第二章 第三十三話「歪んだ笑い」
酔った天を部屋に連れていく。
天は勇人を誘うようにいつもおちょくってくる。
そして今。
このチャンス、逃すのは男としてどうか-。
勇人は天に重なるようにして身を寄せた。
「んッ⋯⋯」
暗がり。何処か分からない所でフウカは目を覚ます。
私⋯⋯何してたんだっけ?
自身を纏う浮遊にも似た感覚に記憶も朧げだ。
ただ背に感じる柔らかな感触は、ここがベッドなんだと教えてくれた。
ならここは?
視界の端に映るのは一筋の光。
夜空から引かれたその光は、暗がりの部屋で夜目を効かずには十分な光量だった。
おかげで光付近の景色はよく見えた。
あぁ、昨日荷物を預けた宿の部屋の中か。
ならここは普通のベッド。寝転んだ時に軋んで硬かったのを思い出す。
痛っとなって何ならワタが少なめだったのに、身体の浮遊感がそれを柔らかいものだと錯覚させる。
酔っ払った?
ふざけてライドがアルコール(コロコロ)入りを飲ませた?
いや、入っていたら気付くから有り得ない。
ふと、フウカの-いやエルフの力【風読み】が何かを察知する。
-前方に何かいる。
耳をすませば、聞こえるのは荒い息遣い。
まるでフウカを馬乗りになっているようだった。
「やっと⋯⋯やっと僕のものになってくれるッ!」
好機の抑揚で感極まったのか、裏返ったその声には聞き覚えがあった。
特定したおかげが、一気に夜目になれた視界が辺りの景色を映し出していく。
「ジェラ⋯⋯?」
ベッドで寝ている私に跨るようにしていたのは、ジェラだった。
彼が私の部屋まで連れて行ってくれたんだろうか。
それは有難いが、今何をやっているのだろう。
「あぁ、起きられたんですね⋯⋯」
ジェラはまるで私の舐め回すようにランランな目で見下ろして、食べ頃と言わんばかりにじゅるっと涎を呑み込んだ。
その奇妙な反応に思わず仰け反るも、何かが引っかかりそれは出来ない。
ハッとして見渡すと、いつの間にか四肢をベッドの角に縛られていた。
カチャカチャと音が聞こえ、見やるとジェラが下のズボンのベルトに手を掛けていた。
もう何をしようとしていたのか瞬時に理解した。
「いや-」
こんなボロいベッドなんか-と思ったが、上手く力が入らない。よく見ると、私を縛っていた縄に何か黒光りするものが練り込まれていた。
「まさかっ⋯⋯魔封石!?」
私はゾッと背筋に氷塊が入れられた感覚に陥る。
「そう。この街の者は魔力の無い人が殆ど。これをただ縄を強化する物として練り込んでいたみたいですが⋯⋯貴方にとってはこれ以上ない拘束具でしょう?」
「⋯⋯貴方だって、そうなんじゃないの?」
魔封石。
触れれば魔力を行使できなくなる魔石の一つ。
それを練り込んだ縄をジェラは腰に巻いていた。
しかしその問いに返ってきたのは厭らしく笑う顔。
「もしかして私が魔力を行使できるとお思いで?」
「えっ」
ジェラは不意に私の顔の前に手を差し出すと、フッと力を込める。
凍らされる-っ!
思わず目を伏せるも、何秒経っても兆候すら見られない。
「クククッ⋯⋯ハハハハハハハッ!」
ジェラはおかしく顔を覆って汚らしく笑った。
「私はね副団長。魔力を行使できない人間なんですよ」
そう言って彼は置かれていたレイピアも持ち上げる。
鍔の所をコンッと叩くと、ホロっと剥がれ落ちた下から親指の爪くらいの紺色の石が覗く。
「魔道具ッ!」
「そう。私は魔道具を使って民兵隊に入ったんですよ」
民兵隊に入る条件はグリム一体の討伐か、ゴブリン五体同時討伐。それか私が団長との木剣での一騎討ち。
当然どれも自身の魔力以外の使用は認められていない。
なぜならそれが”自分の実力”の指標となり、万が一の闘いでも武器依存になりにくいからだ。
もちろん街の為にもあるが、第一前提として足手まといにならないよう最低限の生きる力を測る為。
それなら話は分からなくもないが、彼は違いそうだった。
「私がそうまでして入りたかった民兵隊に入りたかった理由⋯⋯それは貴方ですよ」
ジェラは恍惚な表情を浮かべて、私の近くに顔を寄せると下から服をたくし上げる。
思わず声を上げようとした時だった。
「-あれ?」
刹那、目の前のジェラが数人増えたようにぐわんと揺れる視界。
-何かヤバい。
しかし急に呂律が回らなくなり、目にも力が入らなくなってきた。
「ようやく効いてくれた」
ジェラは嬉しそうに頬を紅潮させてお腹に触れる。
「大分と時間掛かりました⋯⋯本当に私の事なんとも思っていなかったんですね。残念です」
人差し指でお腹からツーっと指でなぞり、下半身へと指が行く。
「⋯⋯やめて」
抵抗しようにも身体に力が入らない。魔力が使えない。口も回らない。
「いいやその表情も良いッ!」
ジェラはさらに興奮して鼻息荒くする。
だめだ。ゆっくりとだけど頭がボーッとしてきて考えることも出来なくなってきた。
-あれ
ジェラが⋯⋯どうしてか見ているだけで心臓が高鳴る。
いやなのに目が離せなくなってきた。
「おかしい⋯⋯な」
ジェラて⋯⋯こんなにかっこよかったっけ?
そこで私の意識はガクンと落ちた。
「まずは一人。虜になったのね♡」
意識が落ちる最後、何処かで誰かがそう呟いた気がした。




