第三十二話「やっぱりロリコン?」
どうして日本食が作られるのか。それはユキのお母さんに起因するようだった。
もしかしたら日本人なのかと聞きたかったが、それはユキの悲しげな表情により止めた。
大通りへ出るとやはり人混みが波のように押し寄せて俺は簡単に呑み込まれてしまう。
何とか顔を出すが、移動する波のごとき人々によってすぐに呑み込まれてしまう。
今流れはどっちに向かっているのかも分からない。
足掻こうにもかえって迷惑になるかもしれず、その流れの赴くままに身を委ねる。
すると人の波に呑み込まれて少しして折り返し地点のところで弾き出された俺は思わず膝に手をつく。
おそろしい事に人の波のおかげでぐわんと視界が揺れて気持ちが悪い。
とてつもない疲労感からか額から玉の汗を流していた。
「はぁはぁ⋯⋯やっぱ人混みだめだぁ」
どうやら俺は人混みというものが根本的に苦手らしい。これまでどうしてクラスの連中と群れたいと思わなかったのか、自分の生態系を知って合点が行く。
こういった所が集団では向かないのだ。
大きめのため息を漏らした俺はふと足元を見やる視界の上で何やら大きな建物の影を捉えていた。
ゆっくりと見上げるとそれは城塞のような建物で他の建物よりも頭一つ抜けて大きい。
ここがユキさんの言っていた役場なのだろう。
数十段の階段を登った目の前には楕円形のような大きな空洞があり、そこから何十人も出入りしていた。
「まさかここも人でいっぱいなのか?」
俺の不安は的中。今まで無意識的にシャットアウトしていた声が役場から聞こえる。
賑やかさで言えば大通りとあまり変わらない。
「まじかよ⋯⋯」
すぐにでも入りつもりだったが、まだ視界が揺れて弱っているため入り口前で膝をついては息を整える。
「後ろ、すまない」
声が掛かり振り返るとまるで真面目を絵に書いたような七三の男が横を通り過ぎていく。その人は胸プレートを付けており、フウカと同じく民兵隊の方なのだろうか。
というか俺のせいで後ろがつかえている事に気付いて慌てて入り口の端による。
ぞろぞろと入っていく人の多さに唖然としながらまた大きなため息を漏らした。
とりあえずは自分の体調管理だと深呼吸を繰り返すと次第に視界は定まり辺りに目を配らせられるくらいに回復する。
その間も入っていく人、出ていく人は留まることを知らずまるでダムから放出された水のように永遠と続く。その中に、またフウカと同じような格好をした人が数人神妙な面持ちで役場へと入っていく。
やはりゴウマンさんの一件が関係しているのだろう。気が張っているのが俺でもわかる。
「あれ、ユート君?こんな所でなーにしてるの?」
またしても後方から声が掛かり振り返るとほっぺたになにかが刺さる。それが人差し指と理解するまでにそう時間は要さなかった。
フウカは悪戯っぽく笑って「引っかかった!」なんて無邪気に言うもんだから素直に可愛いと心が踊る。いやいかんいかん!ロリコンでは断じてない。
「こっ、このぉー!」
俺は自分の熱を帯びるほっぺを悟られないようフウカの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「あっ、また子供扱いして!子供じゃないってばぁっ!」
そう言ってバッと自身の髪を抑えるフウカは満更でもなく顔が赤くなっている。
フフフ、昨日のフウカとユキさんとの触れ合いでこれが好きなのだと覚えているんだよ。
「ここかっ、ここが好きなのかああああ!」
「ちょ、やめてよっ!そこは⋯⋯あっ!」
フウカは頭を撫でくり回されて困惑している半分、心地良いところに手があるのか頬を赤く染めながらも反抗する手は次第に緩まっていく。
気付けばフウカの反抗する手は肩からだらんと垂れ下がって、いつの間にか目を細めて全ての身を俺に任せた状態となる。
⋯⋯え?何この状況。
もう目を瞑った状態のフウカは顔だけを寄越して俺のされるがままとなる。これじゃあまるでフウカにキスをせがまれているような-。
何かイケナイ事をしている気分に思わず心臓が脈打つ。
そういえばフウカってまじまじと見ると可愛いよな。
見た目は幼子のようで特になんにも思っていないが、時折大人びて見えるのは気のせいじゃない。
肌も綺麗だし肉付きも幼く見えながらも程よく付いておりそれがまた良い。
そして何より、幼い見た目ながらもやっぱり出るところは出てるよなぁ⋯⋯。
ゴクリ、と俺は生唾を呑み込む。
⋯⋯⋯⋯キス、するべきか?
「-あの、副団長⋯⋯」
緊迫が解かれたように俺は声のする方に向くと七三の男が顔を引き攣らせてこちらを見ていた。
「ハッ!俺は⋯⋯一体なにを」
俺は何を血迷ってロリにキスなんかと考えてッ!?
危ねぇ。本物のロリコンになってしまう所だった。
この思考は恥ずかしさ以外の何者でもない。
「わっ、ここっ、これは⋯⋯ちっ⋯⋯」
ぶるぶると震える声を発するのは俺の前にいるフウカ。チラりと見やるともう小鹿のように身体を震わせて口がわなわなと定まっていない。そして顔は茹でだこのように真っ赤に染めて湯気が出そうだ。
「自分、先に行きますので⋯⋯副団長も」
七三の男はすぐにくるりと向きを変えるとおずおずと役場へとその足を運ぶ。
「違うんだぁぁぁぁあああああああッ!」
可愛らしいその怒声は役場内に響き渡った。




