第四話 「現れたモノ」
異世界転生を果たしたと気づいた勇人は嬉しさのあまりクククッと笑いか止まらない。
天や男たちから不安がられる様子の中、鳴り響く地面。
それはある魔物が現れる予兆で-。
「ハァ?」
二階堂は訝しげな表情で俺を睨みつける。まぁ普段からそういった物に疎い奴だろうから仕方ない。説明してやるか。
「なぁ!さっき”マモノ”って言ったよなぁ!?」
突如話し掛けてくる俺に村の男達は驚いてたじろぐ。俺はその様子に構うことなく続ける。
「ここには魔物が存在しているってことだよな!?」
勇人の問いに男たちは互いに顔を見合せながら各々頷き返す。
「ククククッ⋯⋯二階堂。俺の考えは正しい。高笑いが止められないほどに」
俺は嬉しさのあまり身を捩り数歩たたらを踏む。
頭に手を当て「クククッ」と笑い、手の隙間から漏れ
る細められた俺の好奇の目と合った二階堂や男たちは、本能的にこいつは危険だと数歩後退する-それでもいい。
どれほど俺がこの異世界に憧れたか。
俺の尊敬する主人公が描いた軌跡。それと同じ舞台に。
興奮のあまりに視界がグッと開いて口角が上がるのが止まらない。
「ね⋯⋯ねぇ。ホントに頭大丈夫?」
俺の豹変ぶりに恐る恐るあゆみ寄る二階堂の肩を掴んで「やった!俺は異世界転生したんだッ!」と興奮を抑えきれずに叫ぶ。
「さっきからそのイセカイテンセイって何!?」
状況どころか言葉の意味すら理解出来ていない二階堂は俺の手を振りほどいて叫ぶ。よく見ると二階堂の顔は不安で埋め尽くされていた。
「まぁそんな不安がるなよ⋯⋯大丈夫だ」
ニッと笑い二階堂の肩をポンポンと叩く俺に、二階堂は何一つ納得せず不安は払拭できない様子。
「さ、さっきからなんなんだよッ!」
男の一人が俺の変わりように恐れて鍬を掲げて今にも襲ってきそうだった。それとほぼ同じだった。
ズンッ⋯⋯と遠いところで落雷でも落ちた衝撃音と地鳴りに、場に緊張が張りつめる。
「なんだぁ?」
勇人の素っ頓狂な声に、返ってきたのは再び地鳴り。心なしか、さっきよりも大きくなっていた。
「まっ⋯⋯まさか⋯⋯」
一人の男の声につられてハッと気付いたのか他の男たちも驚愕の表情を見せる。
三度目の地鳴りで揺れる視界で確信したように男たちは恐怖に顔を染める。
それは最早地響きとなり、まるでこっちに何かが向かってきているように大きくなっている。
ぎゅっとカッターシャツの裾を引っ張られる感覚に振り向くと、二階堂は不安な表情のまま心の拠り所を探すように捕まっていた。
「そんな⋯⋯”グリム”は出てこられないはずじゃ」
男たちの一人が恐怖のあまりその名を口にする。
「いやしかし、グリムと決まった訳では-」
そう言い終わる前に地響きは、そんな甘い思考をぶった切るように大きく鳴り響いて地面を揺らす。
男たち以外にも気付いた村の住民たちは、家から顔を出して辺りを確認するように見渡す。
皆「なんだなんだ」と各々声を上げて互いに首を傾げてはいるが、不安な表情を隠しきれない。
「ねぇねぇ。なにー?」と唯一理解していないサーヤちゃんを残して。
-グリム。それは魔物の名なのだろうか。
勇人はこの状況で一人、ニタリと笑っていた。
「ど、ど⋯⋯どうすれば」
その魔物が起こす地響きで間違いなく迫ってきているのだと皆理解していた。
目の前の男たちは狼狽して俺たちをもう見ていない。
二階堂も今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「逃げようよ」
その気持ちはよく分かる。
だが勇人はそれ以上に高揚感に満たさせていた。それにもう遅いのだと理解していた。
ズンッ⋯⋯と響く地響きはもう地面を揺らすどころかここにいるぞと存在を示すように強く打ち鳴らしているようだった。
「ああ-ッ!」
そして男の一人と家から顔を覗かさせていた住民たちが家に隠れたのはほぼ同時だった。
「ヒッ-⋯⋯」
二階堂もそいつに気づいて今にも消え入りそうな悲鳴を上げる。
俺も思わず数歩たじろいでごくりと生唾を呑み込む。
そいつは村の出入りするゲートよりも頭一つ抜けていた。