第二章 第十四話「初めてでした」
ここ数日帰る手がかかりを探すも見つからず。
お互いにフラストレーションが溜まり喧嘩勃発-となりそうだったが、天からは急に強引にキスをもらう。
ドギマギする勇人に対して平気そうな天は、やはりビッチなのだと確信した。
次の日の朝。気付けば天は部屋に戻ってきていた。
なぜか俺はベットで寝ていたはずなのに床で寝ていて、上のベットでは天が優雅に寝息を立てながら寝ていた。
起きたら何事も無かったように接してくれるので、彼女なりに触れてほしくなかったのだろう。そっとしておくことにした。
「⋯⋯で、昨日のなんだったんだよ」
そう思っていた矢先、俺はやはり気になって何度も聞いてしまっていた。
朝飯を食べる天はぴたりとフォークの手を止める。
「しつこい。本当にたまたま、ちょっとあれよ⋯⋯抱き枕が欲しかったから。ほら、私ここに来るまでは抱き枕にしがみついてた派だし」
そんなこと急にカミングアウトされてもなぁ⋯⋯。
「へ〜」
絶対違う、言い訳であるのは分かっていた。
ただ-。
「なに?フォーク刺すぞ」
こいつは本当に俺の事が好きなんてことは微塵たりとも有り得ないだろう。
そもそも陽キャと厨二病、重なり合うことも無ければ互いに接点もない。
昨日少しでもそう思った自分を殴り飛ばしたい。
こいつは童貞程度なら喰ってしまう、正真正銘のビッチ野郎なのだ。もう異論は認めない。
「⋯⋯⋯⋯昨日はごめん」
ふと朝飯を食べながら目を伏せる天。
「ちょっとテンパっちゃってた。あれかな⋯⋯やっぱり色々あったからかな」
また身体の震え-。
天は一部の人を除いて普段からツンケンしていて突っぱねる性格だが、やはり村とアサガナであったトラウマは、天の心に深い傷を残して大きく尾を引いていた。
「いや、いいよ。⋯⋯俺もごめん。もう聞かない」
昨日の事-重なった唇の感触が生々しく今も思い出される。
俺のファーストキスは気になり始めた女の子だったことが不幸中の幸いだ。
「-だからね」
俺の耳に天の声が聴こえる。ただ前文がゴニョゴニョとして聴き取れなかった。
「ん?なんて言った?」
聞き返すとなぜか天は怒ったように眉を寄せてこちらを睨む。どうしてなんだよ。
「⋯⋯てだからね」
「え?なんて?」
「だからッ!私だって初めてだからねッ!」
どんっ!と机を叩く衝撃と言葉に俺は驚いた。
「お⋯⋯おう」
「あの~」
男の声に隣を見やると、昨日の宿主が立っていた。
「ボロいからってこれ以上破壊されるのは困るよ」
「すみません」
去っていく宿主の背中を見ながら、俺の頭の中では天も初めてだったという衝撃的な事実が渦巻く。
目の前の天は朝飯を食べてもうこちらを見る気配はない。
へーぇ。まさか天もファーストキスだったとは。
てっきりもう何十回も繰り返しているビッチと本当に思っていたのに、少し申し訳なく思った。
ならなんで昨日俺にキスしてきたんだ?
可能性としては俺を揶揄ったという線。というかそれ以外の答えが見つからない。
ビッチと思っていたのは謝るが、それでも数多の男を落としてきた事実は変わらない。実際に教室でもちょくちょくその辺の男子捕まえてこき使ってたしな。
俺を落とすのも、彼女の中ではただのお遊戯だったに違いない。
ちくしょうッ⋯⋯純情な俺の心を弄びやがって。
少しでもその気になってしまったあの時間が本当に乗せられていたと思い恥ずかしくてしかたない。
「で?今日もあんたは漁に出るわけ?」
俺たちは飯を食べ終えるとふと天が聞いてくる。
「あぁ。滞納分もあるし⋯⋯それに追加もあるからなぁ」
扉を開け放つ仕草を見せると、天は「ごめん⋯⋯」と後ろ向きに視線を落として消え入りそうな声をもらす。うーん、そんな反応をされると天のせいにはできないな。
「別にいいんだけどさ。ま、今日は豊漁である事を祈るよ」
「そっか⋯⋯ごめん」
そう言う天の顔は少しだけ和らいだ気がした。
俺を気遣ったのかな?分からない。
この街では金よりも実物品を獲得する事が多く、それは長年この街に住み着いている人が多いからとなる。
おかげで金にあまり需要がなく、そして宿に来る人も殆どいないので、経営としては掘っ立て小屋くらいでも俺たちみたいな奴らはそこ以外無いので泊まらざるをえない。
さらに海から魔物が毎日のようにやってくるので、建物なんて壊れるのなんて日常茶飯事。
前に現れたカロックノリアなんて化け物はさすがに初めてだったみたいだけど、街の人達は魔物にとても慣れているのだ。
おかげで朝からドンパチ聞こえても平気で寝ている人ばかり。ヴィランダさんのおかげが大きいのだ。
ま、かと言って彼らも戦う為に編み出されたのが”簡易武具”なんだが。
「あの⋯⋯さ、勇人にばっかり任せても申し訳ないし、良かったら働こうかな」
「は?」
天はたどたどしく俺の方を見ては、潤ませた目が俺を捉えて訴えかけてくる。
「いやいいよ本当に。あんまり無理するなよ」
天の気持ちは有難いが、元気が出てきたとはいえまだトラウマを抱えた女の子だ。
今でも調べる為に人と話してもらっているのに、働いてもらうなんて苦痛以外の何物でもない。
「だって安定しないし⋯⋯漁」
「まー、そうだなぁ」
「それに⋯⋯私が壊したし」
やっぱり天は扉を壊した事について負い目を感じているみたいだ。
「しかたないって。この世界は前の世界の常識が通じない所が多い。気付かないうちに消耗してるんだよ」
昨日の行動だって、疲れと極度のストレスから来たものに違いない。
「それを言うなら勇人もじゃない?」
「俺は違うよ」
俺はキッパリとそう言い退ける。
「なんで?」
その答えは、俺の懐から何かを取り出そうとする仕草で天は察して「おえ⋯⋯」と吐きそうな真似をする。
俺が取り出したのはとあるラノベだ。
タイトルは《ALIVE》。
最初にこの世界に来た時も、そうして今も肌身離さず持っている。
「あぁなるほど。だからそのエロ本があったから-」
「だからエロ本じゃないって!ライトノベル!中高生向けに一般的な小説を、より優しくかみ砕いた正真正銘文学小説だっつの!」
いつの間にか立ち上がって叫んでいた。おかげで周囲の人の視線を集める。
恥ずかしさに耐えきれずごほんっと大きく咳払いしてまた席に着いた。
「とにかく。俺はこういったものに普段から触れてるから特段パニックにならなかったってわけ。まぁ?もう半分は天のおかげだけどな」
「あ~前も言ってたな。なんだ、私を慰めるだけにその場凌ぎで言ったのかと思ってた」
「違うわっ!俺も俺で手一杯だったけど、やっぱり同じ世界の人が一人居るだけでも心強さは段違いだ」
「ふ~ん⋯⋯」
天はどこか明後日方を見ながら毛先をくるくると指で弄び、「ねぇ」とか細く声をもらす。
「それって、誰でもよかったってこと?」
「え?」
突然の質問に意表を突かれて反応できずにいると、ずいっと天がこちらに顔を寄越す-近いッ!
「私じゃなくても⋯⋯良かったってこと?」
そう見つめる天の瞳は大きく潤み、こちらの心を揺らがせる。
「あっ⋯⋯いや」
困惑する俺を見つめる美少女は、この世のものとは思えないくらいに美しく、俺の呼吸を妨げる。
その上目遣いは反則だろ-。
まるで何かを期待するかのようなその目-。
俺はとある言葉を口にしようとして、それを呑み込む。
思い出されるのはある情景。
これまで、甘い顔した天につられてホイホイと引っかかってきた過去。
これはまた俺を小馬鹿にしようとしているに違いない。
「⋯⋯まぁ、そりゃ同じ世界なら誰でもよかったさ」
瞬間、天の顔が無感情のロボットのように顔から表情が無くなり静止して固まった。
フンッ!今回は天の思惑通りにはいかないぜ。
「-あっそ」
天は無表情のままそうぽつりと答えると、目線をぐるりと辺りにまわす。
「はーぁ。やっぱり私も手伝うよ。身体売って」
そう言って立ち上がり、先に宿から出ようとする。
「はぁ!?何言ってんだよ!」
俺の声に止まるも、後ろを振り返り「何?」と一言。
まるで言葉を吐き出しただけのロボットのように感じた。
「だって私美人だし?売れるでしょ?」
「いやいやだからってなぁ-」
「そーいやライドくん私のこと好きっぽいしさ?さらっとやる事やって借金チャラにしてもらおうかな~」
「なっ-」
それは俺が一番やった欲しくない最終条件-。
「じゃ」と容赦なく出ていこうとする天に、「待てっ!」と俺は再度呼び止める。
今度はうざったそうに天は振り返り、「なんなの?」と怒気が入り交じる。
口元は僅かに開いて震えているのが見えた。
なんだよ-。まるで俺の応えが間違ってるみたいじゃないか。
「もう行くから」
答えられずにいる俺を置いて天は宿を出ていった。
「はっ⋯⋯なんだよ、それ」
俺は世界を嘲笑うように壊れた玩具のように揺れて、ぐらっと揺れた視界に思わず机に手をついた。それは俺の体重を支えるには脆く、崩壊して派手に転倒。
上に乗っていた食器類も地面に叩き割れてガシャンと音を響かせる。
「お客さんッ!」
とっさに宿主が駆けつけて俺の状態を確認してくれる。
幸い怪我が無かったが、すぐに立ち上がれなかった。
宿主の力を貸りて近くにあった椅子に座らせてもらう。
目の前では割れた皿や机を淡々と処理してくれている宿主。俺は現実感がなく、ただそれを眺めているだけだった。
壁にかかった時計に目をやった。
もう少しで漁に行く時間だ。これを過ぎると乗せてもらえない。
だが俺は、時計を眺めているだけで動けなかった。
ようやく片付け終わった宿主からぽんっと肩を叩かれ一言。
「銀貨一枚ね」
俺達の借金がまた増えた瞬間だった。




