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伝説の終焉
「おい、聞いたか? あの『伝説の盗賊団』、解散したらしいぜ」
冒険者御用達の酒場。紫煙とアルコールの匂いが充満する喧騒の中で、中年の冒険者が声を潜めて言った。
「俺も聞いた。確か、ボスに子供が産まれたとかだろ?」
向かいに座る男が、ジョッキを揺らしながら楽しそうに答える。
「あのボス、確かまだ二十歳そこそこだよな?」
「その若さであれだけの伝説を残したんだ、大したもんだよ。それに比べ、俺はこの歳でやっとBランク……」
ふと、男は自嘲気味に俯き、重いため息をついた。
かつて国ひとつを震え上がらせた盗賊の首領と、しがない中年冒険者。その差に愕然としたのだ。
「まあまあ、俺たちはまだまだこれからだって」
連れの男が慰めるように肩を叩く。
「しかし、その子供もやっぱり化け物になるのかね?」
「いやぁ、わからんぜ? 親が凄すぎると、子供は大したことないってのはよくある話じゃねーか」
「……違いねぇ! こりゃあ、盗賊の時代は終わりだな!」
男はガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、片足を椅子に掛け、高らかにジョッキを掲げた。
「これからは、俺たち冒険者の時代だあぁぁーーッ!!」
店内に響き渡る叫び。それに呼応するように、周囲の酔客たちからも喝采と口笛が飛び交う。
男は溢れる酒も気にせず、琥珀色の液体を一気に喉へ流し込んだ。
沸き起こる拍手。熱狂。
このような光景は、この日、世界中の酒場で見られた。
それほどまでに、あの『伝説の盗賊団』の存在は大きかったのだ。
――そして、時は流れた。
あれから15年。
今日は、俺ケイの愛する娘の成人の誕生日だ。
朝から張り切ってパーティーの準備をしていた俺は、ふと窓の外を見て凍りついた。
庭で、娘が刀を振り回している。
「――っ!?」
俺は手に持っていた飾り付けを放り出し、転がるように庭へ飛び出した。
「なっ、何てことをしてるんだ! 危ないじゃないかっ!」
「、、、」
「刀を下ろせ! いや、今すぐ捨てろ! いつも言ってるだろ? お前はそんな事しなくても大丈夫なんだ!」
俺は娘の華奢な肩を掴み、必死に訴えかける。
「パパが一生守ってやる! 一生食わせてやるから!」
しかし、娘はキョトンとした顔をするだけで、手にした刀を放そうとしない。いくら言っても鍛錬を止めないのだ。
俺の胃がキリキリと音を立てる。
父親として、こんな危険な行為を許容できるはずがない。
刀の鍛錬をするということは、戦うということだ。
戦うということは、モンスターや魔物と殺し合うのか? それとも人と斬り合うのか?
(……想像しただけで吐き気がする)
こんな目に入れても痛くない可愛い娘が、もしモンスターに敗北し、帰らぬ人となったら?
もし人間との争いに敗れ、薄汚い野郎どもの慰み者にされ、奴隷のように扱われて一生を過ごすことになったら?
「許さん……断じて許さんぞおおお!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
娘が産まれてから、俺はすべてを捨てた。
まず、人里離れた森の奥深くに家を建てた。純真無垢な娘に寄り付く、世間の毒をすべて排除するために。
そして次にしたことは――「環境の浄化」だ。
家の周囲10キロ圏内。そこに生息していたモンスター、魔物、凶暴な野生動物。5年かけて、視界に入る生き物を片っ端から粉々にした。生態系など知ったことか。
おかげで今、この家の周りには小鳥くらいしか寄ってこない。
それなのに、なぜ娘は戦おうとするんだ!?
「ねえお父さん」
「な、なんだ? ケーキか? すぐ持ってくるぞ!」
「私、決めたの」
娘は、キラキラと輝く瞳で俺を見つめ、高らかに宣言した。
「私、冒険者になって人助けをする!」
――俺の目の前が、真っ暗になった。
その後のパーティーの記憶は、俺の中から完全に抜け落ちていた。
娘が欲しいと言っていた物は全て揃えたはずだ。
髪飾り、ドレス、靴、その他もろもろ。
喜ぶ顔が見たい一心で、かつての仲間に号令をかけ、世界中から最高級品をかき集めた。
断っておくが、もちろん盗品ではないし、奪ったものでもない。正規のルートで、適正な金を払って買ったのだ。
――まあ、その元手は昔、国や貴族から奪い取った金なのだが。
娘は「ありがとう」と言ってくれた……気がする。
だが、俺の脳内は「冒険者になる」という衝撃発言でショートしており、その笑顔を保存できていなかった。
気づいた時には、パーティーは終わっていた。
俺の意識を現実に引き戻したのは、愛する妻の強烈な回し蹴りだった。顔面にめり込む衝撃で目が覚めた。
「いつまで呆けてんのよッ!!」
鬼の形相で仁王立ちする妻に、俺は正座で説教を食らった。
娘の成人の祝いにその態度はなんだとか、親ならもっとしっかりしろだとか、あの子の人生はあの子のものだとか、正論のあらしだ。
「……わかっとるわい!!」
俺はそう叫ぶと、溢れる涙をぬぐいながら家を飛び出した。
もう、こうなったらあいつに相談するしかない。
次回
俺は全速力で大地を蹴った。
常人なら急いでも丸二日はかかる道のりだ。だが、今の俺はパニック状態の父親。火事場の馬鹿力も相まって、わずか二時間で目的地へたどり着いた。




