第二章 第十一話「グラディウスの力」
街を襲ったのはクラーケンのような魔物。
襲われる恐怖に勇人は逃げの選択をするが、遅れた街の一人が危険な状態。
飛び出そうと意を決したその時、下にはヴィランダさんが現れた。
「ヴィランダさんっ!」
俺の声にヴィランダさんはこちらに気付くとニカッと笑い陽気に手を振る。
「危ないからそこから離れてなーッ!」
そう告げるとヴィランダさんは目の前のクラーケンへと視線を戻す。
「ヴィランダさーん!」
男は必死の思いでヴィランダさんへと足を動かす。
だが先程までと違い、その表情は安堵に満ちていた。
「おっさん!数日前から昼に海が荒れてやばそうな気がするから近づくなって言ったろ!?」
「すみません、船が気になってしまって」
はぁ、とヴィランダさんは大きくため息を漏らすも、どこか安心したような表情を見せた。
しかしクラーケンの目はじろりと男の行き先を追っていた。
クラーケンはヴィランダさんの登場に身体を止めていたのに、軽く腕を動かしたのが見えた。
ブゥンッ!と凄まじい風切り音が辺りに響く。
近くにあった街並みが縦に割れる。
次の瞬間には巨腕の触手が男の背後に現れる。
速い-ッ!
気付けばそこに触手が現れた-もはや瞬間移動と言われた方が理解しやすい。
触手の移動速度はソニックブームを引き起こして辺りを巻き込み、その凶腕は男を切断しにかかる。
「-おい」
しかし男に迫っていたはずの触手は、次の瞬間には上から先が殆ど無くなっていた。
ズゥン⋯⋯と響くなにか大きな物が地面に落ちる音。それは無くなった触手だった。
-何が起こったんだ?
次にボンッ!と何かキラリと光る物が海へと凄まじい勢いで突っ込んでいったのが視界に映った。
「あちゃー⋯⋯ありゃ後で回収だな」
ヴィランダさんは「しまった」と苦い顔をして頭を搔く。
クラーケンの切られた触手は横から凄まじい鋭利な何かに両断されていて、無くなった部分を探すように辺りに首を振っていた。
「ヴィランダさん助かりました!」
男は縋るようにヴィランダさんへ抱きつくと、「鬱陶しいよ!」と後ろへ放り投げた。
「さっさと上がっていきな。邪魔だよ」
指さす後ろを見れば、小さめの石階段が上へと繋がっている。男は感謝の言葉を何度も伝えながら半泣き状態で駆け上がっていく。
「ふぅ。とりあえずは一件落着ってとこだな」
そうライドは呟いて後ろを振り向くと何処かに行こうとする。
「いやいやいやいや!まだクラーケン残ってるじゃん!」
「クラーケン?あぁ、カロックノリアの事言ってるのか。魔物でも上位の強さを誇るが恐らく大丈夫だろうよ」
手を振ってライドは去ろうとする足を止めない。
クラーケン-カロックノリアの切られた触手はまだ主を探すようにうねっていたが、ついに諦めたように止まると、ぐっと力が入ったと思えば再生-元の形へと戻ってしまう。
「おいおい、元に戻っちまったぞ」
あんな破壊の権化のような化け物のくせに、再生能力も半端じゃないのか。
「一般的に魔物は悪戯に比べて治癒能力は低い。その分構成する魔素が多いし複雑なせいだな。だけどカロックノリアは違う。魔族から生み出された生物。構成する魔素量が根本から違うのさ」
淡々と語るライドは不気味にニヒルな笑みを浮かべる。
「まぁ、それでもやっぱりアイツなら問題ねぇと思うがな」
ライドが見下ろし送る視線の先は-ヴィランダさんだ。
「ぐぅぅ⋯⋯やっぱり触手系統の魔物は手足を弾いてもあんまり意味ないみたいだねぇ」
面倒くさいそうに舌打ちして「はぁ⋯⋯」と何度目かの大きなため息を漏らして、次に意を決したようにカロックノリアへと鋭い眼光を突き立てる。
「初めてだが⋯⋯何とかなりそ」
そう呟くと同時、カロックノリアの眼光が光る。
複数の触手を重ねて一つにまとめた。
それは海から上がって見えた十本の足全てだ。
あの一撃でヴィランダさんを葬るつもりか。
「ヴィランダさんっ!」
しかしそれに対してヴィランダさんは避ける素振りはおろか反撃する様子もない。
ライド同様に狂気的な笑みを浮かべて、やってみろと言わんばかりに睨み続けている。
それがトリガーとなったのだろう。
カロックノリアは凄まじい咆哮を上げてその触手を放つ。
それはまるで大きな船が垂直に立って倒れていくるような圧倒的物量。
それは風切り音を放ち容易に音速を超える。威力は通るだけで辺りを風圧のみで全てを蹴散らす。
殺到する触手の通った跡はマントルごと抉り取り街を破壊-海水が下から噴き出して浸水していく。
間違いなく人でどうこうなるレベルを超えている。
その斜線上にいる生物は何人たりとも生き残る術はないのだ。
ただ一人、この場にいる人を除いて。
「やれやれ-」
そんな攻撃に対してヴィランダさんは腰から何かを取り出して構えていた。それは陽の光に反射してキラリと光る何か。
もはや目の前まで迫る触手の攻撃に、ヴィランダさんはその光ったものを投げつけた。
次の瞬間、爆発したかような音と共にそれは大きく広がって拡大される。
投げつけられたのは長方形型のカミソリのようなもの。
そう思った時には迫り来る触手を全て真一文字に両断していた。
先が無くなった触手はヴィランダさんに届かず伸びきる。
失った触手は雑草のようにすっ飛ばされて、そうそうに主を見放して地面へと還っていった。
「纏まって来るから。やりやすかったわー!」
そう漏らすヴィランダさんは「お?」と遠くを見るように手で目を覆う。
ズゥンッ⋯⋯と遠くの方で倒れる音。
海に沈んでいくのは半分になったカロックノリアの上の部分だった。
飛ばしたものは胴体ごと切り裂いていっていたのだ。
「すげぇ⋯⋯」
さすがにそんな言葉しか出てこなかった。
「な?お前の力は必要ないんだよ」
ライドは自分の事のように誇らしく呟いた。
「毎週毎週、こんな感じで魔物が攻め入ってくるんだ。もう十年も続いてりゃ慣れるに決まってるだろ」
どうりであんなに激しい音が鳴っていても、誰も危機感が無かったのか。
これがこの街シークリフの日常だってのか。
それは勿論、ヴィランダさんあっての事だろうが。
「おー、一石二鳥とは楽だったねぇ」
脳みそを失ったカロックノリアの下半身は静かに海へと沈み還っていく。
「でも街の修復に迅刃の回収と、やることはたくさんだな」
ヴィランダさんは腰に手を当て、少し面倒くさそうな顔を見せるが「やるぞー!」と自分を鼓舞して早速上へと繋がる階段を上がってくる。
「まぁ流石にカロックノリアは初めてだったけど、やっぱり何とかなったか」
ライドは安心したように吐き捨てると、再度その場を去ろうとする-と、思いきや俺の首元にしがみついてきた。
「-よぉ兄弟。やっぱりお前は絶対にしばく」
完全に決まるようにロックして。
ライドがチラチラと視線を送るのは、隣りの天。
「こんな美人と一緒だなんて教えろよなぁ⋯⋯?」
ぼそぼそと俺に聞こえる声で呟くと、パッと明るい笑顔を天に向ける。
「どうです?今から一緒に朝飯でも-」
「-いかない」
はい玉砕。
ライドは口をあんぐりと開けて固まってしまった。
「行こ。勇人」
俺の手を取る天は有無を言わさない表情だった。俺は思わずキョドったように声を漏らす。
俺の答えを聞き終えるまもなく天は俺の手を引いて、未だ固まっているライドの前を無視して歩く。
半ば引きずられる形の俺だが、少し後ろを振り返ったがライドを無視して天の言う通りに従った。
俺だって天と触れ合うことが中々無いのだ。不意だとしてもこうして手を握られているのに嫌な思いはない。正直まだこうしていたいのだ。
俺は遠ざかっていくライドに、すまんと心の中で謝罪してその場から去った。




