デカいもの
「めしにすんぞー」
親方の声が現場に響いた。俺は仕事の手を止め、額に流れる汗を首に掛けていたタオルで拭った。白い布地が、うっすらと茶色に染まった。
着ているTシャツと作業ズボンには、細かいおがくずが、無数に付いている。俺はそれを両手でパパッと払い、広場に停めてある会社のライトバンへ向かった。
建物の外に出ると、夏の日差しがとても眩しい。
「大分出来てきたな。この分だと、今月中にこの現場も終わるな」
バンのそばに立っていた色黒で大柄な体格の先輩大工が、俺に声をかけてきた。
「そうっすね。デカイ家だったけど、なんとか終わりそうっすね」
「建てるのは大変だが、男ならやっぱりジャンボな家に住まねえとな。めし行くか?」
「俺はそこそこの広さがあればいいっすけどね。めし、お供するっす」
先輩がバンの運転席に座るのを確認した俺は、助手席に乗り込んだ。窓から周りを見渡すと、他の職人達は、弁当を持参しているようだった。
「コンビニでいいなら奢ってやんぞ」
「マジっすか。ありがたいっす」
先輩のお言葉に甘えて、今日のめしはコンビニで済ます事にした。彼の荒々しい運転で、俺を乗せたバンは最寄りのコンビニへと向かっていった。
「ジャンボフランクくれ。お前も食うか?」
「俺はいいっす。これ、よろしくっす」
先輩は弁当だけでは足りないらしく、店員にフランクを注文した。俺はそこまで腹ペコじゃなかった為、手にしていた唐揚げ弁当をレジに置いた。
「お会計ご一緒でよろしいですか?」
「ああ。一緒だ」
店員の問いに、先輩は低く渋い声で答えた。尻ポケットから革の財布を取り出し、支払いを済ませる。チラッと見えた中身には、万札が結構入っていた。まだ給料前だが、金には困って無いのかも知れない。
コンビニの駐車場に停めてあったバンの中で、俺達は昼食を始めた。
「先輩、ごちそうさまっす」
「ああ。お前もう食ったのか、早いな」
俺が奢ってもらっためしの礼を言うと、先輩は袋からフランクを取りだし、ケチャップをかけた。
「男はやっぱり、ジャンボフランクだよな」
「先輩、デカイの好きっすね」
豪快にかぶりつく先輩を横目で見ながら、俺は食後のタバコに火をつけた。
現場に戻った俺達は、夕暮れまで作業に没頭した。「そろそろあがんぞー」という親方の声で、俺を含めた職人達は仕事を終え、会社へと戻っていった。
「今日は暑かったし汗かいたから、銭湯でも行くか? 行くなら、奢ってやる」
俺が会社で帰り支度をしていると、先輩がまたもや誘ってきた。奢りなら、寄り道も悪くないと思った俺は、「いいっすね」と返事をして、その誘いに乗った。
「銭湯まで俺が先導するから、ついてこい」
「了解っす」
先輩の乗るデカいジープの後を、俺は自分の軽四で追っていく。しばらくの間ジープを追跡していると、温泉マークが付いた、看板が目に入ってきた。先輩の目的地は、どうやらここのようだ。
「ここの風呂は、デカくて気持ちいいんだ」
「へえ、そうなんすか」
先輩に促されるままに、俺は銭湯の暖簾をくぐった。
「二人分だ」
「はい、ありがとう」
先輩が料金を払うと、番台に座るオヤジが笑顔を作った。
俺は脱衣場に進むと、一つのロッカーを選び、それを開けた。辺りを見渡すと、ぼちぼちと客の姿が目に入ってくる。その年齢層は、様々だった。
間もなく、先輩が近づいてきた。彼は俺の近くのロッカーを開けると、服を脱ぎ始めた。先輩の体つきは、まさにガチムチだった。会社内でも一番の怪力だという評判もうなずける。
俺も後に続くように、服を脱ぎ始めた。パンツ一丁になった所で、先輩が声をかけてきた。
「もっと鍛えないと、ビッグになれないぞ」
俺と同様、パンツ一丁の先輩は、ボディビルダーのようなポーズを決めながらそう言った。
「いやぁ、先輩すごいっすね。自分には無理っすわ」
俺は凄まじいガチムチ加減にびびりながら、パンツを脱いだ。その時、うおっという低い声が聞こえた。
「な、なんだお前、ちゃっかりジャンボじゃねえか。ふざけやがって」
「は? なにがっすか?」
突然わけのわからない事を言われた俺は、先輩の顔を見た。すると、彼の視線が俺の股間に向けられていた。
「なにがって、ナニがだよ」
先輩はそう言うと、悔しそうな顔をした。そして彼は、パンツを脱ぐのをためらっているようだった。
「あー、ナニっすか。先輩、デカい物好きだから、ナニも、ジャンボなんでしょ?」
「……うるせえ。お前、先入ってろ」
「じゃあ、おさきしまっす」
俺の問いに、先輩は不快感をあらわにした。なんかやべえと、危機感を感じた俺は、そそくさと風呂場に向かった。
しばらくの間湯船に浸かっていると、先輩が風呂場に入ってきた。腰に白いタオルを巻き、前を隠している。
その姿を見た俺は、もしかしたら、先輩のナニは、ポークビッツなのかも知れないと思った。
そうだとすれば、彼がデカい物にこだわる理由は、きっと、その反動からきているのだろう。