第二章 第二話「ゴブリンの本領発揮」
現れた一匹のゴブリン。
前に倒した事があると少し余裕を見せる勇人だったが、果たして奴は一匹だけなのだろうか。
それが開戦の口火を切る。
ゴブリンは地面を蹴り上げて突っ込んでくる。
「はっ-」
俺は笑ってそれを見ていられる余裕があった。
ゴブリンは剣を胸で垂直に構えて刺突-ぎゅっと両手で固められた剣は弾かれまいとしているのだろう。
決死の覚悟の捨て身-もはや反撃すら与えぬ一撃必殺で決めるつもりか。
「だが相手が悪い」
俺は一度ゴブリンと戦ってぶっ飛ばしてんだよ。ある程度膂力は理解している。
兵装してようと短刀から剣に変えようとそれは変わらない。
迫るゴブリン。俺はネックレスを振り切り解放-剣を展開。
「おらぁああっ!」
そのゴブリンの刺突に合わせるように俺は下から搗ち上げる。ガギィンと凄まじい鉄同士の擦れ合う音が反響し辺りを震わせる。
一瞬、拮抗したかに思われたが、ゴブリンの腕がひしゃげた。相手の剣は驚愕の表情を張り付けたままゴブリンもろとも明後日の方向へと投げ飛ばされていく。
「フッ-」
俺の攻撃はゴブリン程度なら一撃でリタイアさせてしまうみたいだ。
-ザッ
「-勇人ッ!」
天の慌てた声に思わず振り返ると、驚愕した表情の天と俺の間、視線の下で何か動くモノ。反射的に下に目をやると、既に短刀を横一文字に振り払おうとするゴブリンの姿。
「-なっ」
二匹いたのか-ッ!?
驚いている間にも迫る短刀は、反射的に身体を捻るも腹を薄く斬り裂いてしまう。
「ぐっ⋯⋯」
思わず声漏らして苦悶の表情を見せる俺に、追撃の刃をとゴブリンの短刀が燕返しのように翻りゾッとする。
俺は生存本能で脚でゴブリンの顔面を蹴り抜く。
ゴブリンは「ブギッ⋯⋯」と小さく悲鳴を上げてぶっ飛んでいく。
「くそッ」
刹那、腹から灼熱の痛みに熱を帯びる。
シャツは真一文字に切り裂かれて、そこから見える腹には薄ら滲む血の線が見えた。
「勇人⋯⋯」
「大丈夫。まだ奴は生きてる」
心配そうに駆け寄る天を横目に俺はぶっ飛ばしたゴブリンを見やる。顔面は蹴り抜いたがまだ動いている。
奴は「ブギギ⋯⋯」と漏らして上体を起こすとこちらを睨む。
ここで完全に倒しきらないとまた狙ってくるだろう。
「天はそこで隠れてろ。俺がとどめを刺す」
俺は剣を振り払い、まだぷるぷる震えるゴブリン目掛けて剣を振り下ろす-つもりだった。
「あっ-」
-シュンッ、と短い風きり音と共に超高速で目の前を何かが擦過する。
何事かと理解できずにいると、また何かが目の前を通過。同時に顔面に痛みが走る。
痛む所を手で触れるとまるで切り裂かれたように血が出ていた。
恐る恐る発生源を見やると、岩陰から三匹目のゴブリンが弓を構えてこちらに狙いを定めていた。
「勇人ッ!」
「天は絶対そこから出てくるなよッ!」
武器を持っていない天が出たら終わりだ。
俺はミアナさんが言っていた事を忘れていたんだ。
ゴブリンは三~五体で集団行動している事を。
「チッ-」
目の前のゴブリンはまだ上体を起こせずにいる。暫くは立ち上がってこない。
なら先に弓の奴を叩く-ッ!
瞬間、弓を持ったゴブリンから三投目が飛んでくる。
俺は勘で身体を捩って回避-凄まじい覇気で弓のゴブリンへと迫る。
焦って四投目を用意して放たれた矢は俺を捉えるには至らない。
「うぉぉおおおおおおおッ!!」
奴との距離はもう剣の届く範囲-。
すると岩陰から大きな影が二つ動くのが見えた。
「はっ-?」
それは弓のゴブリンと俺の間に素早く移動した。
大盾を手にしたゴブリン二匹だった。
刹那、俺から振るわれた剣と奴等の大盾が衝突、凄まじい金属音に耳がやられて思わず顔を歪める。
更に悲しい事に俺の剣は押し切れずに大盾二つに跳ね返されて俺は上体を崩す。
「-くそッ」
更に相手の攻撃は続く。
駆けてくる足音にそちらを見やると、最初にぶっ飛ばしたはずの剣のゴブリンが俺目掛けて剣を振り下ろす。
こいつの腕はさっき折れたはずじゃ!?
俺は驚愕の表情を張り付け生存本能のままに回避-先程まで頭があった所をゴブリンの剣が突き刺さる。
驚異的なバックステップで奴らと距離を取るが「勇人後ろッ!」と叫ぶ天の声。
振り返る間もなく横っ腹に鋭い痛みが走り抜ける。
痛みを見やるとそこには短刀を持ったゴブリンが俺の横っ腹を切り裂いて走り抜けていった。
「ぐふッ⋯⋯」
-まだ浅い。
それでも口の中には濃い血の味が広がっていた。
痛みに揺れる視界と俺は片膝をついた。
それでも次の攻撃に備えて奴らを睨みつける。
大盾のゴブリン二匹も先程の攻撃に腕が歪んでいるが、ゴキゴキッと鳴らして、いとも簡単に元の形へと戻っていく。
これじゃあどんだけ攻撃してもキリがない。
「クソッ⋯⋯」
どうして民兵隊の試験がグリム一体の討伐かゴブリン五体討伐か判った気がした。
物陰からは今にも泣きそうで飛び出して来そうな天の姿。
「天⋯⋯⋯⋯絶対っ、絶対に出てくるなよ⋯⋯」
俺は奴らから視線を切らずにゴソッと背中に隠してある剣の柄に触れる。
それはジェットソードであったもの。なぜか手から離したら柄しかない武具へと変貌してしまった。これも︎︎ ︎︎ ︎︎”簡易武具-剣”なのかもしれない。こいつを使えたら斬り払えるか-?
俺の腕ももう限界近くぶるぷると震えている。こんな事ならもっと鍛錬しておくべきだったと後悔する。
ゴブリンサイドはもう立て直して、最初と変わらない万全の状態でいつでも飛び出して来そうだ。
こうなったら腕が引きちぎれたとしても賭けるしかない-。
決意を決めた瞬間、ダムが決壊したように短刀と剣のゴブリンが弾かれたように迫る。嫌なことに二手に分かれて俺を挟むようにサイドから攻撃するつもりだ。
そして弓ゴブリンは既に構えており、動けば今にも射ってきそうだ。
万が一なのか、その弓ゴブリンを挟んで大盾のゴブリン二匹がいつでも対応できるよう構えている。おいおい、こりゃあ鉄壁の要塞じゃねぇか。
顔の血は頬を伝いポタポタと地面に落ちる。
腹は斬り裂かれて血を滲ませ、痛みで頭がボーッとして気を抜けば倒れてしまいそうだ。
それでも生存への道はもう一つしか残されていない。
俺はゴクリと生唾を飲み込み覚悟を決める。
狙い定められた弓が俺の行動を縛り付けるが関係ない!動かなければ死ぬだけだ!
「ぉぉおおおおおおおッ!」
俺は雄叫びをあげて自身を鼓舞して立ち上がると同時に腰から柄を抜き取り-ジェットソード展開。
刹那、無情にも弓ゴブリンから矢が放たれる。
「あっ」
立ち上がる事に気合を入れすぎた。射られた矢はもう眼前にあった。
-これは躱せないな。
両サイドにはゴブリン二匹がもう剣と短刀を構えて振り下ろす直前だ。
「勇人ッーーーーーーー!」
天の叫ぶ声が聞こえる。
すまん、これは厳しいかも。
「-やれやれ。これはまずい状態じゃないか?」
走馬灯なのか、誰かがなにか呟いた声が聴こえた。
それと同時に物事はスローモーションで進んでいく。
まず両サイドにいたゴブリン二匹はざっくりと両断されて真っ二つになって倒れていく。
押し迫る矢は大きな何かに遮られてどうなったか分からない。ただキンッ、と弾かれた音が寂しく響く。
次の瞬間、ドンッ!と凄まじい破砕音。もう何が起こっているのか解らない。
すると目の前にあった何かが収縮していった。それは小さなネックレスのような形に収まり目の前でカランと落ちる。
開けた視界。大盾と弓のゴブリンは鉄球のようなものが押し潰しており、息絶えているのは一目瞭然だった。
「この街の住民以外が来るのは久しぶりだねぇ」
まるでゆったりとした女性の声とコツコツ、と鳴らす足音。
振り返ればそこには海賊のような服装をした女性が不器用に口角をつり上げて立っていた。




