第二章 第三十一話「疑り深いのは街特有でして」
サンライズと見せ合ったのは、王誓剣に瓜二つの勇人の武器。
互いに触れ合えないし、互いの武器は使えない唯一の武器であった。
勇人は、魔力以外の力を有しているのかもしれない。
宿に入ると、共通フロアにある机の一つに寄り掛かるようにして項垂れた様子のジェラの姿があった。
「ジェラ!見当たらないと思ったらこんな所にいたの?」
フウカが駆け寄ると、ジェラは顔をパッと明るくさせる。だがこちらを見つけるとまた表情が消えて、自身を嘲るように笑った。
「僕なんかに構わないでそっちと仲良くしていたらいいじゃないですか」
そう投げ捨てるように言い放つと、「放っておいて下さい」と続けて机に突っ伏する。
はたから見てもわかる。ただ拗ねてるだけだ。
「何言ってるの?もしかして不貞腐れてるの?」
「まさか!僕がですか?」
ジェラはハッと笑い起き上がると、何かを確認するようにフウカの目を覗き込む。
「あぁ⋯⋯もう少しだ」
次の瞬間、ジェラはフウカの手を掴むと甲にキスをした。
「ジェ、ジェラッ!?」
急な事でフウカの頬はすぐに真っ赤に染まり、どうしたらいいのかあわあわとする。
ジェラは立ち上がり、その様子を愛おしそうに見つめる。
「いきなりっ⋯⋯どうしたの?」
困惑するフウカは離れようとするも、ジェラはその手を離さない。どころか、ギュッと抱き寄せて優しく頭を撫でた。
「-副団長は私のモノだ」
「はぁ!?恥ずかしいって!どういう意味っ!?」
必死に藻掻くもジェラは離れる気はさらさら無いらしい。もはや抵抗するフウカの小さな身体を強引に抱き込んでしまう。
「君にはこんな事、出来ないだろう?」
まるで見せつけるように、俺の所有物だと言わんばかりにニタリと厭らしい笑みを浮かべて勝ち誇る。
「お前、なんなんだよ⋯⋯」
昨日今日のこいつの行動と、話してみて分かった。
あまりに感情的で相手の立場もお構いな無しに突っかかってくる。そして病的なほど嫉妬深い。
おそらくこいつはフウカが好きだ。
さらに言えば俺もフウカが好きだと思われている。
「うわぁ⋯⋯キモ」
隣の天は、まるでゴミを見るような目でジェラを見下していた。
「なんだとッ!魔の者のくせにッ!」
ジェラは怒り混じりに天を睨み付けて醜く吠える。
「ちょっと!ミカちゃんにそんな事言わないでっ!」
フウカは器用にジェラからすり抜けると、こちらに身体を寄せる。
ジェラは明らかに焦った表情を見せた。ズカズカと歩いてきてフウカの両肩を掴むと激しく揺する。
「副団長言ったじゃないですか!そいつは魔の者だと!魔族クラスだと!王子の言葉を鵜呑みにするのですか!?」
その言葉にフウカの胸中では後悔が渦巻き俯く。
「疑わしくは罰する。それがあの街アサガナの暗黙の了解であり、私の本懐でもあると思ってた」
「なら!」
「でもッ!⋯⋯それだと。私が街に来た時と同じになっちゃう」
いつの間にか一筋の涙がフウカの頬を伝う。
「-はいはい。せっかくの夜だ。その辺にしといたらどうだよ?」
後ろから聞こえた手を叩く音に全員が振り返ると、何処に行っていたのか、ライドがニタリと悪戯っぽく口角を上げて立っていた。
「お前どこ行ってたんだよ!」
ライドは「まぁまぁ」と俺の声をぬるりと抜けて、フウカとジェラに近付いていく。
フウカは驚いた表情を見せて、ジェラは顔を歪めた。
「今日もお熱いねぇ。一方的だけど」
「ライド!連絡も無くずっと何してたの!?」
「貴様ッ!今まで何処に行っていた!?」
民兵隊の二人は一気に詰め寄りライドを捲し立てる。
「あー、すまん。連絡用の機械が壊れちまってよ。やっぱりドワーフ無しには通信機器すらまともに作れないな」
しかしライドは悪びれもなく頭をかいて、「説明しようか?」と置いてけぼりを食らっていた俺と天に勝手に語りだす。
「俺は本来、この街の住人じゃないって事だよ」
「めっちゃ馴染んでたのに?」
ヴィランダさんの舎弟になって数年って感じに見えたんだが。
「相手の懐に入るのは得意分野なんだわ。と言っても数年は掛かったぜ?」
得意げに語るライド。
民兵隊二人の口ぶりから、この街に侵入していたとなるのだろう。
「そこまで一般人に話すんじゃない!」
ライドはジェラにキッ、と睨みつけられる。
「こんな夜だ。少しはいいだろ?」
しかし効いていないのか淡々と続ける。
「この街の動向を見てくるってのが俺の任務でな。本来なら連絡を取るつもりだったんだけど、如何せんこの街の住民はアサガナ、基い王都と連携のある民兵隊と王都が嫌いだ。迂闊に出ていく事も出来ないってことさ。と言うかこっちの方が驚いたぜ?」
ライドはズイッとジェラの眼前へと迫る。ジェラは嫌そうにするもライドは構わず言葉を放つ。
「どうして王-サンライズ・アクアシアがここに居るのかなって」
フウカは言い辛そうにして居心地が悪そうにしている。
「そりゃ、グリム襲撃がこの街のせいかと⋯⋯思って」
「ふぅーん。なら三ヶ月に一度、ゴウマンがこの街に訪れていた事も知られてなかったんだな」
「!ゴウマンさんが!?」
「あぁ。この街との友好の為にアサガナの物を持っていって得を積んでたんだろう。民兵隊が知らないってことは独断だったのかなぁ。どうりで身なりが民兵隊の装いじゃないと思ったよ」
ライドはスタスタと歩いて、近くの椅子に腰かけるとまた不敵に笑った。
「そもそも。商人のおっさんが何とも無く取引してアサガナに帰って来ているのだから、大丈夫だと信用するべきだったな」
民兵隊の二人に放つ言葉に、二人とも何も返せない。
街アサガナの連中、さらには民兵隊もこの街を警戒していた。
十年前の一件から恨んでいる、と。
それがいつの間にかこちらに復讐しに来るんじゃないかと疑心暗鬼になっていて、今に至るのだろう。
そんな背景があるから、団長のゴウマンさんは民兵隊ではなく一人の人として、いつの日か魔物に対抗する為に友好を結ぼうとしていたのだろう。
「まぁ来てみて解ったんじゃないか?お前らは恨まれるどころが何とも思われていないと。それどころか、たった一つの街で立て直そうとその日暮らしだとしても互いに寄り添い合って生きている人々を」
ライドは腰からペットボトルを取り出すと、近場に置いてあったコップを並べ立てて机を叩く。
「さっ、せっかくの夜だ。どうせ酒乱となった姉さんから逃げてきたんだろ?次はここで俺もおしゃべりに混ぜてくれよ」




