじゃないか。もしかして、まだいたのか?一日目みたいな奴が他にも?驚きだな」


誰もが敬遠する仕事を率先して受けるのだから、そこに何かがあると鼻の利くものは気付く。


「一体なにがあった?」

「ガキのお守りに何の利点を見つけた?え、おい、俺たちの仲じゃないか、教えてくれよ」


探りを入れてくるものもいる。


「別に何も。子守りが得意なだけだ」


そう答えたが、引率希望者は増えた。

が、目印を知っている分、先んじることができる。


グリーンカードを持った紅の混じった銀髪の少年は冒険者を見て、その容貌に似つかわしくない顔でにやりと笑った。


「噂の冒険者だね」


仲間から話を聞いていたらしい。


「ちょっとみんなから隠してよ」


少女にも見紛う少年は、そんな頼みをしてきた。


「凄い瞬間に立ち会ってるのかもしれないわね、私達」


そう呟く仲間の声は諦観が混じっている。

興奮も同じだけ。


軽々と舞っているように見える風使いの少年の足元は、よく見ていると短時間ではあるが確かに浮いている。


なるほど、隠してくれと言うはずだ。


五日目は、頼み込んできた一日目に話した冒険者たちに譲った。

もう十分だと思っていたところだが、恩は売っておくに越したことはない。


そんな風に時間が余った五日目。

ぞろぞろと連れだって遺跡に移動していく、ギルドで登録したばかりの生徒たちと冒険者の姿を目に入れながら、ふと思い浮かんだ言葉を口にする。


「『才あるところに災いあり』ってか」


予感がする。

ざわざわと胸の奥が騒ぐ。


興奮と憂鬱が入れ代わり立ち代わりやってくる。


「なにそれ?」

「故郷の古い格言だよ。英雄や偉人に試練はつきものって意味さ」


結果と原因をすり替える胸糞悪い因習だと思っていたが、今となっては思うところがあった。


この格言には裏の意味がある。

試練は特別な才を持つ者たちのために起こる。

それはつまり、一般人にとってはただの災い。

故に用心しろ、という教えなのだ。


個性を厭い、才を疎む傾向にあった故郷はなるほどその教えを忠実に守ってきたわけだ。

そんな故郷に嫌気がさして飛び出してきた身としては、全面肯定するわけにはいかない。


「だが、まあ、ここまで見せつけられればなぁ…」


何が起きても不思議ではないとも思う。

何よりも、埋もれて終わる人材ではないだろう、彼らは。

きっとその為の舞台は用意されているはずだと、いつ起こるとも知れない嵐の予感に口を歪める。


「願わくば、無事に乗り切りたいものだ」


問題はここまでの才能が、他に露見していないという点だ。

このアドバンテージを最大限に生かすにはどうすればいいか。

つい考えてしまうのは職業病とも言える。


「さて、時代の波に伸るか反るか。賭けるか降りるか」

「リーダー?」


巻き込まれて終わる一般人には気の毒な話。

だが、自分たちは一般人か?


答えはもう出ていた。

故郷に帰るにはまだ若すぎる。


混沌の後に見えるものを、この目で見たい。


「爺さんになったら、英雄たちの誕生秘話が語れるかもな、はは」


上機嫌に笑うリーダーを、訳が分からないと仲間たちが呆れた目で見ていた。




自分たちに接した冒険者にそんな感想を抱かれているとは知らない少年たちは貪欲に、ワールド・アトラスでの経験を現実でも、モノにしていった。


>実習どうだった?

>思ったより忠実に再現できた。

>私もだな。考えていたより齟齬が少ない。

>ありがたいけど、もう少し色々試してみたいなぁ。

>実習中は無理だろ、これ以上は目立ちすぎる。

>十分目立ってたみたいだけど?冒険者に目つけられてたじゃないか。

>冒険者なら問題ないだろ、彼ら頭は良さそうだったし。

>ま、成果は上々ってことで。

>ってかさ、全力出したらどうなると思う?

>遺跡が崩落する

>遺跡内の魔物が全滅

>人間も巻き込むからやめとけ。

>例えばだよ!やらないよ!






姉を、そろそろ…(汗)

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