第二章 第五話「勘違いだったらどうするよ?」
目の前に広がる光景は-街シークリフ。
まるで世界百選に載りそうな景観だったが、中に入ればスラムのような雰囲気にたじろぐ。
ようやく治療する民家につくも意識を失ってしまった。
暫くして何かが眩しくて目を覚ます。
そこは半分天井の抜けた空が見える部屋で、照りつける陽の光が勇人の目を突き刺していた。
咄嗟に手をかざそうとするもガチャッと何かに引っかかりそれは出来ない。
変わりに褐色の肌をした小さな女の子がひょこっと顔を覗かせる。
「おっ、目覚めたねぇ?」
女の子はくりくりとした橙色の瞳をぱちくりさせて、翠色の大きなツインテールを揺らしてにっこりと笑う。
「おぉ、え⋯⋯」
そしてエルフ同様に耳が横に長く伸びていた。これは一体⋯⋯。
チョン、と腹に沈み触れる何かに目を動かす。そこにあったのは刃物-というかメスッ!?
「ぇぇぇえ!?ちょっ、め、メスッ!?危ないって!」
必死に払い除けようと肢体をバタつかせるも叶わない。見れば全て簡易的な拘束具に縛られて身動きが取れないようにされていた。
「フッフッフッ⋯⋯聞いたよぉ?君、ジェットソードが使えるんだってね?」
その女の子は姿に似つかわしくない大人びた声で静かに俺を見下ろして言う。
よく見ると、くたびれた簡易的なボロい服の上から白衣の様なものを身にまとっている。
まるで医者のつもりか、下では好奇心のままに腹にチョンチョンと何度も触れるメスが俺の背筋を凍らせる。
さらに恐怖を加速させるのは女の子の表情。まるで今にも発情しそうな顔で吐息を荒くさせて、いつの間にか俺に馬乗りになっていた。
「気になる⋯⋯気になるなぁ⋯⋯君の事⋯⋯君の中身-」
-こいつはやばい。
「お、俺を捌いたところで第二第三の俺が-」
「あーはいはい。静かにしましょうね~」
「-コラッ」
「あだっ」
しかしそれはコツンと女の子の頭を叩くヴィランダさんによって阻止される。
「まーった解剖しようとしやがって。この変態ッ!」
「だって〜気になったんだもん!」
女の子は悪びれもせずに俺の腹から飛び降りると「フンッ」と機嫌を悪くさせて、部屋の隅に頭を向けると分かりやすく拗ねる。
「ごめんなぁ。君の事喋ったらこいつ「それはすぐに捌かなくてはね!?」ってこの部屋に軽く籠城してたんだよな」
指さす先に壊された扉と錠。どうやら強引に入って止めてくれたらしい。本当にありがとうございます。
「しっ⋯⋯死ぬかと思った⋯⋯」
まじで寿命縮んだわ。
部屋の隅では女の子が「だって⋯⋯」と未だ納得していないようにぐちぐちと小さい声で抗議していた。
「彼女はマフィン・エルミナ。ドワーフだから見た目は小さいが、これでも三十は超えてるババアだよ」
「ババアは余計だよ!余計!ってかヴァラだって三十越えてるじゃん!」
「あ?なんだってコラ⋯⋯」
ヴィランダさんの顔に筋が浮かぶ。それを見てドワーフの女の子-マフィンさんは「プププ」と更に煽る。
「そんな調子じゃまーた小皺が増えちゃうよ?サンライズが振り向いてくれなかったのも必然かもね」
「テメェーの方こそ父譲りの技術も無いくせに威張り散らしやがって!言っとくけどあんたしかいないから”仕方なく!”頼らせてもらってるだけだ!普段から使い物にならない物ばかり造りやがってこのポンコッ!」
「なっ-言ったな!?言っちゃいけないって暗黙の了解であったのにも関わらず言ったな!?」
暗黙の了解なら互いの勘違いもあるだろうし確定事項ではないだろう。
ともかく二人はギリギリと不可視の火花を散らして犬も食えぬ戦いを繰り広げようとしていた。と言うかサラっとドワーフなんて言った?
「あの⋯⋯とりあえずこれ、外してくれません?」
「「あ-」」
二人は謝罪しながら拘束具を取り外す。
「あーあ!せっかく捉えたのにこれじゃ逃げられちゃう!」
マフィンさんは本当に仰々しく悪態をついてブーブー文句を垂れるも、ヴィランダさんにきつく睨まれると蛇に睨まれた蛙のように萎縮した。
「全くっ⋯⋯」
やれやれとため息をつきながらも二人の視線は俺の方を-いや俺の手元にある物に向けられていた。
「それはともかくだ。君は一体何者なんだ?」
ヴィランダさんは鋭い視線をこちらに突き刺す。
「何者⋯⋯と言われるとなぁ」
村アサガナから異世界転生された者です、なんて通じるはずないよな。
俺は視線をのらりくらりと躱して最適解を模索する。
前にネーチスさんに伝えたら疑いの目を向けられた。
この世界の人達は”魔の者”と繋がりがあると思っただけで殺しに掛かってくる連中だ。容易に答えを出せない。
「黙っているってことはやっぱりバラす-」
「-しか脳が無いのかマフィーは」
「あだっ」
またそろりとメスを持って腰を低くし狙うマフィンさんをヴィランダさんが小突く。
そのやり取りのおかげで少し考える時間が出来た。
敵意はない-と思ってくれてると考えている。
じゃないと助けに入る必要性がない。ではなぜ?
曖昧な返事では誤解を招いて一気に劣勢になる可能性がある。思考を凝らせ-。
俺は普段回さない頭を必死に回転させる。
「どっから来たか⋯⋯位は言えるだろ?敵とは思ってはいないが不安なんだ。その武器の事もね」
武器?
先程から向けられた視線の先を追う。
そこには柄までしかない剣-ジェットソードだ。
俺はふとそいつを握り込むと瞬時にそれはジェットソードの形を成す。
「おぉ⋯⋯」と声を漏らすマフィンさんとは反対により一層目を細めるのはヴィランダさん。
「⋯⋯うん。間違いなく姿かたちはジェットソード。それも正真正銘”神工ヘパイド”が手掛けたモノだ。でも君はごく普通の剣の柄だけをジェットソードへと変形して見せた。おかしいな、”簡易武具(インスタント化)”なんて機能はなかったはずだけど」
ヴィランダさんは俺からサッと剣を奪う。するとすぐにジェットソードは形状を維持出来ずに元の剣の柄だけの姿になる。
振ったり突いたりかざしたりとしても変わる様子はない。
それを俺に突き返すと受け取る。するとまたジェットソードへと変化した。
「⋯⋯どう思う?」
「うーん」
マフィンは腕組みをして空を見上げて暫くすると「分からんっ!」と諦めたような顔で言い切る。
もしかして-これが俺の能力?
「フフフ⋯⋯」
俺の肩を揺すった声に「ひぇえ!?」と驚くマフィンさん。おっとすまない、いつもの癖で抑えきれない衝動が口から漏れてしまったようだ。
「俺はとある村から来た⋯⋯けど、ここにはもう無いようだ」
「もしかして無くなったのか?」
その問いにこくりとだけ頷くと、俺は徐ろにベットに立ち上がり空へと剣をかざす。
「ただな、俺の”能力”だけなら言えるぜ?」
あれ?おかしい⋯⋯さっきまで色々と考えていたのに言葉がすらすらと出てくる。
それどころか自信すら目覚めて、もはや敵なしと言わんばかりに「ククク」と小刻みに揺れて悪魔的な笑みを浮かべる。
俺の力-⋯⋯無かったわけではなかったのだ。
これほど嬉しいことがあってたまるのか?
こんなの笑わずにいられない。
「それはな⋯⋯物を剣に変える能力だッ!」
-決まった。
「フッ」とかっこよく(自分目線)薙ぎ払う。
マフィンさんは「うえぇぇえええ!?」とパニックになり慌てふためくも、ヴィランダさんは至って平常運転。そして一言。
「それは無いな」と一刀両断。
「なんでッ!?」
思わず声を荒らげてしまった。
「私だって一応”グラディウス”やってたからさ?少しだけ、少しだけね?感じ取れるんだよな-魔力」
そうしてヴィランダさんは真剣な眼で俺を見据えて残酷な言葉を放つ。
「多分魔力無いんだよな。君」
どうやら俺は魔力すら持っていなかったみたいだ。




