蟲
「結局さぁ、声なんだよ、声」
「お前、もう夏が終わるからって、焦ってんのかよ」
世間でいう夏休みもほとんど終わり、朝のニュースでは「帰省ラッシュ」なる言葉が流れるようになったと聞いた。
ほんの一週間も前までは網を振り回す付近の小学生やら、家族連れやらで賑わっていた雑木林も、どことなく物寂しい。はた迷惑ではあったが。
「はぁ。結局、俺達に春は来ず、か」
「あくまで虫だからな。……そこ上手いこと言ったなんてにやけるな。あと『達』ってつけるな」
「は?」
「あ?」
「抜け駆けかよ」
「勝ち馬と言え」
俺たちの恋愛事情は、人間達ほどのんびりしたモノじゃない。
大体、寿命が長いからってなんなんだ。
明日だって、他の生き物に襲われたら分からない、それが自然というものだろうに。
「……僻んでんのか?」
「お前にじゃねーよ」
「いや悪かったって、言わなくて。お前の恋人探しも協力するから、さ」
別にはじめっから怒っていないんだが、と言いかけたところで、ふと考える。
……明日だって、他の生き物に襲われたら分からない……。
とふと思い浮かんだ言葉を言ってみたのだが、何が「分からない」のかが「ワカラナイ」。
ただ真っ暗なイメージだけが、反響する。
その闇はなんなのだろう。進んだら帰れない気がする。むしろ、もと来た道を帰っているような感じさえもある。
「なぁ」
「何だよ」
「夏が終わったらさぁ、俺らはどこに行くんだろ」
どうしようもなく気になった。
その「どこ」が真っ暗闇の向こうだという事だけは感覚的にわかる。
少し前までいた土の中でもない。
日の当たらない雑木林の奥でもない。
もっと暗い。
「あー……それはな」
「何だよ」
「死ぬんだよ」
「何だよそれ」
声がかすれた。
寿命がどうとか、知識はあった。
が、「死ぬ」なんて言うことを考えたことは無かった。
突然手足の先が冷たくなったように感じた。
息が苦しくなったように感じた。
死――――――。
「なぁ、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「……何でだよ」
「は?」
「何で…っ! 俺はまだ生きたいんだよ! やりたいことだってまだたくさん……」
怖い。
怖い。
怖い。
怖
「なぁ」
「…………」
「お前も俺も、『生きたい』のは変わらねぇよ」
「お前……も?」
「だけどさ、『生きたい』の前に、俺たちは『生きてる』だろ、今」
「当たり前だろ!」
「だったら、問題あるかよ。俺たちには今があって、で、どれだけにせよ未来がある」
じっと黙って考えてみた。
確かに俺たちには今がある。
だが明日は「死ぬ」かもしれない。
明後日かもしれない。
次の瞬間に鳥に咥えていかれるかもしれない。
死ぬ。
怖い。
「そんなに怖がることじゃないんじゃないか」
「何でだよ、怖いに決まってるだろ」
「そうかもしれないがなぁ、死ぬのが怖いなんて考えてる時間は全部生きてる間の時間なんだぜ」
「!」
「勿体ないだろ、生きてるんだぜ、今俺たちは、さ」
「……なるほどな、お前に先を越されるワケだ」
「何言ってんだか。それに、お前、もう追いつけるみたいだけど?」
言葉につられてふと見上げると、小さなささやくような声が聴こえた。
「あ、あのっ! あなたの声、すごく格好良かったです! いま恋人はいるんですか?!」
どうやら俺も、春を迎えられるらしい。
拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたでしょうか。
この短編が少しでもあなたの心にとどまってくれることを願いつつ。
では、次もお付き合いいただければ幸いです。