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三歩下がれと言われたので三千里離れた国へ逃げました  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第8話 真の標的


工作員のフリッツ・シュミットが捕らえられたのは、結婚式の三日前だった。


「自白しました」


ヴェルナーの報告を聞いて、私は安堵した。これで、王太子派の計画が明らかになる。


「内容は?」


グレイシア陛下が問うた。


「……それが」


ヴェルナーが躊躇った。珍しいことだ。この冷静な諜報部員が、言葉を選ぶなんて。


「何だ。言え」


「はい」


ヴェルナーが深く息を吸い、口を開いた。


「王太子派の真の標的は、フェリシア様ではありません」


私は眉を寄せた。


「私ではない?」


「はい。噂を広めたのは、陽動です。本当の狙いは——」


ヴェルナーが陛下を見た。


「グレイシア陛下、あなたです」


沈黙が落ちた。


私は言葉を失った。陛下が、狙われている?


「……詳しく説明しろ」


陛下の声は、いつもと変わらない。冷静で、感情を見せない。


「はい。シュミットの自白によると、王太子派は結婚式当日、陛下の暗殺を計画しています」


「方法は?」


「毒です。結婚式の祝杯に、毒を混入する計画だったようです」


毒。その言葉に、私は背筋が凍った。


「誰が毒を混入するのですか?」


私は問うた。


「……それが、問題なのです」


ヴェルナーが再び躊躇った。


「シュミットは、実行犯の名前を知りません。ただ、『宮廷内部に協力者がいる』とだけ」


宮廷内部。また、内通者がいるということだ。


「内通者か」


陛下が低く呟いた。


「オットー伯爵とヘルガ夫人は追放したはずだが」


「はい。しかし、彼らの協力者が残っている可能性があります」


「あるいは、新たな内通者か」


陛下が立ち上がった。


「ヴェルナー。結婚式に関わる全ての人間を洗い直せ。厨房、給仕、警備、招待客。全員だ」


「承知しました」


ヴェルナーが頭を下げて退出した。


執務室に残ったのは、陛下と私だけ。


「陛下」


私は声を絞り出した。


「……大丈夫ですか」


「何がだ」


「命を狙われているのに、平気な顔をしていらっしゃる」


陛下が私を見た。その目は、いつもと同じ氷のような青。でも、その奥に何かが揺れている気がした。


「慣れている」


「慣れている……?」


「皇帝になってから、何度も命を狙われた。今更、驚くことでもない」


その言葉に、私は胸が痛んだ。


この人は、ずっとこうやって生きてきたのだ。命を狙われることに慣れて、感情を殺して、一人で戦って。


「陛下」


私は陛下の前に立った。


「私も、一緒に戦います」


「お前は関係ない」


「関係あります」


私は真っ直ぐに陛下を見た。


「私は、陛下の花嫁です。陛下が狙われているなら、私にも関係があります」


陛下が黙って私を見つめた。


「……強情だな」


「陛下に言われたくありません」


思わず言い返して、私は口を押さえた。でも、陛下の目が僅かに和らいだ。


「……そうだな」


その日の夜、私はリーゼロッテとエルザを集めた。


「陛下が狙われている?」


リーゼロッテが顔を青くした。


「そんな……」


「落ち着いて、リーゼ。まだ、計画は実行されていないわ」


「でも、結婚式当日に……」


「だから、その前に内通者を見つけるの」


私は二人を見回した。


「宮廷内部に協力者がいる。その人物を見つけなければ」


エルザが頷いた。


「心当たりはありますか?」


「……分からない。でも、一つ気になることがあるの」


私は考えを整理しながら話した。


「噂を広めたのは陽動だった。つまり、王太子派は私に注目を集めたかった」


「はい」


「なぜ? 陛下を狙うなら、私に注目を集める必要はないはず」


エルザが眉を寄せた。


「確かに……」


「もしかしたら、内通者は私の周りにいるのかもしれない」


リーゼロッテが息を呑んだ。


「姉様の周り……?」


「ええ。私に注目が集まれば、私の周りの警備が手薄になる人がいる。その人物が、怪しいのかもしれない」


翌日、私は独自に調査を始めた。


まず、結婚式の準備に関わる人間を洗い出した。衣装係、髪結い、化粧係、付き添いの侍女たち。


全員の経歴を確認する。出身地、家族構成、宮廷での勤務歴。


「フェリシア様」


エルザが資料を持ってきた。


「一人、気になる人物がいます」


「誰?」


「給仕係のマルガレーテという女性です。三ヶ月前に雇われたばかりで、経歴に不審な点があります」


「不審な点?」


「はい。履歴書には『南部の貴族の元侍女』とありますが、該当する貴族家に問い合わせたところ、そのような人物はいないと」


私は眉を寄せた。


「偽の経歴……」


「はい。しかも、彼女は結婚式当日、陛下の祝杯を運ぶ役目を任されています」


私は立ち上がった。


「その女性に、会いたいわ」


マルガレーテは、二十代半ばの地味な女性だった。


栗色の髪を後ろで束ね、目立たない顔立ち。給仕係としては、完璧な存在感の薄さだ。


「お呼びでしょうか、フェリシア様」


彼女は恭しく頭を下げた。その仕草に、違和感はない。


「ええ。結婚式の準備について、確認したいことがあるの」


「何なりと」


私は彼女を観察しながら、いくつか質問をした。当たり障りのない質問。でも、その反応を見ていた。


「マルガレーテ、あなたは南部のご出身なのね」


「はい。小さな村の出身です」


「どちらの貴族家にお仕えしていたの?」


一瞬、彼女の目が揺れた。本当に一瞬。でも、私は見逃さなかった。


「ライヒェルト男爵家です」


「そう。大変だったでしょう。遠くから帝都まで」


「はい。でも、宮廷で働けることは光栄です」


彼女の声は落ち着いている。でも、その目の奥に、何かを隠している気配がある。


マルガレーテが去った後、私はエルザに言った。


「彼女を監視して。でも、気づかれないように」


「承知しました。しかし、フェリシア様」


「何?」


「証拠がなければ、拘束できません。彼女が本当に内通者だとしても」


「分かっているわ」


私は窓の外を見た。


「だから、証拠を掴むの。彼女が動くまで、待つしかない」


「……危険では?」


「危険よ。でも、他に方法がない」


私は振り返り、エルザを見た。


「結婚式まで、あと二日。それまでに、必ず証拠を掴む」


その夜、私は陛下に報告した。


「マルガレーテという給仕係か」


陛下が呟いた。


「経歴詐称は確かだ。だが、それだけでは内通者とは言えない」


「はい。だから、彼女が動くのを待っています」


「……危険だな」


陛下が私を見た。その目に、珍しく心配の色がある。


「お前を囮にするつもりか」


「囮というわけでは……」


「同じことだ」


陛下が立ち上がり、私の前に来た。


「俺の命を守るために、お前が危険を冒す必要はない」


「でも——」


「俺は皇帝だ。命を狙われるのは、仕事のうちだ。だが、お前は違う」


「違いません」


私は言い返した。


「私は、陛下の花嫁です。陛下を守るのは、私の仕事でもあります」


陛下が黙った。


「……強情だ」


「さっきも言いました」


「ああ」


陛下の手が、私の頬に触れた。


「……分かった。だが、無理はするな」


「はい」


「俺も、お前を守る。忘れるな」


その言葉に、私は頷いた。


「忘れません」


結婚式の前日。


マルガレーテが動いた。


夜中、彼女が厨房に忍び込むのを、監視していた兵士が確認した。彼女は祝杯用の酒瓶に、何かを入れようとしていた。


「捕らえました」


ヴェルナーの報告に、私は安堵の息をついた。


「彼女の自白は?」


「王太子派に雇われたと認めました。報酬は、家族の借金の肩代わりだったようです」


「……そう」


複雑な気持ちだった。彼女も、ある意味では被害者なのかもしれない。


「毒は?」


「致死量の砒素です。祝杯を飲めば、確実に……」


ヴェルナーが言葉を濁した。


「……そうですか」


私は目を閉じた。もし、発見が遅れていたら。陛下は、死んでいたかもしれない。


「フェリシア様のおかげです」


ヴェルナーが珍しく、感情を込めて言った。


「あなたが気づかなければ、陛下は……」


「……いいえ」


私は首を横に振った。


「皆で協力した結果です。私一人の手柄ではありません」


その夜、陛下の執務室で。


「助かった」


陛下が、珍しく素直な言葉を口にした。


「お前のおかげだ」


「陛下……」


「礼を言う。ありがとう」


私は驚いた。この人が、こんなに素直に感謝を口にするなんて。


「……どうしたのですか? らしくないです」


「らしくない、か」


陛下が僅かに笑った。


「そうかもしれないな」


陛下が私の手を取った。


「お前と出会ってから、俺は変わった気がする」


「変わった?」


「ああ。以前の俺なら、こんな言葉は言わなかった。感謝も、心配も、全て飲み込んでいた」


陛下の目が、真っ直ぐに私を見ている。


「お前が傍にいると、素直になれる。不思議だ」


その言葉に、私は胸が熱くなった。


「……私も、同じです」


「同じ?」


「はい。陛下の傍にいると、強くなれる気がするんです。一人では怖いことも、陛下がいれば怖くない」


陛下が私の手を握りしめた。


「明日は結婚式だ」


「はい」


「お前を、俺の皇妃にする」


「……はい」


「誰にも、邪魔はさせない」


陛下の声は、いつもの冷たさとは違った。静かだけど、確かな温かさがある。


「明日、お前を迎えに行く」


私は微笑んだ。


「お待ちしています」


窓の外を見ると、月が輝いていた。


明日、私は皇妃になる。


長い道のりだった。祖国を追われ、この国に来て、様々な困難を乗り越えて。


でも、ようやくここまで来た。


明日、私は新しい人生を始める。


この人の隣で、共に歩いていく。

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― 新着の感想 ―
経歴詐称してるだけで十分排除理由になるだろうに。 すべての設定が適当すぎる。
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