第二章 第二十話「大人だって泣きたい時はある」
民兵隊とヴィランダさんが激突。しかし差は歴然。
何とか赤髪の男-サンライズ・アクアシアが止めに入るが、ヴィランダさんの反応は芳しくなかった。
とりあえずは街に泊まることを許可をもらうが、歓迎されていない。
俺と目の前の赤髪の男は互いの武器を見合っては、視線が合い、気まずくて目を逸らす。
どうしてここにフウカが?
俺と全く同じ武器を持ったこの人は一体?
聞きたいことが山ほどある。
「とりあえず、街に入りません?」
俺の声に皆こくりと頷き、誰も反対する者はいなかった。
天がしばらく塞ぎ込んでいると、息も絶え絶えになった二人、ヴィランダさんとマフィンさんが戻ってきた。
戻ってくるや否や、ヴィランダさんはベットへとダイブして枕に顔を埋めると、間を置かずして、怒号混じりの呪詛を吐き散らす。
「やれやれ⋯⋯一時はどうなるかと思ったよ。いきなり襲ったりするなんて。遠目から見ててもハラハラだったよ」
「あんたに言ってるんだよ」とヴィランダさん頭を小突いて椅子に座るマフィンさんは「あ、ミカちゃん」と、ここでようやく私の存在に気付いた。
「ったく。サシャの野郎ッ⋯⋯今さら、今さら何のつもりだってんだよ!」
なおも喚くヴィランダさんは私に気付いていない。
しまったとマフィンさんが身体を揺するも微動だにせず、それどころか激しさを増す。
「ふざけんな!この街を捨てたくせにッ!十年も来なかったくせに!」
「あ、あの~⋯⋯ミカちゃんまだ居るよ?」
だが荒ぶったヴィランダさんは聞いていないようだ。
「生きたなら生きてたって言えよ!心配したんだぞ!全く、まったく⋯⋯⋯⋯まったくぅ」
いつの間にか呪詛は啜り泣く声へと変わっていた。
あれだけ強気な態度に勝気な性格のヴィランダさんからは想像つかなかった弱気な姿に驚いた。
「あーあーあーあー⋯⋯」
マフィンさんは「こりゃ参った」とお手上げ状態。頭をポリポリと掻いては、フッと優しい柔らかな笑顔でヴィランダさんの頭を撫でる。
「ぐずっ⋯⋯生きてて⋯⋯⋯⋯生きててくれて良かったよぉぉぉぉ」
「はいはい。もっと泣いていいからねー⋯⋯」
ヴィランダさんはマフィンさんから撫でられる度に嗚咽を漏らし、子供のように泣きじゃくった。
暫くすると泣き疲れたのかヴィランダさんから寝息が聞こえてきた。
「まさかうつ伏せの状態から寝てしまうとはね⋯⋯よっぽど堪えたんだねぇ」
まるで母のように優しく言い放つマフィンさんは、ようやく頭から手を離して椅子に腰掛ける。
「ヴィランダさんでも泣くんですね」
「もちろん。幾ら歳を重ねても、最近まで死んだと思っていた、長年想った相手が急に目の前に現れたらそりゃ感情だってぐちゃぐちゃになるさ」
「ハハハ」と笑うマフィンさんは何処か遠い目をして窓の外を眺めていた。
「誰だってそうなると思うよ」
そう言い終えてこちらを見やるマフィンさんと目が合う。
「おや?ミカちゃんも泣いてた?」
ハッとしてジョッキの破片に映る私は目を赤く腫らしていた。
「やだっ!」
見られた。また見られたッ!
私は一刻も早く顔を隠したくて、ローブを手繰り寄せて頭から雑に被る。
最近自分の泣き顔をよく見られてしまい正直いやになる。
本当なら突っぱねて気丈に振る舞いたいところだ。
弱みなんて見せない。
それがこの世界に来るまでの私だったのに-。
「良いんじゃない?泣いたって」
ポンッと頭に手を置かれ、ローブの隙間から見上げるとマフィンさんがニッと笑った。
「嫌なことがあったら泣けばいい。吐き出せばいい。溜め込む必要なんて無いんだよ」
それはまるで母のように温かく、その感覚にふと頭にシルエットが浮かんできてまた涙が溢れた。
「ユキさん⋯⋯ッ」
あれだけ優しかったユキさんはもう居ない。
この世界に来て一番の心の拠り所だった為に、ユキさんの最後に見た、冷たく相手の死を懇願する顔は今でも吐き気を催すほど受け入れ難い真実だった。
でも優しかったユキさんだって本物で、真実だ。
嗚咽を漏らす私にマフィンさんは「おーおー泣け泣け」とひたすらに寄り添ってくれる。
「どうせ嫌な事あったって、トラウマ抱え込んでも人生は進まなきゃいけないんだ。だったら多少なりとは楽になる方法とったってバチは当たらないさ」
私はゆっくりと頭を撫でられていると、あまりの心地良さに意識が蕩けていき、いつの間にか眠りについた。




