第二章 第四十二話「黒渦から生み出されしもの」
サンライズはヴィランダに一方的にやられていた。
好きな彼女を傷付けたくない。その意思で攻撃が出来なかった。
気付けば自分は致命傷を受け、彼女は無傷。
私は勝てないと弱音を吐くサンライズは過去の彼女の言葉を思い出し、彼女の為にサンライズは本気を見せる。
「これで-終わりだぁああああッ!」
俺-勇人は何組目かの男女ペアを気絶させる。
「⋯⋯ふぅ」
少々荒っぽくなってしまったが、何とか抑える事ができた。
最初から器用に何とかしようとしたのは間違いだな。
「お?そっちも終わったか?ならそれで全員だな」
声に振り返ると、ライドとフウカがこちらに歩いてくる。
その後ろ、何十組の男女がペアで折り重なるように気絶させられていた。
「すごいな」
俺は思わず関心して口が開く。
ものの数分も経っていない。
たったそれだけでも全員制圧して見せたのだ。
中には魔力を持った人も居たはずなのに、だ。
「さすがは民兵隊副団長と、遊軍として密偵に抜擢される事はあるな」
こっちは何度もやり返されたりして、致命傷は避けたが身体は傷だらけだ。
しかし彼らには切り傷すら見当たらない。
まるで遠足にでも行ってきた帰りのように笑顔で戻ってくる。
「当然だろ?俺たち戦闘が常だからな」
当たり前だろと豪快に鼻を鳴らすライド。
「ユートくんだってすごいよ!途中から躱して隙を伺ったり読んでたし!」
フウカはパチンと両手を叩いて俺を励ます。
恐ろしいことに、一番戦果を上げたフウカは俺の行動すら見る余裕があったということだ。全く恐れいる。
そんなことを考えていると自ずと身体が疼いてきた。
「また今度、鍛錬付き合ってくれよ」
意志とは無関係に、こんな事も勝手に口走る。
何週間か前は勝てないと思っていた相手に、俺はまた挑みたくなったのだ。
俺ってば本当に懲りないのね。
「えっ?う、うんっ!」
フウカは突然の事で困惑するも承諾してくれた。よしっ、俺はフウカを超えて強くなる。
残念な事に、俺の頭は数週間前のことを忘れて自分が勝つ未来しか見えなくなる。
「おいおい、俺達の決着だってまだだぜ?」
後ろから肩を組んでくるライドはスっと俺の近くに顔を寄せて耳打ちする。
「それに-姉さんだって超えなきゃ、だろ?」
ライドは俺の中の物に刺激するように含みのある言い方をする。
「それは無理」
おかげで俺は一瞬にして夢から覚めた。
そしてふと顔を上げてある方向に目を向ける。
それは港街の方、未だ闇夜を照らす業火の中、それすらも霞むほどに熱く燐光散らす場所。
「ようやく本気出したな。サンライズ王子」
ライドはそれが嬉しいのか口角を上げる。
俺には早すぎて、と言うか遠くて姿までは見えないが、一秒に何回も光り響く耳を劈く鋼の音は、激しくぶつかっているのだと分かる。
「だけどまだ相手は余裕そうだな。ほら、後ろのリリアルは悠然と構えてるし」
ライドの言葉にフウカは顔が沈む。
「私も加勢するつもりだったけど、あっちに行ってあげてって言われて」
申し訳なさそうなフウカに対してライドは「バカかよ」と笑い飛ばす。
「フウカなんて居ても足でまといだからな。聞いたぜ?姉さんに数秒でシバかれたんだって?」
「うっ!?⋯⋯どうして知っているの」
「この街は情報が出回るのが早いんだよ」
フウカはカーッと顔を赤くして伏せた。
「安心しな。王子はそれでも二人相手に勝てるって踏んだんだろ。まっ、リリアルなんて魔力無かったらそこまでだしな」
「やっぱり魔力が無いとそこまで強くないのか?」
俺の問いに「当然」とライドは返す。
「魔の者なんて殆どが魔力の塊のようなもんだ。魔力が生命力だし、あれだけ魔力をばら蒔いているなら弱いだろ」
「ふーん」
「あっ、それなら俺でも-なんて思ったろ?」
「違うのかよ」
「アホ。だとしても一般人からみたらめちゃ強い。お前グリムが魔法使えて、使えないからって弱いって思うか?」
納得。
確かにそれならば、魔法が使える相手ならともかく、俺みたいな一般人だと些細な問題だ。考えるまでもなく逃げの一択。
「それでも俺はグリムに勝ってるけどなッ!」
これは胸を張って自慢していいだろ。
「本当にすごいよ」と拍手してくれるフウカと対照的にライドは「あーはいはい」と適当に流してくる。
「あっちは任せていいだろ。俺たちは-こっちだな」
さっきまでふざけていた顔は一変、ライドは空を見上げるときつく目を細めた。
見上げた先、空には大きな渦が街を呑み込まんとしていた。
それは俺が見た海から上がってきた渦であり、数分前よりも大きくなってきている。
「嫌な感じ⋯⋯」
フウカも目が細められ口を噤む。しかしその目には少し怯えも見えた。
彼女の腰に下げてある武器レイピア。ヴィランダさんに折られて鍛えもせずそのままにしていたのだ。
昨日の今日、街の人に恨まれていると思い込み、昨日の夜から手伝いに時間を費やしていたせいで仕方ない部分もあるが、それでもフウカはしくじったと顔をしかめる。
「サンライズさんはまだ時間掛かりそうだし、私達だけでやるしかない」
それでも彼女は折れたレイピアを空に掲げて戦う意を見せる。もう彼女の目に数秒前までの怯えや迷いは無い。民兵隊として魔物を狩る者へと変わる。
「俺達だけでねぇ。ありゃキツイぞ」
ライドは弱音を吐きながらもネックレスを振り払い、”簡易武具”を解放する。
ライドの頬からは冷や汗がタラーっと落ちる。一筋縄じゃいかないって分かっているのだろう。
それでも戦わなくちゃと武器を手に取ったのだ。
上空の渦はそうする間にも大きく広がっている。
漆黒の闇夜すら混ざり合って一つになろうとするそれは、幾重にも成った炎の柱に照らし出されて今もなお胎動の如く鼓動を繰り返して何かを生み出さんとしていた。
魔力を感知できない俺でも分かる。相当に危険な相手が、今か今かとこの街に現れるのだろうと。
渦は鼓動を打ち鳴らして辺りに不安を呼び寄せる。
少しずつ膨れ上がっていく音と、その間隔が少しづつ短くなっていく。
もう生み出されるのは時間の問題だ。
凄まじい魔力の渦が空間を支配して地面を揺らす。
-そして、それは満を持して生み落とされる。
生み落とされるのは-漆黒の夜をも染める黒を纏った巨大な竜。
その竜は先日現れたカロックノリアと引けを取らない体躯をしていた。
「なん、だよ⋯⋯あれ」
あまりの恐怖にもはや言葉すら出ない。
竜はこちらにすぐに気付くと恐竜の如き咆哮を上げる。
それは凄まじい風圧で襲いかかり、恐怖で張り付いた俺の身体を容赦なく殴る。
「⋯⋯やるぞ」
俺はいつの間にか歯をガチガチと鳴らしていた。
それでも負けじと背に刺した剣の柄を握り込み-解放。
ジェットソードを構え竜に強く睨み返した。




