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第五十話「向けられた敵意」

グリムの悲鳴が聞こえた時、天は自分の中に眠る何者かに侵されていた。

もう耐えられない-。

彼女に訪れる死が、また”魔王”を呼び覚まして。

-さっきの断末魔⋯⋯間違いないッ!


「あっ、ユートくんっ!?」


俺はフウカの静止を振り切り宿に向かって走り出す。グリム達の間を縫って走ろうとする俺を慌てて止めようと他の民兵隊がこちらに手を伸ばすが、目の前のグリム達により阻まれる-筈だった。


「グオォッ!?」


突如として凄まじい勢いで俺の視界を真っ黒なカーテンが敷かれたように覆い尽くす。


「なっ-」


それと同時に俺の声を掻き消さんばかりに上がるグリム達の悲鳴。

それも一体だけじゃなく辺りのグリム全員からのように聞こえた。


「こ、これって⋯⋯⋯⋯なにが⋯⋯」


耳をけたたましく打つのは阿鼻叫喚の嵐。

それは人ではなく全てグリム達から上がる呻く声。

視界の端に捉えるのはあのグリムが身動きが取れておらず痙攣する様子。

まるで何かに掴まれているようにも見える。


「-ッ」


さっきまで活動していた命がついえるような-。


-この攻撃、俺は身に覚えがある。


そしてさっきから濃く辺りに充満していく黒い瘴気。

発せられているのは間違いなく宿の方からだ。


ドクンッ、と大きく跳ねる心臓が体外に逃げ出さんと暴れだす。

隣を見ろ-、現実を見ろと俺の心が訴えかけている。

俺は大きく歯噛みしてそれを振り払う。

どうなっているかなんて簡単に想像がつくだろ。


「なっ⋯⋯なにが起きたんだッ!?」


誰かの声にハッと我に返り、俺はようやく辺りを見渡して-見てしまったのだ。


それは黒いカーテンではなく無数に伸びたタコのような触手だった。うねうねと動くそれは寸分違わずグリムの心の臓のようなものを穿いて背中から姿を現しては、弄ぶように愛でていた。

しかしそれは唐突に、飽きたように放り投げると地面に叩きつけて粉々に砕いてしまう。

「カッ⋯⋯」とグリムは短く慟哭すると、空を仰いでは白濁した瞳へと変えて崩れ落ちる。

他の触手も一様にツンツンと突ついたり、まるでボールのように上に飛ばして遊んだりして最後には潰す。

その命の冒涜とも呼べる行為に奴を思い浮かべるのは容易だった。

内蔵をぶち撒けたグリムは全員地面へと伏した。


「なにこれ⋯⋯」


フウカも他の民兵隊も目の前の光景を上手く処理出来ずにフリーズしていた。

助かった筈の俺達の命は、生きている喜びや嬉しさを差し置いて目の前の行為に釘付けになって動けない。

触手はもう消えるグリムの身体を引き裂いたり貫いたりして遊んで破壊していく。


まるで地獄絵図-。


他方向に伸びていた触手の方からも何かが崩れ落ちる音が重なって聴こえた。

それとほぼ同時に辺りから呻くグリムの声はピタリと止んだ。


-消え去っていく命の灯火。


形成していたグリムの細胞は紫色の粒状へと変化して、形を保てなくなったそれは地面へと吸い込まれていこうとする。

触手はそれを雑に拾い上げると、ボコっと大きく膨れ上がって何かを捉えて運ぶ。

まるでグリムを形成していた組織を運ぶように。

幾重にも行われたその行為に、進んでいく先はやはり宿の方へと続いていた。


俺はもう走り出していた。


駆け出す俺を誰も止めようとはしない。

後ろからは何の声も聞こえない。

理解出来ないのだ。さっき起きた出来事が。

駆け出す俺だって到底理解出来ないものだ。

聴こえていた声からして数十体はこの街にグリムが居たのだろう。

それがほんの一瞬で全て消え去ったのだから。

ただそれを可能とする者の事を俺は知っている。


-怖ぇよ。


恐怖に汗とは違ったものが頬を伝い顔を歪める。

いつの間にか力いっぱい握りしめて、爪がくい込んで血を流していた。

それでも疲れきった身体は、痛みとは違うことでアラートを鳴らしている。

要らぬことを考えていたせいか、恐怖で竦む脚は思わず絡まって、何もない地面で転んで俺は地面に身体を激しく打ち付ける。

それも数秒も掛からずに立ち上がると、またすぐ走りだす。

頭を過ぎるのは-真っ黒に染まった二階堂の姿。

あの姿が俺の中のちっぽけな精神を蝕んでいく。


-逃げ出したい。


今すぐにでも踵を返して、何事も無かったかのように自分を保護してもらえばいい。

俺はなんにも悪くない。

俺はそんなドス黒い魔力なんて持っていないのだから。

宿の方から感じる真っ黒い力は、簡単に人の心を侵食して弱みを剥き出しにする。


本能が、心が、あれから一刻も早く離れろと叫んでいる。


「違うッ⋯⋯だろ」


俺は大きく首を振って自身の本能を否定する。


-だとしても、俺は二階堂の元へと向かわなくちゃいけない。


半壊した細い路地に入り宿への一本道を走る。

途中、無数の触手がうねうねと蠢いて宿の方へと引き下がって行くのが見えた。

黒いカーテンが無くなり良好となった空には薄らと日が差し掛かっていた。


ここを曲がればもうあとは直進するのみ。


-引き返すなら今だぞ。


そんな安い心が俺をまた刺激する。


-もう考えない。


ちっぽけな弱い自分を置き去りにして俺は突き進む。

強い後悔と恐怖が、俺をより一層侵略していく。

一本道を抜けて広場に出ると、宿はすぐそこだった。


そして半壊した宿の中、一人だけ立ち尽くす姿があった。

しまい忘れたのかその背中から伸びる一つの触手が、目の前のグリムの身体だったものを貪っていた。

それを楽しそうに見下ろしていたのは二階堂だった。

愉しそうに恍惚に歪ませた表情で、こちらに気付いたようでじろりと視線が向けられる。

その瞬間ぎゅっと心臓を握り潰されるような圧迫感に息が詰まる。

歩み寄る足が止まらかけ、縮こまりそうになる俺は情けないが泣きそうな面をしたと思う。


もうその目の前にいるのは二階堂の姿をした何かだった。


うねうねと動かした触手は最後の食事を済ませると、こちらを発見したように向いてピタリと止まった。


「二階堂⋯⋯」


まるで命乞いでもするかのように、俺は呟いた。

その想いも虚しく、二階堂はその悦に浸った顔をやめない。

俺でも喰らうつもりなのか奴は緩やかに歩を進める。

思わず一つ二つと後退るが、奴の方が早い。


「ぐっ⋯⋯ッ!」


奴は簡単に眼前へと迫っていた。

俺の鼓動はビートのように刻んで今にも破裂しそうだ。

しかし二階堂からフッと纏う黒い魔力が消えたかと思えば力無く前へ倒れはじめる。


「二階堂ッ!」


俺は咄嗟に受け止めて二階堂を抱きしめる。

何度か身体揺すると「んっ⋯⋯」と小さく声を漏らした。

薄らと目を開く二階堂は呆けた顔で「勇人⋯⋯?」と呟くと、まだ寝ぼけているみたいにぼんやりとしていた。


「大丈夫か?二階堂」


抱きしめる二階堂の身体からあの感じがもう無い。

だけど思い出してしまったのだろう、「あっ⋯⋯あぁ⋯⋯」と顔面蒼白になってうわ言のように零す。


「大丈夫だ、大丈夫だよ⋯⋯」


強く抱きしめるが二階堂は治まらない。


「-ユート君。そこ、どいて」


不躾に当てられた後ろから冷たい言葉が投げ掛けられる。

振り返るとフウカを筆頭に民兵隊が立っていた。


「なっ⋯⋯に、やってんだよ」




-武器を構えて。

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