第二章 第二十一話「鋭い目」
街に入れたヴィランダさんは嬉しさと怒りに枕を濡らす。
天はマフィンさんの温もりで、ユキさんを思い出すのだった。
街前で彷徨いてもあれだと王子、フウカ、七三を含めた四人で街に入ると、街の治安は見るからに悪化した。
理由は明白。周囲から威圧的な視線が突き刺さる。と言うか痛い。俺と天が最初訪れた時よりも数段悪い。
ガラが悪い連中が本格的にそういったオーラを放っている事に俺はごくりと生唾を呑み込んだ。
彼等の態度の変化は間違いなく彼等-民兵隊を見ているのが分かる。
とくに視線を集めたのは赤髪の王子。高貴そうな服装は、彼らとは全く正反対の生活をしているのだろうと俺でも邪推してしまう。
間違いなく彼等からの視線は、俺たちが最初に訪れた時に感じた懐疑的ものでは無く、明確な冷たく怒りの混じった眼差しだった。
正直いつ攻撃されてもおかしくない程の息苦しさを覚え、あえなく宿を見つける前に近くにあった店へと避難も兼ねて退散する。
「らっしゃ-⋯⋯チッ」
普段穏やかな対応をしてくれていた店員から舌打ちをもらい、俺たち四人はとある店を訪れる。
案内すらしてくれなかったので、俺はしぶしぶ前に座った事のあるところに腰掛けると、三人は付いてきて各々腰掛けた。
ここはライドと二回利用した事があったが、その時は豪快にも温かさがあった店員とバカ話をして盛り上がった記憶があった。
しかし目の前の三人を見て態度が真逆、もはや目も合わせてくれない始末だ。
俺たちは適当に飲み物を決めて店員を呼び出すと嫌な顔をされた。そして数分くらいで届いた時も、指が飲み物に浸かっているという嫌がらせを受ける。
「⋯⋯適当にしたら帰れよ」
最後にまた舌打ちをもらって、店員は去っていく。
「ははは、当然だな」
乾いた笑いを引き攣らせて、何処か悲しそうに目を伏せる王子はすぐに飲み物に手を付けて飲み干してしまった。
斜めに座るフウカはちびちびと飲み物に口をつけて、不服そうに表情を曇らせる。
隣に座った七三の男も同じように現状が不満そうに「どうして私が⋯⋯」と悪態をもらす。
この人、確かグリム襲撃の際に助けてくれた。しかしあの時の利口そうな顔つきは何処へやら。今は感情を剥き出しにして顔を歪ませていた。
「久しぶり⋯⋯ユートくん」
声に振り向くと、飲み物に口を付けたままじーっとこちらを見やるフウカの姿。ほっぺをぷくーっと膨らませて愛らしいその姿に思わず元気に声を掛けそうになる。
「あぁ、数日⋯⋯一週間ぶりくらいかな」
だが俺は端的に言葉を返す。
こいつは最後、天を殺そうとしたんだ。
前のようにな距離感ではいられない。
「⋯⋯ミカちゃんは?」
「⋯⋯」
俺は答えない。
隣からこちらを睨む視線が視界の端に映るが、あいにくこの人は数言話しただけで何にも知らない。
「そうか。君がユウト君と言うのか」
正面、視線を戻せばこちらを真っ直ぐに見据える赤髪の男。
「フウカから聞いた。グリム襲撃の際、街を守ってくれたみたいだな。遅くなったが礼を言う」
王子は立ち上がったかと思うと腰を九十度に曲げて頭を下げる。
「いやいや、そこまでしなくて大丈夫ですよ!俺だってただ、自分を守るので必死だっただけです」
俺もつられて立ち上がり否定する。
本当にただ目の前に現れたらグリムに対して逃げたくなかっただけ。俺は自分の不安を掻き消す事が目的だっただけだ。
「それでも助かった命はある。ゴウマンは意識こそ戻っていないが、それでもあの時グリムに立ち向かってくれた君のおかげで生きているのだから」
そうして手を伸ばす王子はにこやかに笑った。
自分の為にやったのだとまだ少し戸惑いはあったが、握手をしない方が失礼だと伸ばされた手を取る。
「ありがとう。申し遅れたが私はアクアシア第一王子サンライズ・アクアシアだ。よろしく頼む」
「いえいえ⋯⋯って第一王子ッ!?」
いきなりすごい人と対面している事実におもわず声を上げてしまった。
「あぁ。今は王都を任されて”王”が本来名乗るべき名なのだろうが、私には荷が重くてね。私より適任がいるので王子と名乗らせてもらうよ」
握られた手は、急に逞しく優しくもごつく強く感じた。急に偉いさんに握られていると感じて手が震えてきた。
王様⋯⋯てことは、今この大陸で一番偉い人ってことじゃねぇか。
「そうは言っても王子、貴方様はグラディウスでもあるのです。実力は折り紙付き、自信を持っていただきたい。」
「なんだとっ⋯⋯」
さらにはヴィランダさんと同じグラディウスと言うではないか。俺は握られた手が震えを通り越してブレ始める。
確かに離れた距離から、ヴィランダさんと七三の攻撃の接触にも間に合っていた。
「そんな十年も昔の名だよ。今はただの王子、それ以上でもそれ以外でも無いんだ。そんなに緊張しなくていい」
屈託のない笑顔で謙遜する王子-サンライズ・アクアシア様のことを俺は直視できなくなっていた。
なんとか握手から抜けると隣からまた視線を感じる。
「なら私もー」
便乗するように隣から話しかけて来るのは七三の男。
「遅くなりましたが”私”、民兵隊副団長補佐-副団長の右腕となります、エンブリッツ・ジェラと申します。あの時は名乗らずにすみません。以後お見知りおきを」
そう言って彼-ジェラさんは手を差しだす。
俺は返すように手を差し出すと、ぐいっと引っ張られて握手を交わす。
「えっと、俺の名は-」
「トウドウユウトさん?ですよね?」
言い終える前にジェラさんは被せてきた。
「知ってますよ。貴方のことは。副団長がそれはもう楽しそうに貴方とミカさんの事を⋯⋯」
「ちょっ、そ、そんな⋯⋯言ってない、からね?」
フウカは訂正するも何処か顔を赤くしている。
それでも俺の方を何度も確認するのは、どの距離感にいたら良いか分からないからだろう。
「言っておきますが、貴方よりも私の方が副団長との仲は長く、そして濃い関係を紡いできている。あまり勘違いしないでくださいね?」
「?あ、はい。分かりました?」
心無しか、力強く握られた気がする。
ジェラの顔は一見すると好青年だが、一瞬怒りの表情が見えたような。
「ユウトくんはフウカの事は知っているんだね?なら自己紹介はこのくらいにして⋯⋯本題に入ろうと思う」
サンライズさんの柔らかな表情に鋭さが入る。
そして顔を寄せると小さい声で話しだす。
「私達がここに来たのには理由が二つある。一つはグリム襲撃の件。そしてもう一つは魔の者の存在についてだ」
そうサンライズさんが語りだした。
天のことを言っているのだろう。俺は思わずごくりと生唾を呑み込んだ。
「⋯⋯」
刹那、俺はなにかの違和感に気付く。
なんだ?何かが変だ?
バレない程度に辺りに意識を向けるも出処が分からない。
気のせいかと目の前に意識を戻した時、俺は思わず目を見開いてしまった。
サンライズさんの視線⋯⋯そんな鋭く細かったか?
-なにかヤバい
つー、と額から一筋の汗がしたたり落ちる。
何とも言えない異質な空気が漂い、景色がぐりゃりと曲がる感覚に、耐え難い吐き気が込み上げてくる。
「⋯⋯フウカから聞いていたが、やはりそうか」
いつの間にかサンライズさんの纏う空気が一変してぬるりと身体を揺すると、小さくため息をついて一言。
「-ユウトくん。ミカちゃんは魔の者だね?」




