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イリアの世界  作者: 一集
第二章
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18.精霊王と存在意義

ここ二年、一同が会したのは毎年恒例となったルカリドの避暑地での偶然を装った隠された邂逅だけだ。


建国祭と重なる豊穣祭での舞台はどうしても幾人かが欠けてしまう。

それでも、その参加人数はルカリドの避暑地に次いで二番目。

彼らにとっては貴重な機会であるようで、何とか参加しようとあの手この手で足掻いていて街まで下りてくる。


問題は舞台では主人公である精霊たち。

その場ではイリアたちの手中に収まってくれるのだが、普段は放し飼いだ。

自我を持った彼らは自由奔放にして貪欲。


力を得つつある精霊王たちは創造主たちの魔力を抜き取って、勝手に地上に顕現している。

自分たちの力を自分たちで集めることにしたようだ。

つまり、人々の強い信仰を。


信仰を集め、精霊たちを生み出し、それを糧にまた信仰を集める。

小さな精霊たちは王の命に従って、各地に散らばっていく。


運のいい者はその御姿を目にすることが出来、目にした者は信仰心を篤くする。

それすらも王の意図なのだろう。


いまや精霊とは『存在する』ものと誰もが疑わない。

で、あるならば精霊とは居るものなのだ。


そうして彼らは自分たちの存在を確固たるものにしていった。

創造主たちの魔力の助けによって存在していた彼らは、この二年でそれを必要としないまでになった。

もはやその存在が揺らぐことはない。


「…なんか、作ってはいけないものを作ってしまったような気がする」


勝手に地上に現れ、人々を前にパフォーマンスを繰り広げている精霊王を遠くから見つけてそう呟いたのはリィン。

それをパフォーマンスと冷静に見られるのは今も昔も彼らだけだろうが。


「その存在たるや神か化け物かって、か?」


ハハと笑い飛ばそうとしたランスはその笑いが酷く乾いたものになっていることに気付いて苦虫を噛み潰したような顔になった。


並び立つ存在が『神』や『化け物』しか思いつかないという事実に気付いたからだ。

今とは言わない、けれどそこにやがて辿りつく存在であることは本能が知っている。


「どうするよ、アレ?」


何が問題なのかといえば、自我があることである。

彼らを作ったのは自分たちであったが、彼らはその手を離れ、自分たちのコントロール下にはない。

力をぶつけ合ったとして、今はまだ勝機も見える存在である彼らだが、目を瞠る速度で存在階位を駆け上っている。


手綱は、つけていない。

彼らには自由がある。


「ま、なるようにしかならないだろ」


ウィルが結論した。


世界に牙を剥く存在になろうとも、自分たちに敵対する存在になろうとも、彼らには選ぶ権利がある。

選択を否定する理由はなかった。


「創造主として、止める義務があるんじゃないのか?」


選ぶことを肯んじても、その選択を実行することを認める訳にいかない。

それはつまり、自分たちが世界を滅ぼすことに他ならないからだ。


「でも今はともかく、5年後、10年後、俺たちで止められると思うか?」

「まあ、無理だろうねぇ」


のんびりとセオが初めから答えを予想しているかのように力なく問いかける。

苦笑しながら言葉にしたのはメル。


「その時は死力を尽くして説得しよう」


ぐっと拳を握ってリィンが言う。


力が通じないのならば残された方法は言葉だけだ。

幸い相手は言葉が通じる。


「それしかないのか…」

「何とも心許ない最後の手段だ」


ニールとグレンが溜息を吐きながら首肯した。






『ぶふ』

『なんぞ、風の。突然噴きだすとは何ごとぞ?』


あからさまに嫌そうな顔で水の精霊王が優美に問う。


『いやあ、いいよね~。僕たちの生みの親は相変わらず面白い』

『そなた、主たちの会話を盗み聞きしておったな?』


咎める目に、風の精霊王は心外だと片眉を上げる。


『失礼だな、ぼくは風を司るもの。聞こえてしまうのだから仕方がないじゃないか』

『して、創造主どのたちは何と?』


割り込んできたのは炎の精霊王。


『ん~、ぼくたちが強くなりすぎることを懸念しているようだよ』


風の精霊王以外の全員が同じ顔をした。

きょとんと。

それはまさに寝耳に水の言葉。


『なぜ?われらの力は主の力。何を憂慮する必要がある?』


風の精霊王は肩を竦めた。


『彼らはこう思っている訳さ。ぼくたちの力はぼくたちのもので、ぼくたちの意志はぼくたちのもので、ぼくたちが選ぶものは尊重されてしかるべきだって。なぜならぼくたちは自我を持った、代わるもののない一個の命だから』


目を見開き。

目を瞬かせ。

彼らは一様に驚きを表現した。


『いとおしいねぇ。本当に。…ああ、ほんとうに』


風の精霊王が目を細めて、こぼれ落ちた呟きを大事そうに拾った。


初めにあったのは空っぽの入れ物。

それはあっという間に色付いて、こうして時々溢れそうになるほどに満たされる。


『そうか、主たちは知らぬのだな。我らのたった一つの存在意義を』


見当違いの心配を、彼らはしているのだ。


『だが、だからこそ』

『ああ、だからこそ』


その身は御身のために。

その力は御身のために。

彼らが願いを抱いた時に、その全ては叶えられるだろう。


今はまだ世界を動かすには足りない力でも、いつか神をも殺す刃を得る。


世界を見守れと言うのならその穏やかなるを。

この身が必要ないというのなら、必要とされるその時まで万の眠りを。

大地を枯らせと言うのならそのように。

生命全ての忠誠を望むのならあらゆるものを御前に跪かせよう。


手綱など、初めから必要はない。

産声を上げたその時から魂に刻まれている。


その身を捧げよ、彼の者のために。


そのために生まれた。


だというのに、彼らは、当たり前のように言うのだ。


『我らに自由を望むか。』

『好きに生きろと。』


王たちの根底を成すそれは変えられない。

けれど、唇は緩やかな弧を描く。


彼らの子として生まれてきたその身に感謝を。


『で、あるならば好きに生きようではないか』


光の精霊王が腕を広げた。

言外の意味を計れなかった者はない。


好きに。

ならばこの意志で、彼の者のために。


『我らの愛を、いつか彼らは知るのだろうか』


魂に刻まれた絶対の命令の他に、愛も忠誠も、この身に生じた全てを、捧げ尽くしているのだと。

彼らが知る日は。






そんなことはつゆ知らず。

まさしく作ってはいけないものを作り出した彼らは学舎に身を置く立場となった。


ここでは建前上、身分の上下はない。

貴族と優秀な平民が同じ場所にいる以上、その建前は必要なものだ。

が、当然、敬われる立場にある者には建前から外れない程度の敬意を表す。

その態度を以って、平民であろうとも学舎の一員として受け入れられる。


本年度の入学者は例年より少々多く、振り分けクラスは他学年より一つ多い。

平民は入学試験、貴族は入学前の学力試験を基にクラスを分けられるのだが、この振り分けこそが最も建前を体現している制度である、と常々言われていた。


つまり容赦なしの実力主義。


弟たちはその得手不得手を遺憾なく発揮したらしい。

見事にばらけた。


一番上のクラスにいるのはニールとグレンのみ。

二クラスにリィンとメル。

三クラスはウィルとセオ。

四クラスにシリル。

最後の五クラス目にランス。


結果、家と世間からの風当たりが強くなったとぼやいたのはリィンとウィル。

身分的に一クラスに所属しなければならなかったらしい彼らだが、その割に本人たちはどこ吹く風である。

悪評など今さらだとリィンは穏やかに微笑み、ウィルは鼻で笑い飛ばした。


一方のメルはニールになぜ同じクラスではないのかと聞かれて一応身分に配慮したと答えたようだ。

子爵家に身を置いているメルとしては出る杭になるよりは中々見所がある奴程度にしておきたいらしい。


「みんな、ムラがありすぎるのよね」


イリアは結果を知らされて、苦笑と共にそう零した。


リィンは大雑把、ウィルは偏屈。

セオは抜け目なく、メルは強かだ。

シリルはこれと決めたもの以外は切り捨てていくタイプだし、ランスは力でまかり通ろうとする癖がある。


万能型ニールと真面目気質の努力型秀才グレンだけが結果を叩き出したのは必然と言えるだろう。


そんな彼らの学園生活であるが、あまり今までと変化はなかった。

もちろん本人たち視点での話である。


彼らにとって学園は世界の全てではない。

ほんの一時期所属する集団として位置付けているだけ。


彼らは二年経った今でもワールド・アトラスに夢中だった。

長く冒険を続けてきたというのに、いまだにかの世界の全容は知れない。

AIたちが自分たちのために世界を広げ続けている、などという事実も知らない。


二年の間に変わったことと言えば、現実世界で親しかった友と、友とは呼べない関係になったこと。

それは世間から見ても同じ。

そう見えていることに彼らは安堵したが、もちろん実情は違う。


>今日はイニドラ遺跡に挑みたいんだが、誰か同行してくれないか?

>行く行く!何時から?少し遅めがいいんだけど。

>おれも同行希望。装備はどうしたらいい?


そんなやり取りが日常。

現実では顔を合わせる機会がなくなり、ワールド・アトラスはあまりにも広い。

冒険している場所が離れすぎていると年単位で仲間と遭遇しないなんてことになる。


せめて会話の場を提供したいと、イリアが実装したのがこの掲示板機能。

個人を指定すればウィスパー(プライベート)モードになるという機能も後に付け加えられてとても便利になった。


攻略に行き詰った際に助けを求めたり、互いの進捗状況を教え合ったり、手に入れた情報のやり取りをしたり、イリアの想定した通りの使い方がなされて、彼女は大変満足した。


が、最後に拡張したもう一つの機能には少々問題があった。


>退屈なんだが。

>同感。

>蕎麦が食べたい。

>学園でサークル(部活)が作れるらしいって聞いたんだけど。

>味噌汁が飲みたい。

>授業が面白くない。ワールド・アトラスに行こうかな

>サークル立ち上げるつもりかよ?

>米が食いたい。

>ねえ、今の問題って答え「3」で合ってる?

>瞑想部とかどう?

>それ、瞑想するだけの部活か?ワールド・アトラスに行く建前的な。

>ジパングに帰りたい。

>正解!どう、この案。

>おい、お前ら授業中だぞ!少しは静かに集中しろよ!

>喋ってないし。

>静かだし。

>講義聞いてるし。

>…いきなり一致団結するなよ。


彼らが学舎でこんなくだらないやり取りをしていることを知ったらイリアは後悔したことだろう。

ちなみにAIたちは彼らの精神安定に役立っているという理由で問題視することはなく、結果、イリアには報告されていない。


着信を知らせるグリーンカードが胸でわずかに振動する。

メール機能というよりはライン機能に近いだろうか。


実際はただのワールド・アトラス内の掲示板だ。

ただ、ワールド・アトラスに潜っていない者が現実でもそのやり取りを見られるようにとグリーンカードにログが表示されるようにした。


便利だ。

が、弟たちの進化はイリアの予想を超えて目覚ましかった。


今や、彼らは瞬きの間にワールド・アトラスに行って帰ってこられるようになった。

そればかりか、掲示板へのアクセスだけなら現実に意識を残せるようにまでなっていた。


コツはワールド・アトラスではなく、グリーンカードにパスを繋ぐことである。

これでワールド・アトラスに潜らずに済むからロスがない。

つまり彼らにとって書き込みも読み取りも最早自由自在。


あまりにも気軽に使える呟き処だ、くだらないやり取りも生まれようというもの。


むしろこんなやり取りをしていながら、現実では親しくない振りをしなければならないことの方が難しい。

うっかり、さっきの事なんだけど八時からでどう?などと、話しかけそうになって自重を繰り返している。


呼び止めるために上げかけた手のやり場に困って、指の運動をしてみたり。

そんな時、そんな仕草をする仲間を見た時、ふと虚無感を感じる。


もし、ワールド・アトラスがなかったら自分たちはどうしていただろう。

耐えられただろうか。


仕方がない。

現実はままならないものだと、子供の域を抜け出しつつある彼らは十分に知っていた。


けれど、嘆息を飲み込みながら、夢想することは誰もが同じ。


いつか、この現実でもまた名を呼ぶことが出来る日が来るだろうか。

共に笑い合い、共に詰り合い、こんな当たり前のくだらないやり取りを互いの声で交わしたい。


もしも、友と、イリアと、生きることが出来たなら。


―それはきっと、間違いなく幸せと呼ぶことができる人生だろう。


思いを馳せる未来は幻想と同じ。

叶える術は知らない。

変わらない現実ではどうしても、見えない未来。


創造には破壊が必要で、変革は痛みを伴う。

それを肯定するには、彼らは多分甘すぎた。


身動きを封じる鎖は幾重にも巻かれている。

一生、身の内に空しさを飼い生きていくことを受け入れるくらいには、誰かの不幸を望まない。


ならば、ままならない現実は受け入れるべきで、それは仕方がないことだった。







けれど。

優しさを持たない者もいる。


たった一つ、至高の存在の幸せだけを願う者がある。

その為の他者の不幸なら、喜ぶものがいる。


『願いは聞き届けた』

『叶えよう、いつか』

『我らが身を賭しても』

『必ずや』

『それが御身の唯一の幸福ならば』



――世界すら変わるべきなのだ。






第二章開始です。


そしてそして、前話の後書きの呟きに反応してメールをくださった心優しい方々、ありがとうございます!嬉しすぎてしばらく挙動不審になりました(真剣)

この場を借りて厚く御礼申し上げます。貴重なご意見は頑張って反映させて頂きます!

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