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第二章 第十話「早朝の化け物」

初めてできた友人と過ごす夜。

普段はいかないがやがやとした雰囲気に、勇人はどこか心地の良さを覚えていた。

朝-。

とてつもない轟音が辺りを地ならしの如く鳴らして俺は目が覚める。

弾かれたように飛び起きると酒場の中。目の前には飲み潰れたであろうライドが熟睡中。

夢-と思い込んだ矢先に再び襲う轟音。それはまだ少し遠くとも、とてつもない衝撃だとわかる。


「おい。ライド起きろ。なんかやばいぞ」


しかし何度彼の身体を揺すっても起きる気配は無い。


「うーん⋯⋯ごごごごごっ」


「だめだこいつ起きる気配がない!」


よく見れば、他の連中も起きる気配はなく、この轟音に反応することなく寝ている。

衝撃音だけでわかる。

遠くともこの街中-街が破壊されている音だ。


脳裏を過ぎるのは、グリムが街を破壊する光景-。


「ライドッ!起きろ!ヤバいって!」


だがライドは鬱陶しそうに払い除けて起きない。


「うるせぇぞ⋯⋯」


ふと幾つかの卓を超えた所、太った男がまぶたを擦りながら欠伸をしてそう呟く。

俺はようやく目覚めた人がいた事に安堵しそちらに歩みよる。


「良かった。他の人も起こすのを手伝ってくれよ」


「なんで?」


「なんでって、そりゃさっきから街を破壊される音が聴こえてるだろ?魔物が来たんだ。逃げなきゃ」


小声で焦りを伝えるも「で?」と男は再び上体を倒して眠りに入ろうとする。


「ちょちょちょっ!ちょっと待ってくれ!俺は昨日街アサガナから来た!グリムが街を破壊するのも見た!早く逃げないと死んじまう!」


しかし俺の必死の訴えにも男は退屈そうにまた欠伸をもらして、大きく息を吐き切るとぬぼーっとした目をこちらに向ける。


「はぁ⋯⋯だから大丈夫だって言ってんだよ」


それを最後に男は「もう起こすなよ」と吐き捨てて本当に寝てしまった。


「えっ⋯⋯え?」


⋯⋯こいつただ寝ぼけてるだけ?それとも本当に大丈夫なのだろうか。

俺はそっと男の元を離れて、下に寝転ぶ人を踏まないよう酒場の出入口を目指す。

この轟音に誰も反応しないのは、もしかすると何かの催し物のなんじゃないだろうか。それとも集団催眠?

とにかく嫌な思いが頭を過ぎり、俺は酒場の出入口から外に出る。


「なッ-」


俺は驚愕してそれ以上の言葉を失ってしまった。

酒場は街の中でもまだ上の方に位置する。出てすぐ前は崖となっており、そこから下の方-とくに海に面した街並みが一望できるスポットとなる。

そこから見下ろす景色は夜、昨日ライドと何杯目かのジョッキを持ちながら眺めて、キラキラと光る海に俺たちは語り合った。


だが今はそんな景色は映らなかった。

そこはほぼ一面大きな何かによって埋め尽くされていたからだ。

全長にしておよそ三十メートルはあろう巨大な身体をした真っ黒なイカが、海から顔を覗かせて無数の触手を操り、街を攻撃していた。


「なっ、なんだよあれ!?」


あれは魔物!?グリムなんて比じゃない大きさ!

伝説上で聞いた事のあるクラーケンを彷彿とさせる。


「勇人ーッ!」


ふと聞こえた声にそちらを向くと、天がこちらにパタパタと駆けてくる。


「-って、おい!なんだよその格好!?」


天は「急いでいたから!あんまり見なるな!」と身を捩り身体を隠すように振る舞う。

天は裸足。そしてネグリジェのまま。

そこまではいいのだが、透けているのか身体のシルエットが伺える。いやそれも結構はっきりと。

更に身を捩ったせいで服がピタッと肌に張りつき、解像度により拍車がかかっている。

咄嗟に目を逸らしたけど、おかげで見えてはいけないものも見えてしまった。⋯⋯多分黒。。


「服、無かったから!ヴィランダさんが貸してくれたの」


恥ずかしげにどもる天は頬に朱の花を咲かせる。


「なるほどなぁ⋯⋯」


俺はそっぽを向きながら思考を巡らせる。

どうりですっけすけな訳だ。あの人胸元を大きく開けて露出度高めの服装だったしな。


しかし和んでいる暇は無い。

下から地面を鳴らす程のとてつもない破砕音に我に返る。


そこにはクラーケンが触手で事も無げに民家を押し潰す姿があった。それは破壊したくてしたという感じではなく、ただ乗せただけといった感じ。

俺は目の前の非現実的な光景に、目を見開いてごくりと生唾をのみこんだ。


「私が起きた時にはヴィランダさんも居なくて⋯⋯」


天は音に起きてここまで走ってきたのだろう。

昨日のトラウマを思い出してか身体が震えている。


-逃げるか?


だけどこの光景を前に何もしないって言うのか。

⋯⋯いや、俺に何ができるっていうんだ。


ぎりり、と力強く握る拳が音を立てる。

幸いにも人がいないのか悲鳴すら聞こえない。いや、居ないでほしいと願っているのが正確か。

俺が向かっていったところであれには叶わないと心臓が警鐘を鳴らす-逃げろ、と。

この街に来たのだってただ休みたかっただけ。とくにお世話になったということも無い。

自分たちの身を案じて何が悪いというのか。


「勇人⋯⋯」


天はいつの間にか俺の腕をぎゅっと握りしめて目を潤ませていた。-逃げよう、と。

今回は間違えない。この心臓の高鳴りは奴への恐怖だ。

事実、下を見やればクラーケンは無数にある触手の一つを鞭のように振るい、街を薙ぎ払う。

軽く振るわれたように見えたその巨腕はビュンッ!と凄まじい威力で街を一掃、簡単に半壊させてしまう。


「あ、あんなのどうしろっていうんだよ⋯⋯」


とてもじゃないが俺の叶う相手じゃない。もはやそう思うことすら許されない。

俺は天の掴む腕を見て、そのまま天へと顔を向ける。


今、大事なのは生きる事だ。

そして二人で生きて元いた世界へと帰ること。


下では更に他の腕を振るってもう下に広がっていた街は限界だった。


「たっ、助けてくれーっ!」


鳴り止まぬ破壊活動の中、初めて聴こえた悲鳴。


声の方-俺は下を見てそれを探すとそれは見つかる。


破壊されていく街の中、それは恐怖に染まりつつも、一生懸命に脚を動かしてクラーケンから逃げ惑う男の姿。

今にも追いつかれそうな場所、崩れた街の中、上へと上がれる道を模索して生への一途を目指す。

生きることを諦めていない証だ。


-あれ?俺は今、逃げようとしていた?


叶わなくたって立ち向かって行く-そう自分に誓ったんじゃなかったのか?


「⋯⋯⋯⋯ちっくしょう」


俺は歯ぎしりをして、胸元につけてあるネックレスを握りしめる。

おそらく傷一つ付けられるか怪しいところ。見るからにグリムとは比べ物にならない強さ、巨躯だ。

それでも男の人を救うくらいは出来るはずだ。


「-すまん」


俺は天のぎゅっと握る手を離す。

天はハッとして今にも泣きそうな顔を向ける。


こんな状況を放っておくなんて-俺にはできない。


俺は下で破壊の限りを尽くすクラーケンを睨む。


無傷で済むような相手じゃない。

大丈夫だ。闘うわけじゃない。男を救うだけ。

胸元のネックレスに力を込めて、下へと向かおうとした時だった。

ポンッ、と後ろから肩を掴まれた。


振り返るとそこにはさっきまで寝こけていたはずのライドが目を鋭くして立っていた。


「何処に行くつもりだよ」


「⋯⋯助ける」


「無駄死にだぞ」


「⋯⋯それでも」


ライドは俺の答えに「はぁ⋯⋯もう一度下を見ろよ」と告げる。

言われるがままに下を向いた。


「おいッ!私たちの街で暴れるんじゃねぇよ!クソッタレがぁ!」


破壊されていく破砕音すら上回るとてつもない怒号。

下にいたクラーケンがピタッと動きを止めた。


「遅くなっちまったが-これ以上暴れるつもりならやるぞ?」


赤く燃えたぎるようなぼさぼさの髪。大人の男にも負けず劣らずの体躯の女性がかったるそうに立っていた。


-ヴィランダ・カーストだった。

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