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第五話「愚かな選択」

響く足音。

それは魔物のものだと口々に言う。

みんなが逃げろと言う中、勇人は一人嬉しそうに笑った。

そして、そいつは姿を現した。

一瞬、羊のような顔で出来たゲートなのかと錯覚するほど黄昏時に溶け込んだ身体は全容が掴めない。それでも目を凝らして見れば、そいつは全身真っ黒で相当に大きな体格をしているのが分かる。

ゲートを覆い尽くさんとするその横幅は決して太っているわけではなく筋肉隆々で、プロレスラーのような体つきをしている。


「⋯⋯ハッ」


勇人はいつの間にか止めてしまっていた呼吸を無理やり動かすようにニヤリと笑って誤魔化す。だが震える身体を完全に抑える事は出来ずに腕が震える。

先ほどまでの興奮とは違い、明確な恐怖であった。

悟られまいと力を込めるがなんの意味もなさない。

隣の二階堂も目を驚く程に見開いて、これは現実では無いと逃避を繰り返していた。


「グッ、グリム⋯⋯」


男の一人がそう開いたままの口でそう漏らす。ただそれが精一杯で、その場にいた全員金縛りにあったかのように動けずグリムの行動を見守る事しかできない。あとはもうこっちに来ないでくれと必死に願うばかりだ。

だが無常にもグリムはゲートを両肩で突き破り平然と歩いてくる。ズシ、ズシ⋯⋯と質量のあるその足音と地面が揺れる感覚は、そこにいるものが本当に存在しているのだと裏付けていた。


「どっ⋯⋯ど、どうしたら⋯⋯?」


男たちは一様に辺りを見渡して他の人に打開策が無いかを頼る。しかしいくら探してもそのようなものは存在しない。

その間にもグリムは近くにある民家などには目もくれず、こちらに迫ってきている。


-これは無理だ。


「二階ど-」


俺はようやく金縛りが解けるが、隣の二階堂は目を見開いたままグリムから目が離せないでいた。

「おい、逃げるぞッ!」と強く肩を揺すって声を掛けるが、二階堂はこちらの世界に戻って来ないまま固まっている。グリムはもう半分のところまで来ていた。


「二階堂ッ!」


強く叫ぶとようやく戻ってきた二階堂の表情が戻る。

二階堂はまだ放心状態のまま俺の言葉にこくりとだけ頷く。


「もう⋯⋯やるしかないッ!」


そう叫ぶのはサーヤのお父さん。

つられるように男たちは鍬を構えて決意に顔を固める。


「サーヤ離れてなさいッ!」


サーヤのお父さんは半分突き飛ばすようにしてサーヤを押し倒すと、もう目の前に迫っていたグリム目掛けて腰に下げていたのこぎり鎌で応じる。


「「おおおおおおおおおーッ!」」


他の男たちも手にした鍬で一斉にグリムへと振りかぶる。

だがグリムはそれに対して向かってくるだけ。

おかげで男たちの攻撃がグリムに突き刺さる-はずだった。

グリムはそれをただ走るだけで男たちを紙くずのように突き飛ばしてしまう。


「なっ-」


恐ろしい事に体格のいい男たちが七人掛かりで対峙したのにグリムは止まるどころか更に加速-もうこちら目掛けて迫ってきていた。


「クソッ!」


俺は二階堂を抱いて一緒にグリムの突進を回避する。


「きゃッ-」


二階堂の短い悲鳴と共にさっきまでいた場所をグリムが突っ切っていく。

俺たちは何度か回転し地面を転がり身体を打ちつける。

痛みに顔を歪めては何とか前を向くが、数メートル先のグリムと目が合い恐怖に歯が浮く。


「逃げ⋯⋯ないと」


それでも俺はグリムから視線を切らずに二階堂の腕を取り無理やり立ち上がらせる。

グリムは息を荒らげてこちらを睨みつけていた。


「ヒィ⋯⋯ッ!」


グリムは小さく上がった二階堂の悲鳴が嬉しいのか、紫色の瞳を怪しく光らせてにじり寄る。


「走るぞッ!」


俺は一目散に二階堂の手を取ってゲート目指して走りだす。

途端、グリムも解き放たれたように駆けだして思わずゾッとする。

まだ良かったのは俺たちとグリムの走る速度が殆ど変わらない事。

しかし恐怖に思うように動けなくなっていた身体は小さな石ころに足を取られて簡単に転げてしまう。それは例外なく手を引いていた二階堂も同じように地面を転がる。

ふと顔を見上げれば夕闇よりも暗い影が覆っている。


「あぁぁぁ⋯⋯」


零す二階堂の真正面、見下ろすように立っているのはグリム。


-やばい。


俺の頭が、目の前の光景を現実なのだと処理するのを拒んでいた。


-ちくしょう。


毒づいても玉の汗をかくので精一杯だ。本能が自分の心配だけをしてろと警告する。

「グルルルッ⋯⋯」とグリムは喉を鳴らして動けずにいる二階堂にその反応を楽しむようにゆっくりと近づいていく。二階堂の身体は恐怖に支配されて動けない。


「-ラァァアアアッ!」


-くそっ、何の為に今まで鍛えてきたんだよッ!


グリムが二階堂に触れる寸での所で、勇人は恐怖から脱却するように叫びながら二階堂の手を取ると走りだす。


「逃げよ!」


まるで鉛のように重いままの身体を必死に動かす。


-動けッ!動けッ!


後ろなんて振り向いていられない。その場から離脱する事だけを考えて走り続ける。

そのおかげかすぐに村の半分まできてもう少しだと後ろを振り返ったことを後悔してしまった。

グリムは倒れて動けない男たちを一瞥すると、くるりと向き直り、元来た道へと歩き出したのだ。

それは俺たちの方へと向かってくるということ。


「なッ⋯⋯」


どうして俺たちを狙ってくるんだ?

俺の表情で察したのか、二階堂の表情はより一層暗いものとなる。

二階堂の後ろではグリムが舌なめずりをしながらゆっくりとだがこちらに向かってくる。足取りは遅い。だがズシ、ズシッと徐々に感覚が短くなっていく。


-こいつ、もしかして遊んでいるのか?


あの体躯だ。グリムが本気を出せば簡単に追いつかれてしまうだろう。


「⋯⋯」


決断しなければならなかった。


「-えっ?」


勇人は二階堂の手を前へと振りほどいて立ち止まる。

二階堂は何歩か前へと進むが、行動の意図が分からずに立ち止まりこちらに振り返る。


「なにやってんの!?逃げなきゃ!?」


グリムが迫ってきている足音が聴こえる。それを見てしまった二階堂の顔が一瞬にして強ばる。


「先に行けよ」


「⋯⋯えっ?」


二階堂は目を丸くさせてきょとんとした顔をする。何言っているのか分からないと言った顔だ。安心してほしい。俺も何言ってるのか分からない。

ふと丁度いいところに、農機具などを収納していたのだろう近くの掘っ建て小屋から柄が飛び出しているのが見える。ふん、一応魔物が出るような所だ。あると思っていたよ。


「さっさと行けよ」


勇人は徐ろに歩いて柄を手に取るとゆっくりと引き抜く。

それは刀身が古びた剣だった。所々茶色く錆びて少し重いが、振れればそれでいい。


「逃げきれなさそうだからさ⋯⋯」


グリムの迫る足音。

地面を鳴らしてその振動はこちらを喰わんとするほどの迫力。

二階堂の驚愕を貼り付けたその表情にニタリと笑い返した。


「-やっつけてしまおうかなって」

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