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三歩下がれと言われたので三千里離れた国へ逃げました  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第6話 反王太子派の申し出


使者が来たのは、襲撃から三日後のことだった。


今度の使者は、王太子派ではない。反王太子派——つまり、王太子エーリッヒに反対する勢力からの使者だという。


「反王太子派?」


私は首を傾げた。リーゼロッテの話では、ローゼリア国内の対立は激化している。でも、反王太子派が帝国に接触してくるとは思わなかった。


「どういう意図かしら」


「分かりません」


エルザが眉を寄せた。


「ただ、陛下は面会を許可されました。フェリシア様にも同席してほしいと」


私は頷いた。どんな相手であれ、情報は必要だ。


謁見の間に向かう途中、リーゼロッテが追いかけてきた。


「姉様、私も行きます」


「リーゼ、傷は——」


「もう大丈夫です。それに、反王太子派の使者なら、顔見知りかもしれません」


その言葉に、私は足を止めた。


「顔見知り?」


「はい。反王太子派の中心人物の一人に、私の知り合いがいます」


リーゼロッテの表情が、少し複雑になった。


「……誰?」


「クラウス・フォン・リヒター子爵。姉様も覚えていらっしゃるでしょう?」


その名前を聞いて、私は眉を上げた。リヒター子爵。確か、父の古い友人の息子だったはずだ。私より少し年上で、真面目で堅物な印象がある。


「覚えているわ。でも、彼が反王太子派に?」


「はい。王太子のやり方に反対して、反王太子派に加わったそうです」


なるほど。あの堅物な性格なら、王太子の強引なやり方を許せなかったのかもしれない。


謁見の間に入ると、既にグレイシア陛下が玉座に座っていた。


その前に、一人の男が立っている。三十歳くらいの、長身の男。茶色の髪を後ろに撫でつけ、緑色の目をしている。


「フェリシア嬢」


男が私を見て、僅かに目を見開いた。


「お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?」


「リヒター子爵」


私は軽く頭を下げた。


「覚えています。父の友人のご子息でしたね」


「はい。そして——」


リヒター子爵の視線が、私の隣に移った。


「リーゼロッテ嬢。ご無事で何よりです」


「クラウス様」


リーゼロッテが小さく頷いた。二人の間に、何か複雑な空気が流れた気がする。


「挨拶は済んだか」


グレイシア陛下の冷たい声が響いた。


「本題に入れ。何の用だ」


リヒター子爵は姿勢を正し、陛下に向き直った。


「グレイシア陛下。私は反王太子派を代表して参りました。帝国に、共闘を申し入れるために」


「共闘?」


陛下の声に、僅かな警戒が混じった。


「具体的に言え」


「はい」


リヒター子爵は深く息を吸い、口を開いた。


「現在、ローゼリア国内では王太子エーリッヒが摂政の座を狙っています。父王陛下は病に伏せており、王太子はその機に乗じて権力を掌握しようとしています」


「それは知っている」


「しかし、王太子のやり方は強引すぎます。反対派への弾圧、外国との関係悪化、そして——」


リヒター子爵が私を見た。


「フェリシア嬢への襲撃。あれは、王太子派の暴走です」


「暴走か。それとも、計画的な行動か」


陛下が冷たく問うた。リヒター子爵は首を横に振った。


「計画的ではありますが、王家の意思ではありません。父王陛下は、フェリシア嬢への攻撃を許可していないはずです」


「証拠は?」


「……残念ながら、確たる証拠はありません。ただ、父王陛下がまだ意識を保っていた頃、王太子の行動を懸念されていたのは確かです」


私は黙って話を聞いていた。


リヒター子爵の話は筋が通っている。でも、どこか引っかかるものがある。


「リヒター子爵」


私は口を開いた。


「共闘とおっしゃいましたが、具体的に何を求めていらっしゃるのですか?」


リヒター子爵が私を見た。その目に、真剣な光がある。


「まず、情報の共有です。王太子派の動きを、帝国にお伝えします。その代わり、帝国が得た情報も共有していただきたい」


「それだけ?」


「いいえ」


リヒター子爵は少し躊躇い、それから続けた。


「もう一つ。反王太子派が王太子を排除した後、帝国に承認していただきたいのです」


「承認?」


「はい。新しい政権の正当性を、帝国に認めていただきたい」


なるほど。そういうことか。


反王太子派は、帝国の後ろ盾が欲しいのだ。王太子を排除しても、帝国が認めなければ、正当性を主張できない。


「つまり」


グレイシア陛下が低く言った。


「お前たちは、帝国を利用したいということか」


リヒター子爵の顔が僅かに強張った。


「利用という言い方は……」


「事実だろう。お前たちの内紛に、帝国を巻き込もうとしている」


「陛下——」


「だが」


陛下が続けた。


「それ自体は悪いことではない。問題は、帝国に何の利益があるかだ」


沈黙が落ちた。


リヒター子爵は真剣な表情で陛下を見つめている。陛下は無表情のまま、玉座に深く腰掛けている。


「帝国の利益」


リヒター子爵がゆっくりと口を開いた。


「まず、王太子派が権力を握れば、帝国との関係は最悪になります。王太子は帝国を敵視しており、戦争も辞さない構えです」


「続けろ」


「反王太子派が政権を握れば、帝国との友好関係を維持します。通商条約の更新、関税の引き下げ、そして——」


リヒター子爵が私を見た。


「フェリシア嬢とリーゼロッテ嬢の安全を、ローゼリアとして保証します」


私は眉を上げた。


「私たちの安全?」


「はい。王太子派は、お二人を『裏切り者』として断罪しようとしています。しかし、反王太子派が政権を握れば、その訴追を取り下げます。爵位の回復も検討します」


爵位の回復。その言葉に、私は複雑な気持ちになった。


正直、今更ローゼリアの爵位などどうでもいい。でも、リーゼロッテにとっては違うかもしれない。


「リーゼ」


私は妹を見た。


「どう思う?」


リーゼロッテは少し考え、それから口を開いた。


「私は……姉様と一緒にいられれば、爵位はいりません」


その答えに、私は微笑んだ。


「そう。私も同じよ」


グレイシア陛下が立ち上がった。


「リヒター子爵」


「はい」


「お前の申し出は理解した。だが、即答はできん」


リヒター子爵が頷いた。


「承知しております」


「情報の共有については、検討する。だが、政権承認については、慎重に判断する必要がある」


「もちろんです。ただ——」


リヒター子爵が少し躊躇い、それから続けた。


「一つだけ、お伝えしておきたいことがあります」


「何だ」


「王太子派は、結婚式を狙っています」


私は息を呑んだ。


「結婚式?」


「はい。フェリシア嬢とグレイシア陛下の結婚式です。王太子派にとって、お二人の結婚は最悪のシナリオです。帝国とフェリシア嬢の絆が、正式に結ばれることを意味しますから」


「……なるほど」


陛下の声が、僅かに低くなった。


「それで、何を企んでいる」


「詳細は分かりません。ただ、何らかの妨害を計画しているのは確かです。どうか、お気をつけください」


謁見が終わり、リヒター子爵が退出した後。


グレイシア陛下は私を見た。


「どう思う」


「……信用できるかどうか、判断が難しいです」


正直な感想だった。リヒター子爵の話は筋が通っている。でも、反王太子派にも何か裏があるような気がする。


「リーゼロッテ」


陛下がリーゼロッテに声をかけた。


「お前は、リヒター子爵をどう見る」


リーゼロッテは少し考え、それから答えた。


「クラウス様は、嘘をつくような方ではありません。少なくとも、彼自身は本気だと思います」


「彼自身は、か」


「はい。ただ、反王太子派全体がどうかは……分かりません」


陛下は頷いた。


「妥当な判断だ」


謁見の間を出て、廊下を歩く。


リーゼロッテが隣を歩いている。その横顔が、少し沈んでいる。


「リーゼ」


「はい」


「リヒター子爵と、何かあったの?」


リーゼロッテが足を止めた。私も立ち止まる。


「……姉様には、隠せませんね」


「当然よ。私の妹だもの」


リーゼロッテが小さく笑った。それから、窓の外を見ながら口を開いた。


「クラウス様は、私に求婚してくださったことがあります」


「求婚?」


「はい。二年前のことです。姉様がまだローゼリアにいらした頃」


私は驚いた。そんな話、聞いたことがない。


「断ったの?」


「はい。あの頃の私は、姉様のことで頭がいっぱいで……。それに、クラウス様のことを、そういう目で見たことがなかったので」


リーゼロッテの声が、少し寂しそうになった。


「クラウス様は、とても傷ついたと思います。それ以来、私たちはほとんど話をしていませんでした」


「……そう」


私はリーゼロッテの肩を抱いた。


「でも、今日は普通に話していたわ」


「はい。クラウス様は、大人ですから」


リーゼロッテが微笑んだ。でも、その目に僅かな痛みがある。


「私が断ったのは、正しかったと思います。あの頃の私には、誰かを愛する余裕がありませんでした。でも、クラウス様を傷つけたことは、申し訳なく思っています」


その夜、皇帝の執務室で報告を終えた後。


グレイシア陛下が私を引き止めた。


「フェリシア」


「はい」


「結婚式を狙っているという話。気にするな」


私は首を傾げた。


「でも、警戒は必要では——」


「警戒はする。だが、お前が心配する必要はない」


陛下が私の手を取った。その手は、いつものように冷たい。でも、その冷たさが心地いい。


「俺が守る。何があっても、お前を守る」


「陛下……」


「結婚式は予定通り行う。何者にも、邪魔はさせない」


陛下の目が、真っ直ぐに私を見ている。氷のような青い目。でも、その奥に燃えるような意志がある。


「俺の花嫁を、誰にも渡さない」


その言葉に、私は胸が熱くなった。


「……はい」


私は陛下の手を握り返した。


「私も、陛下の隣にいます。何があっても」


窓の外を見ると、月が出ていた。


結婚式まで、あと十日。


王太子派の脅威。反王太子派の思惑。ローゼリアの内乱。


問題は山積みだ。でも、怖くない。


この人の隣にいれば、何があっても乗り越えられる。


私は、そう信じている。

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― 新着の感想 ―
前々話では結婚式まで残り9日。 前話では結婚式まで残り2週間。 それが今回は残り10日? 父親の立ち位置、結婚式までの残り日数、妹の怪我。 数話の間に色んなことが矛盾してて…… その場その場で適当…
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