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悪霊に憑かれた私、神様(猫)に巫女にされて怪異を祓う日々が始まりました

作者: 月焔 レイ
掲載日:2026/03/26

 シャラン──


 鈴の音が森に響いた。

 そこは、家の裏手にある神社の階段だった。


 振り向いた先には、真っ白な猫がいた。


 シャラン──


 再び鈴の音が響く。


「なに……?」


 少女は周囲を見回すが、周りにはなにもない。

 

 ただいるのは──

 まるでこちらを値踏みするように見つめる、白い猫だけ。


「お前、悪霊がついてるにゃ?」

「ね、ねこがしゃべった……?」

「ネコじゃないにゃ!ここの神にゃ!」


 真っ白い猫はその場で宙返りをした。


 光が弾けた。


 視界が白に染まる。


 次の瞬間、そこにいたのは

 ──巨大な化け物だった。


「ひっ、化け物!!」

「だから化け物ではないと言っておろう!礼儀のなっておらん小娘じゃ!」

「た……食べない?」

「お主なぞ食べたところで腹の足しにもならん」

「そ……そう……なんか口調変わってない?」

「気分だ、気分」


 再び光が満ちる。

 やがてそれが収まったとき、そこには元の白猫が座っていた。


「やはり、こっちのほうが落ち着くの。

 それで、お主。怨霊がついておるぞ?」

「お、怨霊!?え、どこ!?」

「後ろじゃ」


 恐る恐る振り向いた少女の肩には、真っ黒などろどろとした物体が乗っていた。

 顔はなく、真っ白な口だけが、不気味に浮かび上がっている。


「なに……これ……」


 おぞましさに吐きそうだ。

 こんなのがずっと肩に乗っているなんて信じられない。


「ほれ、力を貸してやる。変なのに憑かれおって。

 しばらく来ないからそんなのを拾ってくるんじゃ」


 近くまで寄ってきた猫が、少女の手のひらにそっと前足で触れた。


 シャラン、シャラン──


 急かすように、鈴の音が繰り返し響く。

 少女の手にはいつの間にか鈴が握られていた。


「ほれ、祓うのじゃ。音羽(おとは)

「ど、どうやって……?え、名前……?」

「鈴を鳴らすのじゃ。早くせぬと喰われるぞ、お主」


 名前を知っている猫の言葉に、音羽は困惑した。

 

 だが、喰われるという言葉の方が今は気になる。

 猫の声に恐る恐るまた肩を振り向くと、大きな口を開け、音羽をのみ込もうとする化け物がそこにいた。

 

 口の中に広がっているのは、大きな闇──ではなかった。


 無数の目がこちらを見ていた。


「ひっ」

「ほれ、急げ。喰われるぞー」


 尻尾をゆらゆらと揺らす猫は、よく見たら尻尾が3本ある。どう考えても普通の猫ではない。

 猫は音羽が喰われようが喰われまいが、どうでもよさそうだ。

 

 自分で祓うしかないのだ。


 先ほどの言葉から、力は貸してくれたらしい。


 怖い、身体がこわばる。指先が氷のように冷たいのが分かった。

 

 ──でも、やるしかない。

 こんなところで食べられる訳にはいかなかった。


 帰らなきゃ──家に。


「なるようになれっ」


 音羽は、鈴を力の限り振り回した。


 シャラン、シャラン──シャラン、シャラン


 先ほどとは比べ物にならないほど大きな鈴の音が、静寂を震わせた。

 だが、不思議と騒がしくはなかった。


 そう思った瞬間、辺りが光に満ちた


「ほぉ、使いこなしたか」


 再び満ちた静寂を切り裂いたのは、猫の品定めするような低い声だった。

 ご機嫌そうに喉を鳴らしているのに、その目は鋭い。


「決めたぞ、お前を巫女とする。」


 すっと細められたその目に、魅入られる。


「お主、名は?わしはお主の名前しか知らぬ。」

清水(しみず)。清水 音羽」


「ほう……巫女にふさわしい名じゃの


 ──よろしくな、音羽。お前は今日からここ天満宮の巫女じゃ」


 音羽の返事も聞かずに満足気に目を細めた猫は、そのまま振り返り、すっと姿を消した。


「明日も来るのじゃ。夕方にな」

 

 その言葉だけを残して


 気配は、完全に消えた。

 

 ⸻⸻

 

 

「ただいまー」


 ガチャリ、と家のドアを開ける。


「おかえりなさい、音羽」

「おかえりー、姉ちゃん」


 リビングからひょいと顔を出し、お母さんと弟の春樹が顔を出した。


「ご飯できてるわよ」

「はーい」


 手を洗ってリビングへ向かう。


「ただいま、お父さん」

 

 チーン──という音が、空気を震わせた。

 音羽は、この音が好きだ。


 すべてを払ってくれそうな鐘の音。

 そういえば、先ほどの鈴の音もとても綺麗だった。

 

「お父さんにご飯あげてくれるー?」

「はーい」


 母の声に返事をして立ち上がる。


 父は、一年前に突然死んだ。


 三十分前まで、笑顔で一緒にご飯を食べた。

 前触れもなく、突然せき込みはじめ、

 みるみるうちに青い顔へと変化した。


 顔色を失った父は──


 そのまま呼吸をやめた。


 救急車が到着した時には、心臓もとまっていて、AEDは動かなかった。

 AEDが動かないことがあるなんて、高校の授業では教えてくれなかった。


 機械的な音声だけが、残酷な事実を伝えていた──


「最悪の場合も、覚悟してください」


 真剣な瞳でこちらを見る救急士の顔は、いまだに忘れられない。

 少しだけ哀れみの籠った目で、だけど完全には諦めていないそんな瞳だった。


 音羽は振り向いて、台所へ向かった。

 

 もぞり、と。

 仏壇の陰で何かが蠢いた。


 その気配に、音羽も、誰も気づかなかった――


 ⸻⸻


 空に浮かぶ大きな夕陽。

 すべてを真っ赤に染める太陽は、今まさに沈もうと地平線に向かっていた。

 

 「なんじゃ、またくっつけて来よって」


「どこから拾ってくるんじゃ?」と首をかしげる自称猫に、音羽も一緒になって首をかしげた。


「また?」


 白猫の視線をたどると、またもや、音羽の肩に視線が止まる。

 

 そこには──


 昨日と同じく真っ黒などろどろとした物体が乗っていた。


「な……なんで?」

「なんでもよい、早う祓え」


 音羽は慌てて通学鞄から鈴を取り出した。


 シャラン、シャラン──


 昨日と同じく、澄んだ鈴の音が空気を震わせた。


 光が差し込み、黒い物体を貫いた。

 苦しそうにうごめいた影は、そのまますっと消えていく。


 昨日は眩しくて見ることが出来なかったが、今日は心構えができたため、薄目でなんとか見えた。


「お見事じゃ」


 「それにしても、どこで拾ってくるかの?」ぶつぶつ呟く猫に、音羽は視線を向けた。


「この黒いの、なんなの?」

「知らぬのか?まぁ人間は知らんじゃろうな。あれは、怨霊じゃ」

「……怨霊」

「そう、怨霊。人の恨みつらみが積もって生まれたものじゃ。この世にあってはならん不浄なもの」


「最近は増えているがな」と腹立たしげに猫は呟いている。


 ──あれも、こういうものだったんだろうか。


 突然苦しみ始めた、父の姿が目に浮かんだ。


「それじゃ、この鈴があったら祓えるの?」

「今は我の力を分け与えているだけじゃ。祓っていけば、力はつこう。」

「……そうなんだ」


──でも、それは私がやらなきゃいけないこと?


「……私、やらない」

「そうか。それは残念じゃ」


 あっさりと言った猫に、音羽は拍子抜けする。


「え?いいの?」

「やりたくないやつに嫌々やられても迷惑じゃ」

「──そっか」


 積極的にやりたくはないが、そうもあっさり突き放されるとどこか違う気がした。


「まぁ、そんなことはどうでもいい」

「いいの?」

「今はな。それよりも、お主じゃ」

「私?」

「こうも短期間に憑かれるなんておかしい。これも何かの縁じゃ。一日だけ一緒に行って様子を見てやろう」

「あなたが?」

「あなたじゃなくて神だと言っておろう」

「だって名前知らないもの」

「名乗っておらんかったかの?我の名は白鈴じゃ。」

「はくりん……」

「そう。白い鈴ではくりん。いい名じゃろ?」


「育て親に貰った名じゃ」と尻尾をゆらゆらと揺らし、目を細めている白鈴は、その人のことが好きだったのだろう。初めて見る、優しい目をしていた。


「じゃ、白鈴。うちに来る?」

「しょうがないからの。1日だけじゃ」


 そういうや否や、白鈴はひょいと音羽の肩に飛び乗った。


「ほれ、行くぞ」


 偉そうにのどを鳴らした神様は、どこまでも自由気ままな神様だった。

 

 ⸻⸻


 「ただいまー」


 ガチャリ、と家のドアを開ける。


「おかえりなさい、音羽」

「おかえりー、姉ちゃん」


 リビングからひょいと顔を出し、母と弟の春樹がこちらを見た。


「あれ?猫?」


 母と春樹が顔を出し、肩に白鈴を乗せた音羽を不思議そうに見ている。

 

「そう、友達の家が急遽留守になって。1日だけ預かってほしいって。お母さん、いい?」

「いいもなにも、連れて帰ってきてるんだからしょうがないでしょ」


 そういいながらも、動物が大好きな母は嬉しそうに目を細めた。

 久しぶりに見た、心の底から笑う母の笑顔に、それだけで白鈴と帰ってきてよかったと思えた。


 その母の背中を、難しい顔で白鈴がにらんでいたことに、のんきに笑う音羽は気づきもしなかった──


 ⸻⸻


「おい、音羽」


 二人が台所に消えた隙を見計らって、白鈴が耳元で囁く。

 顔を近づけたせいでひげが頬に触れ、くすぐったい。


「なに?くすぐったいんだけど」


 小声で返す音羽の文句など聞こえていないかのような白鈴の態度に、不思議に思った音羽は白鈴を覗き込んだ。


 白鈴の目は、何かをみて見開かれていた。


 その目線の先にあったのは──父の仏壇だった。

 

 今朝まで何もなかったはずの仏壇は、真っ黒に染まっていた。


「そ……そんな……」


 怨霊に押しつぶされそうなほど黒く染まった仏壇に飾られた父の写真は、靄がかかったように、はっきりとは見えなかった。


「早く祓うのじゃ。我の気配を感じて暴れだしておる。このままだとお前の家族も危ないぞ」


 いつになく焦った白鈴の声に、慌てて鈴を取り出し、音羽は鈴を振った。


──ジャラ、ジャラ

 

 耳障りな濁った音が、空気を引き裂いた。

 先ほどまで澄んだ音を奏でていた鈴の音は、濁った音しか鳴らない。

 

 焦った音羽はがむしゃらに鈴を振り回した。


 だが、鈴は濁った音を繰り返すばかりで──澄んだ音色は一向に鳴らなかった。

 

 その様子に調子に乗ったのか、怨霊はますます大きくなり、口を開け、こちらに向かって這いずり始めた。


「くそ、強くなりよったか」


 吐き捨てた白鈴の声に、「どういうこと!?」と音羽は返すが、白鈴はこちらを一切見ない。

 じっと怨霊をにらみつけている。


「姉ちゃんどうしたの?」


 不思議そうな顔をした春樹が台所から出てこちらへ向かってくる。

 目の前にある怨霊には目もくれない。

 

 まるで、見えていないかのように──

 

「春樹!だめ!」

「え?なにが?」


 春樹の足はとまらない。もうすぐ怨霊に行き着いてしまう。

 

 怨霊は、春樹を待ち構えるように大きな口をあけて待っている。

 たくさんの目が笑うように細められ、春樹を見つめていた。


 動かなければならないのに、恐怖に縫い留められて、足が動かない。


 動け、動け、私。

 行かなきゃ、助けなきゃ。


 気持ちばかりが空回る。


 ──動いたのは、白鈴だった。


「頭が高い!」


「え?猫がしゃべった?」


 きょとんとした春樹には目もくれず、白鈴は怨霊にむかって体当たりをした。

 眩い光が満ち、音羽と春樹は目をつぶった。


 コトン──と何かが落ちた音がした。


 そっと目を開けると、床には仏壇にあったはずの、父の写真が落ちていた。


 ⸻⸻


「あれって、お父さん……だったのかな」

「お主の父ではない。お主の父親は、食い止めておったのだからの」


「そうでなければ、あれだけの大物じゃ。とっくの昔にお主らは喰われておる」

「そっか」


 じわりと音羽の視界がゆがんだ。

 一年もの間、父は苦しんでいたのだろうか。

 ──死してなお。


 家族を守るために、毎日あそこで戦っていたのだろうか。

 たった一人で、悪霊と──


 そう思うと、音羽の涙は止まらなくなった。

 1年間我慢していた涙は、堰を切ったように溢れ、止めることはできなかった。


 その様子を、白鈴はじっと見ていた。

 そして、見なかったかのように、ふいっと窓の外に視線を向けた。


 ただ、音羽の横で寄り添うようにじっとしていた。


 ひとしきり泣くと、すっきりした。

 今まで我慢していたものが、全て洗い流されたような、そんな気分だった。


「ああいう怨霊ってたくさんいるの?」

「そうじゃな。最近は神の力も弱っておる。人の恨みはとどまるところを知らない。いくらでも、増えておるな」

「そっか……」


 知らなかっただけで、沢山いたのだろうか。

 

 何の罪もない人たちが、父のように怨霊に喰われているのだろうか。

 自分のような子供たちが、生まれているのだろうか──


 怨霊のせいだとも知らずに──


 そう思うと、できることがあるのに何もしないという選択を音羽は取れなかった。


「私、巫女になる──」

「そうか。


 無理はせんようにな」


 初めは偉そうに巫女になれといってきたはずの白鈴は、何故か切なげに目を細めていた。


「嬉しくないの?」

「嬉しいにきまってるじゃろ。やっとパートナーが見つかったのじゃ」


 先ほどまでと同じように目を細めている白鈴は、今度は嬉しそうに見える。3本の尻尾が軽やかに揺れていて、気持ちが伝わってきた。


「ん、じゃあ、頑張ろう!一緒に」

「できるところからじゃな」


 一人と一匹の怨霊払いの道が、今、始まる――


もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


本作は、現代を舞台にした怪異×巫女の短編作品です。

音羽と白鈴の少し不思議な日常、楽しんでいただけていたら嬉しいです。


本作は一旦ここで一区切りとなりますが、いつか連載でも書きたいと思っています。


そしてもし本作を気に入っていただけた方は、ぜひこちらもご覧ください。


【連載中】

『妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む』


滅びた王国の王女が、正体を隠して軍に潜り込み、仲間とともに王国奪還を目指すハイファンタジー作品です。

第一部は執筆済み(完結保証)ですので、安心して読んでいただけます。


作風は異なりますが、どちらも「守りたいもののために戦う物語」です。


今後ともよろしくお願いいたします!

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