16.チュートリアルと遺跡攻略
「まずは冒険者として登録しに行きましょう」
それから簡単な依頼を受けて、小金を稼ぎ、装備や武器、消耗品を整えて遺跡に挑む。
これがチュートリアルの流れだ。
「そんなことをしていて時間は?と言うか、時間の流れってどうなってるんだ?」
はて?と呟くように頭を傾げた。
こういう疑問がすぐに出るところがメルらしいところ。
ここが現実とは違う場所ならば、こちらで長時間を過ごせば、実際には寝ているらしい自分たちはどうなるのかと、すかさず頭に浮かぶのだから。
「時間の流れを変えてあるから大丈夫。今日は初めてだから慣れるためにもチュートリアルは一気に終わらせてしまいたいわ。だから特別に長く引き伸ばしておいたの」
つまりイリアの任意である。
「多分、現実で自由にしていられるのはあと三時間くらいでしょ?だからとりあえず100倍にしておいた」
「……うん、もう何も言わないけど、ね」
三時間を100倍。
つまり12日と12時間である。
「おれたちが、途轍もないものを手に入れたってことだけはわかった」
気付いていないのはイリアだけだが、弟たちはこの世界の利点に肌を粟立てていた。
人が天を目指す時、それを阻むもの。
それは才能。
それはひらめき。
それは努力。
そして多くは時間。
今まで幾人の夢や研究がそれに潰えていっただろう。
だが、自分たちはそれを期せずして、そして労せず、解決する方法を得たのではないか?
それはどれほど自分たちを有利に導くのか。
それがどれほど自分たちに優位性を持たせるのか。
得られるアドバンテージは途方もないものだった。
「あ、普段は10倍くらいにしておくつもりよ?今日が特別なだけだから忘れないように!」
偉そうに注意するイリアだが、10倍でも大きすぎるメリットだった。
それくらいにしておいてくれないと際限なく求める心を留めておける自信がない彼らは殊勝にも安堵すらした。
イリアとしては、あまりにも現実と時間が離れすぎるのも考え物だと思ったのだ。
下手すると精神年齢が肉体を大幅に上回ってしまう。
まずは、イリアたちはぞろぞろと連れだって冒険者組合、いわゆるギルドの建物に赴く。
他の建物と作りは変わらないのにどこか威圧感を醸し出していた。
その看板には冒険者を象徴する武器が三つ。
真ん中に盾が。
交差するのは剣と杖だ。
これらはすべて現実に則して成り立っている。
いつか、彼らが学び舎で魔物の討伐の訓練に出向く際には冒険者として登録するというからいい経験にもなるだろう。
テンプレ的な絡まれ方はしなかった。
形式美とは思うが、今はチュートリアル。
そんなものはある程度の実力を得てから、他の支店に訪れたときにでも起こればいい。
少し変わっているところと言えば、冒険者制度の簡単な説明を受けてから、登録する際に必要なカードは持ち込みであるという事だろうか。
規格は統一されているが、素材は問わない、というのが現実でもワールド・アトラスでも採用されているのだ。
故に、別に木片だって文句を言われる筋合いはないのである。
実際の所、燃えやすい木片を自分のカードに採用する者はほとんどいないが。
カードの強度はその素材に由来するため、最低でも鉄板を用意するのが常識だ。
壊れれば新調しなければならず、新しいカードに情報を転記するための費用はばかにならない値段となっている。
貴族の子息など、金をふんだんに使える者は最初から頑強な素材を用意し、金がない者は最低限の素材から、ランクが上がり金と名声を得ていく度に乗り換えていく。
もちろんイリアたちが差し出すのはランド・アトラスの情報を入れるために作られたエルメラルダ鉱石のカード。
もはや用途はランド・アトラスだけに留まらなくなったが。
「ほう、グリーンカードか、珍しいものを見た」
と、冒険者登録の手続きをしてくれた老年のギルド職員が白い眉を上げて言ったくらいだからこれをカードにするものは少ないのだろう。
ちなみにイリアたち以外の人間は全員NPCだ。
まるで会話が成り立っているように見えるが、もちろん成り立っている。
必要な役割を割り振って、それ以外の個性は現実にいるどこかの誰かをランダムに転写している。
彼らにとってここは、役割を全うするという使命を持つ以外、現実となんら変わりのない世界である。
が、魂はない。
…多分、きっと。
「さ、これで手続きは終了、早速依頼を見に行きましょう」
依頼はもちろん掲示板に張り出されている。
お得意の形式美だ。
しかし、実際にやってみると探しにくい事この上ない。
面倒になったイリアが掲示板を本にして自動検索機能をつけた閲覧式に変えるのはこのあとすぐのことだった。
本という見た目の形式で場の雰囲気に馴染むようにしたのは苦肉の策だったようだ。
とりあえず、職員に勧められた常時依頼の薬草採取と害獣駆除を受けておく。
無難なところだろう。
立派な貴族の子息が草を抜くという仕事に精を出す光景を想像してイリアはおかしくなったが、ニール達は真剣そのものだった。
「おい、二階に書庫室があるようだぞ」
「んじゃ、薬草や害獣指定された動物や魔物の特徴でも調べておくか」
「賛成ー!」
何と言うか、隙のない奴らである。
褒めればいいのか、つまらないと不貞腐れればいいのか。
彼らが思う存分知識を詰め込んでから依頼遂行の為に町を出る。
ワールド・アトラスに来て最初から持っているモノは短剣と水袋と麻袋、それから老人にグリーンカードと呼ばれたカードだけだ。
服は眠った時に着ていたものがそのまま。
「こんなことになると知っていればもう少し動きやすい服で来たものを」
小さく毒づくのはウィルだが、誰もが思っていることだろう。
貴族としての制限が付いた彼らが着ているのは訪問着だ、動き辛いほどではないが、激しい動きを想定しているものでもない。
「コインを稼いだらまずは動きやすい服を買うか」
「それって幾らくらい?」
「…しまった、市場調査くらいしてくるんだった」
「あ、おれ見てたぜ、村人の服程度なら1000ってとこだったな。冒険者用となると跳ね上がってたけど、そこまでの高望みはやめておこう」
「でかした、セオ!」
「薬草一株が100。最低一人十株って結構な数だよね」
「やはり害獣を狙うべきか」
「っても、武器が短剣だけってのも心許ないよ」
「武器だってタダじゃないからな…」
彼らは揃って溜息を吐いた。
金策とは須らく苦労を伴うものなのである。
そこにイリアの待ったの声。
「忘れているようだけど、みんな生きてるのよ?」
「…どういうこと?」
「食事も必要だってこと」
「…そういえば喉が渇いてきた」
「それから宿に泊まれるだけのコインを稼げなかった場合は野宿ね?」
「「「……」」」
食事と睡眠、生きるには必要な諸々。
ぞっとした顔が揃う。
「急いだ方がいいんじゃないかな?」
「入門解説編にしては厳しすぎない!?」
「たまにはスパルタもいいかなって」
ふふと悪気なく笑うイリアに、弟たちはそういえばこういう姉だったと慌てて踵を返して走り出した。
抗議は無駄だ。
姉はやると言ったらやるのである。
夕暮れまでに何としても稼がなければならない。
「あらあら、元気ねえ」
嬉しそうな声が、まだまだ叩き甲斐がありそうだと言っているようにしか見えなかった。
彼らは広い草原でも、薬草の群生場所をあまり労せずに見つけた。
前もって薬草について調べていたからだろう。
ちなみに、調べていなかった場合はランダム出現のため苦労したと思われる。
採取の仕方も本には書いてあったようで、何度か失敗すればすぐにコツをつかんだようだ。
そしてこれはチュートリアル。
初めての薬草採取には必ず起こるイベントがある。
害獣との遭遇だ。
害獣、とはその名の通り人やその生活に害をなすものの総称で、魔物全般と、いくらかの動物が数えられる。
が、冒険者たちの認識では害獣とは討伐依頼を出すまでもない、そこらに溢れている弱いものの例えである。
ウサギと言うには凶悪すぎる角を持ったウサギモドキや、カマキリにしては大きすぎるカマキリモドキだとか。
冒険者のプライドで魔物と言うには雑魚過ぎるものたちも、民間人には立派な脅威であり、初めて魔物に相対する彼らにとってもそれは同じ。
突然の遭遇に思わず身構える弟たちにイリアは声をかける。
「ストーップ!」
全員の注意を引けたことを確認するとイリアは解説を始めた。
害獣たちは時が止まったように動かない。
「みんな、ステータスオープン、もしくは単にオープンって言ってみて」
弟たちは害獣の時間が停止していることを確認してからイリアの言葉に従った。
慎重なのはいいことだ。
口々に紡がれる言葉に呼応してブオンとどこか機械じみた音を立てながら半透明のボックス型画面が目の前に現れる。
「うお」
思わず仰け反る者もいたが、大半はそれを興味深そうに見ていた。
「それが今現在のみんなの状態ね」
多くの情報がそこには記してある。
互いの情報を見比べるとそれぞれに違いがあった。
「HPってのが体力、なくなったら死にます」
軽く言ってくれるものだ。
ちらりと確かめると一番HPが高いのは予想通りランス。
「MPってのが魔力、なくなったら魔法が使えなくなります」
MPはリィンかと思っていたが、意外やウィルが一番多かった。
HPとMP、大事なのはそれくらいだと思っているイリアはその他の説明を省いた。
実の所それぞれにサポートとしてAIを付けてある。
後々、それらがイリアの説明が不足だと判断すれば、細かいことは勝手に解説してくれるはずだ。
イリアがそれらを他と区別してAIと呼称するのはNPCと違ってどこの誰ともしれない者を投影していないためだ。
かといってただの機械的な知性ではない。
それらには大きな役目がある。
ゲームを作り、弟たちを導いていくという役割。
イリアが自分一人でこの広い世界を管理するのは難しいと悟り、作ったシステムの一つ。
ゲームマスターである自分自身を根底に、大きな権限を与えているそれらが、まだ完成していないワールド・アトラスを弟たちの為に作っていくのだ。
いわばイリアの複製であり、この世界の神である。
自分ならば弟たちを悪いようにはしないだろうという絶対の自信と、AIに対する枷として与えたもの。
自分用には作っていないから弟たちの人数と同じだけ、8個の意識体が存在する。
それが後に思いもよらない事態を巻き起こすことになるが、少なくともイリアにはそんな意図は一欠けらもなかったと断言しておこう。
彼女は自分の名誉を守るために、AIたちは自分を基にしてはいるが自分自身ではないと宣言する羽目になるのだが、それはまだ少し先の話。
「すでにHPが目減りしているのですが…」
「体力使ったからじゃないかな?」
今まで薬草採取に励んでいたのだから当然だ。
「戦闘以外でも減るのか…」
できるだけ現実に則した結果である。
「回復方法は三つ、飲み食いする、体力回復薬を飲む、寝る。以上!」
「…まあ、当たり前の話ですね」
現実世界にもポーションは存在する。
さすが剣と魔法のファンタジーの世界だ。
ほとんど現実と変わらないワールド・アトラスに有利性があるとするならば、自分の体力と魔力が目に見えることか。
つまり、自分を知れ、と、そういうことなのだろう。
「それじゃ、時間凍結を解除するわよ」
イリアがぱちんと指を鳴らせば害獣たちは一斉に弟たちに飛びかかった。
「おあ!」
「いってー!」
「よっと」
突然のことに躱せた者もいれば躱せなかった者もいる。
イリアが説明しなかったステータスのうち、敏捷性が高い者はやはり回避成功率も高い。
いわゆる雑魚であるから一撃を受けたくらいで死にはしない。
「あー!HPが減った!」
「おれも、10減ったわ」
「あれ?俺5しか減ってないぜ?」
「…もしかして防御力とかあるのか?」
「かもな!とりあえず目の前の敵を倒そう!」
目敏い弟たちである。
頼もしいとも言えるが。
が、比較的体が小さく敏捷な害獣に、攻撃範囲の狭い短剣は悪手。
どれだけ振り回しても、まったく当たらない。
「〈炎〉よ!」
「って、いきなり魔法使うなよ!危ないだろ!」
フレンドリファイアももちろんある。
「せめてちゃんと敵に当てろよ!」
「…いや、真面目にこれ難しいぞ。お前やってみろよ」
今まで使ってきた魔術は精霊を形作ったり、空を飛んだり、現象を操る事。
つまり、的に当てる訓練などしていない。
発現速度や射出速度に関する事柄にもあまり触れてこなかった。
一同、それぞれに試し射ちをしてからそれに気付いた。
「早いところ打開しないと野宿だぜ?」
「それはいやだ」
「メル、セオ、なんかいい解決方法は?」
段々と攻撃を躱すことは難しくなくなってきたが、地味にHPが減っていくのを見ていると焦りが出てくる。
指名を受けたメルとセオは互いに顔を見合わせた。
なんで自分たちなんだと文句を言いたそうな顔だが、妥当な判断だとも思っている。
このメンバーの中ではどちらかといえば頭脳派の自負があった。
自分たちの他は脳筋だと思っているとも言う。
「魔法が当たらないなら当たるようにすればいい」
セオが言えばメルが続ける。
「そうだな。とりあえず役割を分けよう」
「誘い込む役と、魔法を放つ役だな」
的が動くから当たらないのなら、最初から的を決めておいてそこに敵が居ればいいという話。
「半分ずつでいいかな?」
「物は試しだからいいんじゃないか?」
「それじゃ、シリル、ウィルと私たちが攻撃側でいこうか」
「お前ら、いいか?」
「「「了解」」」
この辺りは阿吽の呼吸だ。
魔法を放つタイミングならば見なくても気配でわかる。
害獣の前に躍り出て、躱しながら目的の場所へ誘い込む。
それだけなら難しいと思う者はいない。
目的の場所に魔法を着弾させる、それを難しいと思う者もいない。
シリルの風魔法が切り刻み、セオの土の槍が貫き、メルの水刃が細切れにして、ウィルの炎が包み込んだ。
果たして作戦は上手くいった。
あっさりとしたものだ。
というか、害獣は原型を留めているものがいない。
「…やりすぎね」
「……いや、まさかこんなに脆いと思わなくて」
どうやら当たれば魔法の威力はかなり高いらしい。
「これじゃ害獣駆除の証すら回収できないわねぇ?」
イリアが困ったように笑う。
まさかの成果ゼロ。
いっせいに凹んだ。
が、落ち込んでいる暇はない。
彼らは攻撃手を減らして、使う魔法も風か水、系統は刃に限定。
更に、刃の数を減らすことで対処することにしたようだ。
慣れてからは早いもので、害獣程度では敵ではなくなった。
最早作業である。
攻撃手を交代しながら慣れ、魔法を使わずに短剣で仕留めることが出来る者まで出てきた。
小憎らしいくらいによくできた弟たちだ。
初日の成果としてはそこそこ。
全員が宿に泊まれるだけのコインを稼ぎ、食事にもありつけた。
明日には動きやすい服も買えるだろう。
「つ、疲れた!」
「ぼくのHPが尽きかけてるんだけど」
「体力なさすぎだろ」
「お前、すごいな。まだ半分も残ってるのか」
ちなみに、MPが不足したものは最後までいなかった。
今までの舞台訓練の成果だ。
彼らは死んだように眠り、大変すっきりとした目覚めを迎えた。
「このよく眠った、って感じ、久々だなあ」
「夢すら見なかったわ」
「ってか、ここが夢の中みたいなものだろ?夢の中で夢なんて見るのか?」
「…さあ?寝起きに難しい事聞かないでくれよ」
「おお、HPが完全回復してる」
「ん?上限が増えてる?」
「体力が上がったってことか」
「あ、MPも少し上がってるよ」
「本当だ」
その日は服を買い、昨日と同じ依頼を受けてコインを稼いで回復薬と武器を手に入れた。
武器は特筆するものもない十把一絡げの投げ売り物。
次の日はこれ以上のコインを稼げる見込みのない薬草採取と害獣駆除をやめて、討伐依頼に手を出した。
行動場所も森へと変わり、障害物の多い中での戦いは中々苦労した。
今まで使っていた風や水の刃だと威力が高すぎて木を倒してしまうのだ。
周りの被害が尋常ではなかったので相談の上、禁止にした。
「今度は草原とは反対でいくか。魔法で追い込んで、剣でとどめ。」
「よし、試してみよう」
試行錯誤を繰り返して、これも半日と経たずものにした。
ちまちまと上がるHPとMPの上限も彼らのやる気に役立っているらしい。
彼らがゲーム上の死を体験したのはそれから二日後。
チュートリアルの仕上げである遺跡に挑んだ際。
ほとんどその入り口近くで全滅だ。
「…なに、いまの」
「死んだ、よな?」
「あー!ちくしょう!!」
「油断した…」
「なんか、いまだに痛い気がする」
最初に現れた噴水前で蘇って、呆然自失。
衝撃から立ち直れていない者もいれば単純に悔しがる者、初めての死の感触に慄く者と反応は様々。
とりあえずイリアはワールド・アトラスを作ってよかったと心の底から思った。
これはつまり、ワールド・アトラスを知らない彼らに実際に起こり得た未来なのだから。
「さあ、ここでなら何回でもやり直しできるのよ、利用しましょ」
これぞワールド・アトラスの真骨頂。
「それとももうやめる?」
死のペナルティは一応あるので、提案してみる。
「冗談!」
「絶対にいやだね!」
「ここで止められるか」
「必ず攻略してやる」
案の定、火に油を注いだだけとなったが。
そして気合を入れ直した彼らは再び遺跡に突撃していった。
イリアは噴水前で待つことにする。
「ぐぬぬぬぬ」
と、ランスが唸りながら蘇り、一拍もせずに駆けだしていった。
遺跡の方へ。
「ふざけるな!」
と、誰にか罵声を浴びせながらウィルが現れて、これまたすぐさま駆けていく。
「くっそー!今度こそ!」
これはシリル。
普段は優しげな雰囲気なのだが、中身は割りと好戦的な性格なのだ。
「ふん、俺としたことが」
偉そうにリィンが現れて、悠々とした足取りを気取って広場を出ていく。
足音がいつもより三倍増しなところに心情が表れていた。
別に走ってもいいんだよ?と声を掛けなかったのはイリアの優しさである。
「今の敵は三人で対処した方が…いや、それではアイツが出てきた時に手が足りなくなるか?そもそも…」
ぶつぶつと呟きながら出てきて、そのままの勢いで走っていくメル。
「天井からとか、ありかよ!どうする、誰に頼む?グレンの結界か、身軽なシリルに後衛を頼むか…」
セオ。
こちらもメルと似たようなものだ。
駆け出していった後には魔法の気配がする。
どうやら自分に魔法をかけて速度を上げているらしい。
遺跡でも生かされているといいが。
「…それでは、また行ってきます姉さん」
「いってらっしゃい」
ニールは大変礼儀正しい。
「俺の結界が壊されるとはな……奴ら、絶対に許さん。二度と破らせんぞ」
グレンのプライドに障ったらしい魔物にイリアは心の中で合掌した。
あまり怒らないグレンが怒るととても怖い。
それから再びセオが出てきて、遺跡とは反対側に走って行った。
追いかけると冒険者組合の書庫室で猛然と本を読み漁っていた。
なるほど、知識不足を痛感したらしい。
次に現れたメルは体力回復薬をありったけ買い込んで行って、その次に現れたニールは魔力回復薬を買って行った。
ついにMP不足に陥ったらしい。
がんばれ。
チュートリアルが終われば、蘇り制限をかけるつもりでいるイリアとしては弟たちの死にっぷりには考えさせられるものがある。
「一応三回死んだらワールド・アトラスから一度追い出すつもりだったんだけど…」
追い出されたらそのまま本当の眠りにつくもよし、クールダウンの時間をおいてまたログインするもよし、と思っていたが。
このままだと瞬殺だ。
ほとんど留まれないのではないだろうかと心配になってくる。
が、それからほどなくして広場に彼らが現れる頻度が目に見えて減った。
どうやらコツを掴んだらしい。
ボロボロになっているけれど、とりあえず生きて自分の足で帰ってきた夕刻。
諸々を回復して攻略は持ち越しのようだ。
翌日、すぐにでも遺跡に走っていくと思われた弟たちは手分けして依頼を受けてコインを稼いだり、消耗品を補充したりと奔走し始めた。
猪突猛進気味なくせに変なところで現実的だ。
夜は作戦会議。
「あの固いのが出てきたら今のところ対処できるのはランスだけだ」
屑鉄の剣に魔法を乗せて、唯一岩のような甲羅を持つカメモドキを一刀両断できるランスは一撃必殺。
「あのウザい蝙蝠は任せて」
細かい風の刃を操れるシリルは不規則な動きをする羽を持つ魔物に素早く対処できる。
恐ろしいことに、シリルは遺跡攻略終盤では壁を蹴って縦横無尽に跳び回ってすらいた。
そのうち天井からぶら下がるくらい出来るようになりそうだ。
「ツノ持ちはグレン、何とか抑えてくれよ?」
「ああ、任せておけ」
鋭い角と、重量のある見た目の魔物の突進力は生身では貫かれるだけ。
グレンの結界で足止めしなければ攻略方法がない。
個々に対処しなければならないのはそれくらい。
「基本は前衛、ランス、ニール、リィン」
物理派ランス、魔法派リィンと中間のニール。
身軽なシリルとセオは状況判断次第の中衛。
メルは全体を見渡せる位置に、グレンはすぐさまフォローに入れるように、ウィルは魔物が個別対処できない程増えた際には威力を発揮する。
「うし、明日こそやるぞ!」
「「「おう!」」」
気合を入れてから眠りについた。
いつの間にか興奮を宥めて、眠るべき時に眠れる術を身に着けたらしい。
大切なことだ。
彼らは翌日、無事に初めての遺跡を攻略した。
大変な死闘だったようで、帰ってきた彼らは満身創痍。
肩を借りながら歩いてくる様子にイリアが大きく手を振れば、痛みに顔を歪めながら、けれど満足そうな、なにより楽しそうな笑顔が返ってきた。
手には攻略の証である大きな魔石。
「「「ただいま!」」」
「おかえり」
そろそろ、現実に帰る時間だ。
ちなみに自分はゲームをやったことがありません、ゲーム用語が怪しい所はご容赦を。
こんなにゲーム世界を詳しく書くつもりなかったのですが…スミマセン。




