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イリアの世界  作者: 一集
第一章
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8.夏と避暑計画

少年たちは新しい遊びに夢中になった。


「うっし!ステージ9クリア!どうだ、見たか!」

「戦術もくそもない力押しでそこまで来てもねえ?」

「勝てばいいんだよ、勝てば」


まったくもってその通りであるのだが、ステージ10まで駒を進めるとそう簡単にはいかなくなる。


早々にステージ10に上がったニールとリィンとセオの先行組がそこで足踏みをしているのがその証拠。

レベルも上げ止まり、新ステージもここ何日か解放されていない。


ステージ10からは最初から兵は配置されていない。

15分の準備時間と決まった量のコインが配布される。


コインで何をするのかと言えば兵と交換だ。

歩兵やら騎兵やら重騎兵やら魔法兵が選べるわけだ。

交換率はもちろん兵種によって違う。

ちなみに移動できる速さも兵種によって違う。


数を揃えられる歩兵に重きを置くなり、特攻特化で少数精鋭の騎兵と交換するのもいいだろう。

ランダムで選ばれる地形と相談することが大事だ。


わいわいと騒がしい弟たちだが、昔と違って防音の結界は張っていない。

その点ではよかったのかもしれないとイリアは思った。


イリアの部屋はイリアの意志に関係なく別館へと引っ越しが敢行されていた。


この遊戯を披露した途端に弟たちが沈黙を落として、こそこそと何事かを相談した上で決定事項となってイリアに言い渡された。


理由を聞いてみれば「防犯上」の一言。


この提案を受けて母や姉は大賛成だったようだ。


イリアとしてはどこに住もうと関係はないのだが、本邸では個人部屋と多目的室を我が物顔で使っていた他はごく静かに過ごしていたつもりだ。

それがこの別館ではすべてが自由にできる、大変ありがたかった。


別館とは言え二階まであるし、一階には応接にリビングダイニング、キッチンや客間も相当数。

あまり他人を近づけさせないイリアでは魔法がなければ屋敷の維持すらできなかっただろう広さはある。


しかも最近成長著しい弟たちが渾身の魔術を各所に刻んでいて、イリアは神殿の聖域ですらここまでの厳重さではなかった、大げさすぎると弟たちに抗議したが聞き入れてもらえなかった。


そうして自分たちが満足するまで罠や結界を仕掛けてからやっと弟たちは新しい遊びに目を輝かせたのだ。


「ニール、やらないのか?」

「ん~、ちょっと考え事してるからパス。誰かやっていいよ」

「では、次は僕の番だな」

「ならウィル、一緒にやろうよ」


メルの提案にウィルが嫌そうな顔をした。

レベルはウィルの方が高いが、二人の対戦の勝率で言えばウィルはメルに勝ったことがない。

相性というものだろう。


ニールはセオとなにやら相談事で忙しそうだ。


「今までの傾向からみて、いくつかのステージごとに解放条件があることは確かだと思う」

「ああ、わかってる、それをクリアしてないってことだろ?」

「条件はなんだと思う?」

「レベルが足りないとか?」

「あり得るな」


リィンが混じってきて、こちらは競争というより共に攻略班としてやっていくようだ。

これもまた楽しみ方の一つ。


「ひとまずレベルを上げてみるか」

「そうだな。でもレベルを上げるにも効率があるぞ、気付いてるか?」

「ああ、同じステージを同じ回数やってもレベルが上がることと上がらないことがある」

「成績が蓄積されて、一定の量を超えるとレベルが上がると推測したが」

「俺も同意見。レベルが上がったりあがらなかったりするのは蓄積される量がステージごとに違うと考えればどうだ?」

「対人戦とプログラム戦では対人戦の方が蓄積量は多いみたいだ」

「レベルも、多分上がれば上がるほど、必要な蓄積量が増えているようだぞ」

「負けると蓄積量は減るか?それとも蓄積されないだけか?」

「どうやら勝ったときに得られる蓄積量と比べて、少なくはあるが減っているみたいだな」


よくもまあそうぽんぽんと正解を導き出せるものだ。

見落としはまだ多いが、飛び出した意見は正解。


だが、先に進めていくなら肝心の人物の意見が入っていない。

多分メルを引き入れなければ打開策は生まれないだろう。

彼が最初から傾向と対策のためのデータ集めをしていることに誰も気付いていないらしい。

思わぬ才能を発掘できそうだ。


彼らは魔法劇の時も大いに夢中になったものだが、あの時は個人で練習もできた。

だが、このゲームはここでしかできない。


何とか理由を付けて彼らは遊びに来ている。

羨ましがられるのはこの家に住んでいるニールばかり。


公平を期する為にニールには夜は使用禁止を言い渡してある。

かつての世界でもゲームのし過ぎは何かと問題になったものだから、制限時間を設けるのはやぶさかではない。


いっそゲーム自体にそういった機能を盛り込もうかと思ったが、彼らの楽しみ様を見て今のところ保留していた。


「そういえば、エンドレシア家は夏の避暑はどこに?」


ふとリィンが思い出したかのように聞いてきた。

この国にも四季がある。

来たる夏はすぐそこだった。


「さあ?どこかしら」

「たぶんモントエールじゃないかな。去年はルカリドに行ったから。」


的確に答えを持っていたのはイリアと違いきちんと貴族の役目を果たしているニール。


貴族の避暑地と言えば主に三つ。

冬は雪に閉ざされる北の地、ファタロス。

海を臨むモントエール。

山に面した緑の地、ルカリド。


モントエールは国の東端の穏やかな湾岸の街。

ルカリドは王都から斜め上、北西に位置する土地だ。


王都は比較的過ごしやすい土地に作られているとはいえ、半円状のそれは南南西を向いている。

それによって冬は他の土地に比べて暖かいのだが、夏は暑い。


大地に近く緑の多い平民街などはマシだろうが、岩肌を利用して作られている白亜の城は熱をこれでもかと集めて眼下に反射してくれる。

つまりは貴族街に。


そういったわけで仕事のない貴族の奥様方や子供たち、あるいは職場でなくとも仕事を出来る者は一定期間この地を離れることが多い。


例に漏れずエンドレシア家も毎年この王都から避難するのだが、伯爵家ともなるといくつかの避暑地に別荘を構えている。

イリアには理解が出来ないが毎年同じ場所に行くのは沽券に係わるようだ。


「イリアは?ここに残るの?」

「姉たちとは一緒には行かないけど、そうね、たまにはどこかに行きたいわ」


家の者が別々の別荘に行くこともおかしなことではない。

あるいは一夏の間に避暑地を渡り歩くものもいる。


「みんなは?」

「うちはファタロスだな」

「アランドリエ家は自領の戻るのが習わしだ」


グレンが答えればリィンが続ける。


「僕とセオはルカリドだよ。別荘は一つしかないからね」


子爵家のシリルと男爵家のセオは潤沢に金を使えるほどの家ではない。

が、貴族としての矜持ゆえに一つくらいは別荘を持っていなければならない。


そんな貴族の多くは家の維持費を考えて、雪に埋もれるファタロスより、海風に晒されるモントエールより、森林のルカリドを選ぶことが多い。


同じ子爵家でも少々裕福なメルはルカリドとモントエールの両方に別荘を持っているが、毎年前半にルカリドに、後半にモントエールに移るのが定例だそうだ。


一方王都に残るものもいないわけではない。


「どこにも逃げ場はないからな」


夏の暑さを思い出したのか、気だるそうにランスが言った。


ランスの家は士爵家だ。

騎士家ともいう。

一代限りの名誉貴族、ランスが家を継げるかは本人の名声次第。

この身分を貴族とするかは人々の意見の分かれるところだが、少なくともこの中に彼を見下すものはいなかった。


「なら、わたしはルカリドに行こうと思うから、ランスも一緒に行きましょう」


イリアが、いいことを思いついたとランスに手を伸べる。


「母たちがモントエールならニールもでしょ?一人は少しさみしいもの、ランスが居てくれると嬉しいわ」

「姉さん!?」


驚いたのはニールだ。


「僕もついて行きますよ!いいですよね!?」

「もちろんわたしは構わないけど…」


イリアはニールの剣幕に驚きながらも困惑を隠せない。

ニールが家の決定に異を唱えることは早々ないのだから当然の話。


「母たちなら僕が説得します」

「え、ええ」


イリアが頷いたのを確認すると、善は急げとばかりにニールは今から行ってくると別邸を出ていく。


「俺を睨むなよ、俺は悪くないぞ!」


すれ違いざま、ランスに焦りながら言い訳をされたが、それはニールとて承知の上。


ただでさえ最近は仲間たちも一括りにされて弟と認識されているような節がある。

イリアにとってのニールと彼らの境界が薄くなって、ニールは若干の不満と不安を感じていた。


本当の弟という立場まで脅かされるのではやっていられない。

彼女の一番近くに居るのは自分であるべきだ。


仲間たちがイリアの特別であることは許せる。

だが、自分が彼女の最も特別であることを譲る気はないのだ。

欠片とも。


「…ニールったら、どうしたのかしらね?」


イリアが思春期って難しい、と呟くのを聞いて、彼らはニールに少々同情心を抱いた。

外では完全無欠の天才少年が、シスコンを拗らせているなど誰も想像できないだろう。


もちろん、そんな姿を見ることの出来る自分たちがニールにどれだけ信用されているかも、十分に気付いているけれども。


「まあいいわ、それで避暑の話よね。シリルとセオも同じ場所でしょう?」

「そうだね、遊びに行ってもいい?」

「いつでも!でも、どうせならお泊りしない?」


嬉し楽しの夏合宿を思い出しながらイリアが提案する。


「なにそれ、ずるい!僕も絶対いくからな!」


ウィルが即座に反応してきた。


「ちょっと待って、やるなら私もルカリドにいる時にしてください」


メルがすかさず手を挙げて口を挟んでくる。


「無理に予定を合わせることはないけど、でも多い方が楽しいわ」

「泊まってどんなことするの?」


シリルが首を傾げながら聞いた。

緩やかにウェーブがかかった髪がふんわりと動く。


「夜更かしして遊ぶとか…」


その言葉に目を輝かした彼らはやはり普通の少年少女のような経験はないのだろう。

このボードゲームもせっかくだから持って行って、トーナメント戦なんてやっても面白い。


「昼はみんなで探検!湖で思う存分泳ぎたいし、あとは定番のバーベキューとキャンプファイヤーかな?」

「ば、ばーべ?」

「みんなで協力して食事を作って、夜には焚火を囲んで歌ったり踊ったり」


枕投げのためには別荘中の枕を集めなければならない。

それから寝る場所は広間で。

もちろんみんなで床に布団を敷いて寝るのだ。


お風呂も、イリアは無理だが弟たちは全員いっぺんに入るべきだろう。

朝は自分で布団を片付けて、眠い顔でラジオ体操をして、わいわい言いながら昼のサンドイッチでもみんなで作ろう。

それを持ってピクニックも悪くない。


イリアの取りとめのない計画は少年たちの心を弾ませた。


「絶対に行くから仲間外れはやめてくれよ?」


普段の立ち位置的に、自由な面々を一歩下がって纏めているようなグレンですらわくわくが隠せていない。


「ちゃんと家には許可を取ってね?」


了解の声がそろって聞こえて、イリアは微笑んだ。


季節はもうすぐ夏。

ニールが弟になってすでに三年、手のかかる弟たちが増えて二年。


あと二年もすれば彼らはこの手を離れていってしまう。

それまでに出来ることを。

安心して送り出せるくらいに強く。

寂しくないくらいに思い出を。


「さあ、楽しみましょう?」

名前を考えるのが苦手です。

行き当たりばったりテキトーに決めるので、名前が似てたりわかりにくかったりしたらごめんなさい。

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