第二章 第四十一話「信じろ-お前は強い」
勇人の前に現れたフウカとライドの二人。
浜辺は多少強引にも鎮圧化されていく。
「フフフッ⋯⋯まさか攻略されちゃうなんてね♪」
そう言う魔族は、自身の魔力が看破されているというのに嬉しそうに口角を上げた。
「ふんっ。その割には余裕そうじゃないか」
私-サンライズは目の前の猛攻を必死に耐えながら声を漏らす。
「まっ、ただの時間稼ぎなわけだしぃ~?本命はあんたなわけだから⋯⋯ねぇ?」
魔族は余裕とばかりに嘲笑を飛ばす。
くそっ。今すぐにでもその首叩き切ってやりたいと言うのに-。
「まだ目を覚まさないかッ⋯⋯!」
私は焦りに焦ってつい心の声が出てしまう。苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ヴヴヴアアアアアアアッ!!」
魔族との前に立ち塞がるのはヴィランダ・カースト。
グラディウスの中で一番喧嘩っぱやく、そして一番仲間想いだった-最高に可愛い女の子だ。
だが今は、もはや獣の如く咆哮を上げて俺の喉を掻き切ってしまわんとしていた。
ユウト君に言われたことは実行した。
それ以外にも、予想外になりそうな事は全部した。
しかし彼女は戻ってくる事はなく、私を殺そうと必死に鉤爪を振るう。
「戻ってきてくれよぉ⋯⋯!」
思わず零してしまうのは情けないが泣き言。
目には何かがじんわりと熱く溜まって空を舞う。
やれやれ、王子だというのに私はどうして-。
「あはっ♪あんたじゃこの女に勝てないってわけ」
そんな俺を滑稽と言わんばかりに笑う魔族。
残念な事にぐうの音も出ない。理由は簡単だ。
「ぐう-ッ!?」
何千と振り抜かれた鉤爪の一つが飛び出す。
私はそれに反応するも脇腹を掠ってしまう。おかげでコンマ数秒つぎの行動が遅れてしまった。
それはこの女性の前では命取りなのだ。
バッと防御を抜けて顔に迫るのは鉤爪。
反射的に身を引くと、ヴィスの五指が顔面ギリギリに止まる-いや、違うッ!
爪を飛ばして顔に穴を空けるつもりか-!?
構えられたその手にゾッとして、反射的に身体を捻り射線上から逃れる。
しかしそれすら彼女の手の中だと知っている。
もう片方の鉤爪が横一文字に走り、私の腹を容易に捌いてしまう。
「グッ-」
これは深いッ-だが止まるわけにはいかない!
「おおおおーッ!!」
ジェットソード発動-私は生存への一手に手を伸ばす。
しかしヴィスは爪を再度私の顔を捉えるとボンッ!と凄まじい爆音を上げてそれを飛ばす。
-それは予想していた。
「うぉおおおおおっ!」
私はジェットソードの推進力を利用して回転-顔を穿たんと迫る爪を両断していく。
「-ッ!?」
だがそれは一回だけでは無かった。
ジェットソードの推進力で出来た煙を突破してもう二発、計十発の爪が目の前に現れた。
射線上、全て急所を狙った攻撃。
知っているよ。君ならそう来ると。
しかし知っていたとしても躱せるかといえば別問題。
幾つかは私の身体を掠り、抉り、穿つ。
私はその場から離脱するようにジェットソードを使い、もう崩壊した建物へと命からがら逃げ果せる。
「ハッ⋯⋯やはり強いな」
「ハハハ」と、ボロボロとなった自分の身体を見て嘲笑気味に笑った。
ヴィスはグラディウスの中でも一、二を争う戦闘者だった。
それに比べて私はただの王子だ。
毎日を必死に生きてきた者と、王の身に”胡座”をかき、言葉でしか実行してこなかった私とでは当然な差だ。無理もない。
「あー!また逃げたー!卑怯だよ〜?」
はたしてヴィスの影に隠れてヤーヤー騒ぐ魔族とどっちが卑怯なのか。情けない奴だ。
-いや、情けないのは私の方か。
気付かないうちに私はヴィスの方が上だと思い込んでいた。
彼女の凄まじい手数の攻撃もさることながら、膨大な戦闘経験から反射的に身を捩り避ける事が出来る。
もはや天賦の才に近い程に。
そしてこの街だって彼女がここ十年率いてきたのだ。
魔王への対策の為に私が切り捨てたこの街を-彼女が立て直したのだ。
私は身体の強さも、心の芯の強さだって彼女に勝てやしない。
だからこそこの戦闘で彼女に勝つなんてビジョンは一つとして浮かばない。
そして-。
「あんな状態になったからって⋯⋯」
痛みにどれだけ顔を歪めたのか分からない。
だがそれは身体の痛みなどでは決してない。
痛むのは-弱い私の心だ。
彼女の方が強いから?
それとも好きだから?
私は、彼女に一つも攻撃をできていない。
本気で彼女を助けたいと思っているから?
他の方法でどうにかしてやれると思っているから?
だが現に今考えうる可能性を全てを試した。
しかし彼女は戻ってこなかった。
決断しなくてはならない。
ヴィスは隠れた私を炙り出すように爪を飛ばして街に破壊の限りを尽くす。
なぁ、私はこのままでいいのだろうか。
「-言いわけねぇだろッ!」
ふと、昔ヴィスに言われた言葉が頭を過ぎる。
こんなふうにいじけていた時に言われた言葉。
「どうしてそんなに君は強い?」
確か私はそう返したんだっけか?
なんて言われたんだっけ⋯⋯。
「あぁ?そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ。最初っからやらずに愚痴愚痴、正直見るに堪えん!」
あぁ、そのあとガン詰めされて、襟首掴まれて言われたんだっけか。
「お前!もし私が魔物にやられた時、お前は放っておいて逃げ出せる覚悟はあるか?もし私が操られていたら、お前は迷わず倒すことは出来るか!?」
私は首を振った。そうしたらまた手が飛んできた。
「いいか?お前は決断しなきゃいけない時に迷ってしまう癖がある。それは戦闘において命取りだ。それじゃあ救えるものも救えない」
そして彼女はこう続けたのだ、
「それは私に対しても失礼だ。もし操られていたら迷わず私を弔ってくれ。そして国の為に戦い続けろ」
彼女は強い。だからそんな事が言えるのだ、と。
そもそも私では君に勝てない、と。
そうしたら真顔で言われた。
「はぁ?何言ってんだよ。お前は私より強いんだからごちゃごちゃ考えるなよ」
ヴィスは私の肩にポンッと手を置いて言った。
「信じろ-お前は強い」
「あぁ-⋯⋯そうだったな」
一雫、それが私の頬を伝い地面に落ちた。
それが彼女の願い。
それが彼女の決意。
それを蔑ろにするなんて私はどれだけ彼女をバカにしてしまうのか。
身体は無数の傷で痛み、身体は限界に近い。
しかし立ち上がる-いや、まだ全然いけるよ。
私は自然と頬が緩んで笑った。
「おーいどこに隠れてるのー?」
魔族リリアルは退屈そうにヴィランダの胸を後ろから揉んで遊んでいた。
しかし次の瞬間、鋭い鋭利な物をヴィランダの首筋に突き立てる。
「⋯⋯あんまり遅いと殺しちゃうよ?」
「あぁ。すまない。遅くなった」
私は物陰から飛び出すと笑ってヴィスの前に現れる。
「あらあらぁ~?よーやく殺されに来てくれたの?」
「まさか」
私は身体に溜まったものを吐き出して言葉を紡ぐ。
「君を殺しに来ただけだよ」
絶対零度にも勝る冷たい視線を向けて-。




