第9話 宮廷の断罪
御前会議の間は、張り詰めた空気に満ちていた。
重臣たちが左右に並び、正面には玉座。グレイシアが腰を下ろし、冷たい目で会議の間を見渡している。その隣には、帝国の紋章を掲げた旗が揺れていた。
私は原告側の席に座っていた。隣にはエルザ、そしてカロリーネ。彼女は緊張した面持ちで、それでも背筋を伸ばしていた。
向かい側には、被告席。
オットー・フォン・レーヴェンシュタイン伯爵と、ヘルガ・フォン・シュタインベルク公爵夫人。二人とも、顔色が悪かった。昨夜、突然の召喚状を受け取ったのだろう。何が起きているか、薄々は察しているはずだ。
「御前会議を開廷する」
グレイシアの声が響いた。
「本日の議題は、オットー・フォン・レーヴェンシュタイン伯爵およびヘルガ・フォン・シュタインベルク公爵夫人に対する、外国との内通および国家反逆の嫌疑について。——告発人、前へ」
私は立ち上がり、会議の間の中央に進み出た。
「陛下、重臣の皆様。本日、私はオットー伯爵およびヘルガ夫人が、ローゼリア王国と内通し、帝国の利益を損なう陰謀を企てていた証拠を提示いたします」
どよめきが広がった。オットー伯爵の顔が強張る。ヘルガ夫人は扇子を握りしめ、こちらを睨んでいた。
「まず、こちらをご覧ください」
カロリーネから受け取った手紙を、書記官に渡す。書記官が内容を読み上げた。
「『ヴィルヘルム閣下へ。計画は順調に進んでおります。評議会において、シュタールの娘を誘拐被害者として認定させる準備は整いました。帝国宮廷内の協力者と共に、確実に排除いたします』——署名、オットー・フォン・レーヴェンシュタイン」
会議の間が静まり返った。
オットー伯爵が立ち上がった。
「でっち上げだ! その手紙は偽造されたものに違いない!」
「偽造ではありません」
私は冷静に答えた。
「この手紙は、シュタインベルク公爵夫人の書斎から発見されました。筆跡鑑定を行えば、伯爵ご本人のものと一致するはずです。——鑑定を、ご希望ですか?」
オットー伯爵が黙った。筆跡鑑定を受ければ、言い逃れはできない。彼自身がそれを分かっている。
「さらに」
私は続けた。
「伯爵が五年前、ローゼリア駐在大使として署名した通商条約について。この条約は、後に改竄が発覚した二十三件の一つです。伯爵は立会人として署名しておきながら、改竄の事実を知りつつ黙認していた可能性があります」
「それは——」
「否定されますか? であれば、なぜ第三国の検証結果が出た後も、一切の説明をされなかったのですか?」
沈黙。オットー伯爵は何も言えなかった。
次に、私はヘルガ夫人に向き直った。
「シュタインベルク公爵夫人。あなたの書斎から発見された通信文の下書きには、私を排除する計画が詳細に記されていました。オットー伯爵との共謀、ローゼリアとの連絡、評議会での工作——全てが、あなたの指示の下で行われていました」
ヘルガ夫人が立ち上がった。
「証拠などいくらでも捏造できます! それに、その手紙を持ち出したのは誰ですか? 私の姪でしょう!」
「カロリーネ様は、自らの意志で証拠を提供されました」
「裏切り者!」
夫人がカロリーネを睨みつけた。だが、カロリーネは怯まなかった。
「叔母様」
カロリーネが立ち上がった。その声は、震えていたが、しっかりと響いた。
「私はずっと、叔母様の言う通りにしてきました。でも、もう道具でいるのはやめます。私は——自分で選びます」
「この恩知らずが!」
「恩知らずと言われても構いません。でも、外国と内通して帝国を売ることが『恩』だとは思いません」
ヘルガ夫人の顔が歪んだ。反論の言葉が出てこない。
私は重臣たちに向き直った。
「以上が、告発の内容と証拠です。判断は、陛下と重臣の皆様に委ねます」
沈黙の中、グレイシアが立ち上がった。
「被告人、最後に申し開きはあるか」
オットー伯爵は俯いたまま、何も言わなかった。全ての証拠が揃っている。言い逃れは不可能だと悟ったのだろう。
ヘルガ夫人だけが、最後の抵抗を試みた。
「陛下! 私は、伝統を守ろうとしただけです! 外国人の皇妃など、帝国の伝統に反します! 私は、帝国のために——」
「黙れ」
グレイシアの声が、会議の間を切り裂いた。
「伝統を守る、だと?」
彼が一歩、前に出た。玉座を降り、ヘルガ夫人の前に立つ。
「伝統とは、帝国を守るためにある。帝国の民を守り、帝国の名誉を守り、帝国の未来を守るために、先人たちが築いてきたものだ」
その目が、冷たく光った。
「帝国を売る者の言い訳にはならん」
ヘルガ夫人が後ずさった。その顔から、血の気が引いていく。
「お前たちは、外国と通じ、帝国の皇妃候補を陥れようとした。それは伝統を守る行為ではない。帝国への裏切りだ」
グレイシアが玉座に戻った。
「裁定を下す。オットー・フォン・レーヴェンシュタイン伯爵、ヘルガ・フォン・シュタインベルク公爵夫人。両名を、外国との内通および国家反逆の罪により有罪とする」
どよめきが広がった。
「爵位を剥奪し、宮廷から永久追放とする。領地は没収、財産の半分は国庫に納めよ。——連行しろ」
衛兵が二人を囲んだ。オットー伯爵は力なく俯き、ヘルガ夫人は最後まで私を睨みつけていた。だが、もう何も言えなかった。
扉が閉まり、二人の姿が消えた。
御前会議が閉会した後、私は廊下に出た。
窓から差し込む光が、眩しかった。終わった。宮廷内の陰謀との戦いが、ようやく終わった。
「フェリシア様」
振り返ると、カロリーネが立っていた。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、私は——」
「私こそ、ありがとうございます。あなたの勇気がなければ、証拠は手に入りませんでした」
カロリーネが小さく笑った。
「これからは、自分で選んで生きていきます。叔母様のいない場所で、一からやり直します」
「応援しています」
「……ええ。あなたも、お幸せに」
彼女は頭を下げ、去っていった。その背中は、以前より少し軽やかに見えた。
「フェリシア様」
エルザの声に振り返る。
「陛下が、お呼びです」
「……はい」
胸が高鳴った。裁定後、グレイシアは私を見て微かに頷いた。「よくやった」という、無言のメッセージ。そして、昨夜言いかけていた言葉。
「行ってきます」
エルザが珍しく微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ」
廊下を歩きながら、私は考えていた。
全てが終わった。祖国との決着、宮廷内の陰謀、保守派との戦い。長かった戦いが、ようやく終わった。
残るは——婚約の、その先。
皇帝の執務室が見えてきた。扉の前で、私は深呼吸をした。
三ヶ月前、グレイシアは言った。「迎えに行く」と。
今日、その約束が果たされる。
扉を叩いた。




