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第二章 第十八話「十年ぶりの再会」

恋愛相談から恋愛話へと展開した矢先、戸を叩いて現れた男。

王都より元グラディウスの王子サンライズ・アクアシアの来訪にヴィランダは目を丸くさせた。

手から力が抜けたのか、ガシャンとヴィランダさんの持っていたジョッキが地面へと落ちて割れる音が部屋に響く。

「大変ッ!」とマフィンさんが急いで砕け散ったジョッキと破片を拾い上げると、「大丈夫?」と私にも気を遣う。

幸い机の脚に弾かれて全員かすり傷すら無かった。


「ちょっとヴィラちゃん!」


マフィンさんが肩を揺するも微動だにせず。

ヴィランダさんは何処を見ているのか焦点が合わず、上の空で固まっていた。


「⋯⋯今、なんて」


そうしてようやく口を開いたと思えば、うわ言のように声を漏らす。


「元グラディウスが一人、王都アクアシアより第一王子、サンライズ・アクアシアが来た-⋯⋯」


男が言い終わる前に、ヴィランダさんは扉を蹴破るように飛び出して、あっという間に見えなくなる。


「と、とりあえず私も行くわ!」


遅れてマフィンさんも追うようにして出ていき、残ったのは私と見知らぬ男の人の二人。


「⋯⋯」


-気まずい。

かと言って男の人もこちらに話かけようかチラチラとこちらを見ている。


「あの」


「はい」


声を掛けると、コロコロと変わっていた男の表情が定まり、質問応答モードへと入る。


「民兵隊の方がどうとかって⋯⋯」


「あぁ。数ヶ月に一回、街を様子見しようとゴウマンって男が来るんだ。まぁいつも門前払いだけど、今回は民兵隊の副団長と名乗るエルフの少女とその補佐の男が来たな。本来なら俺たちを見捨てた王都の犬なんて絶対入れないが、王子が来たとなりゃあ話は別だ」


「⋯⋯エルフ」


-やっぱり。

私は数日前の記憶が頭をよぎり、ブルっと身体が震え、思わず身が竦んだ。

気付けば近くに置いた頭まですっぽりと覆うことの出来る白いローブを、手探りに見つけては手繰り寄せて身を包む。


「フウカちゃん⋯⋯ユキさん⋯⋯ッ」


頭をよぎった彼女たちの名を、私は思い返すように吐きだす。

グリムが街を襲ってくるまでは優しかった二人。

変わったのは間違いなくあの時、私を襲った内側から侵されていく感覚-あれを二人が見てからだ。

この世界に来て魔力、なんて分からなくても”理解(わか)”る。


あれほどドス黒いものは間違いなく人ではない何かであると-。


「大丈夫ですか?」


ふと触れる男の手が、私の手を掴んでいる。

見れば、私の手はブレるほど震えて恐怖に怯えていた。


「大⋯⋯丈夫です」


その声は今にも消え入りそうで全く大丈夫には思えない。おかげで目の前の男を余計に困らせてしまった。


「暫く、放って置いてもらえれば⋯⋯」


私は目線で「出ていって欲しい」と伝えると、意を汲んでくれたのか男は「では、私は」とすぐにその場から去っていく。


残されたのは私一人。


「ううッ⋯⋯」


いつの間にか視界が歪み、溜まったそれは温かな滴となって地面を叩く。何度も何度も地面を叩く私の涙は留まることを知らずに床を濡らした。


会いたい-。


出来ることなら最後の記憶だけなくなっていて欲しい。

そんな甘い、ありえない願望だけが頭を支配する。


「うぷっ」


私は必死に込み上げてくる何かを抑える。

村で排他的に扱われた私を、なんの隔てりなく良くしてくれた二人だからこそ、最後攻撃してきたのはどうしても認めたくなかった。


でもフウカちゃんはハッキリと言った。悪だと。


この私から放たれていたドス黒い何かは、魔の者と言われるものなのだと。

あの時襲われた恐怖が、フウカちゃんから突き立てられた冷徹な視線が私を縛って動けなくする。


ふと、拾い忘れたのか割れたジョッキの破片が一つ落ちている事に気付く。そこには世界の悲しみ背負ったような私の顔。


「眼⋯⋯茶色だ」


あの時も、そして転生した時も私の瞳は紫色だった。

でも少しの間だけ元の茶色へと戻っていた。

そして今も茶色へと元に戻っている。

もしかしてこの瞳の色が関係しているのだろうか。


だけどまだフウカちゃんの前に出て行ける気はしない。

私はローブに身を包んで、涙が枯れるのを待った。




「大分と警戒してましたね⋯⋯またか、なんて。今日初めてこの街に来たはずですが」


そう呟くのは髪を七三に分けた男-民兵隊副団長補佐のエンブリッツ・ジェラ。


「後の言葉には引っかかるけど、」


そうどこか浮かない顔をして辺りを不安そうに見渡しているのは副団長フウカ・サルビア。

この子は行く前からこんな感じで、明らかに様子がおかしかった。


「フウカ。君はどうして行く前からそんな顔をしているんだ?」


まだ来るまでに時間が掛かるだろう。

私は不安点を潰しにかかる。


「ふぇッ!?あ、いや⋯⋯あの⋯⋯」


動悸。目が泳いでる。なにか隠している?


「君が教えてくれたのは、グリム襲撃が街シークリフによるものという事だったな。それ以外にもあるのか?」


しかし隣から影が動いたかと思うと、フウカを隠すようにジェラが前へと出て間を塞ぐ。


「サンライズ王子!それ以上、思春期の少女の秘め事を覗こうとするのは、明らかに行き過ぎた行為ではありませんか!?」


鼻を荒らげてジェラがこちらを睨みつける。


「何を言ってる?これは職務に関係する重要な事だ」


「全てを暴こうと言う事がですか!?」


「そうだ。と言っても職務に影響がある分だけだ。君はどうやら職務に劣情でも持ち込んでしまっているのか?」


「なっ、何を-ッ!」


どうやら私は一言多く言ってしまう癖が治ってないみたいだ。

いきり立つ彼に私は手で制してつけ加える。

どうやら彼には説明が必要そうだ。


「フウカの反応から後ろめたさが見受けられた。⋯⋯まだ僕に、王都に伝えていない事があるんじゃないか?」


「私たちがそんな-」


彼が言い終える前に後ろに引っ張られると、「すみません」とフウカが前へと踏み出してくる。

しかし、フウカはまた目を伏せて口をまごつかせる。

ちらりと見えたフウカの瞳⋯⋯潤んでいる。


「⋯⋯言いたくない事なのか」


フウカはこくりと頷くが、「いいえ、それでも言わなければなりません」と口を開く。


「グリム襲撃の際⋯⋯魔の者も現れました」


「なんだと!?」


私は思いがけず大きな声で反応してしまった。


「魔の者⋯⋯だとッ!?」


それは人と敵対した存在を示す。

魔力が身体を殆どを占めているせいで濃度が濃く、おかげで真っ黒に近いオーラを放つ。

これまでに昔の魔王、魔族の事を総じてそう呼ぶ。


「どうしてそれを先に言わないっ!?」


私はいつの間にかフウカの両肩を掴んで揺さぶっていた。

また十年前の災いを起こしかねない事態だからだ。

フウカはもはや泣きそうに複雑な表情を見せながらも、どうにかその小さな口を開く。


「⋯⋯⋯⋯私の友人、でしたので」


もうフウカからは一雫の涙が地面に落ちた。

そこに居たのは普通の少女だった。


「⋯⋯そうか」


私はフウカの両肩から手を離して見ないようにする。


「すまない。言いづらかった事なのに」


私は過去の呵責からフウカの事を責められなかった。


「-ッ!?」


刹那、目の前に視界を覆う程の大きな刃が直線上に飛んで来る。

飛んできた奥-大きな魔力反応あり。

私は腰に下げてある”王誓剣(ガーディアス)”-ジェットソードを振りかざす。

途端に迫る刃は振りかざした灼熱に焼かれ、一瞬にして溶けてこの世から跡形もなく消し去る。

辺りは弧に描かれた灼熱が広がり、もし岩場で無かったならすぐさま火事と騒ぐレベル。

そんな炎の中、大きな魔力反応のあった方から平然とコツコツと鳴らして歩いてくる足音が聞こえる。


海風を受けて絶え間なく揺らぐ炎の奥、黒く移る一つの影。そのシルエットに私はごくりと生唾を飲み込んだ。


「⋯⋯⋯よぉ。久しぶりじゃねぇか」


私は目を見開いて、空いた口が閉まらないでいた。


揺らぐ炎を悠々に突破して、炭まみれで現れた女性。

炎に負けない赤い長髪を後ろで乱暴に束ねた、海賊の装いに膝丈まであるヒールブーツ。

男すら怯えてしまうくらいに切り開かれた鋭利な瞳は、今こちらに強烈な眼光を叩きつける。


「会いたかったぜぇ?⋯⋯サシャ」


その女性は口角を不気味なほどつり上げて、見えた歯は野生動物の牙のように鋭く尖っていた。


忘れる⋯⋯なんてできない。


「⋯⋯⋯⋯久しぶり。ヴィス」

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