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第四十八話「空を裂くは断末魔」

グリムに詰め寄られいよいよ意識を手放した天は、やみへと意識が溶けていった。

グリムを倒した勝利の余韻に浸っていた俺ー勇人は、空間を引き裂くような絶叫にも似た悲鳴が聞こえて現実に引き戻される。


そうだ。まだ奴らは街にいるんだ!


立とうとして全身打撲の痛みが俺を引き止めるように襲い顔を歪める。それでもまだ奴らはいる、戦わなきゃと自分を鼓舞してなんとか立ち上がると、まだ狂乱の渦中へと身を投じる。

建物を出ると、まだ逃げ遅れていた人々が後ろを振り返っては恐怖に染まり、何度も足元を掬われそうになっていた。

俺はその視線を先を見て愕然とした。


先ほど倒したはずのグリムがヌっと建物の影から現れて、逃げ惑う人を追い掛けていた。それは一体ではなく何体もだ。


ーまるで地獄のような光景だった。


最初に聞こえたグリムの雄叫びから。

共に人の悲鳴と破砕音は絶え間なく耳を打つ。


倒したグリム以外にもいる事は頭で理解していた。

だが、いざ目の前に現れると段違いだ。

百聞は一見にしかずとは言うが、それどころでは無い。


「こんなの⋯⋯どうしたらいいんだよ」


俺は剣を握る手からいつの間にか力が抜けてズルりと落とす。

俺の手から離れた剣は、ネックレスへと形を戻してカランッと小さく物音を立てる。

俺の身体はもう立っているのすら精一杯だった。

こんな俺が立ちはだかったとしても一秒も稼げない。

目の前の慌てふためく街の人々は後ろから迫るグリムから逃げるのに必死だ。だが半壊した建物が道を塞いで何度も足を取られ、気付けばもうグリムは街の人々に追いついてしまった。

追い付かれた一人の男はもう恐怖と畏怖が入り交じり動けない。

グリムはその男にゆっくりと近付いて、反応が面白いのか玩具のように見下している。

いつでも狩れる、この男の命の生殺与奪の権利はこちらが握っているんだぞ?そんな余裕がグリムからは感じ取れた。

そして、それを可能にしてしまう程の圧倒的体躯と暴力。

至ってシンプル。それがまた人では敵わないと現実を直視しやすいのだ。

もう無理だー。俺は身体がまた恐怖に支配されて動けなくなり始めていた。




ーいや。


ーさっきまで闘って、俺は勝った。


「ここで立ち向かわなくちゃ意味ないだろッ!」


俺は痛む身体にむち打ち、強ばり動けなくなりそうな情けない自分を首を振って捨てる。

下に落としたネックレスを拾い上げて展開ー”簡易武具ー剣”(インスタントソード)を手に俺はグリムと男の間に飛び出した。


「ーひぃやぁ!?」


襲われていた男は俺の登場に驚いて変な声を上げる。

男は一瞬、助けが来たと嬉しそうに顔を綻ばせるが、民兵隊では無いとすぐに恐怖の顔へと戻る。

俺は前からの重圧に押し負けそうな自分を振り切るように前へと向き直ると、すぐに剣を一体のグリムの眼前へと突き立てる。

並び立つグリムは三体ーとても勝てそうにない。

もはや黒い壁となったグリムが俺の視界を真っ黒に染め上げて恐怖が身体中をなぞる。

さっきまでこいつを斬った剣は呆気なく自分と同じようにカタカタと震えていて頼りない。

こんな巨躯を三体相手に、こんな細い刃物で果たして届くのかー?

実に数秒の硬直。徐ろに一体のグリムが手を広げる。

攻撃のモーション、薙ぎ払いが飛ぶ。

俺は剣で受けようと肘を固めるが、さっきまでの戦闘によりそれすら痛みが伴う。

後ろの男を守る為に構えたものの、これでは一枚紙を噛ました程度の耐久性しかない。

グリムの放たれた剛腕は唸りを上げて、ジェットエンジンのような空気を爆ぜさせる音を纏って俺に迫る。


ーあ、これはヤバイ。


視界を全て遮る肉圧に凡そ戦意を喪失しかけた時、突如とてつもない突風が吹き荒れて思わず目を瞑る。


「だいじょーぶ?」


聞いた事のある可愛らしく跳ねるような声。

最後に「にしし」と漏らす声には聞き覚えがあった。

俺はゆっくりと目を開くと、少しぼやけているのが分かる。

情けなくも安堵で涙腺が緩んだらしい。すぐに腕で拭って前を見据える。

そこにはさっきまでいたグリムの姿はなく、その代わりに可愛らしく微笑むピンク髪の少女がいた。


「間に合ったみたいだね。良かった!」


言い終えると「よしよし」と身長差二十センチもある小柄な少女ーフウカが俺を頭を撫でる。それにまた少し涙腺が緩む。


「ちっ、まさかロリに助けられるとはな!」


俺は恥ずかしさのあまり隠すように後ろに向いた。

背中からは「またロリって言った!」とポカポカと叩かれるが、そのやり取りすら俺の心を平常運転へと誘う。


「副団長ッ!ここはまだ戦場ですッ!痴話喧嘩は後にして下さいっ!」


声にハッとして俺とフウカは我に返ったように距離を取った。

声の方を見やると、胸プレートを着けた七三の男が一体のグリムと交戦している。

確か役場にて一度言葉を交わした人だ。

辺りを見渡すと、いつの間にか同じように胸プレートを着けた人達が、まだぞろぞろとやってくるグリムを迎え撃とうと剣や杖を構える。

七三の男と対峙していたグリムが叫んでは男に突っ込む。だが男の表情は変わらず、むしろ剣を構えて切っ先を奴へと向ける。

細身の剣―レイピアだ。突くのを得意とする武器だがグリム相手には幾分心細い。


「ー食らいなさいッ!」


男は迫るグリムに対して怯むことなく剣を突き刺したと同時、「はぁっ!」と男が叫ぶとバキンッ!と甲高い音と共に一瞬にしてグリムを凍りつかせる。


「さっすがぁ〜!」


ぐっとフウカが親指を突き立てると、七三の男もそれに応えるように返す。すごい。


「さぁ、そこの人も逃げてください!」


七三に言われて、フウカも続けるように「外にまで誰か護衛を」と辺りに声を掛けてくれた。


「二階堂はそこに居るのかッ!?」


俺の声に聴こえていないのか誰も反応しない。

フウカには「それは保証できない」とキッパリ答えられる。


「いや、俺は-」



「ーグゥァアアアアアアアアアアアッ!!」



刹那、まるで絶叫のように聴こえた獣の雄叫びが辺りを轟かせる。

いや-全生命を燃やし尽くす程の叫び声は、もはや断末魔と言って遜色ない。

その異常な感じを気取ったのは皆感同じだったらしく、その場にいた全員ピタッと動きを止めていた。


「⋯⋯なっ、なんだって-」


-ドクンッ。


俺の、今にも掻き消えそうな小さな鼓動が口から飛び出しそうなくらいに大きく跳ね上がる。


ゾッと冷たい氷塊を背中に突っ込まれた様な感覚-。


全身を-まるで闇の何かが弄ぶような気配に、砂煙のようにノイズが掛かった記憶が鮮明に浮かび上がる。




-蘇るのは、真っ黒に染まった魔を纏う者の姿。


血濡れた満月を背景に恍惚の表情を浮かべた彼女は、まるで自身の誕生を喜ぶその姿は子どもの様に無邪気で、悪魔のような邪悪さを孕んでいた。

妖艶に光る紫色の双眸は、全生命を冒涜するように人を見下ろしていた。

辺りに映るのは全て食糧。そうこちらが勝手に捉えてしまうほど敵対する意志すら持てない圧倒的なドス黒い魔力を宿して。

それは彼女の周りを回って大きな黒い羽織物となる。

魔を司る王と言えば真っ先に思い浮かぶ様相に、今感じた物が重なり、あの時の俺と同じように呟いた。


「ー魔王」と。

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