第四十五話「硬い身体を持つ相手」
宿へと急ぐ勇人だが、見知った人がグリムに殺されそうになっているのを見過ごすことは出来なかった。
そしてまたもう一度、自身の過去を清算するように戦いへ挑む。
それに呼応するようにグリムは分け目も振らずにこちらに駆け出してくる。
「-グァァァアアアアアアアアアアアッ!!」
まるで獣のように吼え散らかして迫る姿はまるで地獄から這い出た悪魔のようだった。
俺はそんなグリムとは相反して静かに奴を見ていた。
奴は両手を広げて周囲の物を薙ぎ倒しながら突き進んでくる。間違いなく振るわれるのは両手での挟み撃ち。
ならば-。
しかし後ろに伸ばそうとした足がゴッと踵に当たる感覚に思わず足を取られて反射的にそちらをを見やる。
破砕された、拳大くらいの瓦礫がそこにはあった。
「なっ-」
-これはやべぇっ!
ハッと思い出したかのように正面に顔を戻した時にはグリムはもう目の前に両手を広げて襲いかかって来ていた。
「うぉおおおおおッ!!?」
振るわれる剛腕に奇跡的に膝から力が抜けて脱力-天を見上げて倒れる形で俺はなんとか回避。刹那、丸太のような腕が俺の頭上を通過-凄まじい勢いの風圧が襲う。
「あっ-ぶねぇ!」
馬鹿野郎ッ!一瞬の隙が命取りだぞ!?
俺は瞬時に身体を捻って体勢を立て直し、全身を傾けると前へと加速-襲い掛かる風圧のさらに下を潜って奴の背後を取る。
「おっらぁぁあああああッ!」
俺は振り向きざまに横一文字に剣を走らせてグリムの腰を斬る。だが浅く、薄皮一枚斬った程度で致命には程遠い。
分かり切っていた事だけど剣でも難しいか。
「チッ、やっぱり足腰地面に着けて入れなきゃこれが限界かッ!?」
俺は事実だけに苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
やはり肉の層が厚い。この分だと本腰入れても届くかどうか-。
背後を斬られたグリムはぎょろっと目玉を動かして俺を捉えると超反応、振り向きざまの拳が飛ぶ。
裏拳の如く飛んでくる腕はもはや空気すら切り裂いて俺に迫る。
思ったより速い-ッ!
「くっ-」
俺は咄嗟に剣を前へと構えて受けの体勢を取るが位置が悪い。
普通に受けたら折れる-流しきるしかないッ!
当たる直前、本能で剣を傾けて強引に威力を流しに掛かる。
「うぉぉおおおおおッ!!」
グリムの一撃は凄まじく、少しでも力を抜けば自分の手にした剣が自分を斬り裂いてしまう。
俺はグリムの力にあてがうようにして剣をスライドさせて極力威力を逃がす。だが付け焼き刃では全ては不可能、俺はボロ雑巾のように数メートル吹っ飛ばしてしまう。
それでも俺は少し浮いた足をまた地面に着けて剣で地面を引っ掻いて止まる。
前を見やるとグリムは剛腕を振るったままの姿でこちらを見ていた。
「はぁはぁ⋯⋯なんとか逃がせたか」
-やはり強い。
俺はあまりのグリムの暴力的な力に思わず歪む顔のまま、荒らげた息を落ち着かせようと呼吸を繰り返す。
剣を握った手は徐々に力無く開いていく。それだけ奴の力が尋常ではないって事だ。
「やっぱり正面から斬りに行ったんじゃ分が悪いな」
奴に恐れを無くした俺は勝てると踏んでいた小さな淡い思いを吐き捨てるように呟いた。
悔しいけど、奴の攻撃は軽く人間の膂力を超えている。それはもう認めなくちゃならない。
フウカやその他民兵隊の方々なら真っ向勝負が可能かもしれないが、生憎俺はただの一般人だ。
異世界転生した時に授かった神の力がある訳でもなければ、恵まれたスキルがある訳でもない。
この身はただの街中逃げ惑う人々と変わらないという事を理解しなくてはならない。
「なにか普通じゃない方法を取らねぇとな⋯⋯」
俺はグリムから目線を外すことなく震える手をもう片方の手で押さえ込んで握り直す。
せめて目の前の相手を倒すまでは持ってくれよ。
「グァァアアアアアッ!」
そしてグリムの再びの突進が俺に向かって迫る。
「-ちぃッ!」
俺は剣を持つ手に最大限力を込めて握りしめる。
正面切って次も受けられるかどうか-。
「-避けるしかねぇッ!」
もう眼前にいるグリムに対して、俺は横っ飛びで奴の攻撃を回避-するはずだった。
するとグリムは突然脚を止めたかと思うとジロりとその紫色の瞳で俺の動向を逃がさない。俺の姿を捉えて剛腕の拳が俺の視界を埋め尽くす。
「おッ-」
あわやという所で俺は情けない事に脚から力が抜けてしまう。
それがたまたま幸をそうして奴の放った剛拳は頭上にて炸裂-後ろにあった建物すら穿いてしまう。
「グァァアアアアッ!?」
そしてグリムは悲鳴を上げてすぐに拳を振り抜いた。
「-へっ、怪我の功名⋯⋯ってやつ?」
グリムの拳は逆に鋭く貫かれた跡が残っていた。
たまたま逃げ遅れた右手に持っていた剣が、運良くグリムの拳に突き刺さってくれたのだ。
痛がるグリムは貫かれた拳を振るって喚き散らす。
どうやらこのダメージは抑えきれなかったみたいだ。前見たいに筋肉で押し潰したりも出来ていない。
これで終わってくれれば良かったんだが、そんな簡単にいく訳もなく、奴は五体満足のままそこに居る。
まだ騒ぎ立てるだけの元気が残っているというのが何よりの証拠。
「さて、どうしたもんか⋯⋯」
俺の剣を持つ手はさっきの反動により震えが酷くなっている。もう持つのも、一瞬でも気を抜けば落としてしまいそうだ。
普通に剣を振っても奴にダメージは見受けられない。
こいつの硬い身体⋯⋯貫くには今くらいの衝撃がいる。
そして俺は一つの解答に辿りつく。
「-なら、こいつの力を利用させてもらう」
俺はまたいつもと変わらぬニヒルな笑みを浮かべた。




