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イリアの世界  作者: 一集
第一章
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12.重力魔法とランド・アトラス

重力魔法並びに、風や磁力、浮力やらその他諸々をこねくりまわして実現される飛行という現象。

これを飛行魔法とする。


この飛行魔法を一言で言えば、才能なのだな、とイリアは思った。


適性があるかないか、これほどそれに左右される魔法を見たことがない。

湖に頭から突っ込んだり、滑るように湖に沈んで行ったり、弟たちの様子は実に忙しない。


ランスが、湖面を足場にしようとして、そのまま水の中に片足を踏み抜いている。

多分、イリアが最初にやってみせたように、湖面をひょいひょいと軽く跳んで渡りたかったのだろう。


ランスはまだマシな方で、湖の中ほどまで、ランスの歩数にして五歩、一歩が大体3mほどだから15mは跳んで行けるようになった。

最初は彼も飛ぶことを目標にしていたのだが、途中から思うところがあったのか跳ぶ方へ方向転換している。


飛ぶことに挑戦しているのはシリルとニール、それからセオだけになった。

あとの面々は浮いたり跳ねたりと、見ている分には随分と楽しそうだ。


本人たちはびしょ濡れで、ここまで上手くいかない魔法は久々なこともあり不満顔なのだが。


「ランスは、多分大丈夫ね」


重力魔法をすべて自分のモノには出来ないかもしれない、けれど瞬間的には大分発動できるようになっている。

もしかしたらそのうち飛べるかも、とも思うが、こればかりはイリアにもどうなるかわからない。


飛ぶことに挑戦している三人は、挑戦しているだけあって何かしらの手ごたえがあるのだろう。

今のところ成功した者はいないけども。


「セオは、思っていたより頭が柔らかかったのねぇ」


重力魔法は苦手なようだが、それを最小限に、他で補おうと必死だ。


ウィルに関しては、滞空という一点で彼に勝るものはいない。

が、動かないのだ。

何をどうしても、滞空が得意すぎて空中に留まったまま偉そうに立っているだけである。


いや、イリアもウィルが「いい加減、前に進みやがれー!」と頭上で叫んでいるのが聞こえていないわけではない。

だが、それでもピクリとも動かない姿を見ると思わず笑ってしまうので視界に入れていないだけだ。


リィンは飛行、重力というより浮遊だろう。

ウィルと同じく自分の重さを変えるのではなく、自分を浮かせる系統なのだが、ウィルが絶対的に位置を固定しているのに対して、リィンは相対位置を採用している。


故にリィンの方はゆっくりではあるが移動が容易であるようだった。

位置の指定に手間取ってふよふよと大変危なっかしいが、成功も近いだろう。

ただし、集中力が持てば。

湖の手前から浮遊している彼であるが、湖の上に差しかかる前にすでに額に汗が伝っている。


位置の指定で言えば、ウィルの方が簡単なはずだ。

が、その移動の仕方を想像してみると、その性質上すぅーと滑るようになるはずで、自然界に存在しないはずの直線行動は気持ちが悪いだろうな、とイリアは密かに頬をひきつらせた。


そして問題は二人。

器用貧乏とは言わないが、なんでも無難にこなすイメージがあるのはグレン、メル、セオの三人なのだが、セオはここにきて二人との違いを見せた。

何とか食らいついて見せている。


つまりグレンとメルだ。

まず、重力魔法に関しては使いこなせるビジョンがイリアには思い浮かばない。


浮遊すらままならない彼らが主張するには「人間は空を飛ぶようにはできていない!」とのことだ。

だから飛ぶために重力の鎖をコントロールするのだが、その概念が理解できないという。


ちなみに滑空はアリで、上昇はナシなんだそうだ。

これらの主張はイリアの方が理解し難い。

つまりそう言うことだろう。

イリアが理解できないと思うのと同じように、彼らは飛ぶと言う現象を理解できないのだ。


ハテナを飛ばすイリアを余所目に、二人は大変意気投合した。

普段は温厚な性格をかなぐり捨てて、空を飛ぶ生き物に理不尽な罵倒を飛ばしている。

それなりに優等生であったプライドが密かに傷ついているようだった。


もしも重力魔法、というものだけに焦点を当てるなら、使えているとイリアが判断するのはランス、シリル、ニールだけだ。


セオは重力魔法の比率が少なく、その密度も薄いことから迷いつつも除外。

セオは感覚ではわからないと口にした。

弟たちに重力魔法を教えて、イリアが思ったこと。

「わからない」それすなわち適性がないという事だ。

それを理解力だけで解き明かし、その真理の一端を握っていることはもちろん驚嘆に値した。


ランスは瞬間的にしか使っていないが、その密度は相当なものだ。

持続力がないことが改善の余地があるのか、イリアにはわからない。

性質的なものだとしたら、これをどうにか使っていくしかない。


ニールには相変わらず出来ないことがないようだ。

空を見上げれば、苦心しながらもそのコントロールを手の内に収めようとしている姿が見える。


そしてシリル。

多分あれは天才だ。


今、何をしているかと言うと重力魔法に振り回されてかなりの高度でシェイクされているところだ。

が、その高度までは、ニールですら上がれない。

漏れ出る魔力は簡単に重力魔法に置き換わる。

タイムラグもなく、ロスもない、純粋に美しい変換式。


自由自在、空にある生き物のように、彼は飛べるようになるだろう。


彼は人類で初めての空術士になるだろうとイリアは確信を持って思う。


弟たちの未来を夢想していたイリアだが、そろそろ時間だと弟たちの訓練を止める。

魔力も精神力も集中力も枯渇気味だ。

これ以上の練習は無意味。


「みんな、そろそろ帰りましょう」


声をかけると大半がほっとした顔をした。

随分と疲れていたらしい。

不満気なのは変換効率が良過ぎてガス欠に至っていないシリルのみ。

空恐ろしい才能だ。


中空。

この空間に限れば、いつか彼はイリアすら超えていくのかもしれない。


「まあ、まだ負ける気はしないけど」


そっと呟いてイリアはまだ姉でいられる自分に安堵した。




イリアの課題をクリア出来なさそうだと踏んだ二人、メルとグレンは別方面からのアプローチを試みているようで、自由時間はランド・アトラス攻略に乗り出していた。


もともと、この課題の報酬はランド・アトラスのとある機能の無条件開放だ。

その機能を開放する条件を自力で満たそうというのである。


ちなみにその条件は教えてあげた。

あまりにも二人が暗い顔で凹んでいたので見かねたともいう。


ステージ50、レベル30。

領土開放の、それが条件。


なかなか厳しいと思うのだが、二人は俄然やる気を見せた。


「よし、メルやるぞ!」

「合点承知!」


二人が力こぶを作りながら気合を入れている。

曰く、飛ぶ・浮く・跳ねるよりは現実味があるとのこと。


本当のことを言えば、別に二人が不貞腐れることはないのだ。

条件さえ付けなければ、あの程度の距離、二人なら何とでもするだろうと知っているからイリアはそう思う。


シリルが重力魔法を十全に使い、ウィルやリィンが浮遊状態を維持するのと同じ、メルなら湖ごと凍らせられるだろうし、グレンに至ってはどこであろうと得意の結界を空中に作りいくらでも足場を確保できる。


「まあ、そんなこと、わかってない子はいないわね」


他の弟たちも、二人が出来ないことを馬鹿にしたりしないのは、そういうわけだ。

本人たちも別段自分を卑下しているわけではないようだが、今までの魔法訓練の中で各自得意不得意はあっても、まるで使えないという事態はなかった。

それが少々衝撃だったらしい。


訓練以外の時間、寝る時間まで削って攻略に取り組む二人の姿は他の弟たちにも刺激になったようで、手が足りない時にはセオとニールがほどほどに付き合ってあげている姿もよく見かけた。


子どもはよく寝るべきものだが、夏休み的な感覚でイリアは弟たちの夜更かしに目を瞑っている。


セオとニールはちゃっかりしているというか、ある意味メルとグレンに便乗したともいえた。

要領がいいとも言う。


ちなみにルカリドに来た当初、ランド・アトラスのステージとレベルは共にメルが最高順位でそれぞれ28と19だった。


これをステージ50まで、レベル30までというのは中々の苦行だったようで、行き詰まりを見せた攻略に、メルは途中から自分の集めていたデータを公開してみんなの感嘆を誘っていた。


「…よく集めたな、メル」

「俺には無理な作業だわ」

「目が痛い、もう少しわかりやすくまとめられなかったのかよ」

「そういうなら自分でやれば?」

「へえ、ランダムに見えてもここって規則性があったんだ。こうしてデータを集めてみないとわからないもんだね」

「規則性?どこ?」

「え、気付いてなかったの?ここだよ、ほら、小さく見てるとわからないけど、ここからここまでを一括りとして見てみるとさ」

「…ほんとだ!」

「なるほど、わからん」

「ん?ここのデータの空白はなんだ?」

「ああ、それは…」


それをもとに出たみんなからの意見はメルの視点からでは導き出せないものも多かった。

思わず悔しさを飲み込まざるを得ないような指摘もいくつか出た。


一時停滞した攻略の方も進み始めたようで、にこにこと見守るイリアが座るソファの隣にメルがどかりと腰を下ろし大きなため息を吐く。


「なんか、自分一人で出来る事って、多くないんだって思い知らされた…」

「それはいいことね」


にっこりと笑ってみせるとバツが悪そうに目を逸らす。


「イリアには勝てないなぁ」


髪を掻き上げながらメルが降参だと肩を竦めた。


「楽しそうね?」


上目づかいでその顔を覗き込んでみる。

メルと言えば、弟たちの中ではきっての頭脳派。

どちらかと言えば余裕ぶっていたいメルの見栄はルカリドに来てから剥がれっ放しだ。


「……ああ、くそ!楽しいよ!ものすっごくね!」


赤い顔で睨まれたって怖くはない。


「それはよかったわ」


本日二度目の台詞を乗せて微笑むイリアをあとに、メルはさっさと立ち上がって持ち場に戻っていく。


「ツンデレはウィルの特権かと思ってたけど、たまにはこういうのもアリね」

「…ね、姉さん?」




二日後、案の定シリルが一番乗りで課題をクリアした。

それから一日後にニールが。

さらに二日後にセオとランス、日付が変わる前にリィンも。

翌日にウィルも成功。


ランド・アトラス攻略組はメルが驚異的な速さでステージをクリアし、最後のレベル上げを終えたのはニールが課題にクリアした次の日。

グレンもウィルと同時にランド・アトラス目標を突破した。


全員がルカリドに居る間にクリアしてしまうとは、持つべきものは優秀な弟たちだ。


ランド・アトラスの新機能、領土という要素はもう当分やりたくないと倒れ込んでいたグレンすら揺り起こしたようで、みんな嬉々として自分たちの領土の発展に取り組んでいる。


領土に手を加えるためにはコインが必要で、ここまでそう注目していなかったそれが俄然意味を持ち始めた。

メルなどは、ゲームの度に報酬としてもらえるコインの使い道のなさに疑問に思っていたのだが、やっとつながって納得顔だ。


地形の変更や城の建設などやりたいことは多々あるが、コインは有限。

あっという間に枯渇して、コイン稼ぎにゲームに戻る。

それをルーチン化している内に、ステージ60から自分たちの領土が戦いの舞台に上がるようになった。


戦力の増強、防護壁の建設、堅牢な砦、農産、畜産、兵士や民の育成、武器の確保。

やることは多くなっていくばかり。

そのうち食料事情まで要素に加わり始めて複雑化していく。


ステージ70に至ると国の収益でもコインが稼げるようなり、特に領土改革が進み始めた。


「金が足りん!何をするにも先立つものがなければどうにもならん。金、金、金!世知辛い世の中だな!」

「よし、戦おう。そして奪おう」

「地道が一番、国力とはすなわち食料生産力、だろ?」

「うちの領土、地形的に農業に向いてないし気候的に畜産も難しいんだよなー。鉄が取れるから加工して生き残りを狙うわ」

「お、ならうちと貿易しよう。そうと決まれば道の整備だな」


挑戦的な試みや堅実な運営、うまくいったり大失敗したり、それもまたいい経験だろう。


「あ、スパイ!誰が送り込んだやつだよ!」

「セオじゃね?十八番だろう?」

「おれは捕まるようなスパイの育て方をした覚えはない!」

「なに、その無意味な自信。」

「うちがどれだけセオの間諜対策にコインかけてると思ってんだ!ウザい!お前の動きがとにかくウザい!」

「はっはー、褒めるなよ、照れるだろ」

「褒めてねえ!陰険だって言ってんだ!」

「おいおい、セオじゃないなら誰だよ、まさか仕掛けてくるつもりか?やめろよ、いま戦いでコイン消費したくねぇ…」

「だが断る!」

「お前かー!」


精一杯はしゃぐのには理由がある。


ルカリドの地を離れれば自由は格段に減るからだ。

魔法の練習も、ランド・アトラスで遊ぶことも制限される。


もはや魔術以外のなにものでもない彼らの魔法は人の目がある場所で披露できるものではなくなっていた。

空を飛ぶなど言語道断だ。


なにより10の年を迎える彼らは家に縛られ始める。

家の派閥に属していると見做されるのがこの年。

生まれる家など選べず、それぞれに仰ぐ主も違う。


早々、他派閥の家を訪問することなど叶わなくなる。


何も考えずに子供として、友人たちと遊べる最後の機会なのだと皆が知っていたのだ。


「練習、実戦、経験……うーん」


何事かを考え込むイリア以外は。



わりとどうでもいい設定その①

背の高さ


ランス>グレン>ニール>リィン>ウィル>メル>セオ>シリル

大人になっても変動はない。

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