第三十話 「シークリフの連中」
簡易武具-剣を手に入れた勇人は嬉しさのあまり人知れず武器を手に振りまわす。
直後急ぐフウカに出会い宿に戻ると心配していたユキ。
ユキは出歩いていた勇人を諌めてゴウマンが倒れた事を知らせるのだった。
「は?」と思った言葉がそのまま口からこぼれる。
「ゴウマンさんってあの筋肉ムキムキの人だよな?」
ネーチスさんが話し掛けていた街を見守るようにして立っていた人だ。
一度しか会っていないけど見た目も強そうだしフウカからもグリムを倒す実力者と聞いていた。
「今日の明け方、酒場で呑んでいた帰りに襲われたって」
「酒場って大通りにあるジョッキの看板が立っているところか」
最初大通りで見た看板の所だ。
あそこだけ開いていたから印象に残ってる。
「そう。その近くでね。なんでも黒衣を身にまとっていたそうよ」
「黒衣ッ!?」
勇人の脳裏にはさっき会っていた黒いローブを顔まで覆った男の姿が思い浮かばれる。
「しーっ!声が大きい。本当は民兵隊以外は知っちゃいけない情報なんがからね?」
俺の声にユキさんは慌てて人差し指で口元を押さえる。触れた指先から香るほのかなパンの匂いにドキッとするが何とか平静を保つ。
「じゃあなんで俺に教えてくれるんだ?」
ユキさんは「ん〜⋯⋯」と声を漏らして眉を八の字にする。
「もしかしたら接触していないかなって。ユウトくん街をふらついてたから。まあもしそうなら無事じゃなかったかもだから会わなかった方が良いんだけど」
そしてユキさんは思い出したかのように「あっ!」と声を上げると両手を腰につけてこちらを睨む。
「ユウト君?早朝は危ないから出歩いちゃ駄目なのよ?黒衣の人が現れるから」
前屈みに顔を寄せるユキさんの迫力の殆どは、屈んだ際に見えてしまう谷間に持っていかれているだろう。
俺は必死に顔を逸らすが両手で顔を掴まれて「駄目。逃げない」と俺の視界は図らずとも真正面にユキさんを捉える。
「しっ、知らなかったんだ⋯⋯⋯⋯本当です」
あかん。ユキさんの圧力と下に見える迫力に押されてまた敬語に戻ってしまった。
「そういえばユウト君ってこの街の人じゃないわよね。この街大きいけど大概の人は知ってるし」
俺はギクッと肩を竦ませると、最近ネーチスから聞いて知った街「シークリフ」の名を告げる。
「シークリフッ!?」
ユキさんは驚きの声を上げると一瞬で俺から距離を取ってこちらを睨みつける。なにやら警戒しているみたいに。
「どうしたんですかいきなり。あ、また敬語」
「もしかして誰かを殺しに?それとも他の目的?」
何言ってるんだいきなり。物騒だな。
しかしユキさんは暫くこちらを見やるとスっと警戒を解いて困ったように顔を傾ける。
「ねぇ、本当にシークリフから?とてもそのようには見えないけど」
「あぁ⋯⋯⋯⋯本当の事を言うと俺たちも分からないんです。気付けば村に居て。アサガナ村って言うんですけど知らないですよね?」
ユキさんは斜め上を見ながらうーんと唸るが「聞いた事ないわね」と残念そうに呟く。やっぱりあの村は誰も知らないのか。
「その村は知らないけど、シークリフから来たってのは違いそう。服装もそうだけど雰囲気も全然違うし」
「雰囲気?そんなに違うんですか?」
「全然よ。だってあいつらは街全体が海側に面しているから基本的に服装はボロボロだし何より目つきが酷い。まぁ数十キロしか変わらない距離であっちは魔王の影響を受けたけどこっちは受けてないから目の敵にされるのも仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね」
また話に出てくる魔王という存在。
俺はごくりと生唾を呑み込む。
見た事もないはずなのに、どう言った者なのか容易に想像出来てしまうのは何故だろうか。
ふと浮かんでしまったあの夜の二階堂を頭から振り払うように俺は首を振って違うと否定する。
「ところで黒衣って叫んだけど⋯⋯もしかして会ってたりした?」
朝だからと、霧が出ているからといってもあの格好をしていたら流石にあれだろう。
「うーん、多分?その人だと思うんだよなぁ」
そうこぼして勇人は胸元を探りネックレスを掴むとユキから距離をとってそれを引きちぎるようにする。
するとネックレスは、ボンッとまるで水中で爆発したような音を立てて剣へと変わる。
「インスタントソードじゃないッ!?」
ユキは驚いて「初めて見た⋯⋯」と少し目を輝かせている。
「こ、これっ、どうしたの!?この辺りじゃ珍しい代物よ!?それこそシークリフの者たちが愛用してるとか何とか言われている!」
ユキは興奮気味に勇人に身体を寄せる。そのせいで当たる豊かなものに勇人は顔に赤みを帯びていくのを感じて逸らす。
「これ、その人と思わしき人物から買っちゃったんだよなあ」
ユキは顎に手を置き「なるほど⋯⋯じゃあ本人だったかもね」と呟いてインスタントソードに触れる。
「その黒衣の人物はインスタントソードを使ってたってゴウマンさんが意識を失う前に言ってたみたい」
ユキは両手を合わせて「フウカに何もありませんように」と願う。
勇人がネックレスに戻してしまおうとするとユキに「それはそうとユウト君」と呼び止められる。
「そのネックレスは外では使わない方が良いかも。民兵隊の人が見かけたら君が犯人だと勘違いするかもしれないし、なんならシークリフの人って思われたりしたらそれこそ危ないわよ?」
さらに黒衣の男は俺と変わらず身長が似ていた。
勘違いされる材料としては十分だろう。なんなら揃い過ぎているくらいに。仕方ない。
「ちぇっ、せっかく手に入れたってのに」
勇人は名残惜しくも胸元のネックレスを服の中にしまい込んだ。
「それにアサガナでは帯剣禁止よ?これまでに魔物が侵入してきたことなんて一度もないんだから」
ユキはニコッと女神のような笑顔で勇人の頭に触れる。それが優しく触れるものだから心地良くて思わず顔がほころんでしまう。
だが勇人はハッとして逃れるように顔を振って手で覆う。
「一度も侵入されないなんてすごいな!さすがは民兵隊様だなッ!」
「フフフ、どっちかって言うとこの辺りに魔物が少ないからなんだけどね。それでもさっき言ったように最近は黒衣が出てるから朝は出歩いたら駄目よ?だだっ広くて解りづらいけど山岳に囲まれて朝は霧が発生しやすい街だし霧が濃い日に皆襲われているから」
「そうだな。控えるよ」
「今のところは民兵隊の人達だけだけど、いつ民間の人達に危害が及ぶか分からないからね」
ユキさんの言葉に俺はこくりと頷いた。
フウカも絶賛していたゴウマンさんでさえ重症にされたんだ。もしあの時に俺は闘いを挑んでいたら一瞬だったかもしれない。
勇人は自分の行く末を想像して背筋がぞっとした。
「これも⋯⋯持っていない方が良いのかな?」
勇人は自分の胸元に視線を落として悲しそうに口をへの字にする。
なにやら不幸を招きそうで怖い。
「さっき見たけどグリップに”ジュコン”は無かったから大丈夫だと思うよ」
「なら良かった」
とりあえずはいわくつきじゃないと知って安心する。というかジュコンって何?
「さあ、そろそろご飯にしましょうか」
「あっ-」
そのユキの言葉に応えたのは勇人の腹の虫だった。




