第四十六話「執念の刃」
気合いを入れてグリムへと挑む勇人。
しかし筋力、耐久力共に奴の方が上。真正面から挑んでは勝ち目がない。ダメージといえばせいぜい拳に突き立てた剣のみー。
ここからどう勝っていくのか。
グリムはそれに反応して次の拳を飛ばす。俺は超反応－剣だけを建物の壁に押し当てて身を躱す。
振るわれた剛拳はまたしても建物を簡単にぶっ壊していき、その威力は例外なく傍にいた俺も紙くずのように建物の中へと押し込まれてしまう。
「ガアアアアアアアアッ！」
引き抜かれた剣はまたしてもグリムの持つ片方の拳を貫いて穴を開ける。
「くッ、絶対に離さねぇぇえええええッ！」
引き抜かれる際に少しでも剣を持つ手の力を緩めれば、グリムの強靭な筋繊維に引っかかって剣を持っていかれるだろう。
俺にとってこの武器が最後の砦。離すわけにはいかない。
何度目かの宙に浮く感覚に俺は無理やり剣を床に突き立て着地。
気付けば大きく上に伸びる建物の中にいた。中は狭い。だが逆にチャンスだ。
数メートル先にいるグリムは両手から紫色の血を噴き出して、痛いのか空に向かって慟哭する。
刹那襲う絶叫の衝撃に俺は堪らず耳を抑えるがそれでも防ぎ切れない。
「ぐぅッ－！」
自身のキャパを超えたグリムの声は容易く人の脳を割るような痛みを与えて、俺は苦悶に顔が歪む。
なんつう声出しやがる－ッ！
だが確信した。少しずつだけど俺の剣が奴の身体を削っているという事に。
「っしゃぁー！来いッ！」
俺は負けじと叫び散らしていたグリムへ叫び返す。
グリムの淀みきった黒紫色の瞳が憎悪を宿してこちら捉えるや否や解き放たれた獣の如く襲い掛かる。
吹き飛ばされたと言っても半壊した建物の中。身動きは取りづらいはずだ。
そう思っていた俺は三度驚愕する。
「ガァアアアッ！」
グリムは真正面から突っ込んで、狭い建物なんて諸共せずに辺りを薙ぎ倒しながら迫る。
こいつ、少しはダメージとかないのかよッ！？
これ以上足場を崩されたら困る。
「ギリギリまで引き付ける！」
奴の尋常じゃない速度で放たれる突進と攻撃は、回避に徹さないと躱すことは不可能。魔物の中でも奴の身体能力は上位では無いだろうか。
だが逆に攻撃は単調でもあり駆け引きなど存在しない。あるのは身体能力と動体視力のみ。
この部分において人である以上、勝つのは至難の業。
なら他の部分で奴を凌駕しないといけない。
先ほどたまたまだけど出来た力が抜ける感覚－。あれを上手く利用すればすぐに攻撃に転じれる。
グリムはもう眼前へと視界を塞ぐように両手いっぱい広げての攻撃を仕掛ける。
さっきは恐怖に怯えて膝から力が抜けたけど今は違うッ！
俺は膝から下を脱力－ノーモーションで繰り出したそれはグリムの下を掻い潜り目の前には開かれた横っ腹。
「おらああッ！」
俺は瞬時に脚を跳ね上げて突進するが如く斬りつける。
－どうだッ！？
振り返れば壁に突っ込んで行くグリムの姿。ダメージはある。だがその横っ腹は深くは斬り裂いたものの、致命傷とは呼べない。
グリムはすぐに方向転換し、俺を見やるとまたしても突進を繰り返す。
今度は下から逃げられる事を塞ぐように両手は地面をなぞるようにして。
建物も殆どが崩れて上に登れる所も少なくなってきた。次がラストチャンスとなるだろう。
俺はじわりと額に汗を浮かべながら、昨日フウカに言われた事を思い出す。
確か魔物クラスは人と同じく機能性が失われたら倒せるんだっけ？
向かってくるグリムは最早人が対峙していいものではない。横っ腹もまた前と同じように内側から筋肉が隆起してそれを塞ぎ始めていた。
昨日までならそれで絶望していたかもしれない。
だけどそれは塞ぐだけで完治じゃない。
ダメージは依然として残っている。ならさっきまでの攻撃も何一つ無駄じゃない。
迫るグリム。少しでも怯めばたちまち丸太のような剛腕にミンチにされてしまうだろう。
でも俺はもう引かない－負けないッ！
「うぉおおお－ッ！」
俺は怖気付いてしまう弱い自分を何度でも自分で奮い立たせて奴の攻撃に集中。刹那、唸りを上げて俺に襲いかかってくる－ここだッ！
俺はその迫り来る腕に合わせてジャンプ。しかし瞬時にグリムの剛腕がこちらを捉えようと軌道を変える。
「－問題ねぇえええッ！」
俺は迫るグリムの腕に足先が触れたと同時に脱力－膝でクッションを作り威力を殺す。
そして奴の伸びきった所で俺は反射的に飛び上がる。
グリムの剛腕の威力プラス自分の脚の力で軽く十メートル飛び上がった俺は顔面ぎりぎりまで天井が迫る。
だがようやく威力がゼロとなった俺の身体はついに浮遊感を得て、頭と身体が逆にひっくり返り地面が天井となる。
頭から落ちる恐怖から一気に冷や汗とブワッと身体中を痒い何かが走り抜ける。
怖いッ－でもやるしかねぇッ！
俺は曲げていた脚で天井を蹴り上げて更に加速－勢いを増して急降下を開始する。
迫る地面、俺は覚悟の眼差しで下に構える奴を睨みつける。
「ガアアアアアアアアッ！」
奴はこれが最後の特攻だと悟ってか大きく両手と口を開いて猛り吠える。落下する俺をそのまま八つ裂きにするつもりなのだろう－なめんなよ。
「やられるのは⋯⋯てめぇぇだぁああああああッ！」
俺は強引に身を翻して剣を構えて狙いを定める－いけるッ！
「－ぐッ！」
だが奴の狙いも正確で、急降下する俺の横っ腹に鋭い爪が浅くも身体に届き思わず顔が引き攣る。
－それがどうしたんだってんだ。
今更そんなので止まれるわけがねぇ！
俺は痛みすら邪魔と排除して集中。乱れること無く落下した力も乗せた渾身の一撃を奴の頭に向けて全力で叩き込む。
「－おっらぁぁぁぁああああッ！」
俺の執念の一撃は、ようやく硬かった奴の身体を頭から真っ二つにぶった斬る。
ようやく奴に届いた－と一瞬喜ぶも窮地なのは変わらない。
勢いのままに地面へと落下する俺は咄嗟に身を屈めて丸まる。だが素人のそれでは多少痛みを減らすので精一杯。刹那、鈍い痛みが身体中を駆け抜けて地面をバウンド、そのまま転がって思いっきり壁に叩きつけられる。
視界は明暗、真っ逆さまな景色に頭に星が散る。
鈍い痛みは激しく俺の身体をビクつかせて引き攣る。
それでも俺は目の前の標的から目を離さない。
真っ二つになったグリムは数秒耐えるがすぐに力無く二手に分かれて倒れ込む。そして身体中を紫色の球状の集合体へと変化させると跡形もなく地面へと吸い込まれていった。
暫くの間、それはどれくらいだったのだろうか分からない。
ようやく現実味を帯びた俺は幸福からか口角が上がってくるのを感じた。
「⋯⋯へへっ、やったぜ」
俺は拳を前に突き立てて呟いた。
－俺はグリムを倒したのだ、と。
