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誰だって恋をする

作者: オムラ


2年前に書いたまま放置していたもの。いつか書き直ししたい。




朝の5分は貴重だ。

朝食を食べ、速やかに身支度をすませる。

実家にいた頃は親に甘えることが出来たが、今では親元を離れて暮らしているので、それは不可能だ。

むしろ、甘えられる立場にいるのだから。


「葵ー、姉ちゃん行ってくるからね」


一室のドアの前でそう呼び掛けたのは、多々たたら 光葉みつば、ある会社に勤めている、極一般の24歳の女性だ。


がちゃり、と音をたてて開いたのは、光葉が声を掛けていたドア。

開いたドアの奥から見えたのは、少し長めの髪がぐしゃぐしゃに暴れていて、見るからに眠そう顔をした男。


「…い…て…らしゃ、い」


明らかに目を閉じながら掠れた声でそう言ったその男は、光葉の5つ下の弟、多々たたら あおい

趣味は、ゲーム・ネットサーフィン・アニメ鑑賞…所謂世間一般で言われるオタクというものだった。

一日のほとんどを室内で過ごしていて、外に出るのは極稀なこと。

だからと言って今日の日本社会、否、世界において社旗問題となっているニートだと言うわけではない。

葵は社会人なのだ。

現に、光葉と折半して生活費もきちんと払っている。

…詳しく述べると長くなるのでここでは省いておく。




光葉と葵は、地方出身だ。

大学進学のためにまず光葉が上京した。

その5年後、葵が上京することになった。

実家にいた当時も、少し年の離れた弟の世話をしていた光葉は、二人で暮さないかと提案した。

葵は幼いころから引きこもりがちで、気弱なところがあった。光葉はそんな弟が心配で仕方がなかったのだ。

光葉が上京する時以上に葵の上京を心配していた二人の両親も、二人暮らしを勧めた。特に異論もなかった葵も了承し、姉弟で二人暮らしをすることになった。




「いってきます」


光葉は葵の頭を軽く叩いて、笑顔でそう言って家を出た。

それを見送った葵はドアを閉め、真っ暗な部屋へと戻り、再び眠りに就いた。


***


今日は土曜日で、光葉は休日だった。

いつもの休日ならば昼近くまで寝ているが、今日に限って違っていた。

理由は光葉の大切な弟、葵だ。

普段あまり外に出ない葵が、某所で行われる一部の人間にとっては有名なイベントに出向くのだ。

光葉は詳しいことは知らない。ただ、葵の趣味に関することだという認識でしかない。

光葉は葵がそのイベントを待ち遠しそうにしていて楽しそうだ、それだけで十分だった。


光葉は、平日同様食事を作っていた。葵の昼食用だ。

そのイベントは午前中に始まり、夕刻に終わる。

葵はコンビニですませようと考えていたが、光葉が妙に張り切って申し出たのだ。

光葉が張り切る理由は、葵が久々に外に出るということ以外にもう一つあった。

それは、そのイベントに友人と行くというからだ。

葵は気弱なのに加えて、人見知りも激しく友達関係が上手く築けなかった。

そのため、葵の遊び相手は光葉がほとんどだった。

そんな葵が友人と共に、しかも今回が初めてではなく、前から何回か行っていたという。

それを聞いて、休日に早起きなどすることなど今まで一度もなかった光葉は張り切って葵とその友達の分まで昼食を作っていた。


「…ねえ、ちゃん」

「あ、もう準備できた?」


コクン、と頷いた葵の恰好はと言うと上は光葉が2年前にプレゼントしたそれなりの値段がするTシャツに、チェックのシャツを羽織っている。下はネイビーのスラックス。…まぁ世間で浸透しているだろうオタ系ファッションに近いものを感じる装いだ。と言うかそのものだ。


「あ、そのシャツ」

「…プレゼント…もらったやつ」


少し照れたように言う葵を見て、光葉は破顔した。

光葉にとって、弟である葵は可愛い存在なのだ。

ちなみに言うと、葵は180センチという高身長である。さらに言うと細く色白なため、さながらもやしのようだ。

葵を可愛いと評するのは光葉ぐらいであった。



「…じゃあ、いって、きます…」

「いってらっしゃい。気をつけてね」


2人分のお弁当を入れたリュックを背負い玄関を後にする葵を見送る光葉は、嬉しいと同時に心配する気持ちが拭えなかった。


***


光葉がそれに気付いたのは、葵からの電話だった。

せっかく早起きしたのだからと掃除をしていたとき、葵から電話がきた。


「どうしたの?何かあった?」

「あ、の…わすれもの、した、かも…」

「忘れ物?何?」

「…玄関に、ある…と、思う」

「玄関?」


玄関にあったのは、茶封筒だった。


「茶封筒があったよ」

「あ、それ、だ…」

「葵、今どこ?もう着いた?」

「う、ん…どうし、よう」

「姉ちゃんすぐ届けに行くから。葵は安心して待ってて」


オドオドした調子の葵に対し光葉ははっきりとそう告げて、電話を切るとすぐに身支度を整えて茶封筒を片手に家を出た。


***


イベントが行われる場所は過去に行ったことがあったために、迷わずに着いた。

前に訪れたときとはだいぶ違う雰囲気に光葉は戸惑った。しかし、今は少しでも早く弟に会わねばならない。光葉は戸惑いを捨て、先を急いだ。


***


葵は携帯を握りしめ、安堵の息をついた。携帯の画面にはたった今着いた光葉からのメールで、『今着いたよ』と書いてある。


「お姉さんから?」


葵の隣に居て、そう尋ねたのは吉生よしみ ひろ

葵の友人だ。ネットを介して知り合い、こうして葵とイベントに来るようになった。

ちなみに、洋の恰好は、上は青のTシャツに下はデニムで、ショルダーバックを斜めに掛けている。特にこだわりもなく、これこそまさに「普通」だろうという格好だ。


「…う、ん」

「ん?どうかした?」

「…なん、か、安心したら…トイレ、行きたく、なった…」

「え」

「連絡、来る、かもだから、お願い」


葵は自分の携帯を洋に押しつけて、いつもののっそりした動きからは予想できない素早い動きでトイレへと向かった。

まさか押し付けられるとは思っていなかった洋は呆然として、それを見ていた。

しかし、葵に押し付けられた携帯の振動で我に返った。

手の中で震える携帯のサブディスプレイでは『姉ちゃん』からの着信を知らせている。

洋は一瞬戸惑ったが、葵にお願いされた手前もあり、出ないわけにはいかなかった。


「もしもし」

『…えっと、ごめんなさい。間違えました』

「いや、間違っていませんよ。僕、葵君の友人で」

『そうなんですか!あ、葵がいつもお世話になっています!』

「い、いえ、こちらこそ」


控えめな態度から一転、勢いよく喋り出した光葉にたじろぐ洋。

普段控えめな友人といかつるんでいないため、あまり慣れていなかったのだ。


『あ!』

「え、どうかしましたか?」

『あの、青いTシャツにデニムで、ショルダーバックを肩からかけていますか?』


洋は自分の恰好を見直した。

確かに、光葉が言った格好そのものだ。


「はい…」

「『やっぱり!』」


電話から、そしてすぐ傍から二重に光葉の声が聞こえ、自分の恰好を見ていた洋は顔を上げた。

目の前にいたのは携帯電話を片手に、洋を見つめている女性。

葵と顔が特に似ているわけでもないのだが、洋はその女性が葵の姉であることがすぐにわかった。


「…葵君の、お姉さん?」

「はいっ」


光葉は元気よくそう言うと、開いたままだった携帯電話を閉じ、頭を下げて言った。


「葵の姉の、多々羅光葉です」

「あ、吉見洋です」


光葉につられて洋も頭を下げて、自己紹介をした。

そうしながら、洋は不思議な気持ちになった。

洋は、中学校と高校は男子校で、今現在の大学ではほとんどが男子と言う学部に属していた。

そのために、あまり女性への免疫がない。と言うか、少し苦手意識を持っていた。

しかし、何故か今目の前にいる光葉にはあまり抵抗がなかった。

やはり、友人である葵と雰囲気が似ているからだろうか。


「あの、葵は…?」

「あー…実はさっきお手洗いに行ってしまって」


困ったように言う洋に、光葉は控えめに笑った。


「ごめんなさいね。あの子、少しマイペースなところがあるでしょ?」

「あ、いえ、慣れていますんで」


洋と葵の付き合いは葵が上京して少し経ってから、約2年になる。

頻繁に出かけることはないが、偶に出かける度に洋は葵のマイペースっぷりを実感していた。

最初のうち戸惑いはしたものの、今ではすっかり慣れていた。

洋の言葉から、洋と葵が良い付き合いをしていることが何となくわかった光葉は喜び安堵した。

洋を見て、自然と笑みが零れていた。


その笑みを見た洋は、さっきまでとは違う感覚に陥っていた。

テレビで見る女優や、アニメや漫画のキャラクターを見て可愛いと思ったことは何回もある。事実、昨日も…

けれど、今光葉の笑みを見て思う感覚は、女優やキャラに対するそれとは全く違っていた。

可愛いとか、綺麗という言葉ではなく、言い表せない…何かに包まれるような暖かい気持ち。

洋にとって初めての気持ちだった。


「…羨ましい、な」

「…え?」


ふと出てきた洋の言葉に、きょとんとする光葉。

洋は、無意識のうちにでたその言葉に慌てた。


「あ、いや、あの、おおお弟想いのお姉さんが、いて、葵が羨ましいなー…って」


洋は誤魔化すように言いながら、赤くなる顔を隠すように俯いた。

洋がどぎまぎしている一方、光葉は耳まで真っ赤にして照れている洋の可愛らしい姿に、癒されていた。


「ありがとう」


下に向けていた目線を上げると、光葉は洋を見て微笑んでいた。

さっきよりも深い笑みで、頬を少し赤らめて―光葉もまた、照れていたのだ。


「…っ」


洋は何も言葉を発することが出来ないまま、ただただ光葉を見ていた。

光葉もまた、洋を見つめていた。

他とは違う空気を取り巻く2人に気付いた何人かがチラチラと窺っていることにも気づかずに、二人は言葉もなく見つめ合っていた。


「…ねえちゃん?…洋?」

「っ葵!」


注意しなければ聞き取れないような声に直ぐに反応したのは、光葉だった。

少し離れた所から、何か異様な雰囲気を作り出している二人を窺っているのは、二人を繋ぐ唯一のもの、葵だった。

光葉は葵の元に駆け寄ると、本来の目的である葵の忘れ物を渡した。


「これ!だよね」

「あ、うん。ありがとう…」

「じゃあ、用事も済んだし、姉ちゃん帰るね」


光葉は高い位置にある葵の頭を軽く撫でると、洋の方へと振り返った。

それまでぼーっと姉弟の様子を見ていた洋は、体をビクつかせた。


「洋君、葵のことよろしくね」

「は、はい!」

「じゃあ、」


そう言うと光葉は二人に背中を向けて、大勢の人に逆らって会場から遠ざかって行った。

洋はその後ろ姿に、少しの寂しさと違和感を覚えた。


「(…違和感?)」

「…あ、姉ちゃん…また、やってる…」

「また?」

「…サンダル、と、靴」


光葉の足元を見ると、後ろから見ても明らかにその履物は左右で違っていた。

右はサンダル、左は靴。


「…ファッション、とか?」

「…そんなファッション…ある、の?」

「……ない、ね」

「姉ちゃん、ちょっと、ボケてる、から」


洋は、姉弟揃ってそうなのかという言葉を飲み込んで、まだ見える光葉の後ろ姿をずっと見ていた。


(また、会いたい)


その隣では、先ほどまでの二人の雰囲気と今現在の洋のどこか優しげな表情を見て、葵が必死に考え込んでいた。


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