第二章 第四話「海崖の街シークリフ」
助けられた勇人たち。
それでもゴブリンの攻撃に勇人は痛みを伴う。
斬り刻まれた身体の治療をすべく街シークリフへと足を運ぶのだった。
見下ろす先-そこは大きな岩崖に挟まれた街並みが海へと向かってズラっと伸びていた。
海は太陽を反射して街を煌びやかに彩る。
あっちの世界なら綺麗な街並み百選に載ってもおかしくないほどだ。
「おぉ⋯⋯」
俺は思わず感嘆の声を漏らして魅入ってしまう。
「きれーっ!」
隣の天は目を輝かせて足をぱたつかせてはしゃぐ。
「どうだい?思ったより栄えてるだろ?」
その言葉に俺は自然と頷く。
ユキさんから聞いていた話と全然違うじゃないか。
「ねぇねぇ。早く行こ?」
いつの間にか心を開いたのか、ヴィランダさんにそうせがむ天はいつもと変わらない調子を取り戻している。
俺はそれに自然と笑みがこぼれた。
「ごめんごめん!景色見せたって止まっちゃった!怪我人も居るからさっさと行こうか」
また俺はヴィランダさんの背に揺られて街へと入る。
なんとなくだけど、ここなら天も安心出来るんじゃないか?
⋯⋯そう思っていた。
「⋯⋯」
俺はえも言えぬ不安感に薄目を開けて辺りを伺っていた。
街に入るとすぐ複数人からの視線がこちらに向けられているのが分かった。
好奇の目-と言うのが近いか。ねっとりとした視線。
じとーっと見ていないように見えてこちらを見てる。
まるで獲物を観察するような粘着質なそれは、敵意は感じなくとも上手く胎の中で隠しているようにも思えてしまう。
そしてそう印象付けるのは街並み。
上から見た時は綺麗に海へと広がっているようにも思えたが、実際は大きな建物が無い分そう見えただけかもしれない。
と言うのも掘っ建て小屋のような半壊した建物が散見されて、潮の影響か所々朽ちている。
さらに修繕される様子もなくほったらかしの様子から、さもこの光景が当たり前のようにここの人達は受け入れているようだ。
それが影響してより暗くて陰湿な雰囲気を街全体にもたらしている。
隣りの天も先程までの元気はどこへやら、ボロ布を深く被り不安を露わにする。
「よぉみんな!今日も元気に生きるぞー!」
それを察してかヴィランダさんは明るく、暗い視線を送る彼らに挨拶を交わす。
しかし返ってくるのはこくりと頷くだけの何とも淡白な挨拶のみ。
粘着質な視線のままじーっとこちらを見つめる。
どうやら警戒しているのは向こうも同じようだ。
「あんまり歓迎されてない感じですね⋯⋯」
俺は思わずヴィランダさんにだけ聴こえるよう耳打ちする。
「彼ら悪い奴らじゃないんだけど。ごめんな、後で言っとくわ」
ボソッとヴィランダさんもこちらに言葉を返す。
「とりあえずは治療が先だ。せっかく来てくれたのに死んだりしたら嫌じゃん?」
「え?俺そんなに重症なんですかっ!?」
「なわけ。じょーだんじょーだん!」
この人俺を転がすの上手すぎだろ。
「天ちゃんも大丈夫?本当にごめんねー。」
ヴィランダさんが天を気にかけるも、天はこちらも頷くだけで辺りに視線を配って警戒は解けない。
暫く歩いた先で「ここだ」とヴィランダさんは足を止める。
着いたのは一つの掘っ建て小屋だった。
看板には相変わらず読めない字で何か書かれているが、注射器のようなマークがあったので医療施設なのだと察しがつく。
「ちょいと待っててくれよ~⋯⋯」
ヴィランダさんは俺の身体を天に預けると「ごめんくださーい」と建付けの悪い扉を何度か押して開いて入っていく。
「大丈夫⋯⋯あんた」
肩を貸す天は寄り掛かる俺と目が合う。
「あっ-」
この構図のせいで自然と顔が近く、振り返れば目の前に顔が迫っていた。
鼻先同士が触れてしまいそうな位置に天の顔がある。
俺は思わず息を止めてしまう。
天から漏れる温かな吐息が頬を撫でる。
驚きに大きく見開かれた天の瞳-澄んだブラウン色は数々の男を落としてきただけあり惹き寄せられる魔力がある。
よく見れば肌もきめ細かく、まるで雪のような透明感がある。こんなのモテないわけが無い。
「なっ⋯⋯なに?」
天は声を発するもうわずっていつもの調子じゃない。
天の方も意識しているのか?
「⋯⋯いや、別に」
俺の鼓動がドクンドクンと鳴っているのが分かる。
いつもより早く鳴る鼓動を天に悟られまいと必死に抑えようとするも、意志とは逆に早まっていく。
-これは⋯⋯⋯⋯キス?
この前は顔を寄せただけで拒絶されたけど、今は天の方も満更でもなさそうだ。
なんなら何かを期待しているようなその蕩けた表情に俺は「良いのか?」とごくりと生唾を呑み込む。
俺だって男だ。やる時はやってやるつもりだ。
しかも天が期待している⋯⋯気がする。多分。
これは-⋯⋯絶対-⋯⋯。
「宜しくなってるところ悪いんだけど、傷やばいよ?」
いつの間に戻ってきてたのかヴィランダさんが「ほれ」と俺の腹を指さす。
視線を追うように腹を見やると、さっきまで薄らと血が滲む程度だったはずの傷口からドクドクと血が溢れて流れていた。
「あ-」
瞬間、景色が傾いていくのを感じる。
その中に映る天が何かを発しているのが見えた。
それを最後に、意識が遠のいていくのを感じながら俺の意識は暗闇に落ちた。




