14.偶然と縁
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
さて、困ったことになった。
と、イリアは首を傾げる。
それを実現するために足りなかったもの。
一つは魔力。
これは時間さえかければ、つまり注ぎ続けていればいつかは解決するものだったが、最近の騒ぎの置き土産に無限ともいえる魔力を手に入れてしまった為に即解決に至った。
二つ目。
一つ目に目途がついたころ、手を付け始めようと思っていたものがある。
うっかり一つ目が解決してしまったせいで前倒しになって目前に壁として立ちふさがった。
どうしても必要なのだが、自ら動いてもいいものだろうか。
イリアはいまいちわからずに、優秀な弟に助けを求めた。
困ったときのニール頼りである。
イリアとて姉だ、かつては弟に寄り掛からず自分でなんとかしようと試行錯誤してきたのだが、これがうまくいかない。
失敗の代償には弟からのお小言と、心配と、それから自分は頼ってもらえないのかと凹む後姿。
普通面倒を掛けられれば困るものではないかという、イリアなりの常識はニールのしょぼくれた顔に敗退を余儀なくされた。
あれやこれやの末に、イリアはニールに頼みごとをするようになったし、いまだにその心は測りかねるのだがニールは嬉々としてその用事をこなしているように見える。
少なくともイリアの目には。
行動に迷ったらニールに聞け。
イリアの現在の常識である。
「ニール、ちょっと相談に乗ってほしいのだけど」
そう声をかければ目に見えて喜色が浮かぶ。
こんなに素直で大丈夫だろうか、とは次期伯爵家当主である弟に毎回思うところ。
本人曰く、外では上手くやっているとのことだ。
少々の疑いはあるが、外での彼を知らない自分が言える話ではないだろうし、他の弟たちからも特に問題があるようなことは聞いていない。
本人の言う通り、器用に立ち回っているのだろう。
「どうしたの、姉さん。何か足りなくなった?」
「ええ、どうしても必要なものがあるのだけど」
それを手に入れるために自分で採取に行っても構わないだろうか。
「…念のために聞きますけど、何を、どこに取りに行かれるので?」
イリアは我が意を得たりと、いつも通りにこにこと答えた。
「データを取るために、遺跡に」
一瞬の間をおいて、ニールが問う。
「…姉さん?もう一度、言ってもらっても?」
「ええ、情報採取に遺跡に行きたいの。ああ、心配しないで、もちろん初心者用のよ?わたしだってそんな無茶はしないわ」
言っていることがすでに無謀だと頭を抱えたくなったのはニール。
遺跡、あるいは迷宮。
総じてダンジョンと呼ばれる、ほとんどは地下洞窟型の閉鎖空間である。
遺跡と迷宮の違いは、大雑把に言えば遺跡の大きい版が迷宮だと思っておけば間違いはない。
迷宮と呼ばれるダンジョンは今のところ9か所。
これを覚えておけばあとは全て遺跡だ。
テストに出やすい。
ニールが頭痛を耐えているわけは、そのダンジョンと呼ばれるものは全てが魔物の巣窟だからである。
これはイリアからしたら当然の話で、前世的思考でダンジョンなるものには魔物と財宝が溢れているものだ。
むしろ安全安心のダンジョンなどあった暁にはダンジョンに対する冒涜だと叫んでいただろう。
「もう一度聞きますが、伯爵家の令嬢が、遺跡に、何の名分もなく、入ると?」
「…ええと、やっぱりマズイかしら?」
一言一言をはっきりと区切りながら確かめてくるニールに、イリアはやっと気付いた。
これは頼る以前に質問してはいけない常識だと。
つまり答えは否である。
が、ここで諦めるわけにはいかない。
諦めてしまっては何のために無尽蔵の魔力を手に入れたのかすらわからなくなってしまう。
初心者用の遺跡はその名の通り、大して深くもなく、出現する魔物も弱く、種類も数も少ない。
別に魔物を狩りたいわけではない、奥まで歩いて帰ってきたいだけ。
故に自分だけ、あるいは心配ならニールも一緒に来ればいいと軽く思っていたのだが、そういう話ではないようだ。
「毎年何人が遺跡で行方不明になっていると?その原因はご存じで?自己の過大評価と油断と慢心です。今の姉さんにそれが無いとでも?」
きれいな顔だけに怒ると怖い。
質問形式でも答えさせる気がないところがもっと怖い。
笑っているところが更に怖い。
屈しそうになるイリアに最後の衝撃。
「しかも前提からして間違っています。ダンジョン探索は許可制ですよ」
「…え」
嘘だろうとニールを見ると深く頷かれて真実と知る。
幾つかの例外はあるが、と前置いて語られたのはこんな話。
冒険者と言われる人々がいる。
魔物との攻防を糧に生きる人々の事だ。
彼らこそがその許可を持つ者。
その中で、特に遺跡や迷宮に潜ることを生業としている者を探索者とも言う。
つまり、イリアどころか、ニールにも遺跡に入る資格はない。
「え、ええ?どうしましょう、想定外だわ」
おろおろとイリアが部屋の中を歩き回る。
代替案は思い浮かばない。
ニールはそんな姉の姿を見て深い溜息。
「…それはどうしても必要なのですね?」
「どうしても!」
反射的に答えた姉にニールは苦笑する。
「必要なのは情報だけですか?たとえば、姉さんが実際に体験しないといけない、とか?」
「いいえ、そんな条件はないわ。データだけあれば十分」
少し考え込むニールにイリアが向けるのは期待のまなざし。
こんな質問をされれば、解決策があるのかとそんな目も向けたくなる。
そしていつでもニールはその期待に応えてきたのだ。
「ならやり様はあります、少々姉さんのお手を煩わせますが」
いいですか?
とニールに問われてイリアは勢いよく首を縦に振った。
それは本当に偶然の出来事。
掲示板の前で仕事内容を吟味していた彼に、職員が声をかけたのだ。
こんな仕事があるが、やってはみないかと。
初めて訪れたときに、その身分証を見て二度見された記憶は塗り替えられている。
付き合ってみなければわからない、気のいい奴もいたものだと。
パーティーを組むことを好まない彼に出来る仕事は限られていた。
その理由も知っているだけに、きっと気を使ってくれたのだろう。
死活問題になればパーティーに加わることも吝かではないのだが、今のところ仕事を選べる余裕はある。
職員から渡された簡潔な依頼書を見れば短期間で割のいい仕事だ。
掲示板に張り出されればすぐに剥がされてしまうくらいには条件がいい。
こんなものをこの土地では新参者に当たる自分に割り振っていいのかと目線で聞けば、構わないと肩を竦められた。
腐ってもここは王都、仕事は溢れている。
ちょうど先日、長く残っていた依頼を、彼に頼まれて片付けたお返しのつもりなのかもしれない。
片手間に終わるような、お使い程度のものだったから軽い気持ちで引き受けたのであって、何か見返りを求めていたわけではない。
が、融通してくれるのなら受け取っておくべきだろう。
ざっと目を通した依頼内容は幾分か奇妙だったが、これでメシが食えるならと契約書に署名した。
職員が金払いの保証をくれたのも大きい。
依頼者からの成功報酬はすでに受け取っていて、依頼遂行の後に速やかに支払われるとわかれば安心もできる。
依頼達成に必要だと手渡された、手の中にある薄い緑のカードをもてあそぶ。
素材は一体なんだろう。
色はエルメラルダ鉱石に似ているが、あれは硬質な素材として知られていて、こんな風に弾性を持ってはいない。
まあいいか、と目を瞑る。
知らない方が良い、なんてものは世界にこれでもかと溢れている。
それを彼はとても良く知っていた。
依頼は簡潔。
指定のダンジョンに潜り、帰ってくるだけ。
その際に出来るだけ出会った魔物とは戦うこと。
そして肌身離さず、カードを持ち歩くこと。
ダンジョン探索を専門にしている探索者ではないが、冒険者としてダンジョンに潜ったことがないものはいない。
指定されたダンジョンはまだ若く、出てくる魔物は撫でれば死ぬようなものばかり。
失敗のしようもない依頼は、最近は人混みのなかで生活していた彼にとっては体のいい息抜きですらあった。
成りたての冒険者すら入らないダンジョンで、なんとなく基本に忠実に、現れた魔物の弱点を丁寧に狙いながら奥を目指す。
誰にも見られていない空間と言うのは実は貴重だ。
洞窟の中だというのに開放感すら感じる。
手に持っていた剣を腰に戻して素手になる。
どんな弱い魔物でも素手で立ち向かうには人間の体は軟弱だ。
だが自殺行為をしたいわけではなかった。
そんな無防備な姿を魔物が放っておくわけがない。
背から飛びついてきた顔の大きさ程の蜘蛛型魔物を振り返り様真っ二つに切り裂く。
「しょせん動物以下の生き物だな」
生きるための本能が退化している、とは彼の持論。
「獣ですら強者を嗅ぎ分ける本能と逃走という選択肢を持っているというのに」
魔物はそれがない。
相対する者が自らより弱者でも強者でも、彼らにあるのは闘争だけ。
魔物をあっさりと切り裂いた、長く伸びた鋭い爪を眺めながら男は喉をせり上がってくる咆哮に身を任せた。
「どう、姉さん。満足する情報は手に入った?」
「ええ、ちょっと見ただけだけど、とても丁寧な冒険者さんだったみたい」
エルメラルダ鉱石で出来た新たな10枚目のカードを光に翳しながらイリアが目を眇める。
記録に特化した媒体と言えばやはりこのカード。
無作為に読込んでみる限り、イリアの望むものは存分に叶えられていた。
「いい冒険者さんに当たったのね。…あら?」
「どうかしました?」
「いいえ、なんでもないわ。でも、ふふ、そうね、偶然ってスゴイわ」
「姉さん?」
イリアが楽しそうに笑っている。
少し悪戯っぽい顔に、ニールは姉が何かに興味を持ったことに気付く。
「ね、ニール、もう一度依頼を出したいのだけど」
「またご一緒しますよ、姉さん一人だと危なっかしいから」
「もう、わたしだって学習能力はあるのよ?」
少々頬を膨らませながらも、ニールの同行を拒否するつもりはないようだ。
まだあの組織のシステムを把握しきれていない。
イリアとしても慣れるまではそばに居てほしいところ。
例えば。
「指名依頼って、できる?」
ニールに聞けば、彼はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その冒険者が、何か?」
「いいえ、特になにも。仕事ぶりが気に入ったの」
顔色一つ変えずにイリアが答える。
それは真実だから、堂々と。
そんなイリアの目の奥をニールは覗き込んだが、その真意は杳として知れない。
疑わしいのはカードの中の情報だ。
「…カードを見せてもらっても?」
「それはダメよ、個人情報だわ」
「個人情報?」
「おいそれと他人が見てはいけないものよ。」
特に本人が隠したがっていることは。
お前が言うなと突っ込まれそうだが、守秘義務は守るつもりだ。
それで勘弁してもらいたい。
大体、イリアはすでにそれを知っていた。
彼を、知っている。
彼も、知られていることを知っている。
悪意はなく、何か考えを持っていたわけでもなく、ただ偶然の出来事に心躍っただけ。
無邪気にイリアは偶然を取っ捕まえた。
リューンとイリアの縁はこうして再び繋がったのだ。
お読みくださった方、またブクマや評価をくださった方にこの場を借りて御礼申し上げます。
遅筆ではございますが、何とか続けられているのは皆さまのおかげです。
本当にありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>




