表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三歩下がれと言われたので三千里離れた国へ逃げました  作者: 秋月 もみじ
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/30

第4話 密書は夜届く


噂は、思ったより早く広まった。


「ローゼリア王国が、フェリシア・シュタールは帝国に誘拐されたと主張しているそうです」


エルザの報告を聞いて、私は目を閉じた。予想していなかったわけではない。祖国が私を取り戻そうと動いていることは、爵位剥奪の時から分かっていた。でも、まさか「誘拐」という形で来るとは。


「誘拐、ですか」


「ええ。正式な声明はまだ出ていませんが、外交筋で噂が流れています。帝国が婚約を口実にローゼリアの元貴族を拉致した、と」


馬鹿馬鹿しい。私は自分の意志で祖国を出た。置き手紙まで残して。でも、それを証明するのは簡単ではない。国際社会では、声の大きい方が正義になることもある。


「宮廷内の反応は?」


「芳しくありません。保守派は『厄介事を持ち込んだ』と批判を強めています。中立派も、様子見に転じました」


つまり、私の味方がさらに減ったということだ。


「……そうですか」


「フェリシア様」


エルザの声が、わずかに柔らかくなった。


「まだ、諦めるには早いです」


「分かっています」


分かっている。でも、正直なところ——怖かった。


宮廷を歩くと、視線の質が変わっていた。


以前は無視か敵意だった。今は、それに加えて嫌悪と警戒が混じっている。「帝国に厄介事を持ち込んだ女」という目だ。


廊下ですれ違った貴婦人たちが、わざとらしく距離を取る。聞こえよがしの囁き声が、背中に刺さった。


「外国人なんて、やはり信用できませんわ」


「誘拐だなんて、帝国の名誉に関わりますわよ」


「陛下も、お考え直しになればよろしいのに」


振り返らなかった。振り返っても、何も変わらない。私は黙って歩き続けた。


東宮別棟に戻ると、見知らぬ使用人が待っていた。


「フェリシア様、お届け物です」


差し出されたのは、小さな封筒だった。封蝋には見覚えがある——シュタール伯爵家の紋章。


「どなたから?」


「商人を経由して届きました。差出人は、リーゼロッテ・シュタール様とのことです」


妹からの手紙。前回の手紙は、祖国の顛末を知らせるものだった。今度は、何を——


部屋に入り、封を切った。


『姉様へ


お元気でしょうか。こちらは大変な状況です。


宰相ヴィルヘルム閣下が、姉様を「誘拐された被害者」として国際社会に訴える準備を進めています。大陸評議会で正式に声明を出し、帝国に引き渡しを要求するつもりだそうです。


父上も、この計画に賛同しています。姉様を取り戻せば、シュタール家の名誉が回復できると考えているようです。姉様の意志など、誰も聞こうとしません。


でも、姉様。もっと危険なことがあります。


宰相閣下の側近から聞いた話ですが、帝国の宮廷内に、ローゼリアと通じている者がいるそうです。その人物が、姉様の動向を逐一報告しているとのこと。名前までは分かりませんでしたが、かなりの地位にある人物のようです。


姉様、宮廷内にも内通者がいます。気をつけて。


私にできることがあれば、何でもします。今度こそ、姉様の力になりたいのです。


リーゼロッテより』


手紙を読み終えて、私は深く息を吐いた。


内通者。宮廷内に、ローゼリアと繋がっている人物がいる。舞踏会の夜に聞いた、ヘルガ夫人とオットー伯爵の会話が蘇った。「ローゼリアからの連絡を待ちましょう」——あれは、この計画のことだったのか。


「エルザさんを、呼ばないと」


立ち上がろうとした時、扉が叩かれた。


「フェリシア様、エルザです。入ってもよろしいですか」


タイミングが良すぎる。いや、彼女のことだ。何か察したのかもしれない。


「どうぞ」


密書の内容を伝えると、エルザは長い沈黙の後、口を開いた。


「オットー伯爵で、間違いないでしょう」


「断定できますか?」


「状況証拠ですが、十分です。元駐ローゼリア大使、ヘルガ夫人との密談、そして『かなりの地位にある人物』という条件。全てが一致します」


「でも、証拠がない」


「ええ。だからこそ、慎重に動く必要があります」


エルザが地図を広げた。大陸全土が描かれた、外交用の地図だ。


「大陸評議会は、二週間後にフロスティア連邦で開催されます。ローゼリアが声明を出すなら、そこが舞台になるでしょう」


「私が出席して、直接反論するしかない……」


「そうなりますね。ただ、問題があります」


「何でしょう」


「陛下の許可が必要です。皇妃候補が国際会議に出席するには、皇帝の名代としての資格が要ります」


つまり、グレイシアに話を通さなければならない。


「……行ってきます」


「夜分ですが、よろしいのですか」


「待っていられません」


私は部屋を出た。


執務室の扉を叩くと、すぐに返事があった。


「入れ」


中に入ると、グレイシアはいつものように書類に向かっていた。私の顔を見て、ペンを置く。


「どうした。顔色が悪い」


「報告があります」


密書の内容と、エルザとの相談結果を伝えた。グレイシアは黙って聞いていた。その表情は、いつも以上に読めない。


「大陸評議会に出席したい、ということか」


「はい。私が直接、証言するしかありません」


「……」


沈黙が落ちた。グレイシアが立ち上がり、窓際に移動する。


「俺は、皇帝として動けない」


「分かっています」


「宮廷内の派閥争いに介入すれば、均衡が崩れる。ローゼリアとの外交問題に私情を挟めば、帝国の信用に関わる。だから——」


「だから、私が一人で戦います」


グレイシアが振り返った。その目に、苦しげな光が宿っていた。


「すまない」


「謝らないでください。陛下には、陛下の立場があります。私は——自分で選んでここにいるんです。だから、自分で戦います」


長い沈黙の後、グレイシアが小さく頷いた。


「評議会への出席を許可する。帝国顧問官としての資格で、陳述の機会を求めろ」


「ありがとうございます」


「それと——」


グレイシアが机に戻り、引き出しから一枚の紙を取り出した。


「法務省に、オットー伯爵の過去の外交記録を調査させている。まだ表には出せないが、何か出てくるかもしれない」


心臓が跳ねた。動けないと言いながら、彼は動いていた。表立っては無理でも、裏で手を回している。


「陛下……」


「俺にできるのは、ここまでだ。あとは、お前が——」


「勝ってきます」


グレイシアの目が、わずかに和らいだ。


「ああ。待っている」


その言葉を胸に、私は執務室を後にした。


部屋に戻り、妹の手紙をもう一度読み返した。


『今度こそ、姉様の力になりたいのです』


リーゼロッテ。五年間、何もできなかったと悔やんでいた妹。でも今、彼女は危険を冒して情報を送ってくれた。


「……ありがとう」


手紙を大切にしまい、窓の外を見た。星が瞬いている。


二週間後、フロスティア連邦。そこで全てが決まる。


内通者の存在。祖国の陰謀。宮廷内の孤立。


敵は多い。でも——味方もいる。グレイシアがいる。エルザがいる。そして、遠い祖国には、妹がいる。


負けるわけにはいかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
貴族藉を剥奪し国外追放という通達は 口頭のみで書面でも残っていないんでしょうか? 公式発表や新聞にもなければまだ貴族令嬢のはずですしのにそうは茶会などで扱われてないし謎なんですが???
これまで「逃亡者」として声明を出して 「貴族令嬢の地位を剥奪して、国外追放」だと言っていた事実は何処に消えたのかなと凄く不思議ですね 今になって「誘拐被害者」と言い出したら、それまでの主張とあまりにも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ