第六話「異変」
アドレナリン爆発の勇人は、気でも触れたかグリムへと挑む。
その勝てる算段はいったいどころか来るのか。
そして、勝つ事が出来るのか。
俺は悠然と構えて刀身をグリムへと向ける。
「何言ってんの⋯⋯」
二階堂は不安と信じられないものを見るような視線を向けていたが、ニヤリと笑い返して再び前を向く。
刃に怒っているのかグリムは獣にも似た叫び声をあげてこちらに猛進。
「まぁ、任せてくれよ」
対して俺は余裕をもって迎撃の構えをとる。
どの道逃げても捕まってしまう。ならばここで倒してしまえばいい。
「-グァアアアアアアッ!」
吠え猛るグリムに腰を落として集中する。
なぜだろうか。
もう怖くもなければ”勝てる”ビジョンすら浮かんでくる。
いつの間にか玉の汗は止まり、恐怖とは違った信じられない程の高揚感に支配されていた。
-異世界転生。
つまり俺たちは選ばれた存在というわけだ。
「さぁ⋯⋯」
勇人はカッと目を見開いて、もう眼前へと迫るグリムに合わせて驚異的なサイドステップをみせる。
グリムはそれに対応出来ず、振りかぶった剛腕は勇人を掠めることなく横を通り抜ける。
その威力は凄まじい豪風を生み出して勇人の頬を殴るも関係ない。
「無防備だぜぇ!?」
土手っ腹めがけて横一文字に刃を走らせる。
「おらぁあああッ!」
次の瞬間、まるで巨石のような重みが勇人の腕を襲うが、次の攻撃に備えて足を使って強引に剣を引き抜いて距離をとる。
「はぁはぁ⋯⋯どうだぁ?」
斬り裂かれたグリムは、その痛みで失速し数歩たたらを踏むと紫色の双眸を大きく見開いてこちらを睨みつける。
よし、これで二階堂への意識を絶てただろう。
「これでいい⋯⋯これで」
俺は独り言のように呟きながらも、それは死ぬ前の遺言ではなく、これで心置きなく戦えるという意味。
「へへへっ⋯⋯」
かつてない高揚感が、瞬く間に恐怖を塗り替えていく。
グリムの餌食になるつもりは一切ない。
「ほら、さっさと逃げないと⋯⋯いや、俺の勇士でも見とく?」
まだ固まっている二階堂に俺は飄々と語りかける。
「-ガアアアッ!」
まるで待ちきれない犬のようにグリムが飛び出す。
「やれやれ」
俺は即座に意識を二階堂からグリムに切り替えて相手の戦力を伺う。
迫るグリムの腹には真横に斬り裂かれた傷が生々しく残っていた。それを見てまた口角が上がってしまう。
俺の攻撃は効く-ならば、同じ箇所を何度か斬れば倒せる。
先ほどのふらつき、致命傷だったのだろう。
あの体勢から振るった攻撃では甘かった。
「真正面から-全力でッ!!」
俺たちは選ばれた存在なんだ。
今までよくやってきた。
毎日欠かさず鍛錬して三年は経過した。
あれから強くなり、もしもの時のためと頑張って木刀を振るっていた。
かつて力が無くて泣いた自身とおさらばするように必死に努力したからこそ今の自分がいるのだ。
刹那、自然と自分自身に投影したのは好きなラノベの主人公。
彼もまた異世界に誘われて英雄とまで言われ着いた程の実力者。
そうしていつか行けたらいいなと願っての今。
異世界。
魔物。
あとは?俺たちの隠された力を発揮するのみ。
どんな力を授かったのか-今覚醒する時ッ!
「オラァアアアアアッ!」
グリムの雄叫びを掻き消さんばかりの咆哮を上げて、俺は振るわれた剛腕に対して全力で迎撃の剣を振るう。
自分たちはこの世界に選ばれたんだ!
だからこそ-⋯⋯予想出来なかった。
「-えっ」
振るった剣はグリムの剛腕により面白いくらいに胸元までねじ込まれ、地に足を付けていたというのにまるでトラックに跳ねられたような衝撃。気付けば空を舞っていた。
俺はあまりの衝撃に受け身も取ることも出来ずに軽く十メートル飛ばされて紙くずのように地面を転がり、ベチャッと生々しい音を立てて突っ伏して止まる。
「ッ⋯⋯うぉ⋯⋯⋯⋯」
俺は赤く染まって揺れる視界と、あまりの痛みに顔を歪めたままわけの解らないように浅い呼吸を繰り返す。
立ち上がろうと震える身体に鋭く斜めに切り裂かれた痛みと全身を襲う鈍痛がそれを拒む。
先ほどまでとは違う感覚に心臓の鼓動が酷く脈打つ。それはグリムを最初見た時と同じ警告音を鳴らしていた。
逃げろ-と誰もが解るそれを勇人は無視した結果に後悔する。どうしてそんな簡単な事に気付かなかったのか。
赤くに映るグリムもまたこちらを見ていたが、少し腹をさするだけでそれ以上は何もない。
奴の腹を裂いたのは事実だ。しかしそれは生死を分かつには程遠く、大木のような太いグリムの腹の薄皮を切ったに過ぎない。
斬れた傷はもう腹筋がせり上がり止血していた。
「な⋯⋯⋯⋯んで⋯⋯」
歪む視界に唇を噛み締めて思わず零れる。
両手で力いっぱい振るったはずの剣でも薄皮を斬る程度の圧倒的な攻撃力不足。
そんな状態でどうして適うと思ってしまったのか。
アドレナリンでどうかしていたとか言う問題じゃない。
異世界転生する前の自身も殺された事を思いだす。
少し前に自分の実力の無さを嘆いたばかりだった筈なのに。
「いや⋯⋯来ないで⋯⋯」
グリムはこちらにもう興味を無くしてくるりと向き直ると、二階堂へと向かっていた。
動けずにいる二階堂に、異世界転生する前の姿が重なる。
-殺される
「やめ⋯⋯ろぉぉおおおおおッ!」
俺はぐわんと真っ赤に揺れる視界に全身を襲う虚脱感でも無理やり立ち上がりグリムへと吠える。
だがもう遅かった。
二階堂にグリムが触れる直前だった。
紫色の二階堂の瞳が妖しく光りだしたのだ。




