三話 「異世界転生だろっ!」
ここは何処かと迷う天と勇人。
傷はなくなり知らない土地。さらに男による発言。
頭の中の点と点が結ばれていく。
これはひょっとすると⋯⋯。
「だからアサガナ村だって-」と言おうとする声を遮るように「違う」と一蹴されてしまう。
「この”場所自体”のこと。アサガナなんて聞いたことないし。外も草原がずっと広がっているだけで他に何も無いし」
二階堂はため息混じりに辺りを見渡しながら「それに⋯⋯」と続ける。
「私、なんか避けられてるっぽい。ここに来るのも自分で歩いてきたんだから⋯⋯村に来た時もすんごい剣幕で出てけって言われたし」
ふと二階堂の視線を先を追うと、すこし離れたところに立つ老夫婦がこちらを見て何やらひそひそと話していた。
二階堂と目が合った途端、老夫婦はギョッとした顔をして家へと引っ込んでいく。それはその人達だけでなく、辺りにいた人達は俺たちを避けるように一定を距離を保っていた。
いや、正確には俺たちじゃなく二階堂に、だ。
俺も気になっていた事を思わず聞いてみた。
「今ってカラコンでも入れてるのか?」
「入れてないけど?」
「目、紫だぞ?」
「はぁ?何言ってるの?そんなわけないじゃん」
二階堂はスカートのポケットから手鏡を取り出して自分の顔を見ると小さく悲鳴をあげた。
「なにこれ!?紫⋯⋯腫れてる!?」
俺も覗き込むが、腫れていると言うよりかは瞳が紫色になったという方が正しい。
それに吸い込まれそうな魔力があるのか、あまり見ていてはいけない気がする。まぁ今キツく睨まれて、怖いせいかもしれないが。
パタンッ、と勢いよく扉が閉められた音が聴こえて振り返ると、先ほどの男が勢いよくカーテンを引く所だった。
一瞬だけ見えた男の表情は目を見開いて怯えていたような⋯⋯。
「やっぱりその目が原因なんじゃないか?」
「知らない。てかマジでここどこ⋯⋯」
「一応ダーナステラって星らしいぞ」
「何それ⋯⋯意味わかんない」
「はぁ⋯⋯」と小さくため息をする二階堂は、への字に口を曲げて困ったように髪をくるくると指に絡ませて弄ぶ。
教室で殺されたはずの俺たちはなぜか痛みどころか傷がない。かと言って天国と言うにはあまりにも痛みが伴っている。
もしかして天国でも痛みとは無縁ではないのか?
そして、二階堂の瞳の色の変化。これは一体。
「ふむ⋯⋯」
俺は徐ろにズボンの後ろポケットから一冊の本を取り出す。
「ゲッ」とまるで汚物でも見るように吐く真似をする二階堂を尻目に構わずにページを開く。
見る本は俺がいつも持ち歩くラノベの《ALIVE》というタイトルの本だ。
妹を護る為に人斬りと言われるまでになり、罪人として追われ殺されたはずの命。気が付けば迷い込んだ異世界で、人をして人ならざる者とされた男の軌跡を描いた物語。
中学生の当時、境遇が近かったのもあってか感銘を受けて、なにか迷った時の心のバイブルとして持ち歩いている。
もしかしたらここに”答え”があるのかもしれない。
「こんな所でエロ本読まないでよ。引くわ~」
二階堂は自分をかき抱いて気持ち悪いと俺から距離をとる。そんな二階堂に本をパタンと閉じて初めて睨み返して吠える。
「聞き捨てならないな。前にも言ったがこれはライトノベルっていうれっきとした娯楽小説でもあり心のバイブルだからな!断じてエロ本ではないッ!」
前に俺の机の上に置いてあったのを勝手に手に取って、勝手に見ておいて何言ってんだ。
最初の数ページはイラストになってんだよ!
「だいじょーぶ?おねーちゃん」
気付けば二階堂の後ろにさっきの少女-サーヤちゃんが立っていた。
「サーヤちゃん⋯⋯来ても大丈夫だったの?」
サーヤちゃんの登場に目を潤ませた二階堂は、さっきまでとは違い猫なで声のような甘い声でギュッとサーヤちゃんを抱きしめる。-おい、俺の時とは随分反応が違うじゃねぇか。
サーヤちゃんも「えへへ」と嬉しそうに零して二階堂のお腹に顔を埋める-天使やぁ⋯⋯。
おかげで二階堂に対するヘイトが一瞬でどっかに消えた。
「うん!みつからないよーにでてきたよー?」
果たしてそれは良いのか悪いのか。
それでも二階堂は少しの安堵からか幾ばくか表情が和らいだように感じた。
「サーヤッ!そいつから離れろッ!」
荒らげた男の声に驚き振り返ると、そこにサーヤちゃんのお父さんと畑で使う鍬を身構えた男が数人。
「え~なんでぇ~ッ!」
「こっちに来なさいッ!早くッ!」
お父さんのあまりの剣幕にビクッとさせたサーヤちゃんは、おずおずとお父さんの方へと向かっていく。
「何度も言わすなッ!さっさと村から出ていけッ!」
一人の男は手で村のアーチ状の扉を指す。
会話からして言っているのは二階堂に向けてだろう。
「出ていけったって、近くに何も無いしもう日が暮れちゃう!どこかに泊めてよっ!」
男に負けじと二階堂も強気に吠え返すが首を横に振られる。
「そこの男だけはと思っていたが、どうやら親しげに話して、仲間なんだろう!?お前もだめだ!」
サーヤちゃんのお父さんはもうこちらに優しい視線を向けてはくれない。
二階堂の話だと本当にこの辺りには何も無い。もう日が暮れそうだし何も無いのはさすがに怖い。
「ならせめて、村の中には居させてくれないか?」
俺からのお願いも「ダメだっ!」と拒否。
この村から出ていく他ないらしい。
「どうしてだめなんだ?」
俺の問い掛けに男たちは怯えて後ずさる。
少しして一人が、震えた手でこちらを-正確には二階堂を指さした。
「その目が⋯⋯そいつの目がいけないんだ」
言うのさえ憚られるのか、男は口をわなわなと震わせて必死にそれを抑え込もうと強く口を閉ざす。
「その目は魔物と同じ色なんだよ!」
「⋯⋯は?」
-マモノ?今、魔物って言ったのか?
「何度も言ってるけど意味わかんないッ!」と耐えかねて叫ぶ二階堂を制して必死に頭をフル回転させた。
殺されたはずなのに傷がない。
天国ではなくここは何処か。
二階堂の瞳の色の変化。
そして今、男が発言した魔物という言葉。
勇人の頭の中で点と点が繋がった気がした。
「フフフ⋯⋯クククッ」
「キシシ⋯⋯」とまるで気でも触れたような猿声を上げる俺に二階堂は「マジでおかしくなった?」と不安げに零す。
「ようやく⋯⋯わかったんだよ。ここが何処だか」
こんなこと⋯⋯こんな事って。あるのかよ。
いや。ダーナステラって星の名前で理解するべきだったか。
「へ?」と頭にはてなを浮かべたまま声を漏らす二階堂に俺は口角を上げてこう返した。
「-俺たち、異世界転生したんだ」