第二章 第十九話「過去の贖罪」
現れた民兵隊の二人と第一王子のサンライズ・アクアシア。
飛び出して行ったヴィランダは狂気に染まった怒りをぶつける。
凄まじい轟音響き渡る街の外では、ゆうに人の背を超えた炎の柱が連なり壁と成していた。
「なっ、なんだぁ!?」
ヴィランダさんのいる元へ向かっていたら、いきなり外で爆発しやがった。
俺-勇人は嫌な思いが頭を過ぎり、引き寄せられるようにしてその発生源へと辿り着く。
そこでは丸に切り取られた炎のリングの中で、ヴィランダさんと一人の男が対峙している。
そいつは海の波ように畝る赤髪を後ろで一つに束ね、高貴そうな服を着ていた。
敵?こいつがこの惨状を作ったのか?
「ヴィランダさんッ!」
しかし聞こえていないのか返事はなく、男から視線を外さない。
「どの面下げて来たってんだよ⋯⋯なぁ?」
ヴィランダさんはゆらゆらと揺れて、まるで獲物を狩る獣のようにギラついた目で睨みつける。
対称的に男は目を伏せて、申し訳なさそうに顔をしかめる。
「⋯⋯ん?ユウト?手出しは無用だから動くなよ」
こちらに気付いたヴィランダさんが見ずにそう言い終えると、腰に両手を回して何かを探る。
同時、二箇所で炎が揺らめき動いたかと思えば何かが飛び出す。
一つは冷気を纏ったレイピアでこちらに突っ込んでくる七三の男。
もう一つは、目の前の炎を弾き飛ばして疾風の如く駆けるピンク髪の少女の姿。どちらも見覚えがあった。
「フウカッ!?」
-どうしてここに!?
驚いたのは俺だけではなく、奥に見える赤髪の男も同じだった。
「待て!君たち-ッ!」
しかし静止を聞かずして、七三の男はレイピアに氷の魔力を溜めて、フウカは冷徹な視線を向けてヴィランダさんの眼前へと迫っていた。
「いきなり襲ってくるなんて-やっぱり危ない」
消えたとも錯覚する移動の速さ。
フウカは地面すれすれにして懐へ侵入、ヴィランダさんの懐を取る。
「早いっ!」
一瞬にも見たない間。やはり目で追うのが精一杯。
俺との時フウカは手を抜いてくれていたのか。
「おやぁ?」
ヴィランダさんはそれを嬉しそうに迎え撃つ。
刹那、凄まじい金音が辺りを侵略-フウカとヴィランダさんの間で火花と銀線が走る。
「ーッ!?」
しかし数秒にも満たない間にそこから誰かが弾き飛ばされて地面を転がる。フウカだった。
ヴィランダさんの両手には、虎にも劣らない鋭い鈎爪が装着されていた。
「私の動きがまるで分かるような動き-流石はエルフ。でも相手が悪かったな。手数はこちらが上だ」
「くッ!」
フウカの手には剣先が無くなったレイピア。いつの間にか折られていた。
俺はヴィランダさんの獣のようにつり上がった口角を見てゾッとする。
「ぉぉおおおおおッ!喰らえぇぇ-ッ!」
まだ平然と立っていたヴィランダさんに間髪入れずサイドから七三の男が仕掛ける。
「凡庸だなぁ」
それをため息混じりに眺めるヴィランダさん。
次の瞬間、バァンッ!と爆ぜるような壊音が辺りに木霊して、その威力は周りの炎を吹っ飛して消す。
「なっ、なんだ⋯⋯それ」
七三の男は目の前の建造物を見て驚愕の表情を浮かべる。
男の全力を注いだ一撃は、目の前の建造物を凍らせて破砕される程の威力。しかし、奥に見えるヴィランダさんには傷一つ付けられなかった。
「私が遠投する武器の時点で、大体把握するべきだ」
よく見れば鉤爪の一つが抜けている。
どうやら爪を地面に突き立てて建造物にしていた。
それを大きくする事で先程の攻撃を防いだのか。
「君は”相手が見えていない”」
まるで相手をなじるような言葉に、七三の男は激しく狼狽し再び武器を手に襲いかかろうとする。
ヴィランダさんは「やれやれ」とつまらなそうに迎撃の爪を伸ばす。
しかし、二人が交わることはなく、現場は突発的に発生した煙に巻かれる。
暫くして二人の間、振るわれた鉤爪と交差するのはレイピアではなく赤い剣。
「えっ-」
俺は赤髪の男の手にしていた剣を見て驚いた。
それは俺が手にしたジェットソードと酷似していたからだ。
「止めてくれヴィスッ!」
しかし押し切ろうとするヴィランダさんは止まらない。
互いに譲らない鍔迫り合いにより火花が散る。
「はぁ?そっちから仕掛けたことだろ?」
その言い分に食らいついてくるのは七三の男。
「何を言ってる!?貴様からじゃないか!」
激昂するも、ヴィランダさんは「フンッ」と鼻を鳴らしてヒールで地面をなじりそっぽを向ける。
「ならそこの王子であるサンライズ様に聞いてみたらどうだ?その為に”付いてきた”んだろ?」
ちらりと見るそのヴィランダさんの目は、明らかな軽蔑と怒りの色を見せていた。
「王子、言ってやってください!」
感情任せに吠える七三の男は、仇を取ってくれと言わんばかりに期待の眼差しを寄せる。
しかし期待虚しく、赤髪の男-王子は弱々しく頭を振って首を項垂れる。
「いや⋯⋯先に仕掛けたのは私の方からだ」
そうして顔を上げると、そこには悲痛に眉を寄せて目を熱く腫らした顔があった。
「すまないヴィス!全ては私の責任だ!許してくれとは言わない!ただ、話を聞いてほしい!」
だがヴィランダさんの表情は悪魔のように歪んだ。
「十年も放っておいて⋯⋯今更許しを懇願?挙句の果てには話を聞いてくれだと⋯⋯?」
ぷるぷると震える拳は、今にも衝動的に何かを撃ち抜きそうだった。
ヴィランダさんの背中から殺意が見える。
-やばい。殺すつもりだ。
俺は走り出すも間に合わなかった。
「舐めてんのかって話だよなぁ?」
瞬間、突きつけられた拳の先から伸びる鉤爪。それは王子の眼前でピタッと止められていた。
「なぁ、お前はわざわざ殺されに来たのか?」
そう言ってヴィランダさんは強烈な圧を掛ける。
その行動に七三の男は我慢できなかった。
「貴様ぁぁああ-」
すぐに武器を手に突っ込もうとする七三の男。
しかし「やめろっ!」と王子により制される。
だが止まったのは彼だけだった。
「-すみませんやはりシークリフの連中は話になりません」
王子の横を通り抜けて一つの影-フウカがヴィランダさんの前へと躍り出る。
「おやおや、君はもう少し聡明だと思ったが」
「今、体勢が悪いんじゃないですか?」
ヴィランダさんは伸ばしきった腕と、もう片方の腕はだらんと下がっている。
比べてフウカは魔力を装填しギチギチに絞った風の魔力を纏ったレイピアで刺突を放つ-。
「-おおおおおおおッ!」
俺はもう剣を解放-ジェットソードで飛び出していた。
ジェットソードの推進力はフウカよりも数段早く、放たれる刺突がヴィランダさんに届くまでに激突-凄まじい火花と金属音が耳を劈いて思わず顔を歪める。
「!?ユ、ユートくんっ!?」
「おらぁぁああああああああああッ!」
驚きに力が抜けたフウカの虚を突いて、俺はジェットソードと渾身の力でフウカを振り払う。
ボォンッ!とダイナマイト顔負けの壊音と共に、フウカをボロ雑巾の如くぶっ飛ばして事なきを得る。
「やっ、やってやったぜ⋯⋯」
心無しか、勝ったことが無かったフウカに勝った気がして思わず口角が上がる。
「その武器⋯⋯」
王子は驚愕の表情で俺の武器を見やる。
そこには俺と瓜二つの武器があった。
「まさかユウト君に救われるとはな。サンキュー」
そう言うヴィランダさんは余裕そうに軽く放つ。
嘘つけ。本当なら一人でどうにかなったくせに。
あと驚愕の力を目にすればそう感じるのも当然だ。
「-さて。当分の私は虫の居所が悪い。今日は下がれ」
ヴィランダさんはくるりと踵を返してシークリフに戻ろうとする。
小首で来いと言われたので俺は立ち上がり、背に追いつく。
今の感じ-断ったら何されるか分からない恐怖が勝ったからだ。
「まさか⋯⋯このまま帰れと言うのか?」
七三の男はようやく荒でた言葉遣いを直して、落ち着いた表情で言葉を述べる。
「それ以外何かあるというのか?」
釈然とした態度のヴィランダとは正反対に、七三の男の額には簡単に筋が浮かぶ。
「⋯⋯と言いたいところだが。アサガナまでは距離がある。泊まってけ」
「良いのか?」
「あぁ⋯⋯」
だがその声は、俺たちを招いた時とは違い酷く冷たく感情がないロボットのようだった。
「ただ覚悟しておくんだな。この街はお前たちを含めたお前が嫌いだ」
そう言い残すとヴィランダさんは先に街へと戻ってしまった。




