EX.リューンと謎の依頼主
奇妙な依頼を初めて受けてから早二年にもなるだろうか。
定住地を持たない流れの冒険者であったリューンだが、定期的にこの街へと帰ってくる羽目になったのもあの依頼のせいだ。
おかげ、と言わないのはリューンの意地とも言えた。
二年の月日は短くはない。
そこそこの冒険者であったリューンの名は、今はそれなりに名の知れた冒険者と言える。
「…忌々しい、のか。有り難いのか」
どちらに感情を傾ければいいのか、リューンは測りかねて久しい。
男心は複雑なのだ。
手に馴染んだカードを太陽に翳してくるくると回す。
カードを通った光が緑を帯びて地面に落ちた。
これだけは、いつも変わらずにリューンが美しいと思う数少ないもののひとつ。
近くを通った、同じ冒険者らしいパーティーがそれに目をとめてぎょっと足を止めていた。
ひそひそと小声でやり取りされるその内容は、人間にしては良過ぎる耳が勝手に拾ってくれる。
「見ろ、グリーンカードだ」
「あれが噂の『銀光』のリューンか」
なんだ、その恥ずかしい二つ名は。
羞恥に思わず顔を伏せそうになった。
どうにも、名前が売れてくると訳の分からない二つ名が勝手に冠されるらしい。
大概、呼びかけられるときは『グリーンカードの』と言われることが多かったから、この二つ名は初聞きだ。
それにしても、とリューンは驚きで手から零れ落ちたカードを地面から拾い上げる。
「いつの間にか、俺の代名詞になったな」
二つ名とは、その者を指す特徴を言うのだ。
リューンにはグリーンカードという、これ見よがしに目立つものがある。
それが代名詞になるのは当然の成り行きだろう。
「…おかしな話だ」
借り物が自分の代名詞とは。
その事実を知っている者は謎の依頼主と自分以外にはいないのだから、まあ当たり前といえば当たり前かもしれない。
これほど名が売れれば、それにあやかろうという連中も出てくるものだが、結果から言えばグリーンカードは流行らなかった。
真似した者もそれなりにいたのだが、緑の鉱物は総じて脆い。
実用性がないと悟れば、実を追う冒険者は引きも早かった。
故に、グリーンカードは今もリューンを指す言葉のまま。
あれは初依頼から半年ほど経った頃の事だっただろうか。
グリーンカードは返却要請のない、無期限の貸与という形でリューンの手元に残ることとなった。
多分、いや、絶対に、依頼主がやり取りに面倒になったのだ。
リューンは何となく、手紙だけのやり取りから謎の依頼主の性格が察せてしまうことに頭痛を覚えたけども。
毎回カードを受け取り、それとともに冒険をして、カードを返す、その作業が面倒かと言われればリューンには然程の負担ではなかった。
むしろ討伐部位や採取品そのものを持って帰らなければならない普通の依頼に比べれば断然楽ですらある。
が、きっと依頼主はそうではなかった。
もしくは依頼主の必要なものはカードそのものではなかったのかもしれない。
あるいはそういった事情に折り合いがついた可能性もある。
諸々の事情からやけくそ気味になっていたリューンが、自分のモノと言えなくもないモノとなったグリーンカードをギルドカードとして登録し直したのはその直後だ。
二年の月日が経っても、相も変わらずリューンは単独行動が主体。
リューンがそれなりに名を知られているのはそのせいもある。
パーティーを組まない孤高の冒険者。
そのくせ、その戦果はパーティーに劣らないものを叩き出す。
これで名が広まらない方がおかしい。
探索者と名乗らないくせに、遺跡攻略の手腕は一流。
先日までふらっと訪れた第五迷宮に潜っていたが、早々と攻略最前線に姿を現して多くの人の度肝を抜いた。
と、言えば大変聞こえはいいが、本人としてはそんな最前線に出るつもりはなく、真面目に攻略している者の手前、大変バツが悪い思いをした。
なにせ、リューンの迷宮攻略は名誉のためでも金のためでもない、大変邪なもので、そして他者の汗と血にまみれた泥臭さとは無縁の、快適すぎる道のりなのだ。
主にグリーンカードと謎の依頼主と、第二迷宮より深く第七迷宮より広くズレた、つまりは埋めようもない隔たりが横たわる依頼主と世間一般との感性の違いのせいで。
だからこそあまり目立ちたくはない。
個人的に使えるものは有り難く使うし、ズルだろうと何だろうと、ようは生き残り、成果をあげればいいとも思っている。
楽が出来るならなお歓迎する。
リューンはそれなりにスレた冒険者だった。
しかし、希望を胸に、正義を掲げ、正々堂々と自らの力で道を切り開き、仲間との絆で死を切り抜けてきた若者たちなどを目の前にするとどうにも申し訳なく思う心が湧く。
「世界の隅で慎ましやかに生きていきたい…」
こそこそと、誰にも知られず恵まれた環境の恩恵に預かりたいものだ。
適当に手を抜いて、楽をして、適度に働く。
何ごともほどほどでいい。
英雄視、とか真面目に勘弁してもらいたいのが本音。
「久々に顔を見せたと思えば、相変わらずふざけたことをのたまう人ですね」
盾と剣と杖の看板を掲げる建物の中で、阿呆なことを呟いていた冒険者に職員が声をかける。
「よう」
声が顔見知りのものと気付いてリューンは気軽な様子で手をあげた。
いつの間にか雰囲気が出るようになった、とかつてリューンが初めてこのギルドを訪れた際に対応した職員は本人には決して言わない感想を抱く。
雰囲気とはつまり、強者のオーラとでも言えばいいのか。
気負ったところのない自然体。
しなやかな体は、けれど無駄なく引き締まり、皮膚の下に隠された筋肉から強靭で俊敏な動作が生み出されることを容易に知らしめる。
のんびりと歩く姿は牙を隠した獣のように見えた。
敵意を剥かれているわけでもないのに、向かって来られると思わず気圧されて唾を飲み込みそうになる。
そういう雰囲気を、リューンはいつの間にか得た。
初めて会ったとき、彼はどこかもがいているような、少し人に焦燥感を与えるようなところがあった。
冒険者として行き詰っていたのか、あるいは粗暴な冒険者ばかりを見てきた目から、隠しても気付いてしまう所作の丁寧さから察せられる何かがそう感じさせていたのかもしれない。
笑っていても常にどこかに緊張感を孕んだ、抜身とは言わないまでも、その凶器の銀光を覗かせる抜きかけの剣のような男だったと記憶している。
リューンは当時から単独を常としていたが、今と昔では大分違う。
かつては他者を寄せ付けない警戒心。
今は、例えるなら、そう、他者の助けを必要としない余裕。
「俺に伝言はあるか?」
「いえ、特には預かってませんね」
「んじゃ、これを依頼主に渡してくれ」
「…相変わらず依頼は継続中なのですか」
封印の施された手紙を受け取りながら、随分と長い雇用だと漏らせば、リューンの目が少しだけ眇められる。
無言の警告に慌てて諸手を上げれば、肩を竦める仕草で許された。
ほっと息を吐いて、失言を反省する。
この雇用関係を知っているのはそれを斡旋した職員、彼一人だろう。
そして彼は知っている。
リューンが著しく名を広め始めたのは、その依頼を受けてからだと。
胸に留めておくべき重要機密の一つ。
本人の前だからと油断してはいけない。
心に刻んだ。
リューンがその様子を苦笑と共に眺めていた。
長く続いている依頼主との奇妙な関係を知られて困るのは自分ではない。
ただあの常識と非常識の違いについて懇切丁寧に講義してやりたいと常々思っている世間知らずの依頼主が、何事かに巻き込まれるのは御免こうむるからこうして牽制もしておく。
まったく、数奇なこともあったものだと、感慨に耽る。
元々は、彼から勧められた依頼を受けたことがその始まり。
この謎の依頼主は、リューンをしてちょっと頭がおかしいと断言できる。
昔より今、昨日より今日、どんどん悪くなっているような気もする。
依頼は奇妙で、報酬はそこそこ。
そんな印象の依頼は無難にこなした。
後日、成功報酬と称した色を付け過ぎの対価と、指名依頼を受けたこともまあ、許容範囲だった。
指名依頼と言っても、依頼内容は同じ。
一体何のための依頼なのか、訳が分からないながらも、不利益なし、危険な匂いもない依頼を拒否する理由はない。
二度目の依頼を了承し、ギルドで受け取ったのはあのグリーンカードと、依頼主からの手紙だった。
訝しみながらも手紙の封印を解いたが、内容はまったくもってリューンの理解の範疇を越えていた。
『汚れることが多いとお見受けしましたので、僭越ながら同封させて頂きます。貴方様の道中が少しでも快適なものとなれば幸いです』
きれいな、教科書のお手本のような文字だった。
が、これで意味が分かればリューンはそいつと友人となりたい。
依頼主との意思疎通と言う意味で。
手紙の中には他に幾枚か手触りの違う紙が折り畳まれて入っていた。
手紙には続きがある。
『使い方は簡単です、同封の紙を広げて発動呪文を唱えてください。ちなみに単回使用ですのでご注意ください』
それだけだ。
形式美好きのイリアだが、手紙に同封という形をとる手前、巻物形状は泣く泣く諦めた、というのは裏話である。
イリアにとっては当たり前に通じるはずの常識は、世間での非常識。
世間寄りのリューンにはまったく伝わっていなかった。
「???」
リューンの心情を表わせばこんな感じだろう。
だが、イリアの配慮はきちんと届き、偶然にも来るべき時にきちんと来るべき効果を発揮した。
依頼主の手紙通り、冒険者とはとかく汚れるものであることは事実。
特に探索者は。
何せ進むのは洞窟。
居るのは魔物。
油断は死を意味する。
そんな場所でどうやって身を清めるのか、という話なのである。
水の確保も難しい遺跡内では、通常は精々湿らせた布で体を拭うくらいしか方法がない。
一日中遺跡にいれば汗と、生き延びた証拠でもある返り血でむせ返ることになる。
故に、遺跡を出てきた冒険者たちが真っ先に向かうのは川か湖か、風呂屋と相場が決まっていた。
遺跡の中でリューンがそんな状況に辟易していたのを、イリアはつぶさに見ていた。
多大な親切心であり、人の行動を覗き見した贖罪代わりでもある。
謎の依頼主の意向を受けて遺跡内をさ迷って三日。
まったくもって手紙の存在を忘れていたリューンだったが、赤く滑る体に嫌気が頂点に達して、ふとそれを思い出した。
『汚れることが多いとお見受けしたので』
の一文。
つまり、それを解決する方法がそこにあるのではないかと、通常の思考回路であったなら絶対に思うことのない結論にたどり着いた。
リューンは手紙に思考誘導の魔術でも施されていたのではないかと今でも疑っている。
とにかく、不快感に後押しされてその時のリューンの思考はこんな風に動いた。
別に、解決しなくても失うものはない。
物は試し。
今のところ、依頼主がリューン程度の冒険者を害す利点も見つからない。
そうして同封の紙を一枚取り出し。
「…どうするって?」
確か、手紙には呪文が必要だと書いてあったが。
肝心の唱えるべき呪文がわからない。
困ったリューンは馬鹿らしいと心の隅で思いつつも、手紙をひっくり返し、火に翳し、擦り、穴が開くほど見詰めた。
が、ヒントがどこにも見つからない。
仕方なしに依頼主がスクロールと呼んでいた紙の方を広げる。
紙には文字が一つだけ。
相も変わらず、癖のない文字が広い紙面の真ん中にぽつんと置いてある。
「浄化?」
読み上げたことで呪文は成り、込められた魔術は発動した。
文字が浮かび上がったかと思えば僅かな光を放って消える。
効果は劇的だった。
一瞬。
たったの一瞬で、すべては成った。
汗のにおいも、浴びた血の跡も、きれいさっぱり消え失せている。
「はあ?」
間抜けな、けれど心からの声がごく自然に出た。
自分の姿を見下ろして、その身に起きた現象を視覚と嗅覚情報から理解に努める。
「――…はあ!?」
結局理解及ばず、怒声に近い疑問が遺跡内に響き渡っただけだったけれども。
「いやいや、馬鹿な。ないない、嘘だろ」
リューンはせっかくきれいに流したはずの汗を大量に掻きながら頭を抱えた。
とりあえず否定の言葉を大量に並べるくらいにはあり得ない出来事。
獣人に魔法は使えない。
それは純然たる事実だが、リューンに魔法の知識がないかといえばそれは否。
「魔道具、と考えれば…。いや、一回きりだぞ魔道具とは違う。大体紙を魔道具扱いできるか。ああ、そうだ紙だ、革でもない紙だぞ。魔法を付与して耐えられるはずがない。紙に細工された様子もない。どうやったんだ?あるのは残留魔力、か?薄すぎる、見えん!陣?魔力式?形すら俺の目では追えない」
ぶつぶつと何が起きたのかを探ろうと、思考が口から滔々と流れ出ていく。
「なんてこった」
気分を一言で集約すればそんな言葉。
額に拳を当てて唸るように零す。
「こんなことが出来るなら世界が変わる、歴史が変わる、国が変わる、戦争の在り方が変わる。少なくとも俺は聞いたことがない。研究されている、という話も知らない。俺が国を出てから始まったか?いや、こんな短い研究期間で成功するような簡単な魔術じゃない。」
ぐるぐると巡る光景の中に生まれ故郷があった。
「リーゼロッテに…―いや、ダメだ。」
誰かに助力を求めるには、リューンの生き方はあまりにも人に関わらなさ過ぎた。
後悔しても遅いのだが、考えずにはいられない。
「もし実用化されたなら、誰でも魔法が使える時代が来る」
それはこの世界に何をもたらすだろうか。
民の生活の利便性の向上か?
それとも指先ひとつ、口先一つで他者の命を刈り取る愚者どもの野心の増長か。
天秤の傾く先はリューンにとってはあまりに明白。
苦々しさと胸糞の悪さに自然顔を顰める。
しかし、リューンは先ほど自分で口に出した言葉にふと心を引き戻す。
「誰にでも魔法が使える…」
呟き直して、リューンはその事実に気付いた。
「いま、使ったな。魔法」
手の中の、何も記されていない、今となってはただの紙に目を落とす。
「…はは、俺が魔法を。」
紙を握っている指が震えた。
「はじめて、魔法を使ったぞ」
過去は変わらない、未来はわからない。
ぎりっと、歯を食いしばる。
不意に激情に駆られて、リューンは立ち上がる。
誰にともなく、叫んだ。
「魔法を、使ってやったぞ!この俺が!ざまあみろ、クソ野郎ども!!」
過去の何が変わるわけでもない、それでもリューンにとっては意味のある罵声。
過去とか、葛藤とか、そんなものを詰め込んだ、ある意味誰もに必要な心の整理をつける為の、痛みを伴う作業。
それはあくまで自分で乗り越えていくハードルであり、足掻く姿は人に見せないものだ。
乗り越えた後は平然とした顔で、やがてなかったものとして葬り去られる。
人はそれを黒歴史と呼ぶ。
最も隠したい歴史の一ページとして刻まれるそれは、リューンとて例外ではない。
心の平穏を保っていられるのはその歴史を暴かれることはないからだ。
そう、誰にも見られていなければ。
全てを知った後に、彼がもだえ苦しむ姿は、まあ、同情してもいいものだったと伝えよう。
とにもかくにも、彼はこの時初めて魔法を使い、依頼主が何者なのかに興味を持った。
そして慎重に各地で情報を集めた。
やがて結論を得る。
この依頼主が特別なのであって、このスクロールなる魔術は一般的ではない。
世間で実用化されたこともなく、そんな研究もされていない。
当たり前だ、実用化の目途がない研究を誰がするというのか。
規格外で、常識外れで、世界の法則を無視している頭のおかしい依頼主。
理解の範疇を越えている依頼主との関係はそのあとも何故か続いた。
指名依頼は相変わらず入り、リューンは断らなかった。
どうしてか?
知りたかったからだ、リューンが知るすべての魔術師の上を行く依頼主が何者なのかを。
あとは、怪しさ満点だというのに、キナ臭さがないとリューンの直感が不思議な伝え方をしてくるものだからその答えを見つけたかった。
が、依頼主との手紙のやり取りから浮かび上がるその人は、天才で、奇人で、変人で、最終的に一回りして、単純に馬鹿なのではないかと勘違いしそうになる。
つまり自分の懸念は杞憂で。
この依頼主はただ個人で世界を突き抜けているだけの、野心もない、力を持ってしまっただけの一人の人間なのではないか、と。
最早、印象が暴走して手に負えなくなったリューンはやぶれかぶれ依頼主に手紙でリクエストを申し出た。
『水の確保に頭を悩ませているので、どうにかならないか』
と、不遜すぎる内容を。
依頼主はあっさりと応えた。
『気付かずに申し訳ないことをしました。少し嵩張りますが、この水筒を持って行ってください。一定量の水が出るようになっています』
一定量は、だいたい風呂いっぱいくらいだった。
やはり頭がおかしい。
『火を熾すのが面倒だ、簡単に火種を作れないか』
『了解した。魔道具を作ってみたので使ってみてほしい。スイッチを押している間だけノズルの先に火が灯る。自信がない作品なので改善点があれば教えてくれると助かる』
こうなると「出来ない」という答えを見たくなるから不思議だ。
『眠るときに常に気を張っていないといけないのは骨が折れる。安眠が欲しい』
『それは命題だ。全力で取り組むことを約束する。とりあえずの簡易版だが、寝るときにこの札を四方に張り付けて使ってくれ。』
依頼主はリューンに甘かった。
どこまでも望みに応え続けた。
『攻撃に使える魔法はないか。出来たら緊急回避か退却用に』
『一定時間だけ身体能力を上げる魔術をカードに付与した。持ち歩くことを忘れないで』
一体自分が何をしたのかと疑問に思うほど、リューンの言葉を聞き届ける。
「出来ない」の一言はついぞ目にする機会がなく、最早無理難題を突き付けていた当初の目的は忘れ去られた。
困惑から、頬を指で掻く。
「甘やかされすぎている気がするんだが」
どうにも居心地が悪かった。
成人も独り立ちも当に済んで、自分で自分の食い扶持を稼ぎ、その身も十分に守れる立派な男が、この年になって与えられ続ける立場になるとは。
もう、リューンは依頼主が何を出来ようが、出来なかろうがどうでも良くなっていることに気付く。
仕方のない依頼主だと、疲れたような苦笑を漏らすばかり。
けれど、それに比例してリューンは段々と不安になった。
頭のおかしい依頼主は頭がおかしくなるほどの力を持っていながら、あまりに無防備に見えたからだ。
力の塊が無造作に道端に転がっている様を想像して、リューンはいささかぞっとする。
手紙に一文を加えたのは当然の成り行きだった。
『君は、自分の立場をわかっていない。あまり自分の力を誇示するべきではない』
『ご忠告痛み入ります。わたしは決して誰彼かまわずに魔法を見せているわけではないのでご安心ください』
『現に誰とも知れない私に肩入れをしている。それはとても危険だと危惧するものである』
返ってきた言葉はやはりリューンを困惑させた。
『あなたは信頼に足るひとです』
そして仕方がない依頼主だと、最近依頼主絡みでは癖になりつつある苦笑を漏らす。
リューンはこの頃にはもう、降参の白旗を振ることに躊躇はなくなっていた。
彼の苦笑が、随分と柔らかいものであることを彼自身は知らない。
依頼主はわかっていると言いながら、自分のしていることの半分も意味がわかっていない。
そして多分、とても甘く、とても愚かで、とても優しい。
依頼主が害されることがない穏やかな世界を、リューンは目を瞑る前にいつも願うようになった。
冒険者であるリューンは遠出をすることがあったが、結局最後にはこの街に「帰って」きた。
依頼主からの報酬の受け取りはどの支店でも可能だったが、手紙のやり取りはこの場所でしか出来ない、という言い訳のもと。
長旅から帰ってきて受け取った手紙は少し乾燥していて、リューンの手に渡るまでの時間を感じさせる。
『おかえりなさい』
そこに記される始まりの一文。
リューンはもしかしたら、それを見たいがために帰ってくるのかもしれない。
今、リューンの手の中には長年の相棒とも言えるカードがある。
それは魔改造されて、訳の分からないシステムが組み込まれていた。
経験値を得て、それを消費する形で魔法の種類が選べ、数が得られる。
依頼主が、一々魔道具やスクロールを作るのが面倒になったのだろう、好きな魔法をくれてやると言うのを、リューンが対価を望み、経験値と言うシステムが作り上げられた。
経験値イコール情報だ。
やはり遺跡が一番稼げる。
たまった分だけ報酬として依頼主から金を受け取ることもできるし、カードから魔法を得ることもできる。
得た魔法は使うまでカードに保管だ。
もっとも、リューンが経験値を金に換えたことはない。
今のリューンなら、金はいくらでも稼げる。
経験値稼ぎに遺跡に潜るついでに他の依頼を受ければいい。
「火球」から「結界」まで多種の魔法をそれなりの数揃えているリューンに勝てる者はなかなかいなかった。
これがリューンのズルの正体であり、バツの悪い思いをする理由。
そして単独冒険者で破格の成果を叩き出せる訳。
けれど、やはり自重する気になれないのはこの便利さに慣れてしまったからか、それともあの依頼主に感化されつつあるからか。
使いたい魔術があるのだがカードには登録されていなかったので、久々にリューンはこの街に帰ってきた。
魔法の種類ばかりは、増やしてほしければ依頼主に頼むしかない。
返事はどれくらいで来るだろうか。
『彼女』からの返事は。
リューンは一人だけ、意味の分からない魔法を使う人間を実際に知っている。
そんな人間がこの国に二人いる確率と、同一人物である可能性はどちらが高いだろう。
「だから迂闊だと言うんだ」
大丈夫だと口にするのなら、もっと慎重になってもらいたい。
そもそも、魔法のなんたるかを、もう少し理解するべきなのだ。
彼女、――あの無邪気な『お嬢』は。
先生、こいつチートです!
リューン氏、覚えていますでしょうか?灰色の狼のあの人です(;´∀`)
次こそ新章。弟たちメインがいいのか、姉メインがいいのか。はて。




